ヒポクラテスの誓い
モチベーションが完全に死んでたので投稿遅れました
コロモク
学園本校舎
大勢の学生が闊歩し、学問に勤しんだ学び舎も日リ連合軍の猛攻撃により瓦礫の山となり、血と硝煙の臭いがべったりと漂う死の楽園とかしていた
とりわけレジスタンスの本隊が逃げ込んだ地下図書館はそれが酷く、五分もいれば血の匂いに慣れるほど濃密な死の匂いが漂っていた
蔵書量は世界一とまでうたわれたこの地下図書館も度重なる戦闘の最中、暖を求めるクルジド兵達により本や本棚自体も持ち出され、燃料として再利用されていたため、中は殆どが空だった
本棚が並んでいた所には傷ついた兵士が寝かされ、生きている人は唯一の出入り口にバリケードを築いている
多くの人は傷の痛みにうめき、泣き叫び、中には半狂乱で手にした木の枝で床を掘り続ける者もいた
ロスウェルはその集団を尻目に思い人のシャリーを探していた
「シャリー!どこだ!シャリー!」
無造作に寝かされた負傷者をまたぎ、シャリーの姿を探す
「ロスウェル!」
「シャリー!無事か!?」
「ええ、かすり傷で済んでるわ」
シャリーは包帯が巻かれた左腕を持ち上げながら言った
「よかった……」
「ロスウェル、これからどうしよう。この地下は出入り口が一つしか無いし、あたし達、ひょっとして、ここで……」
「……心配するな、ここで待ってろ、それとこれを」
ロスウェルはシャリーの頭を撫で、懐から真っ白なハンカチを出した
「これは?」
「奴らは白い布を掲げていると撃ってこないんだ。それを持っていれば大丈夫だ」
戦場で敵を観察してきたロスウェルはその法則性に気づき、シャリーにハンカチを渡したのだ
「とにかく、ここから出ないと……」
ロスウェルが入り口を見ると大勢の人でごった返していた
クルジド軍の正規兵とレジスタンスで揉め事が起きているようだ。戦うか降伏するかの二択で
クルジドの正規兵は厄介だ。奴隷にはめるような魔法の首輪で占領国の国民を縛りつけ、無理矢理戦場に送り込む。数や練度も圧倒的にあり、魔法を封じられた以上、占領国の人達には戦う術がなく、クルジドの正規兵に従うしかないのだ
「くっそ、どうするか……」
ロスウェルは考えた。この絶望的な状況から生き残る方法を
「やるしかないか……」
ロスウェルはそう呟くとマスケット銃に火薬を込めて天井へ向けて一発撃った
「みんな!聞いてくれ!作戦がある!」
コロモク市庁舎を利用した日リ連合軍の前線司令部
その司令部の廊下を早足で駆けるのは学園を包囲している日リ連合軍の現場指揮官のグレゴリー少佐である
グレゴリー少佐は守衛に唯一の武器の拳銃を投げるように預け、チェストリグやヘルメットもそのままに真っ直ぐに司令官のいる部屋へ直行していた
最前線の泥や埃もそのままに市庁舎内をズカズカと足早に進む。その形相を見た他の高官はそそさくと道を譲った
怒れる熊のようなその剣幕と迫力は生身で重戦車を目の前にした時を思わせた
従兵が止めるのも無視し、部屋のドアを蹴り破った
「大佐!お話があります!」
グレゴリー少佐は声を荒げながら叫んだ
対する大佐と呼ばれた男はみじろき一つせず、机の上の書類にペンを走らせていた
「グレゴリー少佐、形式上の敬礼くらいしてくれても良いのではないか?」
そういわれるとグレゴリー少佐は五秒にも満たない敬礼をし、再び大佐を睨みつけた
「織田大佐!此度のコロモクのレジスタンスへの最終攻撃をなぜおとめになったのですか!?納得のいく説明をしてください!」
机を殴りつけ、大音量で怒鳴り散らすグレゴリー少佐
対する織田大佐はその態度を気にもとめずグレゴリー少佐を睨んだ
「少佐、なにも私は君が嫌いだから最終攻撃に待ったをかけたわけではないのだよ」
「こうして悠長にしている間に敵は反撃の準備を整えているんですよ!敵に時間を与えることなく、殺しに行くべきです!」
「気持ちはわかる。この一分一秒が黄金のように重要なのもわかる、だが我々は国家として、最低限の人道的配慮を怠ってはならないのだ」
そういいながら書類をまとめ、最後に織田大佐の捺印を押す
「君、これを第二工兵大隊の本部に渡してきてくれ」
「ハッ!」
従兵が敬礼と共に部屋から飛び出していく。内心二人の怒鳴り合いに付き合いたくなかったのだろう
「大佐!総攻撃の許可をください!この攻撃を最後に、コロモクからダニ共を一掃させます!奴らに繁殖の時間をもう一秒たりとも与えるわけにはいきません!」
「グレゴリー少佐、君がこの街でレジスタンス共に大勢の部下を殺された、その気持ちはわかる。私とて攻撃の裁可を下したいさ、だが上層部は降伏勧告をしたのち、兵を突入させて捕虜にすることを望んでいる」
「それが愚かだと言ってるのです!奴らは白旗を弾除けのお守りか何かだと思ってます!白旗をあげながらも懐には銃を忍ばせているんです!そんなクズが大勢篭ってる巣穴に、部下を突入させるなんて反対です!」
「……ふぅー」
織田大佐はオールバックに整えた頭を押さえつけるようにして撫で、深呼吸
「至近距離で、降伏したと油断させて後ろから刺すのが奴らの手口なんです!死人が大勢出ますよ!アンタが殺したようなもんだ!」
その一言を言った瞬間、織田大佐の右ストレートがグレゴリー少佐の頬に突き刺さった
「この熊公がッ!」
「なんだと狐やろうめッ!」
冷静沈着な印象をかなぐり捨てた織田大佐はグレゴリー少佐に殴りかかり、グレゴリー少佐もそれに応えるように殴り合いを始めた
「私も反対だ!ガスも火炎放射もせずに閉所への突入なんてなぁ!」
織田大佐の膝蹴りがグレゴリー少佐の腹に突き刺さった
「じゃあなんで攻撃させねぇんだよ!このタコッ!」
巌のように握り固められた拳が織田大佐の頭に振り下ろされた
「上級司令部の決定だから、だッ!」
返す刃で決めたアッパーがグレゴリー少佐の顎にクリーンヒット
「決定決定って、たまには自分の意思で、仕事しやがれ!」
ふらつきながらも体勢を整え、左フックを織田大佐に叩き込む
「それをやったら、反逆だろう、がッ!」
再び右ストレートをグレゴリー少佐の鼻に叩き込む
お互いがお互いに交互に殴り合いを続け、やがて最後には二人とも床に倒れ伏した
「ハァハァハァ……クソカタブツがぁ……」
「貴様が、脳筋、すぎんだよ……」
織田大佐がインプラントした前歯を吐き出し、横転した机につかまりながら言った
「現場指揮官の、体調不良により、指揮を次席指揮官に自動継承せよ、少佐」
「わかりました、大佐」
二人は最後にヨレヨレの敬礼を交わし、同時に倒れた
「…………ほんとなんなんだ、この二人」
扉の外から終わるのを待っていた従兵と軍医の呟きは同時だった
コロモク最終攻勢の現場指揮官、並びに前線将校両名は著しい体調不良により不在。よって指揮は別の者へ継承され、作戦が見直された
翌日
《コロモク市民の皆さん!我々はリラビア連合軍です!我々はあなた方を保護する用意が出来ております!武器を捨てて、両手を上げて出てきてください!そうすれば暖かい食事、寝床、適切な怪我の治療を提供します!保護した家族にも会えることを確約します!どうか勇気を持って出てきてください!我々はあなた方の味方です!戦争は終わりました!標準時刻の朝九時に突入します!その際は武器を捨てて、白い旗をあげてください!その人は非戦闘員として扱います!コロモク市民の皆さん!我々は》
「時間だ」
ミゼット中尉がループ放送になっていた放送を切らせ、武器を持ち上げた
「諸君!ブリーフィング通りだ!撃たれるまでは撃つな!下に籠るのはケダモノだ!油断したらこっちがやられるぞ!」
閉所でも取り回せるMP5を手に、部隊は進む
「捕虜の拘束は念入りに!ボディチェックはなるべく同性でやれ!」
「味方だけでなく、敵にもセクハラで訴えられかねんとはな……」
「泣けるぜ……」
「最後に言っておく、前後だけは見誤るな。一発でも銃弾をこちらが食らえば後方の工兵達の火炎放射器が火を噴く、ローストになる前に走って逃げる、いいな?」
ミゼット中尉が全員を見渡す。全員が精鋭、リバティ基地の頃からの猛者揃いだ
「よしいくぞ」
初弾が装填されているのを確認し、ミゼット中尉はガスマスクを着けて立ち上がった
「爆破ッ!」
工兵が叫ぶと同時に起爆スイッチが押され、敵のバリケードが吹き飛んだ
「突入!」
ミゼット中尉の号令と共に兵士達が立ち上がる
先陣の皇国兵がMP5やG36cに取り付けたフラッシュライトを頼りに隅々までクリアリングしていく
「武器を持っていれば容赦するな!降伏している者はすぐに拘束しろ!怪我をしてる奴には手を貸してやれ!」
ミゼット中尉は声を張り上げる。ミゼットのフラッシュライトが壁にもたれかかっている敵兵を見つけた
そいつは震える手で床に落ちた折れた剣を持ち上げていた
直後、ミゼットは反射的に引き金を引いた
「……白旗を見逃すなよ!」
ミゼット中尉達は歩みを進める。中はそこら中が負傷者で溢れており、それにつきそう民間人もひどく怯えていた
後続の衛生兵が怪我人を治療したり、担架で運び出したりしている中、前方から大勢の人が歩いてきた
「とまれぇ!そこで止まれ!」
MP40を構えたリラビア兵が叫ぶがその集団は止まらない
見たところ、武器や鎧の類は装備してない。腕を吊っていたりして手元が見えない
「注意しろ!」
ミゼット中尉もその集団に銃を向ける。後ろに控える工兵達も火炎放射器の着火装置を起動させた
「両手を上げろ!高くあげるんだ!」
「止まれと言ってるだろ!止まれぇ!」
MP40を向けるがその集団は止まらない
「中尉、撃ちますか?」
「まだだ、武器を持ってるものが一人でもいたら、殺せ」
ミゼット中尉が命令を下した直後、集団の前列がしゃがんだ
後ろから現れたのはマスケット銃を構えた敵の集団だった
「撃てぇ!」
誰の声だったか、敵かそれとも自分か。わからないがとにかく狙いもつけず銃を撃った
最前列で伏せた敵兵の裏に隠れていた敵は40丁近いマスケット銃を一斉に撃った
半分は外れ、もう半分は味方に当たった
「焼けっ!」
即、判断を下したミゼット中尉は工兵に指示を出した
出てきたのはガスマスクにナフサなどで作られた燃焼剤がたんまり入ったボンベを担いだ工兵隊である
本来は障害物や草木を燃やすための道具だが木が燃える以上人も燃える。閉所に置いては最強の武器だった
噴射されたゲル剤は酸素と化学反応を起こして瞬時に火がつき、親油性の高さから決して落とすことのできない強烈な炎を人に纏わり付かせ、敵兵を炎上させた
ミゼット中尉達がつけるガスマスクにはホースが付いており、背中に背負った小型ボンベに充填された酸素で窒息することはなかったがその装備を持たないクルジド兵はまたたくまに酸欠と一酸化炭素中毒で口をぱくぱくと魚のように動かしながら死んでいった
「全員!合図したら怪しい所へ三発ずつ一斉に撃ち込め!」
ミゼットがそういうと体勢を立て直した兵達が各々、銃を構えた
「テェッ!」
単発で三発。何十丁もの銃が一斉に放たれ、暗がりの中から敵の悲鳴が響いた
「全員を拘束しろ!」
合図と同時に兵士が雄叫びと共に駆け出した。抵抗はほぼ皆無。最初の火炎放射で敵の残党はほぼ打ち切りのようだった
「中尉!残るは民間人のみです!」
「最後まで油断するな!ボディチェックは外に出てから、引き金には指を常にかけておけ!」
「了解です!」
「ロスウェル!ロスウェルしっかりして!」
ロスウェルはシャリーの声に導かれるように目が覚めた
天井には細長い筒のようなものが煌々と光りを発し、左手には謎の管が刺さっていた
「な、なんだこりゃ!?」
「待ってロスウェルだめ!抜かないで、大丈夫よ」
シャリーが慌ててロスウェルの手を止めた。その一言で冷静になり、ロスウェルは辺りを見渡した
白いベットがいくつも並び、自分と同じような人が大勢ベットに寝かされていた
「ここは……」
「リラビア軍の治療院、ヤセンビョウインっていうらしいわ」
「ヤセンビョウイン……」
「ロスウェル、私たち助かったの、あなたのおかげよ」
ロスウェルは最後のタイミングで降伏を装って逆襲する案を提案したのだ
クルジドの正規兵に銃を持たせ、前列に並ぶ民間人役としてロスウェルは歩き、そしてしゃがんだ
その後流れ弾で死ぬかどうかは賭けだった。どうやら自分は賭けに勝ったらしい
「良かった、本当に」
ロスウェルはため息を吐き、再びベットに倒れ込んだ
「……なぁ、シャリー」
「なに?ロスウェル」
「……俺の、右目ってひょっとして」
「……そう、無くなってるの」
「そうか」
天井を見上げて改めてロスウェルは気づいた。視野が物理的に狭くなってる
手で触れるとサラサラした包帯の感触で右目はすっぽり覆われていた
「おや、目が覚めたかね」
そこへやってきたのはヨレヨレの白衣を着た初老の男性だ。ピンと伸びたカイゼル髭が特徴的な老人だ
「あなたは?」
「通りすがりの医者だよ、君の治療を担当した」
そういうと老人は手元のカルテを書きながらロスウェルを観察していく
「火炎放射器が直撃して全身が火ダルマだったんだよ、君の彼女が担ぎ込むのが少し遅かったら死んでたぞ、彼女に礼を言いなさい」
「なんで、敵である俺を、治療したんだ?」
「ふむ、私は皇国陸軍に属しているが、それ以前に医者だ。医者は治す人を選ばないのだ」
カルテを書き、ロスウェルの点滴をチェックする
「例え敵でも負傷してたら治すよ、私は。ヒポクラテスの誓いに嘘はないさ」
そういうと老人は脇にカルテを挟み、次の患者に歩いて行った
「……改めて、とんでもない国と戦っていたんだな、俺たちは」
「そうね、でも生き残った」
ロスウェルはシャリーを見る。その時シャリーの耳についたイヤリングに気づいた
「そのイヤリング」
「あなたの胸ポケットから見つけたの、その……手紙と一緒に」
「………………あっ」
そういやプロポーズのセリフを考えた手紙と一緒にしまっていたんだった
「まぁ、その……お父さんも無事だったし、あなたのこと話したら、許してくれたよ?」
「えっ、そ、それって……」
自分で言っておきながら真っ赤になって顔を伏せるシャリー
この日、コロモクの戦闘は完全に終結した。クルジド軍は戦略的要所をことごとく喪失し撤退と敗走を重ね皇国軍はとうとう奪われたリバティ基地まで前線を押し上げたのだった
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