全周防御
元は名も無き森だった
バステト要塞の近郊、山脈の麓にあるごくごくありふれた森だった
だがそれが持ち込まれた瞬間から、そこはダンジョンと化したのだった
その事を知るものは、まだいない
「火球!」
リラビア兵の魔法が一斉に発射され、テルミットの炎を切り抜けたブラックウルフの群れに火球が直撃した
燃え盛る仲間を尻目に、ブラックウルフ達はジグザグの回避行動をとりながら接近していく
「撃てぇ!」
そこへ皇国軍のアサルトライフルや軽機関銃の弾幕が加わり、絡めとられたブラックウルフは身体に空いた穴から血を吐き出し、地面を転がった
「近寄らせるな!弾幕をはれ!撃ちまくれ!」
ネルソン大尉の号令を言わなくても兵士達は弾薬を使い切るつもりで銃を乱射してた。どの道撤退の足枷になる弾薬類はここで使い切るのが吉だと皆知っているからだ
魔法を放ったリラビア兵達もMP40やStg44を撃ち始める。魔法を連発しては撤退する時の体力が無くなってしまう為だ
リラビア兵は後方から迫るブラックウルフを、皇国軍は前方から押し寄せるブラックウルフに弾幕を集中し始めた
《DCより捜索隊へ!ドローンは全ての爆弾と弾薬を使い切った、一度補給へ戻る!》
「了解!早めに戻してくれ!」
ドローンの弱点は支援兵器としては物足りない継戦能力の低さにある。吊り下げた機銃はM4カービンをそれ専用にカスタムしたものであり、弾薬は60発のドラム弾倉一つが限界であり、その弾数の無さをドローンの数で埋めているのだが、それ以上の物量で来られるとその弱点が途端に強調されてしまう
上空観測用のドローンを残して武装ドローンが全て飛び去り、より一層のブラックウルフの圧が強まった
「弾を無駄にするな!確実に当てるんだ!」
「ちくしょう!ちくしょう!ちくしょう!」
劉少尉も倒木に身を預け、空になった弾倉をG36cから外す
シースルーのマガジンを放り、足元にまちきらされた空薬莢や空の弾倉をかき分け、弾の入ったマガジンを装着する
「ウラァァァアアアア!!!」
弾倉装填が終わったMG3が景気良く弾丸の雨をブラックウルフに降らせ、ブラックウルフの集団があっという間に脚をもぎ取られ、黒い毛並みに血をにじませた
「誰か!MP40の弾を!」
「装填する!」
「燃えろッ!火球!」
瞬く間に使い切ったマガジンを取り外し、また足元の空薬莢の山をかき分け始めた
銃の撃ちすぎで肩と耳の痛みを無視し、劉少尉は機械的にマガジンを掴み取り、装填する
倒木から顔をあげた瞬間、ブラックウルフが飛びかかってきて、咄嗟に劉少尉はG36cをブラックウルフの口に突っ込んだ
「死ねぇ!」
発射したのはアンダーバレルに取り付けたM320。装填された弾は閉所の多い森だからとお守りがわりに持ってきた5mmダート弾。詰め込まれたステンレス製の鉄矢がブラックウルフの口内から体内を駆け回り、背中から真っ赤な噴水のような血飛沫が上がった
「クソがッ!」
噛み砕かれたG36cをそのままに、ホルスターから拳銃を引き抜き、煩わしいガスマスクを剥ぎ取った
辺りを見ると装填の隙に肉薄された何名かの兵士がブラックウルフと勝ったり負けたりの殴り合いをしていた
《DCより捜索隊へ!援軍が来たぞ!》
「ようやくか!」
ネルソン大尉が拳銃のスライドを乱暴に動かし、装填した弾丸を間髪入れずにブラックウルフに叩き込みながら怒鳴った
《ネルソン大尉、近くを走る装甲列車隊が長距離砲とミサイルで援護してくれます!弾道修正はこちらでやります!射撃準備完了まであと五分だけ粘ってください!》
「よっしゃぁ!全員!あと5分で敵を全て吹っ飛ばす攻撃が降り注ぐ!それまで生き残れ!」
「来るな来るな来るな!ちくしょうめ!」
「装填ッ!」
皆が皆、誰に対して言ってるのかわからないほど混乱していた。目の前に迫りくるブラックウルフの生臭い吐息と濃密な血の臭いに顔をしかめ、死に物狂いで銃を撃ち、全神経を集中させて素早くリロードする。運の無い兵士の何人かはリロードの最中に頭から丸かじりされ、狼の習性なのか、食らいついた獲物を激しく揺さぶり、あっという間に意識を刈り取っていった
銃声と手榴弾の爆発音、そして兵士の絶叫とブラックウルフの呼吸と雄叫びが戦場を支配していた
劉少尉がグロック19にマガジンを装填し、バックパックから予備弾薬を取り出している機銃手に襲い掛かるブラックウルフに射撃をくわえる
ブラックウルフの表皮は通常の動物と変わらない。故に弾丸はあっさりと貫通し、その命をあっという間に刈り取った
しかしブラックウルフの強いところは賢い所だ。投げられた手榴弾を回避し、弾幕から逃れる為にジグザグで移動し、リロードの直後に全力で駆け寄り、頭や胴体にかぶりつく。こちらの攻撃の特性をものの見事理解していた
その連携と野獣の脚力はまさにゴブリンとは桁違いであり、ダンジョン経験者の劉少尉ですら追い詰められていた
「ちくしょうめ!」
グロックがホールドオープンし、手榴弾を投げた。群れから飛び出した一体のブラックウルフが手榴弾に覆いかぶさり、爆発を自らの身体で押し込めた
結果的に一体の魔獣しか殺せなかったことに歯噛みする暇もなく、劉少尉はグロックの弾倉を探し始めた
「誰か、拳銃の弾薬ないか!?」
劉少尉はそう叫びながら銃を保持するための緩衝材がわりにしてたバックパックの中身を漁り始めた。予備の拳銃の弾倉が確かあったはずだ
「劉少尉!使え!」
ネルソン大尉から投げ渡されたマガジンを受け取り、条件反射で差し込み、目の前まで迫ったブラックウルフに弾丸を叩き込む
「このままでは……」
劉少尉が連射のしすぎで銃口から煙が上っているグロックをチラリと見つめ、眼前で皇国兵の頭を噛み切ったブラックウルフを見た
目があった直後、ブラックウルフはけたたましい咆哮と共に劉少尉目掛けて駆け出した
「来るな!くそっ!」
半狂乱になりながらグロックを乱射。弾丸はブラックウルフに当たるが、相手は気にした風でなく、ぐんぐんと距離を詰めて来ていた
「あぁ、まずい、神様……」
突然、再びホールドオープンしたグロックが目に写り、劉少尉が信じたこともない神様にすがった
直後、ブラックウルフの背後で爆発が発生。飛びかかっていたブラックウルフは爆風に吹き飛ばされ、劉少尉を飛び越していった
「列車砲の攻撃が始まった!全員身を伏せろ!」
ネルソン大尉の言葉がキーンという耳鳴りの奥でかろうじで聞こえた。劉少尉は靴底程の深さしかない窪みにめり込むように頭を押し込んだ
着弾する127mm砲は空中で炸裂して鋭利な鉄片をブラックウルフに降り注がせるものと巨大な爆発と共にブラックウルフを薙ぎ払うミサイルと砲撃の二種類がつるべ落としに撃ち込まれ、無限と思えたブラックウルフの群勢がたちまちに数を減らしていった
《DCより救出隊へ、脅威を完全排除。今のうちに撤退しろ!》
「聞いたな、総員離脱準備!手近な負傷者と死体をかつげ!誰一人置いてくな!走れ走れ!重装備は廃棄しろ!」
ネルソン大尉の言葉を聞いて反応した兵士達は素早く負傷者に肩を貸し、食いちぎられた死体を引きずるように走り出した
劉少尉ももちろんいた。脳震盪による耳鳴りは永遠に続くように思えた砲撃の嵐の中、おさまり、脱兎の如く逃げていた
劉少尉が命からがらダンジョンから逃げ出した頃には遥か彼方にいる装甲列車から発射された第二波の砲撃が開始されていた
BM13カチューシャを連想させる無誘導ロケット弾が五月雨式に撃ち出され、遠目でもわかるほどに森を真っ赤に燃え上がらせていた
「少尉殿、無事ですか?」
そこへやって来たのはシェルフ軍曹。ヘルメットを被らずに劉少尉に水筒を差し出していた
「なんとか、な……」
水筒を一口、二口と飲み、身体の中の疲労を吐き出すように深く息をついた
損害は深刻。探索は体制を改めてまた行われる事になった




