弱みがない物はいない
休みなのでもう一話
玄武島からおよそ20km
玄武島への移動手段は現状二通りある
一つは海路。大日本皇国の軍民両方で船が出されており、リラビアからの戦争難民や移住希望者などが大勢、乗り込み玄武島へと向かっていく
もう一つは空路。これは主に軍用がメインだ。民間で未だに行き来出来るほどの施設が整っていないのである
よって民間人は基本的に海路、軍人や外交官は空路で玄武島に赴くのが通例化してきた
だが、中には例外もいくつかある。例えるなら仮想敵国の高官に圧倒的武力を見せつけるときなどはその例外だ
ここは大日本皇国海軍が誇る主力戦艦アイオワの艦橋。停戦交渉が概ねひと段落し、「せっかく来たのです、我が国を見ていってください」という提案のもと、クルジド国の外交官御一行はノコノコとマスドットリオからヘリで本土沖合の第一機動打撃艦隊に合流。一路玄武島へと航行していた
「今左手に見えますのが皇国海軍の第三艦隊、全てこちらの世界で建造され、実戦投入されている艦隊です」
ガイドするのは大日本皇国の外交武官である佐古水大佐である
「なんと…本当に、全てが、鉄でできている……」
そう唸り声を上げたのは武官としてやってきているルドルフォ上級三等士、見開いた目と開いた口が塞がらない
海洋性の魔獣の体当たりや押し寄せる白波を物ともせず、眼前を航行する航空母艦や重巡を目の当たりにして自然と唾を飲み込んだ
「一番手前の艦は重巡洋艦の利根です。全長253m、最大速力60km、最大定員は960名、哨戒用ヘリ二機完備、127mm速射砲を前後に一門ずつ、ファランクス対空機銃が三門、無人化された高角砲、並びに20mm3連装対空機銃が両舷20基ずつ、もちろん対地対艦対空ミサイル完備です」
「うぅむ、すまない、わかりやすく言ってくれないかね?」
いまいちピンと来ない顔で言ってるのは外交官の長であるファルジャン外交担当大臣である
「利根型は同時に34の空中、海上標的を探知して同時に撃ち落とすことが出来るんです」
「なんと!それは……」
「我々では想像もつきませんな」
ファルジャン大臣は顎に手を置き、面白そうに利根を眺める
「訓練を見ることはできないのですかな?」
「申し訳ありません、民間船舶や外交官を乗せた機体が近くを通るときは訓練出来ない決まりなので」
その直後、艦橋要員が血相を変えた
「警報!上空に感ありッ!」
「何ッ!?」
その報告を受けた直後、艦橋のモニターに露天艦橋の映像が中継されてくる
「ふむ、巨大怪鳥、ですな。50匹はいるでしょうか」
ファルジャンが顎を撫でながら呟いた
画面には緑の羽根に赤のラインが入った巨大な鳥が群れをなして飛んでいる姿が映った
この怪鳥は海上の船に集団で襲い掛かり、船乗りを拐う鳥の魔獣である
恐ろしい鳴き声と共に翼を折り畳み、一目散に降下していく
「50匹もいるとなると、普通の船団では生き残れますまい、大日本皇国海軍の方々、どうか我らをお守りいただけますかな?」
うろたえるルドルフォ上級三等士を尻目にファルジャンはどこ吹く風と言わんばかりにそう言った
「えぇ、問題ないかと。それにみたがっていた訓練が見れますよ」
佐古水大佐が利根を指差すと利根の艦橋前の甲板のVLSハッチが開いた
直後、中に搭載された対空ミサイルが発射され、ジェット噴射の光跡を引きながら空へと登っていった
「おおおおっ!なんだあれは!?」
驚くクルジド国の外交官達を尻目に対空ミサイルは高度を上げ、コアトリスの群れの真ん中で炸裂。一気に20体以上を蹴散らした
「みなさん、利根がこちらへ来ます。進路を変えます、揺れますので何かに捕まって下さい」
艦橋要員の警告に従い、各々取手に捕まる
「面舵一杯、進路2時方向へ」
「面舵一杯、よーそろー!」
「艦長!本艦も対空戦闘に参加すべきでは!?」
「なに、あの程度利根だけで十分。お客様に万が一があってはならない。利根に注意を引き付けてもらってる間に引き上げるぞ、対空警戒を厳となせ」
「了解!」
その会話を横目で聴きながらファルジャンは視線を利根に戻す
船の前後から光線が時折立ち昇る。佐古水大佐いわくファランクスとかいう兵器らしく円筒形が上にくっついたよくわからない機械から放たれた光線に絡めとられたコアトリスがバラバラになりながら海へと落下していく
それだけじゃない高角砲や20mm対空機銃が一人でに動き出し、FCSレーダーに組み込まれ、百発百中を約束された銃座群がファランクスの死角から忍び寄ったコアトリスに弾幕を浴びせる
異世界の魔獣は基本多頭で襲いかかってくる。その群勢に対し、ファランクスや速射砲だけでは手が足りず、こうして前時代的な軍艦のように高角砲や対空機銃を積み込み、ハリネズミのように各方向への対応力を高めたのだ
本来なら多くの艦船が密集してお互いの死角をお互いがカバーするのだが、この世界ではまだまだ艦艇の数が少なく、制海権も完全でない為この様な形になったのだ
やがて最後の一匹になったコアトリスにVT信管の高角砲弾が炸裂。緑の羽根を赤い血で染め上げ、最後は利根の右舷の甲板に墜落し、バウンドした身体はそのまま海へ落ちていった
「なんと……」
絶句するクルジド国の外交官達。コアトリスの群れに襲われた船団は生き残りが出れば良い方という常識は既に昔の話だったのか
(ふむ、実際この目で見ると、我々はこの船一隻だけでも壊滅させられそうだ……船の速さ、武装、武器の命中率、桁違いだ)
外交官として鍛えたポーカーフェイスをかましながら海に浮かぶコアトリスの死骸を眺める
(竜騎兵の護衛があってもコアトリスの群れに負けることは多々ある。つまり竜騎兵や通常の帆船、いや極秘開発の装甲艦ですら、足元にも及ばない……)
ファルジャンは顎に手を添え、考える
(ウォルガン卿のいうこの国の弱点、それは一体……本当にあるのだろうか……まぁ何にせよ、弱みはそう簡単に見つからない。であればマスドットリオを基点にじっくり丸裸にしていくまで……)
人知らず胸を撫で下ろし、ファルジャンは安堵の息を吐いた
玄武島 古木市
皇国陸軍大学 生体物研究棟
異世界の魔獣や植生、あらゆる生き物の研究を行う大日本皇国の化学の最先端であるこの陸軍大学
薄汚れた白衣を着た研究者達が行き交う中、大器が副官のローズ中佐、そして横並びにリラビア魔法国の第一皇女のリディアビーズ、今は変装し一人のリビーとして大器と一緒に歩いていた
実はリビー皇女は外交官としてこの島に幾度かやってきたが大器と一緒に出歩くのはこれが初でもある
「リビーさん、この国はどうですか?」
「とても素晴らしいです。我が国に無いものばかりで、いつまでも居たくなります」
花が咲く様な笑み、とても場が和む
「それはよかった」
自分が作り上げた街が評価されるのはいい気分だ。相手がリビーなら尚更である
今日は一日リビーを連れて視察と称して色々なところを巡った
ショッピングモールや遊園地、温泉街といった新しく作り上げた箇所を一緒に回った、さながらデートのような
それを後ろで見ていたローズ中佐と影から見守っていた護衛達がほっこりするほどには良いデートだったとか
今日の視察の話をしながら歩き、やがて一つの部屋の前に止まった
「大器さん、ここは?」
「今日一番のメインです。さあ中へ」
大器がドアを開けてリビーが中に入るとそこは清潔な白いシーツのベットと診察台、病院の診療室のやうな趣の部屋だった
「閣下」
「リーランドさん。今日はよろしくお願いします」
二人の目の前にいたのは一人の男性。細い銀縁メガネに痩せ気味の体型、白衣がとても似合う、線の細いメガネ男子といった風貌の人だ
「こちらはリーランド、軍属では無いが、優秀な化学者です」
「お初にお目にかかります。リーランドです」
「はじめまして、リーランド様」
軽く握手を交わし、リビーの目は再び大器へと戻った
「大器さん、今日はここで何を?」
「リビーさん、バラードでの事は覚えていますか?」
「はい、あの時のことは、ハッキリと」
「私の不覚で、リビーさんに辛い思いをさせてしまいました、あのクズのせいで、リビーさんは生涯魔法が使えない身体にされてしまった……」
「…はい」
リビーは無意識のうちに自分の首を撫でる。服で隠してはいるが、その下には今でもリビーの魔法を阻害する隷属の首輪がされている
実力主義が徹底的に蔓延るリラビア魔法国において、たとえ一人しかいない第一皇女とはいえ魔法や武力が無いリビーの立場は非常に危ういものになっている
外交力やコネ等、それに代わるほどの力がリビーにあるとはいえ、頂点にあるべき王族が隷属の首輪をはめられていること自体がスキャンダルであり、それは醜聞としてリビーについて回る
そこへ加えて先代王が戦争で死んでおり、我こそはという力ある貴族がハッシェル女王を押し除けて王権を手に入れようと暗躍もしている
今のところハッシェル女王は上手いこと収めているが、いつまでもつかはわからない、だが隷属の首輪は無理矢理外せば装着者は死ぬ。付けた本人にしか外せないのだ
そしてその本人は死んでいる。どん詰まりである
「その首輪、外せるかもしれません」
「…………えっ?」
リビーは不思議そうな顔をして大器を見た
「大日本皇国の技術の粋を尽くし、隷属の首輪を解析しました。いわゆる音声認証によるセキュリティキーです。使用者本人の声紋で特定の言語を言う。これならば解除は容易いです」
そういうとリーランドはセロハンテープのような物を取り出して大器の喉に貼った
「これは?」
「死んだウィリアムズから声帯を摘出し、3Dプリントでスキャニング、その後IPS細胞で同じ声帯を複製し、声紋を分析。その変声器にはその声になるように作りました。適合率は99.8%まで上げました」
「なんか、チリチリするな」
「微弱な生体電気を流して声を首輪の使用者に近づけています。剥がせばすぐに戻りますが、処置が終わるまでそのままです」
あっ、あー。と声の調子を確かめる大器を尻目にリビーはリーランドに聞いた
「で、でも合言葉が無くては、解除は出来ませんよ!?」
「問題ありません、既に解読済みです」
「ど、どうやって……」
「これは元の世界での警察の捜査などにも使われた手法なのですが、人間の脳は死後数時間は活動を続けています。あの日、大器様の命令でバラードでウィリアムズの死体を回収し、すぐに記憶をデータ化しました。解析に時間を要しましたが。今日解読が完了しました」
リーランドが親指をグッと上げ、片頬を吊り上げて笑う
大器がいた時代では死者の記憶を読み取るのは一般的な手法であり、被害者が直接犯人を見ていれば犯行動機も方法もわかってしまう。探偵いらずである
リビーは頭の上を?が乱舞しており、対する大器はリーランドから一枚のメモを貰った
「ふむ、我ウィリアムズは妻たる汝を永久の隷属と束縛から解放する。これでいいのか?」
するとリビーの首元がほのかに光ると黒い首輪がぽろっと落ちた
「あっ……」
床に落ちた首輪を信じられないとでも言いたげな顔で眺めるリビー
「皇女様、気分はどうですか?体調に変化は?」
「リビーさん、大丈夫ですか?」
喉の変声機を剥がし、リビーに尋ねる大器
ぼぅと首輪を眺め、自然と涙がこぼれ落ちてきた
「り、リビーさんッ!?」
突然泣き出したリビーを前に狼狽る大器、次の瞬間にはリビーが大器に抱きつき、思わず尻餅をついた
「ぅ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
大器の胸に顔を押し付け、思いっきり泣き叫ぶリビー
対する大器は耳元で泣かれるのとリビーの薔薇のような香水のいい香りと突然の状況とリビーの身体のいろんな柔らかさと意外と着痩せする事実など、とにかく様々な要因で混乱していた
リビーからしたら閉ざされていた自分の将来がこの瞬間から戻ってきたのだ。嬉しく無い筈がない
リビー自身、自分の国が無くなるのは嫌だった。だから最後まで足掻こうと決めたのだ。安全な王城から飛び出し、外交官として各地に赴き、少しでも愛する故郷が、リラビアが無くならないために身を粉にして働いた、いずれは自分がリラビアを率いるために
その道が閉ざされ、そしてまた開かれたのだ。自分を窮地から助けてくれた人によって
「大器ざぁん、ありがどうございまずぅぅぅ!」
「……いいえ、とんでもない。私は命令しただけですよ」
「でもぉでもぉ……」
リビーは感極まっていた。嬉しさと驚きと、人生でも経験したことのない程の想いが溢れてよくわからなくなっていた
大器はようやく諸々の感触に慣れ、リビーの背中を優しくさする
自分の胸で泣きじゃくる銀髪の少女。一国の皇女であり、敏腕外交官である彼女、だがそれでも弱い面はある。時には胸の内を吐き出したくもなるだろう
大国に滅ぼされる瀬戸際、彼女は今日これまでずっとそれを我慢してきたのだ、同い年でありながらその胆力には尊敬すら覚える
「なんでも言ってください。ここでの事は私と貴女だけの秘密ですから」
大器は愛おしげにリビーの頭を撫で、周囲を見渡す。いつのまにか誰もいなくなっていた




