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アンブッシュ

クルジド国とは一年の半分が吹雪に覆われた大地と流氷に覆われた海を擁する国である為、国民の殆どは狩猟と牧畜で糧を得る。我慢強く冬を耐え忍んで生きてきた


そんなクルジド国がアラヒュト神の信仰と共に周辺国を併合、しかるのちさらに力を蓄えて戦争に勝ち続けた


さらなる勝利、さらなる栄光を。人々は邁進し、ついには海を渡り出した


しかしこの世界に揚陸艦という艦種は存在しない。この世界で海を渡って他国へ侵攻するとなると戦列艦を沖合に停泊させ、小舟に兵士を乗船させ、そこから漕いでいくというものになる


ムルテウ大陸に上陸する為の桟橋は真っ先に破壊された為、このような揚陸手段に頼る他なかった

中世のバイキングのように船ごと浜へ勢いよく乗り上げる手法も研究されているが、クルジド国は元来陸軍国。占領国から徴収した戦列艦等はあるものの、そう言った船は戦争の最中、真っ先に沈められてしまう為、クルジド国にはまだ存在していない


その為、クルジド国が揚陸できた兵士は一個軍団にも満たない。まだまだ沖合の戦列艦には揚陸待ちの兵士が大勢いるのである


そして先行して上陸したクルジド国第89軍団はマブニ国のジャロワーム率いる軍勢と衝突。辛くも海岸線の一部に橋頭堡を築く事に成功していた


89軍団の軍団長のルブドラグ中級二等将は上陸用の桟橋建設、並びに物資徴発の為にそれぞれ部隊をマブニ国各地へと派遣したのだ


マブニ国を始め、ムルテウ大陸には銃という物はまだ存在していない。人々は槍や弓矢、そして刀を武器に戦いを挑んでいた

おまけにムルテウ大陸は現在群雄割拠の戦国時代。それぞれの国がお互いの利権や思惑のために争っていた


そこへマスケット銃と共に殴り込んできたクルジド国。初戦がマブニ国の勝利に終わったのは慣れない船上生活でクルジド兵達が弱っていたからだ


前門のクルジド国、後門の内乱と戦争に挟まれ、マブニ国はクルジド兵達の跳梁跋扈を許してしまったのだ


「歩けぇ!」

首と手首に縛った一本の縄で数珠繋ぎになった女性や子供を強制的に歩かせながらクルジド兵を束ねるジャドヴィル上級三等兵長は馬上から怒鳴った

桟橋建造にはなにせ人手がいる。クルジド兵を消耗させるわけには行かない、その点現地人の悪魔族や獣人族は数も多く、身体も頑丈。オマケに溜まった鬱憤も晴らせる


「おい、聞いてくれよ!俺は今、重大な発見をしたんだ!」


「なんだよ?」


「この悪魔ども、なんで額に二本の角が生えてると思う?」


「知らねぇよ、学者気取りか?」


「口に突っ込むときの取ってにする為だよ!」


「アッハッハッハッ!それは最高だ!世紀の発見じゃないか!」

部下の下品なお喋りもジャドヴィルは黙認する。一時拠点としている廃村に着いたら、今連れている女とどう楽しむかだけを考えていた


ジャドヴィルが連れている部下は173名、対する捕虜は300人近い数がいる。悪魔族は魔法が使える者があまりおらず、その為二倍近い数でもこうして抑えることができるのだ

数が多い為、到着がだいぶ遅れ、日が傾き始めているが、ジャドヴィルは気にしてなかった


その為、村に着いたらまず村の中央にある集会場に捕虜を詰め込む。そして自分達の()()()を其々の建物に持って帰るのだ


「とっとと入れぇ!」


「この扉は魔法で強化されているし、見張りも立ててる!逃げようなんて思うなよ!」

道中何人もの捕虜が逃げ出し、その度に全員が捕まり、捕虜全員の目の前で嬲られて殺される様を見せつけられた彼らの心はとっくに折れており、そんな気力もなさそうだった


「いやぁ!痛いッ!やめてぇ!」

ジャドヴィルは泣き叫ぶ獣人の狐耳を掴み、自分の寝床の建物に連れて行く


「この国のドアは音とかダダ漏れで嫌になるぜ、全く、なんでこんな紙一枚で過ごせるんだ?」

狐耳の獣人を物のように放ると腰に吊るした剣をベルトごと置いた


「やだっ!来るなぁ!」


「やかましいッ!」

ジャドヴィルは容赦なく蹴りをくらわせ、蹲り、えづく獣人の耳を再び掴んで顔を覗く


「結構綺麗な顔だし、この、白い服と赤いスカートがエロかったから連れてきたけど、あんまキーキー煩いと、殺すぞ?」


「ヒッ…い、いや……」


「そのまま大人しくしてろ、明日には死ぬまで木の切り出しか運搬に割り当てられるんだ、楽しんどけよ、つっても、言葉はわからんか」

そういうとジャドヴィルは強引に緋袴を引き裂くように脱がせた


「やぁッ!やめてぇッ!鬼畜の子なぞ、孕みとぉない!」


「ほぉー下は中々綺麗じゃねぇか、処女か。んじゃ早速」

ジャドヴィルが自分のズボンを脱いだ直後、首に何かが触れた


なんだ?の声を上げる前に首に猛烈な痛みが走った


「カッ!?ハッ!ハェ…ぅえ……ッ!?」

糸だ。細い糸のような物が自分の首に食い込んでいた

喉を掻き毟るように指を這わせるが首の肉に食い込み、気道と声帯が潰され、呻き声一つあげられない


誰かに糸で首を絞められている。その事実に気づいた時にはもう遅い。反射的に腰の剣を取ろうとするが感触が無い。せめて何か武器を、武器を


虚空に手を伸ばすも、空掴むばかり。息を吸っても吸っても喉から先に空気が入っていかない


やがて視界が暗転し、二度と目覚めることはなかった



















「こちらスペード2-4 、捕虜1名確保」

ミゼット中尉は服を剥がれ、震える狐耳の獣人に毛布を被せる


《了解、引き続き分かれた捕虜を収容せよ》


「さて、お嬢さん、立てますか?」


「あ、あなたは……?」


「あなた方を救出に来ました、こちらです」

ミゼットに肩を借り、建物の裏手から出た


地面に倒れ、冷たくなっているクルジド兵の脇を通り抜け、村から出た林に数名の捕虜とミゼットの小隊員がいた


「姉さん!」


「シグ!無事だったの!?」


「静かにッ!」

別々に連れ去られた妹と再会した感動のあまり涙を滲ませ、抱きついた

周辺を警戒していたグレン少尉が静かに怒鳴る。二人は大人しく従った


「姉さん、大丈夫なの?」


「大丈夫よ、あの人が助けてくれたの」


「勇者様……」

狐耳の獣人はミゼットの方を振り向く。置いてあった水筒から水割りのウイスキーをラッパ飲みし、ミゼットは何処か熱っぽい二人の視線を無視して駆け出した


《各小隊、こちらゲームマスター。バラけた人質は全員確保された。残りは外にいるクズどもだけだ、派手にやれ》

無線から指示が出ると同時にグレン少尉は立ち上がった


「皆さん、これより戦闘が始まります。ここから避難しますよ」


「待つのじゃ、あの、あの人は!?」


「一緒に来ないのですか?」


「中尉なら大丈夫、死んでも死にませんから」

グレン少尉は無意識のうちに頭を押さえた。ミゼット中尉の女癖の悪さは無意識レベルに到達してるのかもしれない






















開始の合図と同時に仕掛けられたC4が起爆。兵舎として使われている建物や地面が爆発し、爆風や破片が無差別にクルジド兵を切り刻み、蹂躙した


《スペード2-2攻撃!》


《スペード2-3!いくぞぉ!》


《スペード2-4攻撃開始!》


「スペード2-5、攻撃開始!」

其々が指揮する小隊を避難民を保護する班と攻撃する二つの分隊に分け、其々が分散して銃撃を開始した


ミゼット率いるスペード2-4は建物の屋根に潜み、上から撃ち下ろす

藁葺きの屋根に身を隠し、ドットサイトに敵兵を映し、トリガーを引き、照明弾を絶やさず打ち上げる

一方、劉中尉率いるスペード2-2は北側の入り口を封鎖するブラッドレーの随伴、フェブランド中尉が率いるスペード2-3は南側のブラッドレーの随伴として動いており、木片を打ち付けた大八車などを置き、ばら撒いたナパームを煌々と燃やし、道を炎と人、車と三重の防護策を作り上げていた

ブラッドレーからの機銃掃射だけでも凶暴だが、劉中尉やフェブランド中尉の部隊が加わり、逃げ惑うクルジド兵の死体が道いっぱいに転がり始めた


そして残るスペード2-5、レイヴン中尉は捕虜が収容されている集会場の屋根裏部屋から出て、逃げ惑うクルジド兵を片端から撃ち始めた


「照明弾絶やすな!撃ちまくれ!」


「すげぇや!全周目標だ!」

皮肉なことに集会場の壁や戸はクルジド兵自身が魔法をかけて強固にしてしまった。故にクルジド兵は前後左右から撃たれながら目の前の即席トーチカを攻略せねばならなかった


「やつら何処から湧いてきやがッ!」

その直後、そのクルジド兵は頭を破裂させ、倒れた


「ちくしょう!こんなのやってられるか!」


「おい、こっちから逃げるぞ!」

クルジド兵の一人が建物の間を通り、林へと逃げ込んだ

だが多くの兵士はソアラ大尉率いるスペード2-1 小隊が森の暗闇に潜んでいることを知らず、次々と打ち倒されて行った


「落ち着いて狙え、奴らは的だ。真っ直ぐ動くただの的だ」

4つ目の暗視ゴーグルを装着し、可視化されたレーザーポインターで暗闇を走るクルジド兵に極めて正確な単発斉射を浴びせる


照明弾の明かりも届かないような暗闇の中、暗視装置の緑色の視界には人間の目では捉えられない高出力のレーザーが乱れ飛び、その先には隣の仲間が倒れたことに気づかず駆け寄ってくるクルジド兵がいた


「おやすみ」

サプレッサーで抑制された銃声とともに発射された弾頭はクルジド兵の胸に風穴を開けた


一方、ソアラ大尉が布陣する林とは反対側、水田や畑として開墾されている平地に逃げ出すクルジド兵も居たが、工兵が即席で作った照明弾地雷を踏み、辺りが眩い光に包まれる

それを皮切りに被せられた藁束を跳ね除け、12.7mm汎用重機関銃を搭載したハンヴィーが動き出し、猛烈な機銃掃射を浴びせ始めた


《俺の出る幕は無さそうだな》

上空を飛ぶキーゼル中尉のMH-6リトルバード。サーチライトであちこちを照らし、機銃掃射により敵が倒れると次の獲物をスポットしていく


《今日は大人しいんですね、中尉》


《あぁ、なんせ良い子は寝る時間だぜ、ふわぁーあ》

大きなあくびをし、眠そうにするキーゼル中尉、彼のライフワークは夜中の九時就寝からの朝の五時起きなのである、夜勤は極力しない主義である


《今日で居眠り運転も追加ですか?》


《まぁ、頑張るよ》

コルト軍曹は暗視装置の視界越しに逃げるクルジド兵を逃さずサーチライトで暴き出す。リトルバードのミニガンが動くことは無さそうだ


そうなると一番敵が集中するのは真ん中、捕虜収容所の集会場である


「中尉!押し寄せてきました!」


「ちくしょうめ!起爆するぞ!」


「伏せろ!伏せろぉ!」

レイヴン中尉が起爆装置を取り出し、配下の兵士が窓際から離れ、頭を下げた

起爆装置を押し込んだ直後、地面に埋め込んだC4が爆発。集会場に駆け寄ってきたクルジド兵達は足元から打ち上げられた鉄片や石に撃ち抜かれ、地面に倒れた


「敵は押されてる!一人残らず倒せッ!」

破けた障子戸から銃口を覗かせ、近寄るクルジド兵に弾丸を叩き込んでゆく


やがて前進を開始したブラッドレーや他隊におされ、クルジド兵は捕虜となった数名を除き、全滅した




















玄武島


大器はムルテウ大陸派遣軍からの定時報告書を読んでいた


「襲われる避難民を救助、そして避難民の中にマブニ国の当主の娘がおり、マブニ国への道案内と橋渡しをしてくれると、凄い出来過ぎじゃないか?」

大器は報告書を置き、すっかり冷めた紅茶をすする


「これがクルジド国の策略の可能性は皆無です。現地諜報機関からの報告も合わせると、たまたまかと」

ローズ中佐も新しい報告書を机に乗せ、大器に新しい紅茶を注いだ


「ありがとう。ムルテウ大陸の件は順調、となると次は……」

大器は新しく持ってきた書類に目を通す。クルジド国からの抗議文だ


自分たちが戦争を仕掛けている敵国に使者を送るなど事実上の宣戦布告に等しい、報告もギリギリまで伸ばしていたのは非常にやましいところがあるからだろう。と言ったこちらを非難する内容がつらつらと書かれていた


「予想通りだな」


「ええ、予想通りかと」

この反応に対する答えは決まっている。今後は首脳レベルでの連絡をスムーズにするために貴国に連絡の窓口、大使館を置き、直通のホットラインを引かせては貰えないか?という事だ


「これで戦争がやりやすくなる」

大器は新しい紅茶をすすり、自然と笑みを浮かべる


「ええ、これでクルジド国への連絡のやりとりはタイムラグなく公式に行われます、戦争における公平性がまた増すというわけです」

戦後、連絡の不備で奇襲攻撃をされたなどと謗られてはたまったものではない。故に大使館、故に直通ホットラインなのだ


「今までのクルジド国のやり方は理性なき戦いだった。今度はこちらの理性ある戦争に引き摺り込んでやる」

大器は笑いが止まらなかった。自分の策略がここまでうまくいった事の満足感があった


「ローズ中佐、大使館職員の件は任せたぞ」


「はい、お任せを。閣下も私がいない間に、自主練をサボってはダメですよ?」

その一言に大器は顔をこわばらせた


「わかったわかった、でもキスとかその、そういう練習なんていらんだろ、その結婚する相手だって決まってないんだから」

年相応のウブな反応をする大器をまるで聖母のような優しい笑みで見るローズ中佐


「ダメですよ、あなたはこの国のリーダーです。いずれは基盤を固めて次代の子にこの国を引き継ぐのです。当然、お嫁さんとなる人の為に、そういう勉強も必要なのですよ」

ローズ中佐は顔を近づけ、大器の目を覗き込む。赤縁眼鏡越しにローズ中佐は大器に目で訴えかける


大器の脳裏に今まで夜な夜な行われてきた()()が思い浮かぶ。条件反射的に顔が赤くなった


「私がクルジド国から帰ってくるまでにキスが上手になってたら、及第点です」


「そりゃ……手厳しいな」


「厳しくもなります。その為に私はいるのですから」

ローズ中佐はそういうと悪戯っ子のようにウインクを一つ。そして整理の終わった書類を置いて部屋を出て行った


「………仕事頑張るか」

溜息一つ吐いた大器はそのまま書類仕事に移った

帝王学の中には夜のベットで相手を屈服させるそういうエロい勉強もあるみたいです、それ専用の教材とかも


私、気になります!

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