復讐するは我にあり
今回短めです
竜騎兵ヴィルヘルムは生きていた
「ラーキン、今までありがとうな」
苦楽を共にして、幼生体の頃から育てていた火竜のラーキンは既に虫の息だった
ヴィルヘルムは自分に使う用の治療魔道具を駆使してラーキンの治療にあたったが、努力虚しく、ラーキンは失血死寸前だった
爆発の影響で右の翼が千切れ、何発も食らった機銃弾がラーキンの身体から大量の血を流させていた
ヴィルヘルムは愛竜の血で濡れた手で剣を握り、ラーキンの喉元に添えた
火竜は喉元にガスを溜めた特殊な袋が存在する。その袋と竜の肺に溜め込まれた特殊なガスの二つが合わさり、強力なドラゴンのブレスになるのだ
そして喉元の袋のガスは毒性が強く、単体では燃えないが体内に取り込まれると死を招く、そのため暗殺などによく使われた
それ以外にも死にかけた竜のトドメにも使われた
ラーキンの目が細まる。笑っているような穏やかな光をたたえていた
剣がラーキンの喉を切り裂き、ヴィルヘルムは口元に布を当てた
「ありがとう、ゆっくり、休んでくれ……」
やがてラーキンの目が閉じられ、微かに上下していた身体が動かなくなった
「許してくれ、ラーキン……」
ヴィルヘルムはその場をフラフラと離れ、口の中で呟いた
若干ガスを吸ったらしく、眩暈と吐き気に襲われ、堪え切れずに吐いた
胃の内容物をひとしきり吐き出し、視線を上げた
「奴ら、ぶっ殺す!」
ヴィルヘルムは怒った。二日酔いのようにグラグラする視線の中、死んだリラビア兵と奴らが使う奇妙な連発銃を見つけた
「殺す、絶対に殺す。ラーキンの仇だ」
銃を抱え、這いつくばるように丘を登った
「いたぁ!」
砲撃で捲れ上がって作られた丘のてっぺんに伏せ、こちらへ駆け寄る敵兵に銃を向けた
連続した銃声と共に神奈月上等兵の身体に穴が開いて倒れた
「敵襲!」
フレア上等兵とミゼット中尉はそれぞれ、塹壕と倒木に逃げ込んだ
「フレア、敵は正面の丘の上、MG42で武装して伏せている」
《くっそ、ここからじゃ狙えません》
「合図で援護射撃しろ、私が追い詰める」
そういうとミゼット中尉はG36を置き、背中のバックパックからモーゼルC96を取り出した
40発入る弾倉を差し込み、固定ストックを取り付ける
「これは水無瀬大尉の分だ」
余計な装備は全て下ろし、予備の弾倉が入ったマガジンポーチがついたベルトのみを腰に巻いた
リバティ基地撤退の頃からずっと肌身離さず持ち歩いてきた時代遅れの骨董品、いつか仇とあったら必ずこれで殺すと誓っていたのだ
グリップからストックが生えるという奇妙な形のモーゼルカービンを構え、深呼吸一つ
「援護射撃!」
その直後、フレア上等兵が丘へ目掛けて射撃を開始、銃撃がそちらへ向いた瞬間、ミゼット中尉は飛び出した
敵はフレア上等兵の方にかかりっきりでミゼット中尉の方を見ていない
丘を登り、膝立ちで機銃の射手にカービンを向けた
「よう、くそったれ。二年ぶりだな」
「なっ!」
直後、ミゼット中尉はカービンの引き金を引き、放たれた銃弾は伏せたクルジド兵に突き刺さった
「素人が、トリガーハッピーの結末は大体こうなる定めなんだよ」
「ゴホッ…ぐぇ……」
ミゼット中尉は銃を構えたままその男に近寄る。仰向けになったクルジド兵の男は口から血のあぶくを吐きながらミゼットを睨みつけた
「お前、ドラゴンに乗ってたか?」
「あぁ、そうだ……」
「そうか」
確認が取れたミゼット中尉は即座に男の頭に三連射。右目の辺りが大きく削れ、煙を上げるMG42に血飛沫が飛び散った
「……存外、あっけなく、虚しいものだな」
モーゼルカービンを担ぎ、ミゼットはその場に崩れるように座り込んだ
「中尉、無事ですか?」
息を切らし、丘を登ってきたフレア上等兵が聞いてきた
「あぁ、フレア上等兵、神奈月の容体は?」
「即死です、ダメでした」
「そうか……いい奴だったのにな」
ミゼットはヘルメットを脱ぎ、頭を抱えた
「遺体を収容して、早く離脱しましょう」
「そうだな、軍事法廷が私を待ってる」
「そうですね、まぁ私は否定も肯定もしません」
「いいんだ、私はもう、引退だよ。こんなに血に塗れちまったんだ、戦場に長く、いすぎた、もっと、早くに……」
ミゼットは自然と震える右手を眺めた、遠くで銃声が小さく鳴り響く
条件反射のようなものだった。銃声や爆発がすると身体が震えるのだ。興奮剤やアドレナリンで抑えていたが、もう限界だ
「……さぁ、いきましょう、中尉」
フレア上等兵が手を差し伸べてきた
その直後、フレア上等兵の首筋に何かが噛み付いた
「ぐぅあああああっ!!?」
「神奈月ッ!」
噛み付いたのは死んだはずの神奈月上等兵だった。土気色の肌に濁った白眼、おおよそ生きている状態とは思えなかったが、フレア上等兵の首筋に噛み付いて離れない
「クソがッ!」
ミゼット中尉が銃を構える。しかし暴れ狂うフレア上等兵が邪魔で狙いがつかない
「ちくしょう、中尉ッ!」
揉み合う内に、丘から足を滑らせ、そのまま二人とも斜面を転がり落ちていった
「フレア上等兵ッ!」
ミゼット中尉が覗き込むとそこには血に濡れた手を空へ掲げるフレア上等兵がいた
「ちゅ、ちゅうい、た、たすけ……」
フレア上等兵に群がる存在が増えていた。クルジド兵もリラビア兵も皇国軍の兵士の姿も見えた
「なんだこりゃ、ゾンビ、だと!?」
クルジド軍、中央陣地
第30軍を率いるピカトニー中級将は明かりの落とされた天幕の中でくつろいでいた
「では、これで陣地の引き渡しは完了、後は敵が自ら作り出した死体の山に埋もれるのを待つのみです」
「ふん、下賤な囚人兵の頭領にしては知恵が回る。優雅ではないが、今のクルジド国には圧倒的な勝利が必要なのだ」
「ええ、そしてこの栄光ある勝利は閣下一人の者です」
ディンギィルは内心うんざりしながら目の前のピカトニー中級将に媚を売っていた
この世界の死体はちゃんと聖職者がキチンとした作法で弔わないと動く死体や骸骨として動き出すのは常識だ
この世界の生き物は死ぬと膨大な魔力を放出する、その放出された魔力を魔法などで発散させずにそのままにすると魔力はやがて瘴気と呼ばれる物に変化し、付近の死体に取り憑いて生者を襲う魔物になると考えられてきた
魔獣などはそれらが自然環境の中で生まれた突然変異種だという説もあるほどである
「まさか自分達で作り出した死体の山に襲われるとは、やはり蛮族は所詮蛮族」
「えぇ、こうして灯りをつけずに大人しくしていればアンデットは襲ってこない、逆に敵は我らの夜襲を恐れて煌々と灯りを焚いている、そしてアンデットに襲われる」
「ジワジワと損耗したところを我らが最後に刈り取る。ふん、よくもまぁこんな策を思いつくわい」
ピカトニー中級将は椅子にふんぞりかえり、ワインを飲んだ
(そう、簡単に行けばいいけどな)
ディンギィルは天幕を出た、右翼陣地に移動するどさくさで囚人兵の一部は居なくなっていた、督戦隊はそちらにかかりっきり
「全ては計画通り、あとは闇夜に紛れて後退するだけ」
ピカトニー中級将のかわりに右翼陣地の守りについた第44軍は居残った督戦隊を秘密裏に始末し、撤退行動に移っている筈だ
そしてその撤退行動は対岸のリラビア軍にわかるように、あえてわかりやすくやっており、隣の中央陣地からは死角になって見えないのだ
リラビア軍の中央陣地が騒がしくなってきた、遠雷のような砲声や銃声が鳴り響いてくる
「始まった始まった」
ディンギィルは楽しそうに呟いた
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