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反攻作戦ボア

スペード塹壕

第39軽歩兵中隊

水無瀬大尉


「……確かに命令受領した」


「ご武運を!」

伝令兵と敬礼を交わし、伝令が部屋を出てしばらくして水無瀬大尉はパイプにタバコを詰めて吸い始める


「大尉、部隊の招集は完了しております。欠員、ならびに武器装備に過不足は無しです」

副官のミゼット軍曹が敬礼と共に報告に現れた


「……ミゼット軍曹」


「ハッ!」


「今までよく私の命令に答えてくれた」


「ハッ!もったいなきお言葉!」


「出撃だ、我々も打って出るぞ、軽迫撃砲部隊に発破をかけろ、総統閣下代理の命令は攻勢だ!」

水無瀬大尉の言葉にミゼット軍曹は目を輝かせた


「お任せください!」






















スペードサーティーン塹壕


クルジド国の圧倒的な物量を前に後退を余儀なくされた守備兵達だが、この先は司令部があるということで機関銃陣地や弾薬庫が豊富に用意されており、僅かだが大勢を立て直した部隊は牽制射撃を繰り返し敵を近づけないように勤めていた


「撃てぇ!」

三八式歩兵砲四門が敵の集団に向けて斉射された。着弾と同時に敵兵が身体をバラバラにして中を舞ったが、敵の勢いは衰える気配はなかった


「次ィ!」

村田少佐が怒鳴ると砲兵要員が滑り落ちてきた空の薬莢を掴んで引き抜き後ろに放り投げる


「残弾、残りわずかです!」


「むぅぅ……ぼちぼち、限界か!」

村田少佐が唸ると同時に砲弾が歩兵砲に装填された


「撃ち方……」


「少佐!援軍が来ました!」


「撃ち方待て!援軍だと!?」

村田少佐が振り向くとそこには伝令兵と共に見知らぬ兵がそこにいた


「水無瀬です、よろしく」


「村田だ。援軍助かる!」

二人は握手を交わし、村田少佐は水無瀬大尉の後ろに控えた部隊を見て目を丸くした


「随分大勢連れてきたな、どうする気だ?」


「部隊の完全撤退の為、もう少し時間が必要だ。その為に我々が時間を稼ぐ」


「これ以上時間を稼ぐ事は不可能だ!」


「なんとかします、あなた方には総統代理より撤退命令が出ました。怪我人を背負って後方へ、後は我々に任せてください」

水無瀬大尉がM97トレンチガンをコッキングし破壊された機関銃陣地を立て直そうとしてる部隊の元へ走った


「まさか……やつら……」

村田少佐が水無瀬大尉の背中を見送り、拳を握りしめた


「……命令は命令。しかし!砲弾を残して撤退するのは!砲兵じゃねぇ!」

村田少佐の怒鳴り声と共に歩兵砲の要員が照準を改めて取る


「砲弾が尽きるまで粘るぞ!敵にぶちかましてやれ!全門斉射ぁ!」



















「あの少佐、やるじゃねぇか」

水無瀬大尉が呟き、トレンチガンに取り付けた銃剣の緩みが無いかを確かめた


「突撃要員、各機関銃陣地準備完了です!」

そこへ電話線が巻かれたリールを背負ったミゼット軍曹が駆け込んできた


「野戦電話は?」


「ここで最後です!」

ミゼット軍曹の後ろについてきた電話工兵がミゼットから受け取った電話線と野戦電話を接続する


「それと砲兵から連絡です!残弾残りわずか、撃ち切り次第我々は後退する、生きてまた会おうと!」


「あの砲兵将校、マジで最後まで粘る気か。正気じゃねぇな」


「お言葉ですが大尉殿、圧倒的劣勢を強いられてる我々があの集団に突撃する方が正気じゃないと思いますよ!」

そういったのはMP18を持ったマーク伍長だ


「ぼやくなよ伍長、その逆境を敵に見せつけてやれば連中腰を抜かしてぶっ倒れる」


「すると撤退の為の時間が稼げる、わかってますよ」

MP18にスパイク状の銃剣を取り付け、初弾を装填。ニヒルに笑い開通した野戦電話をとる


「テメェら!ここでの俺たちの踏ん張りが!後方部隊の撤退の助けになるんだ!一分一秒でも長く粘るんだ!腹ぁくくれぇよぉ!」

すると野戦電話を通さなくても聞こえる歓声や雄叫びが辺りにこだました


「突撃隊、よぉーい!」

マーク伍長が笑みを消し、鷹のような鋭い目線で眼前を睨んだ

負傷者を抱えながら後方へ走り去る味方に目もくれず、全員が眼前に迫る敵を見た

砲撃や爆発によって焼け、掘り返された地面に足を取られながらも粗末な武器や防具を持った民兵が大挙して押し寄せる


水無瀬大尉が笛を加える。敵の足音が地鳴りのように辺りを震わせる

自分の腕の震えはこの人工的な地鳴りか、それとも恐れからくるものか


(いいや、武者震いってやつだな)



ピィィイイイイイーーーーーー



水無瀬大尉が吹いた乾いた突撃合図の笛と共に百名の突撃隊は雄叫び共に陣地から飛び出した


軍靴が地面を踏みしめ、銃剣やサーベルをギラつかせ、突撃隊はひるむ事なく、足並みを崩す事なく前へ前へと駆け出す


今までは逃げる敵を追いかけるばかりだった民兵達は先ほどのボロボロの兵隊とは違い、真新しい軍服に武器と最小限の装備しか持たない身軽な、だが恐ろしい存在だと本能的に察知させる歩兵達を目の当たりにし、進撃の勢いが弱まった


そこへ村田少佐指揮の歩兵砲がけたましい砲声を響かせ、敵の民兵を薙ぎ払った


「突っ込めぇ!」

槍を腰だめに構えた敵の民兵をトレンチガンの射撃で薙ぎ払い、後ろに続く民兵にタックルを食らわせ、銃剣を胸に突き込んだ

銃剣を引き抜く事なくトリガーを引く。弾けた水風船の様に血飛沫が背中から飛び散り、後続の民兵の目を潰した


そこへ駆け込んだ兵士達は銃を手当たり次第に乱射して敵民兵を倒していった


「事前に決めた分隊で行動しろ!決して一人にはなるな!お互いをカバーだ!」

グリップを引き、空の薬莢を排出。ストックで振り下ろされた剣を弾き、そのまま渾身の回し蹴りを食らわせる


そこへ迫撃砲と機関銃の一斉射撃が始まった。人を殺傷することに特化した炎と鉄のシャワーが降り注ぎ、民兵をズタズタに引き裂き、身体中から血を吹き出しながら地面に倒れ伏していった

迫撃砲はあらかじめ選定した突撃隊の抵抗線より奥に砲撃し、それ以外を突撃隊と機関銃がカバーする受け持ちであり、運が悪ければ味方により誤射という結果に終わるがそれを恐れる様な弱者は水無瀬大尉の部隊には居なかった


「持ち場を死守しろ!勇気を振り絞れ!」

水無瀬大尉が叫び、最後の弾を込めたトレンチガンを発砲、発射された散弾が敵兵二人をぐちゃぐちゃにかき混ぜ、弾の無くなったトレンチガンを棍棒の様に構えて雄叫びと共に部下ともみ合う敵兵にとびついた


弾を使いきった兵は、敵から奪った槍や手斧、ナイフや石などで戦い始めた


「大尉!」

水無瀬が反応するよりも早く、マーク伍長がどこから拾ったのかM1895騎兵銃で水無瀬の後ろから這い寄った民兵の眉間を吹き飛ばした


「集まれ!」

伍長が弾倉を装填する間、水無瀬は銃身が完全に曲がったトレンチガンを捨て、スコップを腰から抜く


不整地なんて言葉が生易しいレベルの地面に足を取られながらも前に進み、突き出したスコップで民兵の喉を貫く

刃の様に鋭く研いだスコップは民兵の喉を易々と貫き、大動脈や声帯を両断。相手は声もあげることなく溢れ出た自分の血で溺れていった


振り下ろされる槍や剣をスコップで弾き、地面を転がってかわし、マーク伍長の援護射撃で一人が血を吐きながら倒れ、それに気を取られたもう一人を水無瀬がフルスイングで振るったスコップで顔面を粉砕する

その瞬間次の敵が襲い掛かり、水無瀬に後ろから抱きつく様にしがみついてきた


「クソが!」

悪態と共に水無瀬は全力で後ろへ頭突きをかます。鉄製のヘルメットが敵兵の鼻と前歯を砕き、ひるんで地面に倒れた敵兵に馬乗りになり、水無瀬は全力で拳を振り下ろし、顔面の原型が無くなるまで振り下ろし続ける


敵は次々とくる。無尽蔵と言っても過言ではないだろう。水無瀬は敵かそれとも自分の血からわからないほど血濡れた手でモーゼル拳銃を引き抜き、押し寄せる敵兵に拳銃を乱射するも、その行動自体濁流に小石を投げ込む様なものであり、あっという間に弾が尽き、挿弾子を使う間も無く水無瀬に次の敵兵が襲い掛かってきた

水無瀬はモーゼルを投げつけ、ひるんだ敵兵にタックルをかまして押し倒した

手頃な石を掴むと防具をつけてない、痩せ細った平凡そうな青年の頭にその石を容赦なく叩きつけた、二度三度、叩きつける回数が増えるたびに命乞いや家族の名前と思しき言葉を叫んでいた青年が声を小さくし、やがて動かなくなった

手に残る頭蓋骨を粉砕する感触を振り払う様に石を投げ捨て、モーゼルを拾い立ち上がる


その時、戦場に空襲を知らせる人の精神を逆なでする様なサイレンが鳴り響いた


「空襲?」

激戦の疲労により、朦朧としながらも空を見上げた


その瞬間、目があった


体長は5m程だろうか、全身が黒く、身体の要所を鎧か何かで補強している。首は長く、翼が生えており、背中には人が跨っていた


「ドラゴン……だとッ!?」

水無瀬の頭の上を三体のドラゴンが横一列の隊形で飛び去り、水無瀬の身体に突風が叩きつけられた


突如として戦場に現れたドラゴンは編隊を維持したまま水無瀬めがけて突っ込んできた

魅入られたように水無瀬はドラゴンを見つめていた。黒い額鉄のような隙間から覗く黄金色の瞳、縞瑪瑙のように複雑な、瞳孔が縦に割れた爬虫類特有の瞳に吸い込まれるように、見続けていた


降下したドラゴンは大口を開け、やはりというか一拍置いて口から火炎を吐いた


ナパームのようなゲル状の炎ではなく、可燃性ガスを燃やしたような広範囲にしかも射程が長い炎だった


空から吐き出された炎は地上で取っ組み合いをする敵味方の区別をつけず等しく焼き尽くした。炎の直撃で即死した者、塹壕や砲撃穴に逃げ込み、酸欠で死んだ者、残念なことにしぶとく生き延びてしまい火だるまになりながら崩れ落ちる者。皆死んで行った


水無瀬大尉も同じだ。何も感じることも無く、感じる暇もなくドラゴンの火炎放射に飲み込まれ、死んで行った


突撃隊百名が死闘を繰り広げた地帯が火の海と化し、残された後方支援要員五十名は次席指揮官となったミゼット軍曹は機関銃による対空射撃を敢行。10箇所の機関銃陣地が弾を使い切る頃にはドラゴンははるか彼方へ飛び去っていった


敵の進軍路はドラゴンの火炎放射で火の海と化し、あちこちで放棄された弾薬庫が爆発し、敵の進軍を遅延させるという目標は果たしたと判断、ミゼット軍曹は撤退を決断した


ミゼット軍曹は目に焼き付けた。燃え盛る大地、尊敬していた上官と思しき焼け焦げた何か、そして撤退するドラゴンの乗り手が掲げた剣と盾を持った竜の旗を

















数時間後……


司令部壕


「ドラゴン…ですか……」


「はい、水無瀬大尉以下、突撃隊百名は全員が戦死。炎が酷く遺体も回収できず……私は……」

奥歯が割れんほど歯を食いしばり、必死に涙を堪えるミゼット軍曹をミリア少佐は抱きしめた


「よく戦ってくれた。あなた達の活躍のお陰で撤退計画は完遂した。後は我々殿のみだ。ミゼット、貴女の上官と部隊は、私の命の恩人でもあるし、私たち全員の恩人だ。この借りは必ず返す」

ミリアはミゼットの目を見て言った


「あの空飛ぶ蜥蜴を地面に引きずり落として、貴女が率いる隊で血祭りに上げさせる。私がその機会を作ってあげる。だから約束して、それまでは何があっても戦い続けて」


「…………少佐ッ!」

堪えきれなかった涙を零しながらミゼット軍曹は敬礼し、生き残った部下と共に地下通路に駆け込んだ


怪我をした部下に肩を貸しながら地下通路に入っていくミゼットの背中を見ながらミリア少佐はため息つき、工兵隊の隊長に振り向いた


「準備は?」

何十個ものダイナマイトプランジャーを必死に動かしている工兵隊を眺めながらミリアは聞いた


「万全です。後はこれを回すだけです」

大器により召喚されたばかりなのに目の下に濃いクマを作った不健康そうな工兵隊中尉が芝居がかかった動作で起爆キーの刺さった起爆装置を差し出した


その起爆装置を受け取り、ミリアは偵察ドローンの映像を見つめる、司令部まで既に100メートル程の距離まで肉薄されているのだがミリアはそれでも冷静だった


仲間を大勢失いすぎて、ミリアの中の何かが麻痺してしまったのか


「それとも、私は元々こうだったのか」


ミリアは起爆装置を躊躇なく押した。増幅された電流が電線を伝い、電線の終点に設定された信管が起動。特定の電流に変換され信管が刺さったダイナマイトが燃焼、起爆した


外周沿いの砲兵陣地がまず特大の爆発を起こした。砲兵の撃つ大小様々な砲弾が誘爆するように計算されたダイナマイトの配置は戦利品漁りに夢中だった騎士や兵隊を悉く粉砕し、爆風や撒き散らされた鉄片、小石、木屑、暴発した銃弾が身体を引き裂き、老若男女、身分の貴い卑しい、防具の有り無し問わず無慈悲に殺傷し爆風だけで鼓膜を破き、内臓をかき回し脊髄を砕かれながら死に至った


爆発は外周から徐々に内側に連鎖していき、迫撃砲、機関銃陣地、燃料貯蔵庫、弾薬庫、可燃物が有る所は例外なく爆発し、近くにいた兵士はもちろんのこと、離れた箇所にいた兵士に至っては撒き散らされた破片や爆発による圧で例外なく命を落としていった


火山の噴火のような爆発が起こり、地下通路の入り口は計算通り土砂に埋もれて誰にも分からなくなった


後に残ったのは夥しい死体の山と血の海、この世の終わりのような光景のみだった


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