戦場の幸福は誰かの死
コロモク郊外
コロモクの郊外には過去の戦乱の遺構である城壁がある
今回のクルジド軍はその遺構を中心に軍を展開。堀やバリケードで進軍路を限定し、さらに元々流れるイベール川を利用した天然の要害により攻める側に出血を強いるような陣地を完成させた
だがそのような完璧な守りでも人が居なくては機能を十分に発揮しない、コロモクに空挺降下した部隊によりコロモクの一部区域が占領され、あまつさえコロモク市民がヘリで連れ去られているという情報まで入ってきたのだ
そこでクルジド軍上層部はコロモク救援を決定。第75軍団の一部、およそ八千名をコロモク救援に向かわせた
そして向かわせた翌日、クルジド軍の陣地に夜襲が仕掛けられた。ガンシップと武装ヘリによる航空攻撃から始まり、リラビアの軍勢が押し寄せ、クルジド軍は敗走。結果的に第75軍団を追いかける形となった
だが、敗走するクルジド軍がコロモクに入ることはなかった
向かってくるクルジド軍は既に橋頭堡を確保した日リ連合軍の猫の子1匹通さぬ堅牢な守りと後方から電撃戦の如く追いかけるように迫ってくる皇国軍戦車師団とリラビア軍騎兵連隊の挟み撃ちにより予定通り各個撃破されていった
全ては予定通り、後はコロモク市街に残るクルジド軍の残党を倒すだけだった
「…………」
学徒兵のロスウェルは廃墟となった商店の二階から慎重に顔を出し、通りを進軍する敵を見た
敵はセンシャという鋼鉄の巨大な移動兵器の後ろを兵士が歩いている
あのセンシャという乗り物、意外と死角が多く、カイルの言う通り、市街地だと対処しきれないということは既にコロモクの各所で戦う学徒兵やクルジド軍全てが知っていた
「行くぞシャリー」
彼の密かな想い人と共同開発した魔弾。弾丸に魔法を刻み込み、着弾と同時に刻んだ魔法が作用する、彼の研究の集大成、今日はそのお披露目会だ
カルカで魔弾と火薬が一体になった塊をマスケット銃の奥へ押し込み、撃鉄を引き起こした
ちなみにこのマスケット銃も幾たびの戦乱で大きく進化している
昔は火打石での着火がメインだったが、度重なる改良と研鑽によりついにパーカッション式に近い形の動作方法に辿り着いたのだ
挿入する雷管は叩くと小爆発を起こす専用魔法陣を刻んだ金属片を使用し、撃鉄でその金属片を叩けば後は従来通り銃弾が発射される寸法である
他にも材料費節約のため部品の規格が大幅に見直され、命中率向上の為ハンドドリルの技術を応用し銃口内にライフリングが掘られ始めた
ライフリングに関してはまだ実用段階にはないがそれでもこれらはクルジド国にとって大きな一歩である
「俺達を舐めるなよ、リラビアどもめっ!」
敵の銃を真似て取り付けたアイアンサイトで堂々と道を行くセンシャに狙いを定め、引き金を引いた
撃鉄が金属板を叩き、火花が散ると同時に銃口から黒色火薬特有の白煙が盛大に飛び出た
発射された弾丸はセンシャの砲塔のやや下辺りに命中、その直後弾丸に刻印された火球の魔法が作動し、炸裂した
炎が吹き出し、センシャが止まると身体に炎を纏わせたセンシャの乗員が飛び出して悲鳴を上げながら地面を転げ回り出した
「ざまーみやがれ!」
ロスウェルはマスケット銃を背中に背負い、駆け出した
商店の二階の窓から飛び降り、来るときも使った井戸の中に入る
「やったぞ!実験は成功!これで、これでやっと!」
暗い下水道を走りながらロスウェルは呟いた
「俺のシャリーの共同開発。なら当然街を出るときは、二人で……」
ロスウェルは知っていた。クルジド国の本国が貴重な技術者の保護に力を入れており、聖帝直属の転移魔法を使用する部隊が毎月コロモクから一定数の人々を逃しかいるのを
マスケット銃の小さな弾丸に魔法を刻み込み、詠唱が要らない魔弾を作れるのはロスウェルとシャリーの二人のみ
後は十分な戦果をあげればロスウェルとシャリーは二人で後方の安全な研究所に送られるのだろう、そこではどんな生活があるかわからないが、少なくとも命の危機に晒されるようなことはまずないだらう
下水道をしばらく走り、安全圏で一息つくロスウェルはポケットから小さな箱を取り出した
汚れないように紙で何重にも包まれたそれは東方のある地域でのみ算出される茶色と金の縞模様が動く不思議な石、現代人が見たらタイガーアイと呼ぶその石を涙滴の形にカットしたイヤリングだ
ロスウェルは貧民の生まれで軍人だった父親の顔は知らないが母親はどれだけ生活が苦しくてもこのイヤリングだけは手放さなかった。父親が婚約の時に渡してくれた物だと言って
母親は病で亡くなり、そしてロスウェルは鍛治師に弟子入りし、そこで冶金を学び、勉強と努力を重ね、ついに学院の門を叩くに至ったのだ
ここで研究を重ね、素晴らしい発明をして資金を稼ぎ、あわよくば幸せな家庭を築く、ロスウェルはそう願っていた
「まさか、仕事と嫁さん候補の二つ同時に見つけるとは思わなかったけどな」
イヤリングを元の紙に包んで服の内ポケットにしまった
シャリーは同じ冶金学科の学生でコロモクでも指折りの鍛治師の一人娘、向こうも気があるのかどうかわからないがとても仲良くしてくれているし、態度は素っ気ないがロスウェルにはそこも魅力に思えた
シャリーとの幸せな未来のために、このコロモクにいつまでもいるわけにはいかない。その為にもロスウェルには実績が必要だ
立てかけていたマスケット銃を持ち、立ち上がった
「もう一仕事と行きますか」
コロモク市街地
日リ連合軍 混成第1師団司令部
コロモク攻略に予想以上に手間取り、日本皇国軍とリラビア軍は増援に次ぐ増援を投入し、ついには一個大隊が二個師団にまで膨れ上がった
その原因はコロモクに張り巡らされた上下水道を利用した敵のゲリラ戦術による被害が殊の外多く、おまけに今までにない新戦術を敵が採用してきたのが大きい
こういう手合いに砲爆撃を浴びせても敵はその瓦礫に身を伏せて待ち伏せる、オマケに非戦闘員の避難も完了してないのだ。結局は市街地を虱潰しに掃討するしかないのだ
「ふぅー、こりゃしんどくなるな」
ハンケイル中尉は補給受領のサインを書類に書き、輜重課の兵士に書類を渡す
「それはお互い様ですよ。敵もクソまみれになってクソな戦争やってるんですから」
「俺も全身にクソを浴びた気分だ。早く降伏してくれたらいいのにな」
ハンケイル中尉は書類を確認している輜重課の軍曹にタバコを勧める
「あ、どうも。いただきます」
バインダーを脇に挟み、タバコを一服する
「お前さん、ここは長いのか?」
「ボチボチ四ヶ月ぐらいです。前線を這いずってサイン貰うのにも慣れました」
そういうと二人はタバコを口にくわえ、煙を深く吸い込む。戦車から投げ出される空薬莢が地面に跳ねる音が響く
「輜重課には安藤とかいう少尉がいないか?奴は砲弾の雨の中でも俺の戦車に飛び乗ってサイン求めてきたんだ、あのバカは」
「安藤少尉ですか、あの人はとにかく細かいんですよ。戦闘中なので略式で書類を済ましてきても散々叱られた後後日取りに行かせるんですよ。正式な書類以外は受け付けない!って」
「イカレてんな」
「厳しい人ですよ、でも庇うときは庇ってくれる。そんな上官です」
「フフフッそんなとこで人間アピールかよ」
「意外とユニークな人なんですよ、それでは自分はこれにて、タバコありがとうございました」
輜重課軍曹は敬礼と共に小走りで乗ってきたトラックに駆け寄っていった
「ふむ、さて張伍長、戦車の調子はどうだ?」
最後の空薬莢が放り出され、張伍長が顔を出した
「燃料弾薬、満タンです。エンジンにも油をさせましたし、絶好調ですよ」
「よぅし、それじゃあ一丁出撃しますか」
「アイアイサー!」
ハンケイル中尉はアイドリング状態のⅥ号戦車Ⅰ型に飛び乗った
キャタピラーが煉瓦の石畳を踏みしめ、ハンケイル中尉はキューポラから身を乗り出した
辺りには味方の歩兵が隊列を組んで前線へ走り、ハンケイル中尉の前を別のⅣ号戦車Ⅱ型が走る
ふと反対側を見るとリラビア兵や陸軍の憲兵の腕章をつけた兵士が街路樹に吊るされたコロモク市民の遺体を収容していた
「早く終わらせなきゃならんのだ……一刻もはやくな」
四人家族が並んで吊るされ、胸にはクルジドの言葉で『脱走者』と書かれた看板が釘で打ち付けられていた
市内を流れる河に架かる橋を渡り、対岸の戦闘地域に入った
あちこちの建物に土嚢が積まれ、バリケードの手前には工兵隊の重機が唸りを上げ、石畳をバリバリと引き剥がし、歩兵用の塹壕を作り上げている
「クランツ、速度を落とせ、左側に友軍、今日のデート相手だ」
「第二戦車大隊のハンケイル中尉ですか!?」
近寄ってきた兵士は手にMP40を持ち、シュタールメットから猫耳を生やしたがっしりした若者だ
「そうだがそちらは?」
「リラビア軍ホメロス将軍麾下の第三軍団、第405小隊のミカズ中尉です!お会いできて光栄です!ハンケイル中尉!中隊本部からあなた方の護衛を任されました!」
「しっかり護衛してくれよ!無線の周波数は6.4だ!支援が必要なら具体的に言ってくれ、いいな!」
「了解です!」
「事前の打ち合わせ通り、冒険者通りを突っ切ってハンターギルドに籠る敵をぶっ潰す、それでいいな!?」
「了解です!では先行します!」
そういうとミカズ中尉は部隊の元へ戻り、指示を出すとドイツ軍装備の獣人やエルフ達が駆け出した
「いいね、好感の持てる若造だ、早死にしそう」
縁起でもない事を呟き、ハンケイル中尉は車内に引っ込んだ
「ブルズアイ、こちらハンター2-1これよりポイントブラボー地点の敵拠点制圧に向かう」
《了解したハンター2-1、付近に友軍は現在いない、動くものは全て敵だ》
「了解ハンター2-1、前進ッ!」
ティーガーが踏み締める石畳が徐々に粉砕された瓦礫に変わり、人気のあった街並みも破壊の跡が目立つ廃墟になっていった
《ハンター2-1、貴官からみて左側、十一時方向、洗濯物がはためいている窓が見えるか?》
「見えたぞ」
《魔力感知に反応がある敵の可能性が高い、制圧のため三人向かわせる》
「了解、支援の用意をしとく」
《話が早くて助かる!》
ミカズ中尉はそういうとショットガンを持った兵士を先頭に三人が一列になって建物に入っていく
ハンケイル中尉は砲塔を正面に見据えたまま、キューポラーから頭を半分だけ出し、双眼鏡で前方を見る
正面には倒壊した建物が道を塞ぐように倒れており、目標の建物はそこから二ブロックほど奥にあるのだ
「くそっ邪魔だな」
ハンケイル中尉が呟くとしばらくして銃声が数発響き、問題の窓から槍を持った男が落ちてきた
《敵三名排除》
「クリアだな、前進!」
建物に突入した兵士三名が出てきた、うちの一人は涙目で口元が濡れていた、中で何があったかはわからないが知りたいとも思わなかった
腰に吊るしたルガーのホルスターの金具を外した。今日はこれを使う、そんな予感がしたからだ
その後は特に問題なく前進し、例の倒壊した建物の前に着いた
「ミカズ中尉、榴弾で瓦礫を吹き飛ばす、部下を退けてくれ」
《了解、退避っ!》
ミカズ中尉が合図すると兵士達が全員ティーガーの後ろに集まった
「張、榴弾装填、真ん中を撃てお前に任せる」
「了解」
そういった直後、ティーガーの8.8cm砲が轟音を響かせ、瓦礫に命中し、炸裂し瓦礫を木っ端微塵に吹き飛ばした
「前面に排土板をつけるべきか」
「ナイスアイデアかもしれませんが、余計な心配が増えそうですね」
「そうだな、前方機銃が無くなるのは痛い」
吹き飛んだ瓦礫の向こう側へ突入する兵士たちを眺め、前進を合図した
その直後、前方が爆発し歩兵が吹き飛んだ
「敵襲!」
《ハンター2-1、側面から攻撃された!ぐぉっ!》
「くそったれ!合図したら20m後退だ!」
ハンケイル中尉はキューポラーから身を乗り出し、後ろに兵士がいないのを確認し、操縦士のクランツ軍曹の肩を蹴った
キャタピラーが回転し、ゆったりと後退していく。慣れ親しんだ速度だが、今のハンケイル中尉にはそれがもどかしかった
「張!砲塔左旋回、15度!仰角20!榴弾装填!」
《了解!》
戦車の砲塔が動き、伸びた砲が上を向く
「目標は瓦礫の先、洗濯物がはためく赤煉瓦の建物だ、ミカズ中尉!左の赤い建物を砲撃する!部下を連れて退避しろ!」
《わかりました!》
無線越しにも瓦礫の先が激戦なのが窺える。銃声にかき消されないほどの大声でミカズ中尉は返事した
《砲塔、仰角よし!照準よし!》
《退避は完了した、やってくれ!》
「ファイヤッ!」
直後、再び咆哮した8.8cm砲が吐き出した榴弾が煉瓦造りの建物の二階に直撃、爆発と同時に屋根が吹き飛び、家財や家の破片と同時に人と思しき物体がズタズタになりながら吹っ飛んだ
「仰角そのまま!右に砲塔旋回!瓦葺きの屋根の建物だ!」
《了解!》
「ミカズ、今度は反対だ!」
《退避は完了してる!もっとやってやれ!》
その言葉と同時に砲塔の指向が完了。足元から空薬莢が滑り落ちる音がした
「急げ!」
《……よし!装填完了!》
「ファイヤッ!」
三度火を吹いた8.8cm砲、今度は家の基礎部分に命中した榴弾は木造の建物の壁を貫き、屋根を粉砕。火山の噴火の如く、屋根や建材を空に打ち上げた
「こちらハンター2-1、射点は潰した。前進しろ」
《了解、支援に感謝する!》
そういうとミカズ中尉は部下を引き連れ、瓦礫の向こう側に消えていった
《ハンター2-1、向こう側は現状クリア、地雷無し、きても大丈夫だ!》
「頼むぜ、おい」
ハンケイルは車内に戻らず、そのままキューポラーに身体を半分埋めながら辺りを素早く見渡す
このエリアは準軍事組織に近いハンターギルドや警ら隊の駐屯所があったため、爆撃されていた余波もあり、辺りは瓦礫と廃墟のみだ
「目標が見えたぞ」
ハンケイル中尉が車内に無線でそう言った瞬間、ティーガーの左側面が大爆発した
「ぐおっ!?」
爆発と共にシュルツェンが紙吹雪のように吹き飛び、ハンケイル中尉の脳内が揺さぶられた
《左の廃棄穴から敵!》
キューポラーにしがみつくように左を見るとゴミや糞尿を捨てるマンホールのような穴にリラビア兵が集まり、炎魔法を叩き込み、トドメに手榴弾を投げ込んでいた
「ハンケイル中尉!無事ですか!?血が出てますよ!?」
戦車によじ登ってきた鬼人の衛生兵がハンケイル中尉にガーゼを当ててくる
「ああ、大丈夫だ。それよりも降りろ」
ハンケイルは衛生兵を戦車から下させ、改めて目標の建物を見る
「ミカズ中尉、目標の建物にはついたか?」
《入り口の抵抗が激しく、中に入れません!》
「よろしい、これより火力支援にあたる。二階のクソどもから吹き飛ばすぞ!頭を下げてろ!」
ハンケイルが車内に引っ込み、頭を抱えている張伍長の頬を引っ叩き正気に戻す
「ギルドの二階を攻撃だ!焼夷弾装填!」
「アイ焼夷弾!」
砲弾が装填され、ティーガーの砲塔がハンターギルドの二階を照準した
「ファイヤッ!」
発射されたのは焼夷弾。爆発と同時に燃焼性の高いナパームをばら撒き、触れた者には文字通り身を焦がすような大火傷を負わせ発生した一酸化炭素で窒息させる密閉された所に撃ち込まれると厄介な兵器である
「張!一階にも同じやつをぶっ込んでやれ!」
そういうとハンケイルは上部に据え付けられたブローニングM2に初弾を装填し、ハンターギルドに向けた
直後、8.8cm砲が焼夷弾を発射しハンターギルドの一階に直撃。なにか可燃物が置いてあったのか、先ほどより巨大な爆炎が吹き出た
「ジャックポットだ!」
ハンターギルドからは火ダルマになった敵兵が飛び出してくるがハンケイル中尉はそれへ向けて機銃を撃ちまくる
前進した歩兵達も躍り狂う炎の人影に対し銃撃を加える、飛び出てきた数もそれほど多くは無く、どちらかと言えば燃え盛る建物へ向かって銃撃を繰り返していた
「ええいクソが!」
歩兵が前進し、銃撃をやめた時、癖で後ろを確認したハンケイル中尉は火薬の入っていると思しき樽を担いだ二人組と目があった
「死ねぇ!蛮族どもめ!」
「聖帝陛下、万歳!」
「そっちが死ね!」
ハンケイル中尉はルガーP08を引き抜き、素早く乱射。弾丸の一発が近寄ってくる少年の脚に直撃し転倒し、もう一人も少年に躓き転倒した
再びルガーにマガジンを装填し、今度は狙いを定めて撃った
「ミカズ中尉!敵が来てる!部下を借りるぞ!」
《もう向かわせました!》
無線でやり取りするとすぐに何名かの兵士が現れた
そのタイミングで敵の襲撃が本格化してきた。男女問わず、火薬袋を担いだ敵兵が瓦礫の中から這い出てきた
「テメェら持ち場を離れるな!」
「申し訳ありません!」
謝罪もそこそこに眼前まで迫る敵兵に対し、炎の魔法を浴びせ、銃弾を浴びせる
ハンケイル中尉も上部に据え付けられた機関銃で弾幕を張る
「くそったれ、こんなにいるとはな!」
《敵の地下通路入り口を発見しました!爆破して封鎖します!》
「ちくしょう、早くしてくれよ!」
ミカズ中尉
「この廃棄穴を爆破する!先に四名降りろ!下を確保し、ファルカス上等兵が爆薬を仕掛けろ!」
「了解です!」
「よぉし続けぇ!」
そういうとミカズ中尉は廃棄穴に投げ込まれたラペリングロープを掴み、井戸の底へ降りていった
穴の底は鼻が曲がりそうなほど汚物の臭いが充満しており、背中を向けて逃げ出そうとしている青年を反射的にMP40で撃ち倒す
「降りてこい!」
ミカズ中尉が合図すると再び三人の兵士が降りてくる
「おいリカ、衛生兵のお前が降りてくる必要ないだろ」
「防御障壁を使えるのは私とサバリン上等兵だけですから」
「いつも頼りにしてるぞ」
「そろそろ頼りにして貰ったお礼が欲しいですね」
鬼人特有の角が飛び出たヘルメットを軽く叩き、通路の奥へ牽制射撃をかける
サバリン上等兵とリカ軍曹の二名が魔法障壁を展開し、ミカズ中尉ともう一人シェパンズ一等兵が曲がり角に隠れる敵に牽制射撃を加え続ける
その最中に廃棄穴に宙吊りになったファルカス上等兵が壁に穴を開け、爆薬を詰め込んでいく
「急いでくれよな」
MP40に新しい弾倉を差し込んだその瞬間、通路からマスケット銃を持ったクルジド兵が飛び出してきた
間髪入れずに発射され、銃弾は障壁にぶつかると通常ではありえない爆発が起こったのだ
「なんだこりゃ!?」
「この手応え、魔法です!敵は魔法を銃弾に込めてる!」
「そんなことできんのかよ!」
「そうとしか考えられません!」
言うがいなやミカズ中尉はMP40を通路奥へ向けて乱射、弾が切れるとMP40をリカ軍曹に投げ渡し、リカ軍曹の胸元に吊るしたMP40を強引に奪い取った
「あひゃっ!?」
「変な声出すな!敵に頭を出させるな!撃ちまくれ!」
変な声をあげてしまったリカ軍曹に見向きもせず、ミカズ中尉はMP40を的確に敵が隠れる遮蔽物へ向けて撃つ
その直後、後ろで爆発が起き、シェパンズ一等兵がミカズ中尉の背中めがけて吹き飛んできた
「嘘だろくそったれ!」
「中尉!」
リカ軍曹が叫ぶ。魔法障壁を維持しながら弾幕を張るのは余程の使い手でないと至難の技であり、一介の軍曹なんかにできる技では無い
その考えに至ったミカズ中尉は無線機をリカ軍曹に投げ渡し、シェパンズ一等兵のMP40を拾う
「応援を呼べ!」
二丁のMP40を腰だめに構え、両側の通路が狙えるように二丁のMP40を両側に向け、発砲した
「くたばりやがれ!」
獣人の膂力をフルに活用し、敵に弾幕を張っていく
撃っていくうちに弾が切れる、だがリカ軍曹は元々ミカズ中尉が持っていたMP40に新しい弾倉を差し込み、投げ渡してきた
「サンキュー!」
代わりに弾の切れたMP40を渡し、再び牽制射撃を開始すると、上の穴から応援の兵士が四名降りてきた
「怪我人を搬送しろ!」
牽制射撃に四名が加わり、リカ軍曹がシェパンズ一等兵に飛びつく
「了解です!」
シェパンズ一等兵の両脇にロープを通し、上に引き上げる手筈を整える
その間、敵に顔を出させないために猛烈な集中射撃を浴びせ、増援に来た兵士は柄付き手榴弾を投げ込んだ
「シェパンズは無事です!次は中尉が!」
「俺は最後でいい!サバリン上等兵から行け!」
「わかりました!」
弾幕は応援の者に任せ、障壁の維持がギリギリだったサバリン上等兵がロープにつかまった
「リカ軍曹、次は君だ、行け!」
「……了解です」
俯き気で、顔を隠すようにロープに掴まる
「お熱いですね、中尉!」
「ふざけたことぬかしてると、テメェを最後にするぞ!」
「しんがり結構!しかし敵も粘りますね!」
「マスケットのめくらうちなんて当たる通りはないが、念のためだ!こちらも手を抜くな!」
「了解です!」
「そのダンプポーチの瓶は!?」
「火炎瓶です!上に落ちてました!」
「投げろ!当てなくてもいい!」
そういうとその兵士は腰のポーチからガラス瓶を一本取り出した
「これでもくらえ!」
ジッポーで火をつけ、通路の向こうへ投げる
壁にぶつかり、燃焼した液体が辺りに飛び散る
コロモクの兵士が火炎瓶に詰め込んでいるのはフレイムスライムの粘液、強い衝撃を与えると発火するスライムの体液を充填した瓶は割れると同時に勢いよく燃え上がった
ハンターギルドはクルジド兵達の武器備蓄庫として機能しており、ハンケイル中尉が破壊したのは大量に保管されたこの火炎瓶の原料だったのだ
「敵はマスケットが主流だ!火を起こせば火薬が暴発してビビるはずだ!」
ミカズ中尉の指示は的確だった。小さな火種でも爆発する黒色火薬を皮袋一枚越しに持つクルジド兵にとって燃え盛るこの炎はまさに危険である
「登れ登れ!」
怪我人の収容が終わり、今いる兵士達もロープを登り始める
《ミカズ中尉、戦車で引っ張ってやる、早くロープに掴まれ!》
「ありがとうございます、ハンケイル中尉!」
最後の部下が登るのを待ってる間、MP40に最後の弾倉を差し込み、右は左へ交互に牽制射撃を繰り返す
直後、ミカズ中尉は胸に衝撃を食らい、倒れた
「撃た、れた……」
なんとか衝撃に耐え、胸元を見るとリカ軍曹から受け取ったMP40に弾丸がめり込んでいた
「まじか、頼りになる副官だなぁ」
MP40を落とさないように抱え直し、ロープに捕まった
「あげてくれ!」
すると頭上でエンジン音が響くと同時にロープが凄い勢いで上に引き上げられた
「うおおおおおお!!?!」
5m程の穴を一気に駆け上がり、僅か数秒で地上に引き上げられた
「起爆しろ!」
地面を転がった直後、リカ軍曹の指示のもと工兵が爆薬のスイッチを入れた
廃棄穴から爆煙が吹き上がり、半径数mが連鎖的に陥没していく
「嘘だろ嘘だろ!おい!」
息つく暇もなくミカズ中尉はあらかじめ避難していた部隊の元へと駆け寄る
ミカズ中尉はギリギリのところで崩落に巻き込まれることなく、転がり込むような形でたどり着いた
「大丈夫ですか?」
「な、ハァ、なんとか、ハァ、ハァ……」
「無事ならよかったです」
「ハァ、フゥ……これ、ありがとう」
ミカズ中尉は壊れたMP40をリカ軍曹に渡した
「いや、壊さないで返してください」
「すまん、この、ハァ、埋め合わせは、また、ゲッホ!ランチでも、奢るよ」
「……それなら喜んで」
相変わらずリカ軍曹はそっぽを向いていたが、反対側にいたハンケイル中尉はリカ軍曹の顔を見て砂糖めっちゃ食べたようなくどい感覚に襲われた
「助けるんじゃなかった」
ハンケイル中尉の呟きは誰にも聞かれることなく、消えていった
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