益荒男
「突撃ぃーッ!前へぇーッ!!!」
号令と共に光皇派の兵士達は一斉に突撃を開始した
槍を構えた前衛五千人が雄叫びと共に戦車砲の砲撃により陣形の乱れた革新護国党の軍勢に襲い掛かった
相手は槍襖すら用意できず、砲撃のショックから立ち直ると、目の前に槍兵が迫っていたのだ
目の前の敵に槍を突き刺し、その勢いを殺すことなく走り抜け、腰の刀を抜刀する
「食い破れッ!」
タモノ将軍の怒声と共に阿吽の呼吸で軍団全員が鬨の声を上げ、突入。既に背を向けている敵兵に斬りかかった
光皇派の鎧は朱色で揃えられている。赤色は血の色であり、その血に恥じぬ忠誠を捧げる意味があるのだ
その忠義に恥じぬ勇猛さで敵の只中に突入した光皇直属鎮定軍は敵と斬り結び、足を払い転んだ敵の鎧の隙間へ刀を突き刺す
槍で前列の敵のマスケットの突きを受け流し、後列で朔丈を戻そうと躍起になってる敵兵に槍を突き刺し、倒れたところを何度も刺し、朱色の鎧が血飛沫で暗い赤色に変貌していく
「撃てぇ!」
僅かに統率を戻した反光皇派は銃兵で戦列を作り、一斉射撃を見舞った
朱色の甲冑に大穴を開け、何十人もの鎧武者が倒れる
「怯むなぁ!各々がた、かかれぇ!」
だが、光皇直属の軍勢たる彼らは怯まない。震える手で早合の端を噛み切る兵士の首筋に刀を叩きつけ、力の限りで切り裂く
「この程度の銃声、さっきまでのアレに比べたらこけおどしよッ!」
血に濡れた刀で次の敵兵に斬りかかり、敵の槍を払い、返す刃で一文字に敵の首を斬る
爆発と戦車の砲撃により銃声や爆発に慣れた光皇派の兵士達は統率の取れていない敵兵に次々と襲いかかる
突き出される槍を払い、振り下ろされる刀を弾き、マスケット銃を一刀の元に両断。敵の兜ごと頭をかち割った
反光皇派の兵士はマスケット銃による遠距離攻撃が得意であり、これほどの近接戦闘は今まで無かった、故に接近戦に弱い弱点がある
何故なら刀や槍を下げたり背負っていると銃の運用に支障をきたすからだ。腰には早合や火薬袋を入れたポーチや雑嚢があり、槍を背負うと戦列を組んだ際の邪魔となるため、殆どの反光皇派は刀や槍を持っていない
それゆえに1発撃ってしまえば後は装填中に殆どのものが斬り伏せられた。マスケット銃を棍棒として使っても長くは持たない
「皆の衆ッ!先鋒に遅れをとるなッ!走れぇ!」
『『『ウォオオオオオッ!!!!!』』』
光皇派の騎兵隊がそこへ横合いから殴りかかった。反光皇派の後続二万がようやく戦場にたどり着いた頃合いだが、その先鋒と本隊を完全に分断した
突き出された槍に貫かれ、騎兵に引き摺られた後、振り落とされる。槍が抜けなくなれば槍ごと敵を捨て、刀を引き抜く
馬上から振り下ろされる刀は馬の速力や慣性も合わさり、容易に人の骨を断ち、人間の倍の体格と脚力を持つ騎馬はその脚で簡単に骨を砕き、体当たりで敵を吹き飛ばした
「敵は弱兵だ!一気に押し潰せ!」
敵兵に槍を突き刺し、反対から切り掛かってきた敵兵を振り向きざまに刀で切り捨て、タモノ将軍は馬上から声を張り上げた
「タモノ将軍とお見受けするっ!」
そこへ駆け寄ったのはセタント将軍。額から血を流し、血に濡れた槍を地面に力強く打ちつけた
「その槍、セタント将軍とお見受けした!その首貰い受けるッ!」
「応とも!勝負、勝負ぅ!」
タモノ将軍は刀を左肘で力一杯挟み、血を強引にぬぐい、馬に鞭を入れた
対するセタント将軍は腰を落とし、槍を肩に担ぎ、歌舞伎の演者のように堂々と構えた
互いの距離は徐々に徐々に詰まっていく。攻撃範囲は槍のセタント将軍の方が上、しかし騎馬の瞬発力はセタント将軍が槍を振るより速い
(奴は馬を狙う。槍の薙ぎ払いで馬がやられたらその勢いのまま、奴を斬る!)
(馬を狙うことは奴も分かっている。馬を切ったら、飛んでくる奴を、この銃で、殺す!)
懐に刺した指揮官用の小型マスケット銃に意識を僅かに向け、タモノ将軍の馬を睨みつける
辺りで大勢が殺し合い、斬り合い、殴り合うのも関係なく、視界には二人しか映らなかった
「こいやぁぁああああああああああ!!!!」
「おおおおおおおおおおおとおッ!!!!!」
二人が同時に声を張り上げ、セタント将軍が槍を振りかざし、タモノ将軍が刀を振り上げた
直後、セタント将軍が消えた
「ぬぅおッ!?」
全力で馬に急制動を掛ける。苦しそうな馬の唸りと共にタモノ将軍はギリギリでそれに巻き込まれずに済んだが、馬はバランスを崩し、タモノ将軍は地面に投げ出された
セタント将軍を襲ったのは30mmチェーンガンによる機銃掃射。フルスピードで補給を終えたハヴォックによる攻撃だ
《ハニービー1より各機、敵味方が入り乱れてる、ロケット弾は後方の奴に使え、忘れるな、赤い鎧が味方だぞ》
威圧的にフライパスしていくハヴォックを呆然と眺めるタモノ将軍
その足元へ転がってくる物が一つあった
拾い上げるそれは首。面頬を取り外すとその下には壮絶な顔をしたセタント将軍
「なんと…これが……こんな、物が……」
己が人生をかけて研鑽してきた剣術、槍術、武術、馬術、精神力、それら全てをあの空飛ぶ兵器は薙ぎ払っていく。無感動に、無慈悲に、無差別に
敵の後方、自分たちが進むべき方向で連続した爆発が起きた。空飛ぶ機械から撃ち出された物が地上に落ちると爆発したのだ
後方から再びあの轟音が響く。振り返ると鉄の巨大な塊が先端の丸太のような巨大な棒から火を吹き、時折軽快な炸裂音と閃光を轟かせながら進んできていた
その鉄塊の側にいる兵士が持ったマスケット銃のような物が連続で光った。はるかに小さく、煙の出ないそれは正確に敵兵を射抜いていった
「これは、こんなの、戦ではないッ!」
見たことのない物体に蹂躙されていく敵兵、同じ悪魔族、同じムルテウに住む人、だが刃を向け、大勢の民草を殺した以上、彼らに容赦はない
(こんな戦い、我らの助太刀は要らぬのでは……新しい戦場、新しい世界に、我ら、騎士の居場所は、無い)
そこまで考えて、タモノ将軍は口を押さえた。ショックのあまり、叫びそうだったからだ
まるで自分の四十年近い武芸の鍛錬、人生全てを否定され、冷酷な現実を突きつけられたような気分だった
それと同時にタモノは彼らがたった一日で光皇様の心を掴んだ理由がわかった
これだけの軍勢をあっという間に薙ぎ払える武力。今のムルテウにこの武力に勝る力はない、受け入れるしか無かったのだ
鉄塊の上部、身体を乗り出して連発する銃を撃っている女の兵士。丸い穴の空いた兜を被り、兜から口元に伸びた耳かきの梵天のような物へ怒鳴り声をあげている
(ことごとく常識が通用しない。戦場に女子、いや、もう何も言うまい)
そこまで考えてタモノ将軍は頭を切り替えた
たとえリラビアの戦に仁義や風情が無く、理解を超える存在だとしても負けるよりかはマシ。タモノ将軍はそこで考えるのをやめた
(今は生き残ることこそ最優先!)
そう結論づけたタモノ将軍は転がってきたセタント将軍の首を高々と掲げる
「敵将セタント、討ち取ったりぃー!!!」
「大将首だぁー!」
「セタント将軍が死んだぁ!?」
「どこだ!どこへ逃げればいい!?」
敵は混乱の極みにある。幸か不幸か敵兵の鎧の色は味方とかぶっておらず戦車の正確な支援が出来たため、攻撃は熾烈を極めた
「一挙に突っ込めぇ!」
タモノ将軍の号令と共に赤揃えの鎧武者達は一丸となり、敵軍へと突っ込んでいった
陣幕から双眼鏡で眼下の戦場を見下ろすリディアビーズ
そこへ、血濡れたミゼット中尉が現れる
「第二段階完了、続いて最終段階、敵の追撃に当たります」
「お願いします」
そう言うとミゼット中尉は部下を引き連れて行く。敵は既に潰走。戦車やヘリから散り散りに逃げていた
「目撃者は残さない。クルジドに我が国の参戦を知られてはいけない……」
リディアビーズ皇女はそう呟くと目を閉じ、自身の魔法に集中する
リディアビーズは母親譲りで幻惑魔法、相手に幻覚を見せる魔法が使える
誰に使うか、無線技術の無い時代の兵士達が逃げる際に頼りにするのは斥候、つまりは逃げ道を探す専門職の者達だ
敵の後方部隊、指揮官の位置は派手な旗が立っているのでわかりやすかった。そこから駆け出す騎馬兵に狙いを定め、後方にも戦車がいる幻覚を見せる
「くぅ……」
距離が距離なので魔法の行使にはいつもより魔力を使うが逆にそれがリディアビーズには幸せに感じた
数ヶ月前は隷属の首輪で行えなかった魔法行使。それが出来る様になったのだ
(大器さんには、公私共に感謝しかない。せめて思惑通り行くようにしないと)
リディアビーズの計画は成功。斥候の兵士はひっくり返って本陣に戻り、やがて敵本陣から降伏のサインが挙げられた
「ふぅ……」
慣れない長距離からの魔法行使で疲れたリディアビーズは座り込む。眼下からは勝ち鬨の声が上がっていた
「洋上の部隊は上手くやってるかな……」
リディアビーズはポツリと呟き、草むらに寝転がり、目を閉じた
クルジド国
ムルテウ大陸への前線司令部はクルジド国一の港湾都市、アブロッサムに置かれていた
大型戦列艦八隻入港可能な巨大な港町であり、沿岸砲台なども兼ね備えた難攻不落の要塞である
その要塞に届いたたくさんの伝書鳩
示し合わせたように全ての伝書鳩に緊急の要件の印がつけられており、すぐさま本部に届けられ、要塞司令官が中を見た
「洋上の軍船、およそ120隻が轟沈、だと?」
そんなバカな、そう思った要塞司令官、だがどんな手違いがあれば緊急事態用の伝書鳩にこんな手紙を持たせられるというのだろう
しかも用心のためか、予備として届いた伝書鳩全てからもニュアンスは違えど同じような内容が書かれていた
しかも撃破された原因が空から降ってきた流星群だというのだ
「馬鹿げているが、確認せねば、今後の戦局に響く。すぐに増援を手配しろッ!」
「ハッ!」
要塞都市はまた一段と忙しくなった
「計画は成功。トマホークは各艦搭載数の半分は撃ってしまいましたが、それでも敵艦隊に与えた打撃は想定以上です。そして爆発の余波により小規模ながら津波が発生、敵海岸陣地に被害を与えました」
落合副長がハーレム少将にそう報告する
「ロングレンジからのミサイル攻撃はクルジド国に対し、これが初のお披露目だ。当たり前だが我々の姿も露見してない以上、クルジド国は我が国の介入を証明できない。こんな屁理屈みたいな作戦、作戦と呼べるのか?」
「時に大胆な方がうまく行く時もあります。それに屁理屈ですが、割と有効みたいですよ」
落合副長が新たに出された報告書に目を通す
「敵の港湾都市アブロッサムに潜伏した諜報部によるとクルジド国艦隊は流星群によって壊滅的打撃を受け、さらなる増援と徴税を行う、と」
「へっへっへっ笑えるね」
ハーレム少将は肩をすくめ、タバコを口に咥えた
「禁煙区画です」
「…手厳しい事で」
ハーレム少将は頭を撫で、タバコをしまった
甲板では着陸したハヴォックに弾薬が補給されている。側には桃色の髪をした少女とその少女に引きずられるようにしてガンナー席に押し込められる女性が一人
「まぁ、何にせよ、初戦は我々の勝ちだな」
ハーレム少将はそう呟き、露天艦橋に出て、タバコに火をつけた。満足そうに紫煙を吐き出し飛び去るハヴォックを眺めていった




