敵を騙すならまず敵から
執筆意欲がかなり無くなっているので投稿頻度かなり落ちます。申し訳ない
数時間前
バステト某所 フラティーズ秘匿別荘
リラビアの貴族にとって秘密の別荘はある種のステータスだった
リラビア魔法国は元々迫害されていた人々がより集まった多民族国家。そしてその上位に位置する貴族階級の人々はまさに国元を追われた王族とかそういう表沙汰にできない血筋の人が割といた
そんな人たちは当然秘密の別荘なり、隠れ家なりを作っている。それが風習となり、貴族達のステータスとして認知されていったのだ
といっても国にはその位置は報告してるし、せいぜいが正妻に隠れて愛人を囲う、墓まで持ってく男と男の友情ごっこ、のような貴族らしいスリルを楽しむ場となっていたが、まれに野心を持つ人の根拠地となった
フラティーズ中佐もそのような口だった。クルジド国との戦争が落ち着くや否や、自身の理想のためにこの別荘で準備を進め、計画を立てたのだ
事が事なので計画は慎重に立てた。この別荘を知るものもごく僅か、信頼のおける者に限った
その別荘が襲撃されているのだ
襲撃者は音を立てず、番兵に襲い掛かり外の番兵が全滅する頃、ようやく警報が鳴らされたのだ
魔術師は触媒の杖を、剣士は室内戦用のショートソードを引き抜き、別荘の一階に集まった
扉を開けた瞬間、魔法、続いてクロスボウが放たれる。侵入者はこれで全滅する
次の瞬間、ドアが蹴破られた。開け放たれたドアには人は居ない。ドアのすぐ横に張り付き、脚で蹴破ったのだろう
その直後、投げ込まれた二つの球体。黒くずんぐりしたヤシの実サイズの鉄球であり、火花を散らせながらドンドン短くなっていく導火線が一本飛び出ていた
「爆弾だ!」
一人が叫んだが時すでに遅し。炸裂した二発の爆弾は飛び散らせた鉄片が待ち構えていた番兵達に突き刺さり、集まった番兵をあっという間に無力化した
そこへ躍りかかった侵入者は手にしたショートソードで生き残った番兵に襲い掛かり、首や頭に剣を突き立てていった
襲撃者は五名。全員が顔を白く塗りたくり、唇は赤く、目元は黒、それぞれ左目に位置する所にはダイヤやハートと言った模様が描かれていた
俗に言うピエロのメイクが施された襲撃者達は顔だけピエロ、その他は黒の外套で姿を隠し、そのピエロメイクが異様に浮いていた
襲撃者のリーダーと思しきピエロは指で配下に指示を出す。指示された部屋に他のピエロ達が素早く駆けてゆく
時折悲鳴や断末魔が響き渡る中リーダーのピエロは二階に登り、フラティーズの部屋に入る
「はぁーい、フラティーズ中佐。初めましてッス」
「貴様が、クルジド聖帝直属の、隠密部隊か……」
「そうッス。中佐、レッドバルーンはどこにあるッス?」
「話すと思うか?私に家族はいない。脅しても無駄だ」
「いいや話すね」
そう言った直後、フラティーズ中佐は隠し持ったモーゼルC96を構え、撃った
弾丸はピエロの胸に命中。赤い血飛沫と共に倒れた
「…………ふん、こけおどしか」
フラティーズ中佐は立ち上がった。襲撃者はまだ残ってる、彼らに備えるために
「痛いッスよ」
「ッ!?」
直後、フラティーズ中佐の首に刺さる注射器、躊躇いもなく中の液体がフラティーズ中佐に注ぎ込まれた
そして僅か数秒の間に身体が痺れ始め、動かなくなった
「やったぜ」
「ば、バカな…何故……」
「動きが重くなるから嫌だったッスけど、中々使えるッスね、防弾チョッキ」
黒い外套の下には同じく黒く染められた日本皇国軍の防弾チョッキがあった
「日本軍とやらの防諜能力も読心の魔法を使えば余裕でわかるし、何より俺が管理するサーカス団で内緒話するなんて、ありえないッス。しかもこの程度の男に苦戦して内緒話をしていたとは、罠を疑うレベルッスよ」
そんな独り言を言いながらピエロはフラティーズ中佐を縛り上げ、椅子に座らせた
「読心魔法、だと…そんな、ものが……」
「さぁ、レッドバルーンはどこッスか……」
同時刻
エンディル率いる盗賊団は廃村を丸々占拠し、拠点としている
公式上、彼らは全滅したことになっている。エンディルとディンギィルが交わした密約にもそうあるのだ。故に彼らはある意味では自由、追いかける者は誰もいない故に見張りも立てなかった
その廃村の茂みを、音もなくかける人影
闇に溶け込む黒一色の服、ウェットスーツのような身体にピッタリ張り付くスニーキングスーツ、身体に張り付くような形で止められた銃の予備弾倉とポーチ、そして男女特有の身体的特徴以外に膨らみがない特殊スーツは足音はおろか、関節の駆動音や布の擦れる音すら発しない、まさに現代の忍者である
暗がりで人数は定かではないが、二十数名の兵士が廃村の中でも一際大きな建物に忍び寄り、僅かな壁の出っ張りや枠に足をかけ、指先の力だけで登っていく
目的の部屋にたどり着いた一人は、腰のポーチからボールペンのようなものを取り出し、窓枠に押し当てた
内封された液体が数滴、窓に着くとその地点を中心に活性化したナノマシンが窓の木枠とガラスを食い尽くし、音もなく侵入路が作り出された
窓から入ると同時に同じ手法で部屋のドアが無くなり、別の兵士が銃を構えながら現れた
「……見事だよ、まさか音もなく、ここに入られるとは」
だが対象のエンディルは起きていた。これくらい用心深く無くては実力主義の盗賊の親玉はやっていけないのだ
「元クルジド軍、第44軍団のエンディルだな?」
「ほーん、日本軍ってのもぞんがいやるんだな、その通りだ、俺を殺すか?」
「いや、貴様がフラティーズに売ろうとした兵器の行方を探している。レッドバルーンはどこだ?」
そういうとエンディルは皮肉げに小さく笑い、部屋の一角を指差した
「そこに地図があるだろ?そのバツ印があるところに捨ててきた」
「そうか、用件はそれだけだ、我々のことはただの悪夢だと思って忘れろ」
地図を回収すると同時に兵士の姿がぼやけ、やがて姿が完全に消えた、光学迷彩である
「……うっそだろ」
この間、五分も経っていない。あっという間の出来事だった、本当に夢だったのかもしれない
エンディルは自分が信じられなくなった。戦時中行ってた通り、盗賊団なんてやめて普通の生活に戻るべきだったのかもしれない
「こちらアサシン、風船の姿は無し、しかし位置情報を入手した」
《了解アサシン、攻撃は一分後に開始される、現場から退避せよ》
それだけのやりとりを終えると廃村から脱出した兵士達は再び闇に紛れていった
光学迷彩を使わずとも彼ら彼女らにかかれば闇に溶け込み、人知れずランディングゾーンに退避することは容易だった
だが無線を発した本人だけは木陰に隠れ、先ほどまで自分がいた廃村を見ていた
直後、上空から一発の光芒が降ってきた
雲を引き裂き、廃村の数百メートルは上にきたその流星は勝手に爆発し、バラバラの破片になった
その正体はクラスター爆弾であり、降り注いだ爆撃は廃村の荒屋をいとも簡単になぎ倒し、内包されたナパームと高性能爆薬が無差別な破壊をもたらした
その流星に混ざってAC-130の105mm砲がエンディルのいた建物に何発も直撃。証人や証拠を粉微塵にした
《こちらレイニーテイカー、訓練目標に命中、効果の可否を問う》
「命中、効果あり、ナイスショットだ」
その兵士はそれだけいうとその場から消えた
月も陰り、真相を知るのは誰もいない
「……以上が、最終報告です」
《ご苦労、橘少尉、後はこちらで引き継ぐ》
広報室の電話を戻し、橘少尉は小さく深呼吸をした
裏切り者であるフラティーズの暗殺、盗み出された化学兵器の行方の調査、目撃者の諸々の始末、全て必要最小限、手を汚さずに片付けたのだ
元々クルジド軍に諜報組織があることはリラビア軍の内偵で発覚していた、そしてそのうちの一つがジャンヌ大佐と密会したあのサーカス団だと言うこともわかっていた
興業集団に紛れていればあらゆる国に入ることができる、おまけに大荷物の大所帯なのでそう言った事には余計に向いているのだ
そこに目をつけたクルジド国は秘密諜報部隊としてそのサーカス団を使い始めた、その事を知っているのはごく一部、殆どの団員は何も知らないのだ
だがネタが上がって仕舞えばそこから欺瞞情報を掴ませるのも容易い。あえて敵中で密会し、情報をやり取りした、わざとやりとりした情報をすり替えさせ、あえて読心術に引っかかり、フラティーズ中佐の隠れ家を漏洩させたのだ
エンディルの潜伏先もジャンヌ大佐はどうやってか調べあげたのだ。化学兵器を直接所持していたエンディルが死んだ以上、その所在は我々しか知らない事になる
「大佐、恐ろしい人だ……」
橘少尉はジャンヌ大佐から指示された通りに動き、事を片付けた、いわゆる後処理専門の人であり、実際にスパイらしい事なんて暗号解読ぐらいしかやった事ないのだ
つまりジャンヌ大佐はこの展開を読み切っていたことになる
橘少尉は無意識のうちに唾を飲み込んだ。机の上には新たな指令書が置いてあったからだ




