ウォーキングオブザデッド
日リ連合軍の陣地は蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた
日リ連合軍も戦場の死体のアンデット化を懸念して遺体の回収を怠ってはいなかったが、なにぶんクルジド軍が置いていく死体の数が多く、最前線となると両軍の死体で溢れかえっている程だ
「頭だ!奴らの頭を撃ち抜けッ!」
「一度殺した相手だ!何度でもぶち殺せ!」
全ての前線から似たような怒号のような命令が飛び交う。ゾンビの群れは地雷原や障害物を物ともしない物量で押し寄せる
前と違うのは胴体に銃弾を食らっても倒れない事と生きてる人間に向けてひたすら襲い掛かるという二点だった
「中央陣地の増援にありったけの武器弾薬を持たせろ!なんだってこのタイミングなんだ!」
寝癖を直すことなく、ベルウッド大佐は司令所に駆け込んだ
「報告します!中央陣地に押し寄せたゾンビの群れは第一防衛線を既に突破、部隊は私の独断で後退させました。現在第二防衛線で戦闘を継続中、死傷者数は不明!」
「右翼陣地の敵に後退の予兆あり!右翼軍の指揮官が前進の許可を求めてます!」
「左翼陣地にもゾンビの群れが押し寄せています!一部ではクルジド軍の攻勢が始まってます!増援の要請です!」
「えぇい!まずは中央陣地を突破されてはどうにもならん!空軍に要請!今すぐ攻撃機による航空支援を要請しろ!砲兵隊にも通達だ!右翼には先走るなと伝えろ!欺瞞工作の恐れもあるから警戒しとけと伝えろ!」
「大佐!ミリア大将です!」
渡された無線機を掴み取り、ベルウッド大佐は戦況図が表示されたタブレットを覗き込んだ
《大佐、簡潔に今の状況を》
タブレット端末の一角に現れたミリア大将の映像を見ながらベルウッド大佐は戦況図を分析していく
「クルジド軍がゾンビになって襲いかかってきました!この数週間で積み上げた死体が全部です!我が軍は圧倒されてます!至急空爆、ならびに砲撃支援をください!」
《私からも空軍の司令に伝えよう。増援が間に合わないようなら戦線を後退させても構わない、全ての責任は私が取る》
「わかりました、出来る限り粘って見せます!では!」
無線機を切り、戦況図にピンを刺していく
「こことこことここの部隊に状況を伝えさせろ!すぐにだ!左翼のリラビア軍には砲撃支援を優先させろ!砲兵の砲弾は左翼側に集中分配だ!」
「大佐!部隊の状況集計出来ました!弾薬補給さえあれば20分は粘れると!」
「ドローンによる弾薬運搬を急がせろ!その地点の部隊には徹底防戦を命令!最悪現場の判断で第三線まで引かせろ!くっそ!航空支援を急がせろ!」
「大佐!コロモク飛行場より通達!弾薬満載のA-10とAC-130が三十分で到着します!」
「ようやくいいニュースだ!各隊に伝えろ!到着まで持ち堪えるんだ!」
ミゼット中尉は走っていた
すぐ後ろには瘴気に当てられ、ゾンビとして復活したクルジド兵の大群、捕まったら最後、肉を貪られて生きたまま解体されてしまう
「冗談じゃねぇ!」
ミゼット中尉はモーゼルカービンを構えた。狙うのは眼前の敵のみ、追いつかれない限り後ろの敵は無視だ
左右から飛びかかってきたゾンビの眉間に素早く二連射。後へのけぞって倒れるよりも早く、ミゼット中尉は駆け出し、正面のゾンビの腹へタックル
「フッ!」
タックルしたゾンビの腰に抱きつき、さらに奥のゾンビに三連射。さらにその場でコマのように素早く回転。ゾンビを勢いに任せて後ろへ投げ飛ばし、ミゼット中尉は地面を転がりながらモーゼルを乱射する
狙いもつけずに放たれた銃弾はゾンビの爪先を砕き、バランスを崩したゾンビが次々と倒れ込んだ
寝転んだ姿勢のまま、ミゼット中尉は右肘と腰を軸にそのまま地面を蹴り、ゾンビに足払い、目の前に転がり込んだゾンビの頭に最後の弾丸を叩き込んだ
もはや声を出す余力もないほど集中したミゼット中尉はただひたすらにゾンビの動きを読み、覆いかぶさるようなゾンビの動きを見切り、進路の邪魔になるゾンビのみを排除していく、まさに走る自動機銃のような存在である
腰に巻き付けたマガジンポーチから新しい弾倉を取り出し、空になったマガジンと交換する。前のマガジンでゾンビになった皇国兵の眉間を叩き割り、胸元のポーチから手榴弾のピンと安全バーを毟り取り、振り上げられた腕、その脇をするりと通り抜け、無防備な背中に蹴りを放つ
「キリがねぇ!」
モーゼルをコッキングすると同時に手榴弾が炸裂。ミゼットは止まることなく走り続ける
三連射でゾンビの足を砕き、片膝ついたゾンビの肩を踏み台にジャンプ。着地と同時に前転、また走り出した
辺りは砲爆撃でかなり高低差のある地形になっているが、逆にミゼットはその高低差を利用することができた
両腕を広げて襲いかかってきたゾンビのかかとを正面から撃ち抜き、物理的にバランスを崩したゾンビの襟を掴み、遠心力を生かし反対側へぶん投げる
ゾンビの群れにぶつかり、ゾンビの何体かは砲弾の穴に落ちていった
タックルでゾンビのバランスを崩し、相手を砲撃の穴へと次々と突き落としていく
ゾンビは生者のみを襲う事しかできないため、砲撃で開けられた穴をよじ登ることができない、無意味に腕を伸ばして地面を掘り進めるしか出来ないのだ
モーゼルカービンのピンと伸びた銃口でゾンビの頭を小突き、至近距離で一発。さらに後ろに振り向き素早く連射した
咄嗟の銃撃で狙いもめちゃくちゃだが、歴戦の兵士たるミゼット、半分以上の命中弾をゾンビに叩き込み、多くのゾンビを転倒させた
空になったマガジンを弾くように抜き取り、ポーチから次のマガジンを取り出した
その直後、戦車の残骸の上という意識の埒外からゾンビが飛びかかってきた。油断していたミゼットはマガジンをとり落としてしまった
「クソがッ!」
落としたマガジンを諦め、後ろから抱きつかれた形になったミゼットは噛みつかれる前に左の肘をゾンビに叩き込み、ゾンビがバランスを崩した隙にしゃがんでゾンビの拘束から脱出。そのままニーパッドをつけた右膝を使ったニードロップをゾンビの頭に叩き込む
ミゼットはその時、飛びかかってきたゾンビが戦車兵の格好をしており、ホルスターは空だが、マガジンポーチは入っているのが見えた
ミゼットは未だに腕を伸ばしてくる戦車兵のゾンビの手首を掴み、そのまま反時計回りにひねりながら背中に馬乗りになり、ゾンビの背中から相手の顎を掴み、力一杯上に引っ張り、首の関節を力づくでへし曲げた
マガジンポーチから弾倉を抜き取る。M1911のマガジンが三つ入っていた
ミゼットのモーゼルカービンは補給の関係上45ACP弾に換装されており、マガジンもガバメントのロングマガジンを併用している、つまり普通のガバメントのマガジンも使えるのだ
下からマガジンが飛び出ていない通常のモーゼルカービンを抱えるように構え、走る
「はぁ!はぁッ!」
モーゼルカービンを胸元に吊るし、目の前の倒木に飛び移り、両手で掴んでそのまま振り子のように助走をつけてドロップキックをゾンビにくらわせる
ドミノ倒しのように倒れたゾンビの上を素早く駆け抜け、再びゾンビの群れに突入する
両腕を振り上げて襲いかかってきたゾンビの脇をすり抜け、その後ろのゾンビの顎にモーゼルのストックを叩き込む、ゾンビがのけぞった瞬間を狙い胴体にタックル。ゾンビが胴体にぶら下げたG36cを掴み、狙いもつけずにアサルトライフルを腰だめに乱射する
「くそっ!硬い!」
自陣が近づくにつれ、ゾンビも元友軍のゾンビや鎧を纏ったクルジド兵が増えてきた
「ふざけやがって!」
モーゼルカービンで皇国兵の膝を撃ち抜き、片膝ついたゾンビの顎と後頭部を掴み、首を捻じ切る
そうこうしてる間に後方のゾンビに追いつかれてきた。しかしミゼットは冷静に辺りを見渡し、すぐに擱坐した四足無人歩行兵器、クゥーバァーを見つけた
クゥーバァーに駆け寄り、クゥーバァーの背中に背負われた12.7mm機銃の辺りのカバーにナイフを差し込む
「ここと、これのスイッチと……」
ミゼットは素早く配線を繋いでいく、バッテリーの接続不良で放棄されたらしく、配線が一部火花を散らせていた
ミゼットが配線を弄っている隙にゾンビが一体、襲いかかってきた
「邪魔だ!」
ゾンビの腕を振り向きざまに掴むとゾンビの後頭部を掴み、クゥーバァーに頭を叩きつけた
「くそ、動け!このポンコツが!動けってんだよ!」
ゾンビの頭をクゥーバァーに何発も叩きつける。すると駆動音と共にクゥーバァーが復帰した
「この手に限る!」
《クゥーバァー、オンライン。兵装動作不良。ボディダメージ深刻。クゥーバァー、30秒後に自爆します》
アナウンスと共に緑色に光っていた光学機器のランプが赤く光った
「あばよ!」
《good bye》
周囲に警告する大きな警告音に吸い寄せられるゾンビ達、反対にミゼットは全力で走っていく
クゥーバァーはあっという間にゾンビに埋もれ、やがて自爆。何十体ものゾンビが吹き飛び、内蔵された爆薬以外にも弾薬や燃料にも誘爆し、無数のゾンビがバラバラに吹き飛んだ
ゾンビの習性を利用し、だいぶ距離を稼いだミゼットはモーゼルカービンに問題がない事を確かめて再び走り出した
(残弾は、ロングマガジンがあと一本と拾ったマガジンが二つ、現在位置は……)
ミゼットは辺りを見渡す。少し離れた所に先程まで自分達がいた墜落した零戦の残骸が燃えていた。証拠隠滅の為に火をつけたのだろう
(第一線陣地まで200mってところか、ゾンビ発生のタイムラグからすると部下達は無事かな)
斜面から滑り降り、さらに走る。体力は既に限界だがそれでもミゼットは走り続けた
(銃声が聞こえるってことは、まだ前線陣地は機能してるって事か!)
この先は誤射されるのを避ける為に慎重にいかねばならなかった
前後左右にモーゼルカービンを向けながら辺りを警戒し、ゾンビが居ないか確認しながら進む
次にミゼットが辿り着いたのは開けた平地。元は迫撃砲陣地があったと思われる場所で、迫撃砲兵は既におらず、クルジド兵やリラビア兵のゾンビが数体たむろしていた
「チッ」
倒木に身を隠し、辺りを見渡す。ここ以外は見える限りでは有刺鉄線と言った障害物が多く、ゾンビの多くがそれに引っかかり、余計に通りづらくなっていた
「いくしかないか……」
マガジンを最後のロングマガジンに差し替え、ストックを取り外した、時間はかけず、ここを通り抜ける
「はぁー…ふぅー……」
倒木に背中を預け、深呼吸する
モーゼルを持つ手が震えていた。恐怖から来る震えか、それとも興奮剤の後遺症なのか
(いや、武者震いだな)
その直後、間のびた風切音と共に照明弾が空に打ち上げられた
「ッ!」
辺りが赤い光に照らされた直後、ミゼットは倒木の陰から飛び出し、駆け出した
視界が確保されているうちに、終わらせる
モーゼルを構え、左手で引き金の前のマガジン部分を保持し、反動を少しでも抑えようとする
左右から襲いかかるゾンビに射撃、ふらついた瞬間を逃さず体を反対側に僅かにずらし、ダンスのステップのようにかわしていく
一発撃ったら反対方向へ、撃ったらまた別方向へ。絶えず止まることなくモーゼルを射撃し、ゾンビの腕の振り抜きをしゃがんで回避、しゃがんだ状態から二発、胴と頭に二連射、そのまま踵を軸にターンから反対のゾンビの頭へ一発
腕を掴まれるが、ミゼットは反射的にモーゼルの銃口でゾンビの鼻を一突き、そして腕を振り解き反対のゾンビへ右肘を叩き込み、振り解いたゾンビの頭へ一発撃ち込み、また反対側のゾンビの頭へも抜け目なく撃ち込む
伸ばされた腕を掴んでは円を描くように捻り、勢いを殺したら突き飛ばし、その瞬間にまた反対側のゾンビへ銃弾を放つ
脇からゾンビの肩を背中から押さえ、ガラ空きの後頭部へモーゼルを一発。太腿のプロテクターに噛み付いてきたゾンビへしゃがむと同時に頭へ一発
しゃがんだままマガジンに残った弾丸を撃ち切り、マガジンを素早く新しく切り替える
ゾンビの包囲網に空いた穴を逃さず走り抜け、しゃがんでゾンビの掴みかかりを避け、その勢いを殺さずにゾンビの股を肩車のような形で挟み込むと同時に立ち上がる
頭から地面へ転げ落ちたゾンビの頭を踏みつけて押さえ込み、横から同じように襲いかかったゾンビの腕を払い、膝を撃ち抜き、崩れ落ちたゾンビのヘルメットを掴み、最初に踏みつけたゾンビの頭に重ね、一発。貫通した銃弾が二体のゾンビの頭を撃ち抜いた
「らぁあああああ!!!」
しゃがんだままウサギのように飛び跳ね、ゾンビの膝に頭から突っ込む、バランスを崩したゾンビがミゼットの背中にのしかかるが、ミゼットはすぐに横へ転がり、前転のように回転しそのまま走り出した
声を上げる暇もない、目の前の敵と全方位から襲いかかるゾンビの事のみを考え続け、銃を撃つ
最後のマガジンを差し込んだ。ゾンビの大群は銃弾の数より遥かに多かった
「あぁ、ちくしょう」
ミゼットは辺りに目を凝らした。利用できる遮蔽物、地形、自分のコンディション、どれもが自身に不利だった
《ミゼット中尉!》
その直後、ミゼットの視界は上空からのサーチライトで照らされ、真っ白になった
目を細めて見上げるとそこには両脇にM61バルカンを搭載したUH-1が低空飛行で飛んでいた
《伏せてくださいッ!》
拡声器による呼びかけの後、両脇のM61バルカンが回転を始めた
「ヤバッ!!?」
たまらずミゼットは力一杯横へ飛ぶ。元は迫撃砲が設置されていた掩蔽壕に飛び込むと同時にM61バルカンが火を吹いた
戦闘機に搭載されるような強力な航空機銃がただの人間に撃ち込まれるのだ、過剰暴力にも程があり、食べごろの根菜野菜並みの大きさの弾丸が毎分六千発近く撃ち込まれ、ミゼットに襲い掛かろうとしたゾンビを尽く粉砕していった
ミゼットの前後左右のゾンビへ豪雨のような猛射を浴びせ、物理的にゾンビの集団を粉微塵に変えてしまった
「クッソ、耳が……」
バルカンの射撃音で耳鳴りが止まらないミゼット中尉は掩蔽壕から立ち上がり、サーチライトを消したヘリへ手をあげる
《ミゼット中尉!私は第二強襲飛行偵察小隊のマイク中尉です!無事ですか!?》
「おかげさまで耳以外はな!助かったよくそったれ!」
《どういたしまして!この先で救助部隊が展開してます!そこまで行ってください!》
そう伝えるとマイク中尉のヘリは機首を別方向へ向け、サーチライトを点灯し、再び飛んで行った
「何にせよ、助かっちまった……」
それは目を覚ました
身体中が痺れていた。身体が石になったように動かなかった
声も出せない、息もできない。相棒が立派だと褒めていた自慢の翼も動かせなかった
どういうことだ、そうだ自分は死んだんだ
身体中を謎の礫に撃ち抜かれ、最後は珍しく涙を流した相棒に看取られながら死んだのだ、相棒にトドメを刺された
それに対して恨みは抱いていない。むしろそれ感謝していた。おかげで身体の痛みから解放されたのだから
動くようになった目を動かすと、丘の上から歩み寄る人影、頭から血を流した相棒だ
「あ、あぁ……」
土気色の肌、白く濁った目。死んだ後でも自分の事を大切に思っているらしく、頭を撫でてくれた
……そうか、相棒がやるなら、付き合ってやるか
それは立ち上がった。石のように動かなかった身体は嘘のように動くことができた
……やってやろう、あいつらを皆殺しにしてやろう
相棒がいつものように背中に乗ってきた。拘束具や鎧、右翼は無くなっているが何ら問題はなかった
「※※※※※※※※※※※※※※※※!!!!!!!」
いつものブレスや咆哮は出なかった。しかしそれは聞くものを恐怖させる禍々しい、死者の軍団に相応しい雄叫びだった
この話のミゼット中尉みたいな三密を避けて、生活していきましょう




