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渡り鳥たち

なんか書きたくなったのでラブコメを書いてみた。また番外編です

ロズワルド基地


広大なバスディーグの制空権確保の一翼を担うこの基地は大型爆撃機を4機同時に飛ばせるほど大型滑走路が敷設された巨大な空軍基地である


その空軍基地の一角、戦闘機が格納されている格納庫でリットリオ少尉は自身の搭乗機の零式艦上戦闘機の操縦席に座っていた


防弾性能やエンジンは史実の物とは別の物に換装されており、格段に強化がなされており、武装は全軍共通で使用されている12.7mm重機関銃が2門に増設されており、装弾数も二丁合わせて千発以上あり、まさに零戦改とも呼べる代物である

そのような零戦の操縦席でリットリオ少尉は瞑想に耽っていた


脳裏に描かれるのは青空。青いペンキを辺りにぶちまけたような青空、そこへ飛ぶのは自身の零戦と敵機のみ


プロペラが空気をめいいっぱい叩き、翼が空を切り裂く。飛行機雲が青いキャンバスに縦横無尽に引かれ二機の戦闘機は絡みつき、交差するように飛行機雲を引き互いに射線に入らないようにする


やがて敵機の尾翼がふやけ、旗に変わった


剣と盾を持った竜の旗。それに呼応するようにリットリオ少尉の機体も木と布で出来たフォッカー戦闘機に変わっていた


竜が旋回し、口を開いた。フォッカーの機動力では回避が間に合わない


「……クッソ」

気がついたら寝ていたらしく。目を覚ましたリットリオ少尉は汗を拭った


操縦席から降り、伸びをしながらドリンクを飲む


「リットリオ少尉」

カツカツと、床を叩く硬質な音を響かせながらリットリオの背後に現れた人がいた

皇国空軍の正式なパイロットスーツにインカム付きのパイロットヘルム、落下傘こそないがフル装備である


「ヴィクトル中尉」

反射的にリットリオは敬礼した

話しかけてきたのはヴィクトル中尉。リットリオが所属する304飛行中隊の中隊長にしてスカイフォックス小隊の隊長機を務めるエースパイロットである


身長は170cmほど、いうなればモデル体型と言われるほどの豊満な体を持ち、蠱惑的な美貌を兼ね合わせた男性の理想が形になったような美女である

それは表の姿。同僚として働いているとその異常性は痛いほどわかってくるのだ


簡単に言うのなら空に取り憑かれている、とでもいうのだろうか


配属されてからずっと戦闘機に乗り、空を駆け回ってきた彼女は常に空で戦い続けていた

機種更新で新たにメッサーシュミットBf-109に変わった直後は三日間不眠不休で訓練に明け暮れたと言われている。まさに狂気の域に至ってる人だ


常に不敵な笑みを浮かべ、目は底無しのコールタールのように黒く濁っている。かなう事なら転属願いを出したくなる上官である

そんな上官によく気にかけてもらっているのがリットリオ少尉である


「精が出るなリットリオ、感覚が鈍らないように座ってるのか?」


「その通りであります、ヴィクトル中尉!」


「私と同じじゃないか」

そういうとヴィクトル中尉は自身の搭乗機であるBf-109に近寄っていく

フラップをまるで愛犬を撫でるように愛おしげに撫でながら翼の付け根に足を掛け、コックピットに慎重に乗り込んでいった


すると付けっぱなしにしていたメットのマイクから通信が入った


《やはりいいな、この一畳に満たないこの空間。計器があって、桿があって、窓に覆われてる、この空間……私は好きだな》

一夜を共にした恋人に囁くようなこそばゆい声でヴィクトル中尉は話した。聞く人によっては蠱惑的な声なのだろうが、リットリオ少尉はまるで人を狂わせる悪魔の囁きに聞こえた


「……同感です」

しかし本能的に狭いところが落ち着く、みたいなのと似たような理論だろうか、リットリオもこの寝返りもうてない狭い空間で操縦桿を握っているのが一番好きだった


《リットリオ少尉、この後暇だよな?》


「はっ」

確かに今日のリットリオは暇だった。飲みにいく約束をしていた仲間が急な体調不良や身内の不幸や飛び入りの偵察任務に駆り出され、暇を持て余したリットリオはこうして瞑想にふけっていたのだ

何故かヴィクトル中尉はリットリオの予定を把握しがちである。そしてこの言葉の後に来るのは


《お察しの通り、模擬空戦の申請を出してあるんだよ、付き合え》


「了解しました」

またか、リットリオ少尉はそう思った

リットリオ少尉はこうして暇を持て余しているとヴィクトル中尉はよく空戦に誘ってくるのだ


《十分後に開始だ、相手の後ろを5秒とったら勝ち、いつも通りだ》


「了解です」

リットリオは操縦席の後ろからメモ用紙を取り出した、そこには漢字の正の字が三角目で書かれていた、戦績は三勝三敗、この一線で一区切りになるのだろうか


(でも、なんで中尉は俺の予定把握してるんだろうなぁ……)

彼の副官であるエル軍曹とかならまだわかる。しかし上官とはいえ他の隊の隊長がなんで自分なんかの予定を把握しているのだろうか

エル軍曹がリークしてるとは到底思えない。彼女は何故かこのヴィクトル中尉を目の敵にしているからだ


そんなことをぼんやり考えながら操縦桿を握る。グローブ越しに操縦桿の感触が伝わってくる。なんとなくだが、今日の戦闘機は調子がよさそうだ


やがて整備兵がやってきて、零戦とBf-109を外へ引っ張り出していく

使わない機銃弾も積んであるが、実戦に近い形でやらないと意味がない、その為リットリオとヴィクトル中尉は常に銃弾を積んで模擬空戦をしていた

機銃のトリガーを引かないように押さえをつけ、計器に目を移す


燃料計や高度計に異常がないか確認、ラダーやフラップ、トリムタブ、尾翼など可動部位を一通り動かし、それを見ていた整備班長がオッケーサインを出す

改良型のこの零戦はエンジンの始動に外部からの助けが入らない。その為エンジン点火のボタンをリットリオが押すと排気口から噴き出た黒煙が回転を始めたプロペラの風圧で吹き飛び、零戦のエンジンが唸りを上げ、プロペラが回り出した


(ずいぶん楽になったもんだな。まるで車のエンジンみたいだ)

スロットルレバーを操作すると回転数がリットリオの意のままに上下する

ストロボ効果を伴ったプロペラの回転を見ながらエンジンの発動音を聞いたリットリオは満足そうにうなづき、手をぐるぐる回した

直後、心得ていた整備班長は零戦の輪止め(チョーク)を外す。すると零戦はゆったりと自走し始めた


「レディーファーストです、どうぞお先に」


《フフッそういう紳士なところ、やはり好きだぞ》

そういうと滑走路に侵入したBf-109はエンジンの回転数を上げて行き、ついには空へと飛び立っていった


「ロズワルドエアベース、こちらアヴェンジャー1、離陸許可を求む」


《こちらロズワルドエアベース、アヴェンジャー1離陸を許可する、一番滑走路に野鳥の群れを確認。安全のために二番滑走路を使用されたし、滑走路に異常は無し、東南東から微風、離陸に影響は無し》


「アヴェンジャー1了解」

少し距離がある為、整備兵の誘導の元ゆっくりと前進していく


《空の上で逢い引きとは、羨ましい限りだね。ロマンチックだ》

無線に話しかけてきたのは飲み友達でいつも零戦を整備してくれている整備班長だ


「逢い引きなんて、そんな嬉しいもんじゃないよ。いわば仕事みたいなもんだ」


《ヘッヘッヘッ、アヴェンジャー1。先達として長生きのコツを教えてやろう》


「どういうコツがあるんで?」


《ヴィクトル中尉も他の業務で忙しい身分の中、わざわざお前のもとにやってきて模擬空戦をしているという事実。そしてその相手はもっぱらお前だけ、他のパイロットが模擬空戦を申し込んでも門前払い、そして極付は》


「極付は?」


《まぁ、いつかヴィクトル中尉の搭乗機を見せてもらえよ、すぐに理由がわかるさ》


「なんだよ、勿体ぶるなよ」


《ヘッヘッヘッ、もったいぶるついでにもう一つ。エル軍曹の搭乗機のコックピットも見てみるといい。たぶんヴィクトル中尉と同じものが積んであるはずだ》


「……流行りの芳香剤か何かか?」


《やれやれぇ……こりゃ近いうちに刺されそうだね、ナムアミダブツ……》

リットリオは整備班長の言葉に首を傾げながら二番滑走路に到着した


《進路オールクリア、アヴェンジャー1、離陸を許可します》


「了解、ロズワルドエアベース」

リットリオは最後に周囲を見渡し、離陸の際に危険なものがないか確認したのち、キャノピーを閉め、エンジンの回転数を上げていった

そして操縦桿を押し倒し、少しづつ加速させながら前へ進める

速度がぐんぐん上がって行き、尾翼が持ち上がり、左右に揺れる機体をラダーペダルでいなしながらさらに速度を上げていく

やがて車輪が完全に浮き上がり、その感覚を得た瞬間を逃さず、機体の姿勢を上向きに、リットリオは機体を空へと上げていった


高度が上がり、後ろを振り向くと小さくなるロズワルド基地が見えた

不要となった車輪を機内に格納し、リットリオ少尉は模擬空戦の空域へと舵を切った

















「こちらアヴェンジャー1、予定空域に到達、スカイフォックス1聞こえるか?」


《こちらスカイフォックス1、感度良好》


「いつになったら開始にしますか?」


《そうだな、今から5分後にしようか。ところで今の戦績を覚えているかね?》


「三勝三敗だと記憶してます」

リットリオ少尉は模擬空戦用のレーザーポインターを起動する。これを敵機に指定した秒数照射すると照射された相手側のAIが撃墜判定を下すのだ


《その通りだ、せっかくだ、ほら。何か賭けをしないか?》


「賭け、ですか。構いませんが、あまり待ち合わせはないですよ?」


《金銭なんてつまらないものじゃないさ。なに、私のちょっとしたお願いを聞いてくれればいいのさ》

えらく上機嫌な声色のヴィクトル中尉の声を聞き流しながら、リットリオは辺りに目を凝らす。戦いはすでに始まっているのだ


「内容にもよりますね」


《その、なんというか、デート、とかではないんだが、二人っきりで、食事でも、どうかな、と?》


「……食事ならいつもしてるではないですか?わざわざ賭けなんてしなくても」

ロズワルド基地の食堂でリットリオ少尉とヴィクトル中尉とはよく出会うのだ。それこそ食堂を利用した日はほぼ毎日

そして毎回エル軍曹とヴィクトル中尉に挟まれながら、何故かいがみ合いが絶えない二人に挟まれながら食事をするのがリットリオの日常と化しているのだ


《二人っきりで、といったろ、リットリオ少尉。あの女狐、エル軍曹とか言ったか?あの女を完璧にシャットアウトして二人だけで食事をしたいのだ。どうかな?》


「……まぁ、構いませんが」

リットリオにデメリット無しの条件に訝しみながらもリットリオは承諾した


《そうか、そうか……フフフッよろしい、よろしいぞ》


「では私が勝ったら、そうですね……」

リットリオはなにを要求するか考えた、するとさっきの整備班長とのやりとりが頭をよぎった


「後学のために貴女のメッサーシュミットに乗せてください」


《…………い、いいぞ》

若干上擦ったような、動揺したような声でヴィクトル中尉は返してきた


「あの、嫌なら断ってください。他の条件を考えます」


《いや構わん!むしろ乗ってくれ!》


「それじゃあ勝負になりませんよ」


《そうだな、では二人で食事した後に二人でこの機体に乗るとしよう》


「複座ではないですよね?」


《当然。二人っきりの密着した密室状態の飛行機になるね》


「身動きどころか酸欠で二人とも死んじゃいますよ」


《フフッ構わんさ。君と二人で死ねるなら本望さ》

その言葉を聞いた瞬間、感じた事のない得体の知れない寒気がリットリオ少尉を襲った


《さて、五分だ。始めようか》

その直後、リットリオ少尉は機を傾けた。直後、急降下してきたメッサーシュミットの斜線から外れた


リットリオは細く息を吐き、機を左右に振りながら降下していく。一方太陽を背にしたヴィクトル中尉はそれを追いかける形で流星のように急降下していく

機銃弾こそ飛んでこないが、その狩人が獲物に放つ殺気によく似たそれはリットリオ少尉も感じていた。機を鋭く上向きに傾け、くるりと一回転。身軽な艦上機ならではの急動作、対する陸上機のメッサーシュミットでは中々出来ない芸当だ

加えて零戦とメッサーシュミットでは旋回性能も違ってくる。いうなれば零戦は小回りが効くのだ。元々の設計思想が違うためスペックも異なるのだ。だからこそ模擬空戦としては学ぶことも多いのだ


《ええいちょこまかと!早く私のものになれッ!》


「鬼さんこちら、手のなる方へッ!」

エンジン出力を上昇。雲に紛れながらリットリオ少尉はようやく旋回体制から戻ったヴィクトル中尉の後ろについた


レシプロ機はジェット機などと違い、複雑なマニューバはあまり得意ではない。エンジンの性能やプロペラ機という制約があるためだ

よって勝負を決めるのはパイロットの腕と機体の性能。メッサーシュミットは上昇力や最大上昇高度は零戦とは比べ物にならない、一撃離脱を筆頭に置いて作られた至高の戦闘機だ

しかし零戦は近距離で敵機と噛み付き合う事を想定して作られた粘りのある機体だ。近づいている限り勝機はこちらにある


ヴィクトル中尉はくるりくるりと機体を風に飛ばされた手紙のように機体を舞わせながらレーザーの射線から逃れる


「いいね、追いかけたくなるケツだ!」

興が乗ったリットリオ少尉は更にエンジンを加速させる

その直後、フラップをめいいっぱい引いたヴィクトル中尉の機体がこちらに突っ込んできた

正確に言えばヴィクトル中尉はブレーキを全開にし、急制動を行い、減速が間に合わなかったリットリオが追い越した形になる


「うおくそっ!」

急制動したら衝突スレスレの距離なので油断してた。お互いの顔が見えるぐらいの距離をすれ違い、前後が入れ替わった

熟練の機体操縦と空力ブレーキと慣性、それら全てを巧みに操りにより後方に付いたメッサーシュミットはすぐに姿勢を正し、零戦に照準をつけた


「やるやんけっ!」


《今のはヒヤッとしたよ、こんなの君にしか見せないよ》

無線からヴィクトル中尉のノリノリの声が聞こえる。機体を右へ左へ揺らしながら操縦席の横に置いた鏡を見る。HMDにはまだ撃墜判定は出ていない


「まだまだぁ!」

ヴィクトル中尉を誘うように左から右へヨー。空中線が振動し、機体は途切れ途切れの雲に出たり入ったりする


「……ッ!」

その場で180°ロール。そのまま逆宙返りでメッサーシュミットの後ろに戻った


「これでッ!しまい、だッ!」













《飛行中の全航空機に次ぐ、こちらロズワルド空軍基地!敵の奇襲を受けた!武装した機体は直ちに基地に引き返し、迎撃にあたれッ!繰り返すッ!》


そんな無線が耳に響いた


「中尉、聞こえましたか?」


《ハァ、フゥ……聞こえたとも、勝負は私の負けだな、基地へ戻ろう》


「なんでそんなに息荒いんですか?」


《気にするな、乙女には色々あるんだ》


「奇襲ってなんですかね?」


《わからない。だが行こう、私たちのホームベースをめちゃくちゃにしやがった報いを受けさせようか》

リットリオ少尉はヴィクトル中尉が笑っているように思えた






















《なんなんだこいつら!撃て撃てッ!》


《第四ブロック!弾幕薄いぞッ!なにやってる!?》


《面倒な連中連れてきやがって!ちくしょう!》


《こちらヴァイオレット2!弾薬が切れた!着陸の許可を!》


《第二滑走路使用不能!アップルシード隊は第一滑走路から飛べッ!急げッ!》

基地の無線はてんやわんやだった。それもそのはず


「なんだこりゃ?」


《鳥か?》

ロズワルド空軍基地を襲っていたのは鳥の大群だ。空が真っ黒になるほどの鳥の群れが基地の上空に殺到し、迎撃にあたる戦闘機に次々と体当たりしているのだ

見た目はムクドリのような愛らしいフォルム。しかし体長は大型自動車並み、機銃弾で撃ち落とせるし、対空機銃で狙えるほど遅く、知能も無さそうだが、何せ数が多い、1万匹は超えていそうだ


《全部隊へ、こちらアイアンフェイス。状況を説明する》

いよいよ空軍の総司令部まで出張ってきた


《地元民曰く、この鳥公は繁殖の時期になると近くの村や街を襲い、家畜や人を攫って食うらしい、今年は我々の番という事だ、敵地偵察中のアンウィル小隊についてきてしまったらしい、だが過ぎたことは忘れろ、鳥の餌になりたくなければ全力で応戦しろ!増援もすぐに向かわせてる!それまで持ち堪えろ!》


「なんてこった、異世界半端ねぇ……」

そんな事を呟くリットリオの前でA-1スカイレーダーが鳥の体当たりで撃墜された。自身の身も顧みず敵を撃ち落としたのだ


《毎年の傾向だと日が暮れれば奴らは海の向こう側へ引き上げるらしい、日没まで後三時間、持ち堪えろ!》


《大変なことになってるな、リットリオ少尉、私の背中を任せていいかね?》

隣を飛ぶヴィクトル中尉が聞いてきたリットリオ少尉もトリガーのロックを解除した


「ええ、お任せください」


《よし、では先行する!》

そういうがいなや、ヴィクトル中尉は機首を傾け急降下。リットリオ少尉も左方向へロール。そのまま追従するように降下していった


狙うのは格納庫の屋根を突いている大きな鳥。機首の12.7mm機関銃二丁が火を吹き、巨大ムクドリの背中に銃弾を叩き込んだ

新手の参戦を敏感に感じ取ったムクドリ達は羽ばたいて襲ってくるが、リットリオ少尉は巧みな機動でムクドリの突進を回避し、返す刃で機関銃弾をムクドリに叩き込んでいく


《リットリオ!右だ!》

その直後、リットリオ少尉の死角の右側から迫っていたムクドリが血飛沫と共に羽を散らした


「中尉!左へ回避!」


《名前で呼んでくれッ!》

Bf109が左へ傾き、リットリオの機とすれ違う。その直後ヴィクトル中尉の後ろにいたムクドリを撃退した


何年も共に飛んでいる熟練パイロットのような完璧な連携、しかし圧倒的物量と恐怖が味方しない敵を前にしたらそれは無意味だ


「数が多すぎる!」


《お互いの背後を守るのに精一杯だ、なんで数だ》

歴戦のパイロットのヴィクトル中尉も冷や汗が止まらない。巨大ムクドリの数はまだまだ多い。空も地上もムクドリとその死体でいっぱいだ


「中尉、燃料は?」


《こいつが改良型でよかった。後一時間ぐらいは飛んでいられそうだ》


「私も同じぐらいです。どこかのタイミングで補給しないと……」


《地上で他の部隊が離陸しようとしてる。そいつらに代わってもらうか》


「そうしましょう」

再びフォーメーションを組みなおし、離陸中のP38に襲い掛かろうとするムクドリに狙いを定めた


機銃の発射ボタンを小刻みに押し込み、地上の機体に押し寄せるムクドリを撃退する


《こちらアップルシード1離陸する!》

その無線と共にP38が離陸していった


《援護に感謝する、アヴェンジャー、スカイフォックス!》


《礼なら結構、私たちが戻るまで待たせてくれよ!》


《お安い御用さ!帰ったら奢らせてくれッ!》

離陸した四機編隊は素早く菱形のフォーメーションを組み、乱戦の只中に突っ込んでいった


「ロズワルドコントロール、こちらアヴェンジャー1、補給のために着陸したい、空いてる滑走路はあるか!?」


《四番滑走路の撤去が終わればいけるぞ!五分待て!》


「わかった!」

四番滑走路を見ると破壊されたB17を除雪用のブルドーザーが押しのけているところだった


《せいぜい、踊るとしようか、リットリオ少尉!》


「とことん踊りましょうか、ヴィクトル中尉!」

空の上でなんとなく、心が通じたような気がした。ヴィクトル中尉が攻撃を仕掛け、リットリオが後ろからヴィクトル中尉に襲い掛かる敵機に弾丸を叩き込む。ムクドリは魔法を放つこともなく、ただ闇雲に体当たりを繰り返すだけ、戦術も戦略も何もないその攻撃は慣れてしまえば簡単だった


やがて、弾丸が残り百発を切った辺りで滑走路の使用許可が降りた


「中尉先に降りてください。もう燃料が無いでしょう」


《そうだな、ではお言葉に甘えて、お先に!》

リットリオが上空で睨みを効かせるなか、ヴィクトル中尉は滑走路に着陸し、地面に伏せていた整備兵達が直ぐにメッサーシュミットに集まり、次はリットリオの番になった


同じようにリットリオも着陸し、ハンガーの中に入る


「おう、リットリオ!今日も大活躍だな!」

現れた整備班長が声を掛けてきた。挨拶のハイタッチを交わし、リットリオは長机の上に並べられた戦闘糧食のおにぎりにかぶりついた


「ふぁんひょう!ふぉれのひたいをふぁいゆうふぇんへへいひしてくらふぁい!」


「食ってから言え!なんつってるかわからん!」

整備班長に頭を引っ叩かれ、リットリオはおにぎりを噛み、コーヒーで強引に流し込んだ


「俺の機体を最優先で整備してください、終わり次第飛びます!」


「構わんが、あっちの嬢ちゃんの方が先約だ。スカイフォックス隊の方が集まりも早そうだしな、まぁ今はみんな出払ってるから手の空いてるやつに見させるよ」


「いつもすまないな親っさん。そういやうちの部下は見たか?」


「お前さんの副官のエルとかいう嬢ちゃんがお前さんを探し取ったぞ、中尉と二人きりで空のデートって伝えたら急に拳銃を取りにいっちまってそれっきりだ、あっでも戻ってきたぞ!」

リットリオ少尉が振り向くと、そこにはパイロットスーツにHMD搭載のヘルメットを小脇に抱えたエル軍曹の仏頂面があった

ショートボブに纏めた明るい茶髪に150bm程の小柄な体格。しかしその並外れた観察力で敵の癖を読み取り、追いかけ回す戦闘スタイルを駆使し、空戦においての実力は折り紙付きの古強者である

いつもは持っていないガバメントがやけに印象的だ


「おかえりなさいませ、少尉殿」


「ただいまエル軍曹。留守の間、何やら色々あったようだな」


「ええ、少尉が()()()()()()()()()()()()()()間に基地は大変なことになっておりますが、まだ致命的ではありません」


「そうか」

なんか怒ってるな。いつも通りの仏頂面だが、いつもより迫力がある

当然のようにエル軍曹はリットリオの隣に座り、サンドイッチをぱくつきはじめた


「日間賀軍曹やエポル伍長はどうした?」


「隊長同様非番なので外出しております。前日二人で地元風俗に詳しい商人に紹介状を貰っていましたから帰還までまだかかるでしょう」

あっという間に2つ目のサンドイッチを食べたエル軍曹はコーヒーのポッドをリットリオに差し出す


「あぁ、ありがとう」


「……おにぎりとコーヒーの組み合わせはどうなのですか?」


「腹が満たせれば何でもいいさ」


「まだそんな事おっしゃってるんですか?」


「常在戦場だよ。常に旨いものが食えるとは限らんから、そこそこの物でも最高のパフォーマンスを出せるようにしないとな」


「わからんでもありませんが……」


「真似しなくていいさ。エル軍曹は好きなものいっぱい食べてくれ」

リットリオ少尉はそういうと立ち上がった


「おい、そこのアベックのお二人さん」


「アベック……」

その単語を聞いて何かを考え込むエル軍曹を尻目にリットリオは呼び掛けた整備班長の方を向いた


「補給が終わった。パーツも大して磨耗してないから、早く済んだよ」


「よし出撃だ、エル軍曹バディを頼むぞ」


「お任せください」

開きっぱなしだった拳銃のホルスターを閉めてリットリオの後ろについていくエル軍曹


「おや、リットリオ少尉」


「ヴィクトル中尉、もう出撃ですか?」

そこであったのは同じように部下を引き連れたヴィクトル中尉だ


「君こそな。お互い仕事熱心だ事で」

そういうとヴィクトル中尉はチラッとエル軍曹を睨む。エル軍曹も無言でヴィクトル中尉を睨む


(なんだ、これは。何が起きてるんだ?)

二人の剣呑な雰囲気に首をひねるリットリオ少尉


(((なんで気付かないんだろうか……何かの呪いか?)))


反対に整備兵、パイロット、警備兵。ハンガーにいた全員がそう感じた









その後は出撃と補給を繰り返し、他の基地からの増援で持ち直した皇国軍は見事巨大ムクドリの群れを撃退した

生き残った数千匹のムクドリは海の向こう側へ消え、対する皇国空軍は投入した二百機近い航空機の内、四十機が撃墜され、地上部隊の死者と合わせて二百名程が死亡した、幸か不幸かムクドリに食べられた兵士は居なかったが燃料庫が爆発し、想定外の死者が出たのだ


基地は羽毛とムクドリの死骸で溢れかえり、その日は参加した部隊全員で焼き鳥パーティが催された


「後片付けの方が大変だな」

焼き鳥をお腹いっぱい食べたリットリオは一人格納庫に戻った


格納庫の中も酷い有様であり、散らばった整備機材や無造作に止められた戦闘機と、散らかり放題だった


「ふぅー」

今日一日で一段と汚れた自分の搭乗機の零戦を眺め、自分のフキンでコックピットの窓ガラスを拭いていく


「うん?」

たまたま入った視界の先には彼の副官のエル軍曹の搭乗機の零戦があった。尾翼には彼女のパーソナルマークである虫眼鏡が描かれているので一目瞭然だ


(そういや、班長がなんか言ってたよな。エル軍曹のコックピットにヴィクトル中尉と同じものが置いてあるとか何とか)

昔の上官の復讐に燃えるリットリオだが、それでも人並みに好奇心というものはある


辺りを用心深く見渡し、エル軍曹の零戦のコックピットを覗き込む


「うーん、特に何かあるわけでは……ん?」

予想していた芳香剤は無かった。そもそも鉄とオイルの臭いでいっぱいのコックピットに芳香剤なんて意味のないものは置かないだろう。だがコックピットの照準器の横辺り、写真が置かれていた


「あれ?俺の写真だ」

セロハンで止められたリットリオの写真。しかもコックピットに座って例の瞑想中の写真だ、なんだか恥ずかしい


「ヴィクトル中尉のコックピットにも同じものがあるとか言ってたな、なんで俺の写真?しかもこの構図、普通に撮ったあれじゃ無いよな?」

いわゆる盗撮というのでは?


「隊長?」

ゾッとするほどの低音で呼ばれ、反射的に震えるリットリオ少尉


銃を突きつけられた悪役のようにゆっくり振り向くとそこには差し込む月光の中、座った目でこちらを見るエル軍曹がいた、手には護身用なのかガバメントが握られている


「や、やぁエル軍曹。奇遇だなこんなところで、忘れ物かい?」


「…………私の機で何を?」


「あ、ああ!君の機体か!これはいやぁ、暗くて見分けが」


「嘘ですね、隊長がこのハンガーに入ってからずっと見てたので分かってます」


「オゥフ……」

ひょっとしてこれは、踏んではいけない地雷を踏んだのだろうか?


「少尉、乙女の秘密を覗いた責任、とってくれますか?」


「す、すまないことをした……私が全面的に悪い。軍法会議でもなんでも」


申し訳ありません、指原軍曹。貴女の仇、とれなさそうです


「今後ヴィクトル中尉と関わらないでください」


「えっ?」


「今後ヴィクトル中尉に限らず、私以外の女性に関わらなかったら許してあげます」


「いやそんな無茶な」


「…………」

エル軍曹は至って真面目だ。マジで人を殺すときのような恐ろしい目でこちらを睨んでくる


「……冗談です」


「……えっ?」


「今のは嘘です。少しからかいました。不快に思ったら申し訳ありません」

そういうとガバメントをホルスターにしまった


「い、いや。全面的に悪いのはこちらだし、すまなかった」


「頭を上げてください」


「なぁ、もし君にその気があればで構わない。私にできる範囲で償いをさせてくれ」


「……でしたら、二人だけで買い物に付き合ってください、来週末はお休みでしたから」


「それでよければ、よろこんで」

そういうとエル軍曹はわずかに微笑んだような気がした




首の皮一枚繋がったリットリオ少尉であった

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