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ラッパ吹きの復讐者

「……ぐぅ…ここ、は……」

リットリオ少尉は目を覚ました


辺りを見渡すと自分と同じ怪我人が何人か寝ている。野戦病院のようだ


「目が覚めましたか、元隊長」

反対側を見ると部下のエル軍曹がいた


「エル軍曹、俺は」


「……独断先行をしてむざむざと撃ち落とされたおマヌケ隊長殿、ここは後方の野戦病院、あなたは現在左目喪失、左腕にヒビ、パイロットとしては終わったも同然です」

そういうとエル軍曹は脇に挟んでいた茶封筒をリットリオ少尉の布団の上に投げた


「あなたは中尉に名誉昇進、同時にパイロット引退、私がかわりに少尉になってアヴェンジャー隊を率います」


「…ダメだ、俺はやれる……あのトカゲ共を、絶滅させるまでは……」


「いい加減にしてくださいッ!」

再び立ち上がろうとしたリットリオ中尉をエル少尉は右頬を殴りつけた

喧騒に満ちた野戦病院が一瞬静まり返るほどの怒声だった


「あなたはいつもいつも一人で突っ走って怪我をして!心配するこっちの身にもなれってんだ!」


「…………」


「あんたは怪我人!失明ももしかしたら治る見込みがあるってんだ!少しは養生しろ、ボケッ!!」

普段物静かでクールなエル少尉が顔を荒げ、大声でリットリオを怒鳴りつけた


「……エル少尉」


「……私の気持ちも知らずに」

うっすらと涙を浮かべ、エル少尉はそのまま走り去った


「…………」

リットリオ中尉はそのまま動かずにベットに倒れ込んだ。蛍光灯がチカチカと点滅している


「ダメだぞ、リットリオ中尉。レディを怒らせるのは」

そこへ一人の男性将校が現れた


「ジャンヌ大佐、てめぇいつからそこに……」

リットリオが睨んだのは一人の大男、ビヤ樽のように突き出した丸いお腹、弛んだ二重顎にウィンナーのような大きな指、ふくよかという言葉では到底誤魔化し切れない肥満体の男だ

動線の狭い野戦病院をえっちらおっちらと周りの迷惑そうな視線も完全無視してリットリオ中尉の病床へ歩み寄ったジャンヌ大佐と呼ばれる男はニヤニヤとなにか楽しむような笑みを浮かべてリットリオ中尉に歩み寄った


「なに、私と君の仲じゃないか。君が撃墜されたと聞いてこうしてお見舞いに来たんだよ」

エル軍曹が座っていたパイプ椅子に、よいしょっと腰掛ける。ギシギシとパイプ椅子の悲鳴が聞こえた


「君と会うのもあの監獄以来だね。尊敬する上官が死に、酒に溺れ、基地司令を殴って投獄されたあの監獄以来だ」


「要件が昔話ならうせろ。今はそんな気分じゃない」


「ほう、それはつれないな。その時君に与えてやった零戦飛行小隊の指揮官の座、その時のように二度あることは三度あるようにまた君を助けてやろうとしたというのに、それはないんじゃないかな?」


「は?」

そういうとジャンヌ大佐は胡散臭い笑みをさらに強め、手に持った鞄から書類を取り出した


「零戦のデータは存分に取れた。君には次の機体に乗ってもらいたくてね」


「……てめぇ、どういうつもりだ、わざわざテストパイロットなんて、他にもへましたパイロットなんて腐るほどいるのに」


「フフフフ、総統閣下に呼ばれた兵士に極々稀にあるという綺羅星のような存在の君にしか頼めないのさ」

リットリオが断るという可能性を微塵も考えていない自信のある喋りである


「上官暴行に命令不服従からでも復帰できる保険でもあるのかよ?」


「私は全知全能の神ではないが、これくらいなら朝飯前だよ」

ジャンヌ大佐が渡してきたのは数枚の書類、医師の診断書と退院通知書、所属の配置転換の通知書に新しい機体の受領書と先約書etc.……


「なんだこれ……」


「まぁ、君にはいつか乗機と共に落ちてしまうまで戦い抜いてもらうつもりさ、今はこんなところで燻ってる場合じゃないってことさ、わかったら早く野戦飛行場行きのトラックに乗りたまえ、表で待たせてあるから」

そういうとジャンヌ大佐は床をギシギシ言わせながら立ち上がった


「ああ、それと言い忘れてたことがあった」

そういうとジャンヌ大佐は振り返りながら言った


「中尉の階級章を忘れるなよ、書類の書式は全て中尉で合わせてあるからな」


「おい待て!」

リットリオ中尉が書類から顔を上げた頃にはジャンヌ大佐は既にいなかった。あの巨体がまるで魔法のようにそこから消えていたのだ


「冗談だろ……」


















日リ連合軍 中央陣地


「後退!後退ぃー!」

現在、連合軍の防衛線は崩壊しかかっていた


その理由は突如現れた竜が原因だった


その竜は周りのゾンビと同じく白く濁った目にどす黒くなった表皮、そして銃弾や砲撃を食らっても物ともしない不死身の竜、いわゆるアンデットドラゴンとして前線に現れ、コールタールのような黒い液体を喉から垂らしながら全てを腐食させる毒ガスを吐きながら前線を突破していったのだ


ドラゴンの出すブレスはガスマスクをたやすく貫通し、そのガスを吸った兵士は漏れなく血のあぶくを吐きながらゾンビの仲間入りを果たす事になった


《こちらドラゴンブレス2、待たせたな、これより砲撃を開始する!》


「縁起でもねぇ名前だ!だがとっととしてくれ!こっちはもうこれ以上持ち堪えられない!」

ソアラ大尉が無線機に怒鳴るようにそう言った。それと同時に脚を怪我した兵士を担いで後方へ退避する


《目標確認、デンジャークロース!》

発射されたのは105mm榴弾砲。戦車や鉄筋コンクリートの建物ですら一撃で粉砕する最強の鉄槌


対するアンデットドラゴンは空を仰ぎ見ると紫の雲のような毒々しいブレスを吐き出す

空が大気汚染よろしくドス黒い色に包まれ、105mm榴弾がその雲に突っ込み、途中で誤爆した


《目標命中前に爆発!どうなってる!?》


《やつのブレスに溶かされて、誤爆したんだ!》


《ひるむな!数で押しつぶす、当たるまで撃ちまくれ!全砲門撃ち方始めぇ!》


《ファッキュー!》

やけになった砲手(ガンナー)は105mm榴弾砲と40mm砲を交互にアンデットドラゴン向けて撃ちまくる


だが砲弾のほとんどは空中で腐食し、不発弾として地面に突き刺さったり空中で爆発したり明後日の方向で爆発したりしていた


《マッポレアエアベースこちらファイヤーアロー、まもなく現場空域。どいつを吹っ飛ばせばいいんだ?》


《ファイヤーアロー、こちらマッポレアエアベース。敵は腐食性のガスを大気中に放出してる、直ちに現場空域を離脱、旋回して待機せよ》


《ファイヤーアロー了解。しかし友軍の援護は》


《状況が好転するまで待て、むざむざ突っ込んで墜落したらそれこそ最悪だ》


《了解待機する》

無線を切った後、ファイヤーアローのパイロットは罵声と共にコクピットのガラスを力一杯殴った


《105mm砲、40mm砲、残弾なし!》


《くっそぉ!マッポレアエアベースこちらドラゴンブレス2、補給の為に帰投したい!》


《許可する、地上の味方の撤退の時間も稼げた、お手柄だぞ》


「なにがお手柄だ、くそったれ」

無線を切ったのち、ドラゴンブレスの砲手は敵を撃退できなかった悔しさから思わず呟いた


対する地上の竜は生前とは違うおどろおどろしい、背筋を粟立たせるような勝利の雄叫びを上げた



















後方 マッポレア野戦飛行場


流されるまま、病院から抜け出したリットリオ中尉は飛行場にて新しい乗機、Ju-87シュトゥーカに乗り込んでいた


「リットリオ中尉」

操縦席でマニュアルを熟読していると整備兵が声をかけてきた


「仰せの通り、武装は零戦の20mm機関砲二門両翼につけ終わりました。他にも左翼と中央には司令部から要請のあった特殊爆弾二発、初めて操縦する機体にここまでの武装を施すのは、あまりお勧めしませんけど……」


「いいんだ、これでいい」

操縦マニュアルを一通り読み終わり、リットリオ中尉はマニュアルを整備兵に投げ渡した


広い格納庫にはリットリオと彼の二人、そして外に数名の警備兵しかいない。おそらくジャンヌ大佐の根回しだろう


リットリオにもジャンヌ大佐が何者なのかはわからない。おそらく諜報機関とかそこらへんの手合いのものだろうというあやふやな想像しかできない

だが少なくとも彼は最前線の空軍基地司令や兵站部門に働きかけて格納庫と急降下爆撃機一機に費やせるだけの補給を秘密裏に調達することができる人物だ、並の存在ではない


だがリットリオ中尉にはそれも関係なかった


ジャンヌ大佐が渡してきた書類の中に一枚、密封された一枚の書類、作戦司令書と爆弾のスペックシートだった


砲弾はおろかあらゆる金属を腐食させ、上空から降り注ぐ砲弾すらも瞬時に腐食させて無力化するアンデットドラゴンに対して上級司令部は燃料気化爆弾による爆撃を敢行する事にしたようだ


そこでリットリオ中尉はJu-87に搭載できるように改良された特殊燃料気化爆弾を搭載し、可能な限り近くで起爆させる通称ドラゴンスレイヤー作戦を立案した


「人命重視はどこいったんだよ、たく」

だがリットリオ中尉はこの作戦に不満をこれっぽっちも抱いてなかった

左目をそっと撫でる。エル少尉は治る見込みがある失明だと言っていたが、リットリオ中尉はそれを無視してここまでやってきた包帯を変えるついでに海賊がつけるような黒いアイパッチをつけた、痛む左腕は薬で誤魔化している、もはや左目や左腕に未練は無かった


「いくか」

操縦席は乗り慣れた零戦のコックピットがそのまま移植されていた。メーターの役割などが入れ替わっただけだがそれでも少しはマシだった


エンジンが点火され、格納庫の扉が開いた


「中尉!」

駆け寄ってきた整備兵がコックピットの窓ガラスを叩いた


「なんだ!?」


「怖いお姉さんから伝言です、よ!」

そういうとリットリオ中尉はいきなり右頬を整備兵に殴られた。驚いて整備兵を見ると彼の右目のところに青痣が出来ていた


「エル少尉からですよ!どうやってここまできたんだか!」


「……わかった、伝達ご苦労!」

整備兵が離れたのを確認したリットリオ中尉は滑走路に滑り出た


《マッポレア管制塔より、Ju-87へ、貴官のコールサインを伝えられたし》


「こちらアヴェンジャー1、ドラゴンスレイヤー作戦に参加する為、今すぐ離陸したい」


《了解した、一番滑走路を使え、上空にて護衛機が待機してる、コールサインはスカイフォックスだ、離陸以降の誘導はマッポレアエアベースに従え》


「了解した」


《幸運を、アヴェンジャー1》




















零戦と違い、舵が倍以上に重く、操縦にも難がある機体だが、リットリオ中尉はそれでも飛ばした


《アヴェンジャー1、いやリットリオ中尉。こちらスカイフォックスリーダー、貴機の護衛に就く》


「了解した、スカイフォックスリーダー、左側を頼めるか?」


《却下だ》

怪訝に思ったリットリオ中尉は右を振り向くと並走するメッサーシュミットの中から想像を絶するほど怒ったヴィクトル中尉がこちらを睨み付けていた


《左目が見えないのはとうにお見通しだ、私の目を見て話せ、中尉?》


「了解した、中尉殿」

現場空域到着まで10分足らず、不慮の事故が起きないことを祈っていた


《他の機体にトラブルが生じたので私と貴官の二人っきりだ、さて、どう弁明する気かな?》


「弁明とは?」


《とぼけやがって、その体で何ができるんだ?》


「突破口ぐらい開けるでしょう」


《貴様、どれほど私を怒らせれば気が済むんだ?つい手が滑って機銃発射ボタン押しそうになるのを堪えているんだぞ?》


「それは、感謝します」

ヴィクトル中尉の腕前なら胴体に吊るした爆弾に当てずにこの機を墜落させることが出来るだろう


《死ぬ気だとか、英雄になるとか考えているならすぐに引き返せ》


「お断りします」

その直後、メッサーシュミットが燕のように身軽にロールし、あっという間にシュトゥーカの後ろにぴったりと張り付いた


「撃ちますか?」


《…………クソがッ!》

数分迷った挙句、メッサーシュミットはシュトゥーカの左翼に回った


「死ぬとか英雄になるなんて微塵も考えてません。俺は、パイロットととして、任務を全うする。そして個人的恨みであの蜥蜴どもを絶滅するまで戦うと決めたんです」

リットリオ中尉は潔くそう答えた。リットリオ中尉が空を飛ぶ理由、それはドラゴンを憎んでいることと作戦を完遂すること、それだけだった


《ハッ、上等。それでこそ、私が惚れた男だ》


「お褒めに預かり、光栄です」


《帰ったら私のために1日時間を作れ、必ずその日のうちに私に惚れさせてやる》


「残念ですが、中尉、私は先に一人の女性にケジメを通さないといけないんです、その後に振られたら結婚を前提にお付き合いしますよ」


《そうか、クソッ。だが貴様の意見だ、尊重しよう》

そういうとヴィクトル中尉は前を向いた。建前通り周辺警戒に戻ったようだ


《こちらマッポレアエアベース、アヴェンジャー1、聞こえるか?》


「こちらアヴェンジャー1、聞こえるぞ、どうぞ」


《アヴェンジャー1、改めて作戦を説明する。後三分飛べば紫の霧が見える、敵はその霧のどこかにいる。観測機器が霧に破壊され正確な位置は把握できない、そこで貴官が霧を突っ切って突破し、急降下爆撃で敵にとどめを刺す、これがドラゴンスレイヤー作戦である》


「了解してます」


《頼んだぞ、君の作戦成功に我が軍、いや、リラビアと我が国の全てがかかっているんだ。必ず成功させろ》


「了解しました、奴にジェリコのラッパの音色、聞かせてやりますよ」

そういうとリットリオ中尉はゴーグルを掛けた。いつもの多機能のフルフェイスメットはつけてない。連携する味方がいないから当然だ


下を眺めると紫色の霧のようになったアンデットドラゴンのブレスが地上を覆い尽くし、皇国軍やリラビア軍の兵士がまばらな射撃をしながら後退を繰り返していた


《護衛はここまでよ、約束して必ず生きて帰ると》


「もちろんですよ、ヴィクトル中尉。死ぬなんてまっぴらごめんです」

バンクして空域から離れていくメッサーシュミットを見て、リットリオ中尉は視線を眼前に戻した


(すみません、ヴィクトル中尉、私は弱い嘘つきです。約束、守らないかもしれません)

そんなことを考えながらヴィクトル中尉は霧のおおよそ真ん中辺りに狙いを定め、左翼の爆弾を投下した


最初に投下した爆弾は地上からおよそ100m地点で炸裂。発生した爆発が大気を揺らし、爆風が広範囲の霧を吹き飛ばした


「…………見えたぁ!」

リットリオ中尉はドラゴン本体ではなく、ドラゴンの背中に乗ったおそらく騎手と思われるゾンビが手にしている旗を見つけた


赤地に剣と盾を持った竜の旗。憎き因縁の旗であるそれが漆黒の夜空と灯りの消えた平地の中、唯一目立っていた、それが仇となった

身体中が火がついたように熱くなり、リットリオ中尉には下にある奴が自分が相打ち覚悟で落としたあのドラゴンだということがわかった


「くたばれ!」

天を仰ぎ見て腐食のブレスを吐こうとしたアンデットドラゴンに対し、リットリオ中尉は頭から真っ逆さまに降下していき、機銃のボタンを押し込んだ

両翼に増設された20mm機関砲が火を吹き、勢いよく鈍色に光る空薬莢を吐き出した

曳光弾が降り注ぐ流星のようにアンデットドラゴンとその周辺のゾンビ達に突き刺さり、腐敗した血飛沫と肉片が辺り一面に飛び散った


アンデットドラゴンの顔面に命中した弾丸は喉を切り裂き、腐食のブレスを一時的に止めた


Ju-87の急降下は止まらない。相手を威嚇する独特の効果音を響かせ、撃ちすぎで銃身が発火するのも厭わずに機銃を連射し続け、700m、600mと降下を続ける


(もっとだ、もっと、近くへ!)

胴体中央に吊るした爆弾がブレスに溶かされ、不発、もしくは至近弾に終わるとマッポレア攻勢そのものが瓦解する、そうするとこれまで積み重ねてきた犠牲も戦闘も、なにもかも全てが無駄になるのだ

爆弾投下レバーに手をかけるがまだ引かない。ギリギリだ。確実に命中させるところまでは引かない。意地のようなものが芽生えた


「もっとぉ!」

リットリオ中尉は叫んだ




ずきり




その直後、二度も殴られた右頬が痛んだ


「ッ!」

痛みに反応して反射的に投下レバーを引いた。吊るされた爆弾が外れ、アンデットドラゴン目掛けて一直線に降下する


「るぅうううおおおおおおおっ!!!!」

高度は400m、この速度と重量で機体のバランスを保ちながら退避出来るかはわからなかった


腕が折れんばかりに操縦桿を握りしめる。まるで大地に根を張った大木を引っ張っているような感覚だった


機体が引き起こされ、尾翼がアンデットドラゴンの鼻先にぶつかり、衝撃で機体自体が跳ねてバランスが崩れ、前を歩くゾンビの群れに突っ込んだ


「飛べぇ!」

プロペラがゾンビを切り刻み、剥き出しの脚が()()()砲撃でできた斜面を捉え、スキージャンプのように空に打ち出した


直後、背後で爆発音。Ju-87に遅れること数瞬、腐食のブレスを浴びることなく爆弾はアンデットドラゴンの頭上で分離、分離した燃料や燃焼剤が雨のように辺りに降り注ぎ、そして時限発火装置が作動。生前のドラゴンライダーのヴィルヘルムがやったのと似た原理で爆発。アンデットドラゴン自体を粉々に粉砕した


プロペラは奇跡的に回っている。五体も満足。見渡す限り機体は轢き殺したゾンビの血でドス黒くなっているが火災や燃料漏れは見えなかった


「はぁ、はぁ……」

リットリオ中尉は固まったように握りしめていた操縦桿から手を離した。グローブを脱ぐと下の皮膚が裂けて血が溢れていた


「くっそ、こりゃ怪我が悪化したな。」

骨折の痛みがぶり返し、頬を伝う汗を拭う


だがそれは汗ではなく真っ赤な血だった


「……うそだろ、くそ」

血の発生源を辿るとアイパッチの下の左目からだ。極度のGによる負荷や緊張で目の血管が破けたのだろうか、よりにもよって左目の


「ちくしょう、くそ……」

思い出したように頭が痛くなり、吐き気と目眩が襲いかかってきた。こみ上げてくる物を必死に堪え、酸素を深く吸う

元々撃墜されたときのダメージが蓄積されていたのか、限界が来たのかもしれない


「これまでか……」

風が浴びたくなったリットリオ中尉は痺れる手を必死に動かしキャノピーを開けた

吹き付ける風が冷たく、複葉機のフォッカーに乗っていた時を思い出した


「指原軍曹、みて、ますか……やりましたよ、俺……」

かすみ出した視界、最愛の上官の顔すら思い出すのも出来ないような混乱の中、リットリオ中尉は、横を見る


山脈の向こうから登ってきた朝日が目に染みる。しかしそれも束の間、右目でさえも薄暮のように暗くなってきた


(ああ、くそ……もう、意識が……)

視界に虫のような影が映り込む、何度も何度も、シュトゥーカのエンジンもやはり異常があったのか音がおかしくなり始めていた


「すま、ない…ヴィクトル、指原、軍曹……エル少尉、俺、は…もう……」

意識を保つのも限界だった


視界がぐらりと揺れた。身体から力が抜け、同時に機体が揺れた。羽虫がブゥゥゥゥゥンと飛び去り、幻覚だろうかエル少尉がこちらに微笑みかけていたような気がした


リットリオ中尉の意識はそこで途絶えた



ご意見ご感想お待ちしてます


同時に誤字脱字などの訂正もしてくださってる方々、いつもありがとうございます。減るように努力しているのですが、皆様のおかげでなんとか成り立っている状況です。いつもありがとうございます

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