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主は救いを賜るのに剣や槍を持ちいらないであろう

クルジド国 首都ハーファル


クルジド国の軍隊は膨張政策に付き合ううちに二つに分かれていた


一つはクルジド国正規軍。純クルジド人のみで構成され、エリート中のエリートが在籍を許される精強な軍隊。ウォルガン戦争大臣が最高司令官として存在し、飛竜部隊や転移魔法を主とする兵団もここに属している


二つ目は植民地軍。いわゆるクルジド国に制圧された国々の人によって構成された軍隊。これらの指揮権は意外なことにもセルブス教皇が指揮を取っている


クルジド国は絶対王政と一神教による統治で国民を縛り、植民地から吸い上げた富で国をどんどん都合の良いように作り替えて行った


そしてクルジド正規軍がある以上。上級司令部たる建物がある。通称鷹の巣とよばれる建物だ


煉瓦を積み上げ、表面を白い大理石で覆った建物、外観からすると白亜の宮殿のような建物だが、実際は昔の内乱の際火災によって燃えた建物を白く覆ったという経歴がある

そしてクルジド正規軍の魑魅魍魎が跋扈するパンドラの箱としても有名だ


地上四階、地下2階建てのこの建物の最上階にウォルガン戦争大臣の部屋はあった


冬になると雪化粧で白くなるクルジド国だが、季節は夏であり、今は花が咲き乱れ、蝶が舞い、暖かい風が吹いている

開け放たれた窓から柔らかな風が吹き、部屋の中に入っていく


「飲むかね?」

ウォルガン戦争大臣は暖炉の上のデカンタの栓を抜き、グラスにブランデーを注いだ


「結構」

質の良いなめし革のソファーに座るその男は机に足を投げ出し、そういった


「報告を聞こう」

グラス片手にウォルガンは机の上の書類を読み始める


「まず海の向こうの国の」

そこまで言うと男は口を閉じた


怪訝そうに顔を上げるウォルガンを無視し、男は腕を一閃

哀れにもはたき落とされたハエが部屋の床に落ちた


「なんだね?」


「海の向こうの国の諜報能力、かなりのものだ。俺たちが盗聴や盗撮を魔法に頼る中、奴らは全く別次元の方法でやってくる」

そう言うと男ははたき落としたハエを摘み、ウォルガンに渡した


「これは、なんと精巧なハエの模型か!?」


「そうだ、連中が機械と呼ぶこれは様々なバリエーションがあり、こうして昆虫や動物に姿を変え、我々の生活に溶け込んでいる。これも立派な盗聴器だ。目をつけられているな」

窓を閉めながら男はそう言った


「ふぅむ。やはり大使館などと言うのは反対だったのだ。わざわざ敵の闘技場に上がってやる必要はないと言うのに」

ハエ型の盗聴器を机の上に置き、ウォルガンは男を睨む


「ウチの奴はよくやってくれてるよ。あまり責めないでやってくれ」


「人間ならそう言う時も有るだろう。大使館の件はなんとかするとして、他の仕事はどうだ?」


「先日、大日本皇国に見学に行った外交官一行が帰ってきた。何人かの記憶を覗いてみた結果、あんたの言う弱点がわかった。総統本人だ」


「ほぉ、大国の頭を討てばそりゃ国は倒れるさ。誰にでもわかる事だ、私はそれ以外の物が無いか知りたいのだ」

すると男はウォルガンが座る机の上に封筒を滑らせた


「全部その中に入ってる」


「……まさか」

その瞬間、ウォルガンは悟った


クルジド王室直属の隠密組織。彼らが証拠の残る書面と言った形で情報を渡すのは間違いなく()()()()の為だ


先程のハエ型の盗聴器の事だ、ウォルガンの想像を遥かに超える方法で盗聴されているに違いない


故にウォルガンは封筒を開け、中身を読んだ


「ふん、なるほど……」


「作戦は既に第3段階まで来てる。材料はほぼ揃いつつあるし、最後のピースは確保に向かわせてる。正規軍の力は必要ないから、いざと言う時、戦線に送り込める戦力の調達だけやっといて欲しくてね」


「いいだろう。計画通りいけば、奴らの国が愉快なことになる。ぬかるなよ」


「へいへい」


























バスディーグ コロモク市


「逃亡犯、でありますか?」

陸軍憲兵隊のクロウリー中尉はオウム返しのように言った


「そうだ、上層部から今朝通達があった。リラビア魔法国の宮廷魔導士のアリウスという男が逃げ出したそうだ。目撃情報によるとクルジド国の支配地域を目指しているらしい」

クロウリー中尉の上官、レプトス少佐がコーヒーを啜り、世間話をするようなノリでそう言った


コロモク市街復興の工事の音が窓の外からひっきりなしに響いてくる。未だ建物の随所に弾痕が残り、あらゆる防音盗聴措置も無に帰す、そんな環境で同盟国のスキャンダルを話されても現実味に欠けていた


「まったく、リラビア魔法国もいい加減にしてほしいな、首都での近衛と貴族の結託による反乱、バラードでもクルジドの残党と一緒にこちらに襲い掛かり、挙げ句の果てに身内の脱走犯を捕まえてくれと来た。おんぶに抱っこ、ケツ拭きまでやらされるとは」

レプトス少佐はため息を吐き、コーヒーを飲み干す


その間、クロウリー中尉は渡されたタブレットに映るアリウスの顔を見ていた

黒髪赤眼、中性的な顔をした若い青年、小動物のような愛らしさがある


「いくつか、質問よろしいですか?」


「任務に関係あるのならな」


「このアリウスは、何故逃げ出したのですか?」


「確か違法な魔法動物だか植物の研究をしていた為だとかなんとか。しかし指名手配犯の捕縛は我々皇国陸軍憲兵隊とリラビア魔法国の国家警察隊の使命だ」


「それはわかっております。二つ目はなぜ私に追わせるのですか」


「まぁ、逃げた場所が場所だし、君以外の部隊にも動いてもらうが、君の憲兵隊が現在欠員がなく、現地人も受け入れている、故に適任だと判断した」


「はぁ」

理論性を欠いている気がするが、いかんせん、それを気にしていると軍隊では長生きできないので諦めた


「まぁ、逃亡先が我が大隊の管轄内であるのが一番の理由だ。逃亡犯はなるだけ生かして捕らえよ、無理なら射殺。補給の融通なら私が手配しておいた、そしてこれが諜報部から届いた、奴の逃亡先と思われる場所の地図だ」

クロウリー中尉は渡された地図を脇に挟んだ。命令された以上、それに従うのが軍人だ


「逃亡犯確保の任務、受領しました」

渡された地図を見るとそこはマッポレア平原の手前、帰らずの森と呼ばれる大森林の衛星写真だった




















「だからってこんな地の果てまで犯罪者探しとは、やってられませんなぁ」

ユージーン軍曹がそう小さく呟き、対するクロウリー中尉も肩をすくめた


「まぁ、貧乏くじを引いたのが我々だけでないのが救いか、それとも……」

クロウリー中尉の視線の先にはシュタールメットを被ったエルフの美女がいた


「もたもたするな!宮廷魔導士アリウスは風の上位魔法を使う男だ!銃弾なんぞ、簡単にそらされると思え、いいな!」

40名程の部下を纏めるのはエルフのラピス警吏補(けいりほ)、エルフ特有の笹の葉のような長い耳のおかげでシュタールメットを被りづらそうにしているが、クルジド国との開戦当初から第一線で戦っているベテラン中のベテラン兵である


彼女は停戦後は五十人部隊の隊長を務めた経験から若手を育てる側に回った。よくある栄転という奴である


「まぁ、目の保養にはなりますな」


「同意だ」

クロウリー中尉もニヤケそうな頬を引き締めた。ラピス警吏補が率いるのはエルフや獣人族の女性が八割の部隊、しかも顔面偏差値はかなり高いと来た

全員が皇国陸軍払い下げのMP40を持ち、19世紀のロンドン市警の警官のような服装で来ており、普段むさ苦しい犯罪者と死線をかいくぐってきた皇国憲兵隊の男性陣を大いに癒していた


「中尉、上官のセクハラを告発したいのですが、よろしいですか?」


「おお、ゴールド少尉、まて早まるな」

クロウリー中尉はすぐさまニヤけた顔を引っ込め、ひっくり返った虫を見るような目をしているゴールド少尉に振り向いた


「部隊は展開を完了したそうです。我々も行きましょう」


「うむ、そうしよう。ルーサー伍長、UAVはどうなってる?」

クロウリー中尉が振り向くと左腕に取り付けた操作端末を覗き込んでいた伍長が顔を上げた


「バッチリですよ。オマケに偵察衛星からのスキャニングもあります、中尉、今回はやけに気前がいいですね」


「そうだな」

クロウリー中尉は止めていた足を再び動かし、物思いにふける


今回の捜索。たかだか逃亡犯一人のために大量の人員と装備が投入されていた


クロウリー中尉以外にも三つの中隊が別の方向から森の中へ入り、同じように捜索をしているとブリーフィングで言っていた

オマケに各中隊にはハンドスロー型のUAVが支給され、さらには低高度偵察衛星が一基使用権を付与された軍属技術者がついていていた


(まさか、ヤバい案件なのか……)

クロウリー中尉の頬を冷たい汗が滴り、離れた距離を歩くエルフの美顔を盗み見る


険しい足元の道すら平地と変わらぬスピードで歩き、へばる隊員に手を貸す余裕すらある。手練だ

同じ量の武器や装備を背負っているはずなのに向こうは対して疲れていない。獣人や森林の中のエルフの特権だろうか、それとも魔法の恩恵か


「あぁ、チクショウ。もうどうにでもなれ」
















同時刻


クロウリー中尉とは別の部隊はちょうど小休止に入っていた


「で、そのクソッタレ逃亡犯が逃げたと思われる遺跡は後どれくらいだ?」

指揮官のヘルマン中尉がヘルメットを脱ぎ、尻の下に敷く。副官がホログラムの地図を投影させる


「現在地がこの地点、目的地がここです」

自分達のいる場所が赤く光り、森の中心にある遺跡が青く光った


「ふぅむ、あと二時間は歩き詰めだな」


「兵員に水を節約させるように言いましょう。航空偵察では川や水場は確認できませんでした」


「そうだな、しかしこれだけ敵がいないとなると、弾薬は減らしても良かったかもな」


「……確かに、こういう鬱蒼とした森はゴブリンやコボルトがよく住処にするはず、これだけ騒ぎながら森に入れば襲いかかってきてもおかしくない」

副官の言葉にヘルマン中尉は凍りついた


「……おいシモンズ!付近に怪しい影はあるか!?」

UAVで空からの監視を務める兵士の名前を呼ぶが反応がない


「シモンズ!?」


「便所にいきました!」


「くそっ!ちょうどフラグが建っちまった時にかよ!誰かシモンズを引っ張ってこい!全周警戒だ!敵が近くにいるかもしれん!」

ヘルマン中尉の言葉に呼応するように木々がざわめきだす。風が吹いたわけでもないのに不気味に揺れ始めた


「中尉!あれって!?」


「おい、マジか……」














2回目の小休止の時、いきなり銃声が響いた


「何処の隊だ?」


「おそらく、南西方面から入ったヘルマン中尉の部隊です、そうなんですが…これは……」


「どうした?」

煮え切らない態度の無線兵にクロウリー中尉は詰め寄った

すると無線兵は音量を上げる


《…急!至急救援を!ヘルマン中尉は戦死!敵に包囲されている!森が、森が襲ってくる!チクショウ!うおおおッ!》

無線はそこで途切れてしまった


「……中尉、これは……」


「総員、全周警戒だ!ルーサー!UAVで周辺警戒しろ!」


「ルーサー伍長は単身トイレに行ってます!」


「なんだと、クソッタレ!相模(さがみ)、お前と一人連れて迎えに行ってこい!」


「アイアイサー!」

その返事と共にG36cを担いだ相模二等兵が小原二等兵と共に駆け出した


「警戒しろ!敵はどこから来るかわからんぞ!」

自然と集まり、円陣のような形になる。皇国兵、リラビア兵関係なく、背中を預け、銃や魔法の杖を外に向ける


「ラピス殿、敵が見えるか?」


「わからん。森の民であるエルフの私ですら、この森は惑わしてくる。何かおかしいぞ」

エルフ特有の美貌を悔しそうに歪め、MP40の先端に銃剣のように魔法の杖を取り付ける。リラビア兵の標準装備となった刺突用の軍用魔法杖が何本もファランクスのように外へ向けられた


《ブラボー、こちらチャーリー中隊、先程の銃声と無線は何だ?》


「チャーリー、こちらブラボー中隊。敵の襲撃の可能性が高い、警戒されたし」


《了解した、ん、ちょっと待て》

その直後、無線の向こう側から銃声が響いた


《なんだありゃ!撃て!応戦しろ!チクショウ!トレント、いや、これは、違うッ!?》


「どうした、チャーリー中隊!応答しろ!」

クロウリー中尉がいくら呼びかけても無線の向こうからは悲鳴と銃声が響くのみだった


「中尉!相模が戻りました!」

ラピス警吏補の呼ぶ声に振り向くとルーサー伍長を迎えに行った相模二等兵が歩いてきていた


「どうした?」


「待ってください、中尉。様子が変です」

ラピス警吏補と一緒に相模二等兵に銃を向けていたユージーン軍曹がクロウリー中尉を止めた


「……おい、アイツ死んでないか?」

クロウリー中尉も気づいた。グローブが外れた手の平は死人のように真っ青で、一見すると歩いてきたような見えるが、よく見ると身体全体がダランと脱力してる、まるで釣り上げられた人形のように


「相模、すまん」

一言呟くとクロウリー中尉はG36で相模二等兵を撃った


直後、相模二等兵がのけぞり、まるで身体の弾痕から溢れ出るように何かが飛び出た


「撃てぇ!」

その直後、その場の全員が銃を乱射し始めた。襲いかかってきたのは蔦だ。茶褐色で薄暗い森だと見づらいような蔦が不気味に地を這い、木を伝い襲いかかってきた


「不味い!これは!不味い!」

面制圧できる兵器を持たない彼ら憲兵隊には荷が重い。そう判断したクロウリー中尉は直ちに撤退を指示した


火壁(ファイヤーウォール)!」

ラピス警吏補と他数名のリラビア兵が魔法を唱える。するとたちまち蔦や森が燃え盛る


「なんだこれは、クソ夢に見そうだ……」

指示を取りやめ、点呼を取る。幸か不幸か捜索に行かせた三名以外の欠員は誰もいなかった


「中尉、撤退しますか?」


「ゴールド少尉、ルーサーの役目を引き継げ、逃亡犯が潜む廃墟までの距離は?」


「待ってください、UAV、復帰、えーっと、距離は200m程です」

役目を引き継いだゴールド少尉が腕につけた端末を操作し、そう答えた


「意外と近いな、なんとかなるかもしれん。パパッと犯人しばいて、さっさと脱出する。ユージーン、本部と連絡して救援と増援を呼べ」


「了解」


「ラピス警吏補、あなた方の魔法のみが我々の命綱だ。全員リラビア兵を中心に全周防御!お互い離れるなよ!この森全体が敵だ!さっさと終わらせて、飯でもいくぞ!奢ってやる!」

クロウリー中尉の言葉に軽く沸き立つ部隊、そこへラピス警吏補が駆け寄る


「クロウリー中尉、あなたに伝えておきたいことがある」


「なんでしょう?」


「私は森の民として長いこと森で暮らしてきた。だがこのような植物型の魔獣は初めて見た。味方の死体を利用してこちらを油断させ、襲いかかって来るなど、聞いたことない」


「ふぅむ、確か逃げ出したアリウスとか言う奴。魔獣だか植物の研究者だったよな」


「まさか、これは奴の仕業ですか?」


「奴が人工的に作り出した魔獣なら、エルフのあなた方が知らないのも納得だ」


「人工的に魔獣を作るなど、なんとおぞましい……母なる地母神よ、どうかお救いを……」

右手を額にあて、目を閉じる。大半のエルフが信仰する宗教の祈りだそうだ


「警戒を怠るな!ルポシャ!キルゴア!張、先行しろ!どんな些細なことでも見逃すな!いいな!」

全周警戒しつつ、ゆっくりと、前進し始めた

リアルが繁忙期に入り、投稿が遅れました。お待たせしました

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