遺跡
クロウリー中尉の部隊はあちこちへ銃を撃ちながら森の中にある遺跡へと走っていた
「ほんとに200mしかないのか!クソ長く感じるな!チクショウ!」
クロウリー中尉は走りながら銃を撃つ。遺跡に近づくにつれ、蔦の太さは大きくなり、最低でも人間の腕ぐらいの太さの蔦が磁石に吸い寄せられる鉄片のように襲いかかってきていた
「燃えろぉ!」
リラビア兵が炎魔法を放ち、襲いかかる蔦の束を焼き払う。他の蔦は全員が銃撃で穴だらけにし、引きちぎる
「走れ走れぇ!足を止めると死ぬぞぉ!」
四方八方から襲いかかる蔦を撃ち抜き、魔法で焼き払う
「中尉!後50mです!」
ゴールド少尉も必死だ。空になったマガジンを投げ捨て、走りながら新しいマガジンを差し込む。背負った広帯域用無線送受信機が煩わしそうだ
「踏ん張れ!50m走なんて、小学校で走るやつだぞ!遅れるな!」
蔦は無尽蔵に湧いて来る。リラビア兵も魔法を多用しすぎて土気色の顔をしながら必死に走る
見えてきた遺跡、中南米の遺跡にあるピラミッドのような石材建築の遺跡
鬱蒼とした密林の奥地にピッタリの外見、あちこちが苔むし、自然に侵食されながらも古代の人々が建てた威容までは失せて無い
「急げ!急げ!」
石造りのアーチをくぐりぬけ、ラピス警吏補が転がり込むようにして滑り込み、あらかじめ用意した魔法を発動。地面から生えた石壁が遺跡の唯一の入り口を塞いだ
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」
滑り込んだ全員が息も絶え絶えになり、地面に倒れ込んだ
ユージーン軍曹がヘルメットを脱ぎ、ヒスパニック系特有の浅黒い肌に汗を滴らせ、チェストリグに吊るしたフレアを点火する
「何人…残った……」
「……6人、やられました」
水筒をひっくり返すようにして飲んでいるラピス警吏補が答えた
損害は軽微と言えるものだった。動いて襲って来るとはいえ植物は植物、火で燃える限り、リラビア兵の炎の魔法で薙ぎ払われ、犠牲は最小限に済んだと言えた
「よし、十分小休止だ、各員、残弾の再分配。出来るだけ身軽にしていくぞ、ユージーン、魔法が使えるリラビア兵を連れて斥候に立て、ゴールド少尉、通信は出来そうか?」
「了解、お前、ついて来い」
ユージーン軍曹が同じく立ち上がった獣人の兵士とと共に奥に向かう
「無線はなんとか使えます、しかし途切れ途切れで、感度が良くありません」
「調整しろ、怪我をした奴は衛生兵に言え、各員警戒を怠るなよ」
そう言いつつ、クロウリー中尉は胸元に吊るしたG36cを眺める。気が付かないうちに一撃貰っていたらしく、銃の真ん中に大きなヒビが入っていた
「中尉、これを使ってください」
ゴールド少尉が差し出したG36cを受け取り、弾が入っていることを確認する
「少尉はいいのか?」
「無線機が重たいので、こっちでいいです」
ゴールド少尉はベレッタを引き抜き、初弾を装填する
「さて、後はこの事態を引き起こしたクソッタレが、収束方法を知ってる事を祈ろうか」
ライフルを傍に置き、リボルバーを引き抜きシリンダーをスイング、手で弾くように軽く回転させる
「中尉!生存者を見つけました!」
そこへユージーン軍曹が戻ってきた
「生存者だと?」
リラビア兵とユージーン軍曹が連れてきたのは一人の青年だ。皇国陸軍の市街地戦用の灰色の迷彩服にM4カービンを持った青年、その顔はひどく怯えている
「所属と名前は?」
「り、陸軍の、第五軍団、ジャーヴィン、二等兵です!」
怯えながら言ったそのジャーヴィン二等兵は差し出された水筒を飲みながらそう言った
「なぜ、陸軍がここにいる?作戦に参加してるとは聞いてないぞ」
「ご、極秘の命令でして……なんでも、魔獣兵器が何とかって……」
「ふむ、目的は一緒か、部隊はどうした?」
「……全滅です、あの蔦に、襲われて……」
「そうか」
状況はどこも一緒か。不確かな情報が原因で大勢の下っ端が死ぬ。陸軍でも武装憲兵隊でもそれは変わりがないようだ
「ジャーヴィン二等兵、一緒に来い。誰か、余ってる武器を彼に!」
「これ使えよ、兵隊アリさん」
半笑いで渡されたG36を受け取る。ジャーヴィン伍長は震える手でライフルを持つ
「あ、ありがとう」
その怯えた態度と不慣れな銃の扱い。どこからどう見ても素人のそれだ
(実戦投入には、早すぎるだろうなぁ……どうやって訓練を突破したんだか)
クロウリー中尉はマガジンの数を確認し、腕時計を見る
「時間だ!行くぞぉ!」
先頭を行くユージーン軍曹と神津一等兵の二人がT字路に飛び出し、両側に銃を向ける
「クリア」
二人の銃に取り付けたフラッシュライトが暗闇に包まれた遺跡の通路を照らし、苔むした通路を照らす
「別れ道か、どうしますか?」
「どう思われます?」
「……右だ、妙な臭いがする」
MP40を持った獣人のリラビア兵がそう答える
上下左右、全方位に銃口を向け、ゆっくり進んでいく
やがてたどり着いたのは遺跡の中心と思われる、いかにも、と言った大きな石造の扉
「この奥から臭いが強い、この先だ」
「爆破しろ」
一旦、曲がり角に隠れ、隊員の一人がLAWを取り出す
「後方よし、てぇ!」
発射された対戦車榴弾が扉に直撃。扉は粉々に砕け散った
「慎重に行け」
「警戒を怠るな!」
クロウリー中尉とラピス警吏補の指示通り、足元や天井にライトを向けて警戒しながら進む兵士達
「これは、何だ?」
「蔦の、塊?」
扉の先は古代人が生贄を神に捧げる祭壇だった。天窓から差し込む光が辺りにある蔦の塊を照らし出す
大きさは成人男性程であり、上から下までびっしりと蔦で覆われている
「中尉!ここに本があります!」
渡された本を開くとリラビアの文字がびっしりと書いてある
「ラピス殿、情報源になるかもしれません、解読を」
「ああ、どれどれ……」
ラピスが本のページをめくっていく中、クロウリー中尉は蔦の塊を見る
「これは、なんだ?」
蔦の塊はあちこちにあり、その蔦の塊の上には開いた花のようなものがある
花弁の表面にはタンポポの綿毛のようなものがびっしりとついている
「これは、あの蔦の種子か何かですか?」
「その可能性があるな」
「中尉!本部から爆撃機がこちらに向かっているそうです!一時間後に到着予定!」
ゴールド少尉が無線機の周波数を弄り、そう言った
「了解した、ラピス殿?」
クロウリー中尉は顔を真っ青にしたラピスに気が付いた。本を持つ手が震えている
「クロウリー中尉、不味いぞ」
「どう不味いので?」
ラピス警吏補は本から顔を上げ、エルフの美貌を歪めながらいった
「その綿毛の塊があの蔦型魔獣の種だ。その魔獣は他の植物に寄生し、周辺の動物を自ら襲い、殺して養分にする。体液を全て吸い取るのだそうだ」
クロウリー中尉は思い出す。相模二等兵は短時間で肌が青白く、土気色になっていた。今まさに吸われている最中だったからか
「なぁ、ひょっとして、この蔦の塊って……」
「もしかしなくても他の中隊の奴らか……」
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」
蔦の塊に手を合わせる兵士達を尻目にラピス警吏補は話を続ける
「問題はここからだ。奴はクルジド軍を殲滅するためにバスディーグ中にこの魔獣をばら撒くつもりらしい」
「正気じゃないな。そんなことしたらリラビアは人が住めなくなるぞ」
「祖国滅亡の危機に瀕していたからな。藁にでも縋る思いだったのかもしれん。奴は自ら魔獣の苗床となり、計画を完成させる気だ」
「そういや、どうやって種をばら撒くんだ?こんな密閉された空間、風は吹かないぞ」
ユージーン軍曹が辺りを見渡す。唯一の出入り口は入ってきた入り口と天井に開けられた大きな天窓とも呼べる大穴のみだ
「魔法だ。この部屋の足元に奴お得意の風魔法が刻まれている。後30分で特大の竜巻が巻き起こって種を遠くへと吹っ飛ばす」
ラピス警吏補の言葉に全員が凍りついた
蔦に隠れてよく見えないが、確かに足元に血で描かれた魔法陣のようなものがある
「冗談じゃないぞ!こんな魔獣があちこちに現れたら、下手すりゃ世界の滅亡だぞ!」
「ゴールド少尉、爆撃機と救助を急がせろ!」
「大隊本部、こちらブラボー中隊!敵の魔獣兵器拡散の恐れがある!早くこの遺跡を吹っ飛ばしてくれ!30分以内にだ!」
ゴールド少尉が無線機に向けて縋るように怒鳴る。だがそれで爆撃機の到着が早まる程都合は良くない
「ラピス殿、魔法でこの部屋を焼き払うことは出来ますか?」
クロウリー中尉がラピスに詰め寄る。ラピス警吏補は頭を抱えながら考える
「ここに来るまで、魔法を乱発したから、確約は出来ない。それにこの魔獣の種はタンポポのような綿毛、爆発系の魔法や炎の魔法で焼き払うとしても爆風で吹き飛ぶ恐れがある、つまり我々の今の実力では完璧に焼き払う事が出来ない」
ラピス警吏補とクロウリー中尉は頭を抱えた。世界を滅ぼしかねない生物兵器を食い止める手段がないのだ、目の前にいながら
憲兵隊の仕事の範疇を軽々と超えていたが、この場でおめおめと引き下がるのは皇国国家憲兵隊としてのプライドが許さなかった
「何とかならないか、我々にできることなら手伝うぞ」
「うーん、だが、だがしかし……」
「入り口に歩哨を立てろ!敵が来たら報告するんだ!」
部下に動揺が走らないよう適度に指示を出しながら考えるが、魔法に関しては門外漢のクロウリー中尉、良いアイディアが出るはずもない
「爆薬でこの遺跡を倒壊させるのはどうですか?まだ現実味がある」
「いや、奴が残したこの魔法陣が作り出す魔法は狂竜巻の魔法。風の上位魔法であり、瓦礫ぐらい簡単に吹き飛ばせる」
「じゃあこの魔法陣を破壊するのは?そうすれば魔法は発動しないだろう」
「大地に敷設された魔法陣は術者と地殻から膨大な魔力を注がれている。下手に崩そうとすると魔力の奔流がこちらに襲いかかる」
「具体的に言うと?」
「逃亡犯が想定したより早く魔法が発動する、威力は抑えられるがな」
ラピス警吏補が冷や汗を拭いながらそう答えた
「万事休す、かもしれん……せめてこれが炎の魔法とかになったらなぁ」
「……中尉、今何と?」
「ん?あぁこの魔法陣が風じゃなくて炎魔法の魔法陣にならば良いのになぁ、と」
「それだ!」
急に元気を取り戻したラピス警吏補は地面を這う蔦を剥ぎ取り始める
「ラピス殿!一体何を!?」
「この魔法陣を書き換える!風の竜巻じゃなくて炎の竜巻を出す魔法に作り替える!」
「ッ!全員、手隙の者は地面の蔦を剥がせ!ラピス殿を手伝うんだ!」
クロウリー中尉の指示にすぐさま反応した兵士達がナイフを取り出し、地面の蔦と格闘を始める
「ラピス殿、魔法を書き換えるなんて、そんな事が可能なのですか?」
「魔法陣にはあらかじめ術者が行使したい魔法がインプットされている。それらの情報は魔法陣外縁のスペースに書かれているのだが、文法は決まっている、ならばその文法の頭、"風の"の部分を"炎の"に書き換えてやれば」
「この部屋を焼き払えるってわけか」
「理論上の話になるから出来るかはわからない。少なくとも魔法陣を無力化して最悪の事態は防げるはずだ、やってみる価値があると思わないか?」
「死ぬか死なないかの二択なら、やってみる価値あるな。総員!魔法陣の外縁部の蔦を重点的に剥がせ!命がけでやれ!」
「中尉!」
その直後、入り口付近にいた兵士が宙を舞った。正確に言うと足に蔦が絡み付き、勢いよく引っ張られた為に跳ね上がられたのだ
「入り口より蔦型魔獣接近!」
「皇国兵!戦闘準備!リラビア兵を援護しろ!」
クロウリー中尉が怒鳴り、入り口から続々と這い寄ってくる蔦に銃弾を浴びせる
「ラピス殿、我々が時間を稼ぎます、その間に、魔法陣の書き換えをお願いします」
「わかった!」
「何としても持ち堪えろ!リラビア兵に指一本触れさせるな!」
年末リアルが忙しすぎて執筆に割く余裕が減りましたが、念願の正月休みなので何とか年内にもう一話、出せたら出します




