夜襲
マッポレア平原
日本皇国軍
「なぁ、お前コロモクにいたか?」
「ああ?なんだよ、突然?」
夜間の見張りについているソド二等兵は同じく隣で見張りについている田村二等兵に話しかけた
「コロモクの山霧の空っていう酒場のさ、ウェイターの女の子、知ってる?」
「……あー、あの牛の獣人のあの子?」
「そう、その子の顔がよぉ、なんだか頭から離れなくってさ」
ソド二等兵は小さな石を目の前に積み上げながら、ぼんやりと呟いた。対する田村二等兵はライフルに安全装置がかかっているのを確認し、ライフルを置いた
「確かおっぱいデカかったもんな」
「それもあるけどさ、俺はあの子の顔が忘れられねぇんだよ」
「そんなに美人だったか?」
「いや世間一般では美人じゃないと思うよ?でもあの子とお喋りしてるとさ、大きな声で笑うと口元に手を持っていくんだよ、その時の顔が忘れられなくてさ……」
「ふぅーん……」
「死体運びとか塹壕にグレネード投げ込んだら腕とか顔とか自分の目の前に飛んできても、なんかその子の顔を思い返すと、そういうのを忘れられるんだよ」
「へぇ、最近行ってなかったけど、今度の休暇で行ってみるかな」
「おう、一緒に行こうぜ」
「おう、そうしようか」
田村二等兵がそう答えるとガランと音がした
田村二等兵の足元にはソド二等兵が積んでいた石が転がっていた、横を見ると積み上げた石に突っ伏し、頭から矢を生やしたソド二等兵があった
「…てっ」
声はそこまでだった。死角から飛び出したクルジド兵のナイフが田村二等兵の喉を掻き切り溢れる血に溺れながら田村二等兵は地面に倒れた
「へっへっへっ、流石リラビア一の大盗賊様。流石の腕前だぜ」
「だろ?まだまだ俺様も捨てたもんじゃないってことよ」
最後にナイフを振ったと思しき男がナイフについた血を拭いながら塹壕に滑り込んだ。その後に同じように何十人ものクルジド兵が続いた
「戦争が終わったらまた盗賊稼業に戻るのか?」
「へっ、この戦争で一山当てて、のんびり田舎で暮らすさ」
「それ、笑える」
男たちの手際は見事だった。夜中に人を襲い慣れている
その直後タタターン、と三発の銃声が響いた
クルジド兵達は全員がその場にしゃがむ。そしてリーダー格の男が音の正体に気付いた
「この死に損ないが」
発砲煙を上げるベレッタM93を手にしたソド二等兵を見て吐き捨てるようにそう言った
「イッ、ぃひっひっひっはっ」
当たりどころが良かったのか悪かったのか、ソド二等兵はそのまま狂気の笑みを貼り付けて死んだ
ソド二等兵の射撃は誰にも当たらなかった。だがそれでも音を響かせたのだ
塹壕のあちこちからざわめきが聞こえる。警戒用のドローンの羽音も耳に聞こえた
「てめぇら、そいつらの武器を奪え、やるぞ」
「「「おうっ!」」」
数時間前
聖帝クルジド国 第44軍 作戦総司令部
「ハァ?夜襲?」
エンディルはディンギル上級三等士を前に間抜けな声を上げた
「そうだ、夜襲だ」
対するディンギルは優雅にパイプを燻らせながらそう返した
「敵の的になるから松明は無し、音がするから鎧や剣の類も極力なし」
「おいおい、そんなのわざわざ挽肉になりにいくようなもんだぜ、大将、頭おかしくなったのかよ?」
「いいや、正気だ」
そういうとディンギルは壁から吊るした塹壕の全体図の一角を指差した
「この陣地はほんの数時間前まで我々が使っていた。今は敵が使っている」
「そうだな」
「使い魔が監視しているが、その間兵員の交代は無かった。ほとんどの兵士があの激戦に参加した兵士達だ」
「そりゃこっちもそうだな」
「そこでだ、そんな疲れ切って集中力が途切れているリラビア軍どもにモーニングコールをプレゼントするわけだ」
そういうとディンギル上級三等士は塹壕ではなく今度は巨大クレーター、ジャイアントシャドーの一点を指差した
「ここには発掘当初から謎のトンネルがある。途中で崩落してるので先はわからないがこのトンネルの終着駅は……」
「……あっ」
エンディルにもようやく納得がいったようだ
「お前らがこのトンネルを使ってジャイアントシャドーと最前線の塹壕を行き来してたのは知ってる。このトンネルを使えば敵にバレずに敵陣地に肉薄できる訳だ」
「いやぁ……バレてたか」
「俺は地獄耳なんだ。督戦隊にバレないようにしたのに苦労したぞ」
「ヘッヘッ話のわかる大将だ」
「目を瞑ってやった分、しっかり仕事しろよな」
「俺たちは元盗賊。夜の戦いなら任せな」
「敵襲!敵襲!」
サイレンがあちこちで鳴り響き、就寝していた兵士達が一斉に飛び起きた
当直の兵士が空へ照明弾を打ち上げ、兵士達が武器庫へ殺到する
そこへ襲いかかるのは取り回しやすい短剣を持った男たち。粗野な風貌とは裏腹に鋭い一撃で通り過ぎ様に正確に皇国軍の兵士の首を切り裂いていった
「るぅおおおおおおお!!!!」
エンディルは背中に背負った巨大な大筒を腰溜めに構え、突然のことで統率の取れない皇国軍兵士の集団に向けて発射する
中に詰められたのは敵が首に掛けているチェーンで繋がった金属片やナイフフォークといった食器類や石礫などだ。大小様々な金属片が皇国軍兵士に突き刺さり、男女問わずうめきながら倒れた
「敵の息の根は必ず止めろ!殺したら身ぐるみ全部はいじまえ!」
「仕事にかかれぇ!」
「久々の女だ!しかもまだ生きてる!」
略奪と陵辱の限りを尽くす盗賊達、そんな盗賊達に嫌悪の視線を送るのはクルジド軍、選抜督戦官のエリィ上級一等士である
「いくら、囚人兵とはいえ、これは……」
「エリィ一等士」
そこへやってきたのは彼女の上司のトイルマン上級三等士である
「トイルマン上級三等士、奴らの蛮行は流石に見逃せません!それに例えリラビアの肩を持つ蛮族とはいえ、これでは情報を持ち帰るという大義名分がっ!」
「そこまでだ」
そういうとトイルマン上級三等士は落ちていた皇国軍の拳銃を拾った
「こんな末端の兵士が何を知っていると思う?狙うならもっと上の位の指揮官クラスでなければ意味がない、そうだろう?」
「それは、そうですが!」
「エリィ上級一等士、ここはそういう戦場なのだ。我々の仕事は蛮族を連れ帰ることではない、囚人兵の手綱を握ることだ、長生きしたければ、波風立てるな」
そういうとトイルマン上級三等士は振り向きざまに手にした銃を撃った
「ぐぅお……」
見るからに剣を振り下ろそうとした大勢でその男は崩れ落ちた
「まったく、クズどもが……聖帝陛下の御慈悲を忘れ、我らに牙を向こうなど……」
鹵獲した銃を一通り眺め、上機嫌な笑みを浮かべ、腰のベルトに挟んだ
「行くぞ」
「……はい」
トイルマン上級三等士の後ろをついて歩くエリィ上級一等士、ふと横に視線を向けると口から血の泡を吐きながら男にのしかかられている敵兵がいた
歳はエリィと同じ20になるかならないかぐらい、エリィの妹と同じ少しくらい緑の瞳に整った目鼻立ち。特殊な趣味を持ってる男性でなければ間違いなく声をかけるであろう美少女だった
その少女の口が微かに動いた
「………ケ……テ………」
「ッ!」
エリィは駆け出した。視線を振り払うように
そして蛮行に夢中になっているクルジド兵の多くは気付く事はなかった
皇国陸軍は夜間の警戒用に武装ドローンの大量配備を行なっていたのだ
人間のように疲れて居眠りしたりすることなく夜空を縦横無尽に飛び回り、熱源センサーとGPSトラッキングシステムの応用で味方兵士の奥歯に仕込まれた超小型IFFを頼りに人型の形をした熱源に下部に抱えた7.62mmマシンガンを豪雨のように掃射する
群勢で飛び交うその姿はまさに旧約聖書に書かれた災害の一つ、通りがかった全てを喰らい尽くすイナゴの群れを彷彿とさせた
襲撃地点にいち早く到達したドローンはプログラミングされた通り、IFFに応答のない人型に正確無比な機銃掃射を浴びせる
陵辱や戦利品漁りに夢中だったクルジド兵はたちまち背中に大きな風穴を開けることになり、今殺した敵兵と同じように血を撒き散らしながら倒れていった
機銃掃射を免れたのは味方兵士と密着していた者達だが、その者達も月明かりを遮り、不気味な駆動音と共に味方を射殺していく存在に狂乱し、恐れた
そして武装した援軍が踏み込む頃にはドローンがほぼ全てのクルジド兵を制圧した後であった
「連中、酷いことしやがる……」
尊厳を貶された同僚の遺体を見てソアラ大尉は怒りに震え上がる
「生き残りを見つけたら拘束しろ!憲兵に突き出して、たっぷり絞ってもらえ!」
既に他の兵士からの報復でボロボロになったクルジド兵が尻を蹴られながら拘束され、同行した憲兵達に連れて行かれた
「こりゃ、明日の攻撃が楽しみですな、大尉」
「フェブランド少尉、そうだな、楽しみだ。奴らにお礼が言いたくて、手が震えるよ」
「私も同じ気持ちです。連中に自分達のナニの味を教えてやりますよ」
フェブランド少尉がタバコを半分ほど一息に吸い、それをソアラ大尉が横から奪った
「大尉は禁煙者では?」
「さっきまではな」
吸い終わったタバコをソアラ大尉は手で握り潰した。掌から滴った血に当たり、ジュッという音と共に火は消えた
「フェブランド少尉!あっソアラ大尉もこんなところに!」
そこへ現れたのは二人が所属する大隊の司令部付を示す腕章をした伝令兵だ
「お二人とも無線に出られなかったので、心配しましたよ」
「急な出動だったので、無線を携帯しておりませんでした。申し訳ありません」
「いえ、構いません。それよりも大隊司令部から敵の攻撃が開始されました中央と左翼陣地でです」
「ほぉ、で本部はなんと?」
「ここを守っていた第二中隊に代わり、ソアラ大尉の第一中隊とフェブランド少尉の第四小隊と共にこの地点を防衛してもらいたいのです」
「了解しました。では早速補給をお願いします」
「既に手配してあります、あと五分もしたら装備一式が届くはずです、それまでは散らばった装備を集めて戦ってください」
「「了解です!」」
伝令と二人は敬礼を交わし、二人は新たに支給された無線機を耳につけた
「よし、やるか」
「ええやりますか」
二人は壁に立てかけられたG36cを抱え、無線機のスイッチを入れた
左翼陣地
木々の形にくり抜かれた闇夜、その空に輝くのは迫撃砲から発射された照明弾だ
「突撃ぃーッ!!!」
灯りに照らし出されたクルジド兵が一気に立ち上がり叫び声と共に突撃を開始した
昼の攻勢で倒れた戦友の亡骸を踏みつけ、砲撃穴や障害の残骸を踏みしめながらクルジド兵は絶叫とも呼べる声を上げて前へと進む
彼我の距離がジワジワと狭まっていく。敵は鎧を脱ぎ、剣や槍のみを持って真っ直ぐとリラビア軍の陣地目掛けて走っていた
「撃てぇ!」
リラビア軍の将校が怒鳴った
第一線に集められた機関銃が一斉に発泡炎を瞬かせ、暗闇に曳航弾の光の線が真っ直ぐ伸びた
機銃弾とクルジド兵がぶつかり合い、着弾点から赤い血煙と血飛沫が飛び散った
「弾幕だ!弾幕で押し潰せ!」
マルビク少佐は野戦電話の受話器を持ちながら叫ぶように指示を出す。前線で激戦を繰り広げる部隊長に合わせるとどうしてもこうなってしまうのだ
「少佐!第一線陣地から補給の要請が!もうこれ以上は間に合いません!」
シュタールメットこら焦げ茶色の狐耳を生やした獣人のシュリンケル二等兵が駆け込んできてそう言った
「シュリンケル!ここを持たせなければダメだ!第一線の後退は許可できない!」
「ではせめて迫撃砲かヘリでの支援要請を!このままでは押し切られます!」
「要請はもう出してある!ロケット満載のヘリが前線に来るはずだ!その後に爆撃が!それまで持ち堪えてくれ!」
「くそっ!了解です!持って五分ですよ!」
「わかった!急がせる!」
《こちらカッター1-1、地上支援のリクエストを受けた》
《カッター1-1、こちらマルビク少佐、IFFに応答のないお客さんを掃除してくれ!これ以上は持たせられない!》
《了解、攻撃を開始する》
両側にハイドラロケットポッドを吊るしたAH-64アパッチ二機は敵への威嚇と誤射の可能性を下げるため、高度を下げる
《ファイヤファイヤ!》
発射されたハイドラの弾頭は焼夷弾。着弾と同時に内燃されたナパームや燃焼剤が人や木々に燃え移り、身体についた火を消そうと揺れ動く松明のように踊り出した
《敵の後退を確認、追撃する1-2続け》
《ラジャー》
機首の30mmチェーンガンが敗走する敵の隊列に叩き込む。照明弾の光が失ってもガンナー席のモニターにはサーモグラフィーで敵が白く映る。歴戦のガンナーはそれらに弾丸を正確に撃ち込んだ
《こちらドンフェン2-2、爆撃コースに入った、投下まで三分》
その無線と共に現れたのは高度6000mを低空飛行するB-29胴体の爆弾槽は既に解放され、格納された爆弾が今か今かと並んでいた
《ドンフェン2-2、爆撃進路上に友軍はなし。思いっきりやってくれ》
《了解した》
そのやりとりの後、爆弾が投下された
落とされたのは500ポンド爆弾の中身を丸々ナパームに取り替えた焼夷爆弾だ。着弾すると半径100mは息を吸えなくなる地獄の業火を詰め込んだような凶悪な兵器である
着弾と同時に暗闇の空に巨大な火柱が立ち上った。火山の噴火か、炎の巨人が暴れ狂うような強烈な爆発が噴き上がり、夜なのに昼間と変わらないほどの光量、そして真夏のような熱風が吹き荒れた
《しばらく照明弾はいらないな》
「で、部下の半分が死に、お前は目敏く逃げ延びたと」
「そういうことさ、まぁ俺様も流石に死んだと思ったけどな」
クルジド軍第44軍の将校テントで話すのはディンギィルとエンディルの二人組だ
ディンギィルはホットワインを飲み干し、優雅にパイプを燻らせ、対するエンディルは血や泥も落とさずに椅子に腰掛けていた
「で?成果は?」
「襲撃してから空飛ぶ羽虫みたいなやつの到着までおよそ五分ほど、人間の兵隊は到着まで三十分かかった。戦利品は、まぁボチボチだな」
「人はさらえたか?」
「あー何人か連れて来れそうだったけど、途中で毒か何かを隠してたらしくて死んじまった」
「ふん、まぁ上出来だな。奪った敵の武器でこちらも戦力を強化できる。使い方は?」
「マスケット銃と原理は変わらない。装填の仕方はまぁ上手くやるさ」
エンディルは肩を竦めながらそう言ったディンギィルはパイプの煙を深く吸い、そして吐き出した
「予想通りなら敵は我々が次に夜襲を仕掛けたとしても対応してくる筈だ、空からの攻撃と砲撃がより一層熾烈になるに違いない、同じ手は二度と使えない」
「じゃ、しばらくは防衛でいいんだな?」
「あぁ、いくら武器と人員を注ぎ込んでもかまわん。既に陣地転換の打診は来てる。後は督戦隊をどうするかだ」
ディンギィルはパイプの中の灰を捨て、テントの外に出る。反対側の森の方から煌々と光が立ち上っていた
「……急いだほうがいいかもしれんな」
「ああ、そりゃ賛成」




