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スパイそして疫病

マスドットリオ クラーケン基地


クラーケン基地内に造られた酒保。その一画に隊員達の憩いの場であるビアガーデンが存在した

アルコールだけじゃ無く、コーヒーや紅茶、非合法な薬物以外のありとあらゆる嗜好品やゲームが楽しめるこのビアガーデンは大器が手ずからWWCのポイントを注ぎ込み、作り上げた場所である


今日も今日とて非番の兵士達が昼間からビールやコークハイを煽り、日々の鬱憤を晴らしていた


そんなビアガーデンの一角、今日の任務を終えたレイヴン少尉は待ち合わせていたバーガー中尉と紅茶を飲みながら他愛のないお喋りをしていた

ほんの僅かにだが感情を表現する左の顔と海賊のようなアイパッチ、だが右の顔は好奇心に取り憑かれた猫のように目をまん丸に見開き、微笑んでいた


「聞きましたか、もうじき本土から士官候補生達が来るそうですよ」


「やっぱりレイヴンさんが専任になるんですか?」


「いや、俺の下にジュノーっていう曹長がいる。たぶんその辺が専任としてつくだろう、あいつはちと脳足りんの突撃バカだが、まぁ最近は分別ついてきたし、なんとかなるだろ」

レイヴン少尉がマカロンを一口で食べ、紅茶で流し込む


「じゃあレイヴンさんはまだここで前線勤務ですか?嬉しいです」


「そういうバーガー中尉もここ勤務ですか?聞きましたよ、今年のシルバースター候補に名前が上がっているって」


「えぇ、私はいつも通り空を飛んでいるだけなんですけどね」

そういうと紅茶が入ったカップを両手で持ち、静かにすする。右目はどこか遠くを見ていた


「貴女の支援で、大勢の仲間が救われたんです。もちろん私自身も。中尉には感謝しても仕切れません」


「や、やだなぁ。私だって最初は慣れない事して、危うく皆さんを殺し掛けましたよ?」


「トライデント作戦の最初の時ですか?懐かしいですね」

思えばバーガー中尉と初めて出会ったのもその時だ。彼女はやはりというか土の上より空を飛んでいる方が生き生きとしていて彼女らしかった


「砲撃支援のやり方は姉に教わって理解したつもりでしたが、やはり得意分野でないと人はうまくできないものですね」


「そうですね、そういえばお姉さんは元気ですか?」


「ええ、今はルドグシャ方面にいるはずです。相変わらず大砲ぶっ放しているみたいです」

紅茶の底に溶けきらず溜まった砂糖をかき混ぜながらそう呟くバーガー中尉。レイヴン少尉はバーガー中尉の眼帯に覆われた左目をボーッと眺める

特殊な培養液の中で作られた本物の人間の皮膚を貼り付け、淡水でそれ専用に養殖された水棲哺乳類の動物の加工筋肉を焼かれて使えなくなった頬の筋肉の代わりとして取り付けており、多少ぎこちない動きであるものの、見た目は完全に眼帯をした美少女である。数年前までは左半分の顔が焼け落ちていた人とは思えなかった


「目は、相変わらずそのままなのですね」


「……えぇ、飛行補助機能とかついた軍用の義眼もあるんですけど、まだいいかなって」

若干恥じたように頬を赤らめ、照れ笑いをするバーガー中尉。右頬と左頬で頬のつり上がり方が異なり、見る人によっては意見が分かれるような顔を隠すように俯いた


「素敵ですよ、その眼帯の姿でも」


「……じゃ、じゃあもう少し、このままにします」

そういうとバーガー中尉は紅茶を一口


「…………ありがとう、ございます」


照れてるバーガー中尉を見るとこっちもなんだか顔が熱くなってくる

だがとても心地が良い。血みどろの戦場が遠のいていく気がした



















数日前……


玄武島 最南市

大日本皇国軍 統合防衛司令部


ところ変わってここは大日本皇国の陸海空軍の中枢たる統合防衛司令部


地下四階、地上三階建て、五角形(ペンタゴン)ならぬ六角形(ヘキサゴン)の形をした非常に変わった形の建物、大器の趣味がかなりの割合で混じっている


その防衛司令部の二階の廊下、憲兵(MP)の腕章をつけた橘少尉が険しい顔をしてある部屋の前に止まった


『陸軍広報部第四局』と銘打たれた扉をノックすることなく開け、中に入る


中は無人。机が六つ、それぞれ向かい合うように部屋の中央に配置され、壁際には様々な軍事演習の一般公開のポスターや軍への勧誘ポスターの草案が貼られている


机の上には飲みかけの、まだ湯気が上がっているコーヒーや書きかけの書類がある。ついさっきまで誰かがいたようだ


橘少尉は机の上に置かれた内線電話を取り、耳に当てた


《おはよう、橘くん。早速だが君に指令だ。机の上の封筒をみたまえ》

橘少尉は机の上を見る。封筒と言われたが、机の上には少なくとも八つほど封筒があるが、橘少尉は迷うことなく封筒の一つを手に取った

封筒の中身は経費の申請書。しかし橘少尉は申請書の数字を脳内に刻み込んだ変換表を頼りに暗号を解読していく


《君が追ってもらうのはリラビア軍のバラード防衛軍輜重部隊のフラティーズ中佐だ。彼には横領の容疑がかけられている。フラティーズ中佐は2日前に行方を晦ませた。最後に姿が確認されたのはバラードのリラビア軍司令部、どうやらクルジドの残党か敗残兵崩れの盗賊共と組んで何かやらかすつもりらしい、そこで君に指令だ。フラティーズ中佐を見つけ、横流しされた物資を奪還、もしくは破壊せよ。以上だ》

命令を聞き終えると橘少尉は電話機を戻した


「ふむ……」

封筒を元あったように戻し、橘少尉は郵便受けの中に入った封筒を手に取った

中には軍の高官達のパーティの様子が映された写真が入っており、ポケットから取り出したブラックライトを当てると遠目に映った一人の男性がぼんやりと光った。彼がフラティーズ中佐だ

年齢は初老。狼系の獣人のようで、本物の狼のような毛深い顔と老いて狡猾そうな顔をしていた


獣人は遺伝の血が濃ければ濃いほど原型の動物の特徴に近づいてきて、強力な力を有するようになる。逆に血が薄ければ薄いほど動物の特徴は耳や尻尾と言った身体の末端に名残のような形で現れる

これは他の種族にもはてはまることであり、例外こそあるものの、血を濃く受け継ぎ、強力な力を手にした者は真祖と呼ばれる


それに当てはまるとフラティーズ中佐はかなり濃い狼系獣人の血を受け継いでいるようだ。顔の骨格も狼に近く、まさに人狼である


橘少尉は封筒を元の位置に戻し、部屋の外に出た




















バスディーグ城塞都市


バスディーグ内にあるいくつかの村。ほとんどは戦火で焼け落ち、人のいない廃墟となったが、それでもいくつかの村は今でも存在していた


その村々の一つ、コロポット村にゴールド憲兵少尉はやってきた


「こりゃ、酷い……」

ガスマスク越しに見た風景はまさに地獄にふさわしい光景だった


家や木の軒下には血のあぶくを口元に出した大勢の村人が寝かされており、その殆どは治療も受からせずにただ死ぬのを待つばかりの人々だった


まだ立ち上がる気力がある者は立ち上がり、リハビア軍の医療テントにおぼつかない足取りで入っていく、今出てきた女性は動かない赤子を抱っこしながら虚ろな目でフラフラと森に入っていった、村人は愚か、ガスマスクをつけたリラビア兵は誰もその母親を止めなかった。日常茶飯事なのか、無駄だと悟り切っているのか


「少尉、遅れるな」

クロウリー中尉の掛け声にハッと正気に戻り、ゴールド憲兵少尉は駆け出した


「異世界の伝染病が、ここまでとは……」

クロウリー中尉が唸った


クロウリー中尉率いる憲兵第二小隊はこの未知の伝染病に犯されたコロポット村に増派された医療班の護衛として派遣されていた

医療スタッフの指揮系統のテントに入ると、なかでは赤十字の腕章をつけた大勢の兵士がダンボール箱の中から医療品を取り出して、整理していた


クロウリー中尉は小隊を積んできた物資を運び込む班と周辺警戒にあたる班の二つに分け、自分は医療テントの一角に入っていった


テントの中はいわゆる事務所のようになっており、スチール机に向かった人々がパソコンを叩いてカルテを作ったり、データを入力していた


「陸軍憲兵隊のクロウリー中尉です」

クロウリー中尉が話しかけたのはピンと伸びたカイゼル髭が特徴的なブラックウッド少佐だ。初老の男性はクロウリー中尉には理解できない数列をエクセルに入力していた


「クロウリー中尉、よく来てくれたな。ありがとう、我々では手が足りなくなっていたんだ」


「微力ながら、お手伝いします。時に彼らの容体は?」


「悪化する一方だ。体内に目立った病原体は無し。症状も肺や肝臓を中心とした臓器疾患が殆どだが、症例にムラがある。年齢も種族も関係無しに罹患する、あまり例のない病気だ」

ブラックウッド少佐は自身のカイゼル髭を撫でながら呟いた


「感染経路は分かっているのですか?」


「いや、まだだ。我々兵士に罹患した者がいない以上、おそらく空気感染や接触感染はしないと思われる、まだ油断はできないが」


「なるほど……」


「時にクロウリー中尉、君リラビア軍に知り合いは?」


「多くはいませんが、何故?」

備え付けのエスプレッソマシーンから入れたとおもわれるコーヒーを啜り、ブラックウッド少佐は答えた


「過去、リラビアでこれと似た流行病が起こらなかったか、聞いて欲しいんだ。コロモクで多くの歴史記録が燃えてしまったからあと頼りになるのはヒトの記憶だけなんだ、仕事の合間でいいから」


「わかりました、当たってみましょう」

そう言うとクロウリー中尉はテントから出た。荷物の積み下ろし状況を確認し、G36cを掴んで森に入っていく


人が往復して出来た獣道を歩き、終点のひらけた場所に着いた


そこはいわゆる墓地だった。死んだ村人が死体袋に入れられて側に放置されたショベルカーで掘られた墓穴に入れられていた

死体袋で密閉されているはずなのに何処かすえたような独特の悪臭が鼻をついた。そんな環境にもかかわらず、赤子の遺体を抱えた母親がそこに立ちすくんでいた


「奥さん、森は危険ですよ」

クロウリー中尉が声をかけると、油の切れた歯車のようにゆっくりと振り返った


振り返って初めて気づいた、彼女はエルフだ。だがその特徴的な美貌も憔悴と絶望で色あせていた


「私の、私の可愛いハンナ……戦争で夫も死に、わたしには、この子しか、なのに……どうして、ハンナ、なの……なんで、私じゃ……」


「奥さん……」

クロウリー中尉は知っていた。エルフは純愛を重んじる種族であり、生涯を一人のパートナーと共に過ごすのだ、何があっても再婚はしない

人間の何倍もの寿命を持つエルフ、女性の生理のような物も何十年単位で僅か数日しか起こらず、エルフにとって子供はまさに宝、黄金以上の存在なのだ


「ハンナ…ようやく、お水とか飲める、ように、なったのに……これから、だったのに……」

動かぬ赤子を抱きしめながら崩れ落ちる母親を支えるクロウリー中尉


「もう帰りましょう。ハンナちゃんもあなたに生きてもらいたいと思っているはずです」


「ありがとう、兵隊さん……お願い、ハンナの、お墓を……」


「……わかりました」

クロウリー中尉は時計を確認し、無線で増援を呼んだ



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― 新着の感想 ―
[一言] いつも読ませてもらっています! 指令のシーンは既視感がありますね(笑) あそこで内線電話が壊れてたら、そのまんまでしたね(笑) これからも応援してます、頑張って下さい!
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