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スズメバチの巣と毒牙にかかる蝶

トラックは未だに暴動が治らない市街地を避け、市街地とは反対側、新規区画整備地区から反対の南門を抜け、バラード郊外の集結地点に向かうコースをとっていた


大器が乗るBTR90装甲車の前後には新たに召喚した兵士が乗ったトラックが一台ずつその先にはM2重機関銃が搭載されたハンヴィーが2台ずつ、そしてハンヴィーの先頭と最後方には憲兵隊から増派されてきたLAV25が一台ずつ、その車列が骨組みのみが作られているゴーストタウンを駆け抜ける


この整備地区はバラードの負の面と言われた街並みである。バラードの前領主は観光に力を入れ、バラード郊外の森や湿地を開拓し、風光明美な街を広げることを思いついたのだ

しかしながら豊かな自然を市街地に作り変えられてはそこで仕事や生活を失い困る人たちもいる、財政も厳しかった。そういった人々と衝突し、市街地造成作業は度々暴徒と衝突し結果、中途半端な廃墟しかのこらなかった

壁の無い骨組みや基礎のみの廃墟があちこちにあるこの通りを車列は駆け抜け、廃墟や道で寝ていた浮浪者などが驚いて逃げていく


《バラードより撤退中の全部隊へ告ぐ。こちらオーバーロード。バラード市街地の暴動は憲兵隊により鎮圧されつつある、だが敵の敗残兵は未だに数が多い。反乱貴族の支援を受けてだいぶ息を吹き返したようだ、十分に注意せよ》


《アイアンホース各車へ再度通達する、ゴールデンホーンには大事なお客様が乗っている、最新の注意を払え》


《アイアンホース11了解》


《アイアンホース21了解》

ゴールデンホーンとは大器の事だ。この車列は避難民の避難を装った、実は大器一人のために構成された車列であり、トラックに本来乗るはずの避難民も全員が大器が召喚した特殊部隊の兵士に入れ替わっているほどの徹底ぶりだ


先発した避難トラックのコンボイもクルジド兵のゲリラ部隊に襲撃を受けており、待ち伏せを受けるのは必須だった


《こちらボストーク0-6、まもなくゴールデンホーン上空を通過》

上空を見ると、20mm機関砲を機体側面の本来なら増槽が取り付けられるペイロードの両側部分にぶら下げた状態のUH-60が車列の先頭に躍り出た


《コンボイ2-8、そこから700m程の地点でコンボイ2-7が敵と接触してる、ボストーク0-6が先行する》


「了解コンボイ2-8、50km/hに減速」


「ミリア大将、外は大丈夫そうか?」


「現状ではなんら問題はありません。新たなランディングゾーンが確保されたので空軍によるピストン輸送も開始されました、城下の暴動も敵主力が壊滅したことにより憲兵隊も陸空と共同して反撃に出たそうです」


「要人の方は?」


「全体の三割が既にロズワルド基地への避難が完了してます。他はまだ我々のようにコンボイの中でしょうが、1-4から2-3までのコンボイは既にホットゾーンを離脱したとの報告が上がっています」


「そうか、今回の犯行の主犯は?」


「まだ推測の域を出ませんが?」


「言ってくれ」


「アシュモンド男爵の可能性が高いです。彼は市民を厚遇する政策を好んでおり、人望が厚く、彼の領やその近隣でもかなり評判の高い貴族でした、故に戦闘の後も匿う民間人が多かったのでしょう。そのうち彼はクルジドの残党と接触。共産主義を勝たせる為に最後の博打を打ったのでしょう」

そういうとミリア大将はパソコンを操作し、今度は別の資料を見せてきた


「それと捕虜の証言をまとめると攻撃の中核となったルドグシャの三騎士と呼ばれる存在もあります、リビー殿、この三騎士は何者ですか?」

ミリアがリビーを睨みながら言った。今回の騒動はリラビア側の支配力の低下が問題なのだ、ミリアにも思うところはある


「はい、ルドグシャの三騎士は"女王の息吹"を越えた先のルドグシャ王国に実在した三人の魔法使いの事です、武勲に長けたその三人はルドグシャ王国で貴族の位につき、その強大な力でルドグシャ王国という小国を守っておりました。あらゆる物を焼き尽くす焦土公のフランジュ、いかなる攻撃をも防ぐ大地の鎧と大地の大剣を唯一操れる不動公ガラドラン、街一つを空へ吹き飛ばす事ができる程の強力な風魔法の使い手、疾風公ウィリアムズ。この三名の事をまとめてルドグシャの三騎士と呼びます」


「その三人が今回の攻撃に加わっているとか」


「クルジド国は占領した国の人々を軍隊として徴用します。軍人非軍人、老若男女、病人でさえも前線に送られます、そして国民が居なくなった所に開拓民として大勢のクルジド国の市民を定着させるという方法で領土を拡大してきました」


「いつ聞いても、胸糞の悪い話だ」


「ルドグシャの三騎士はクルジド国の軍勢十万を相手に孤軍奮闘し、戦死したと聞きましたが。まさかむこうの軍門に降っていたとは……」


「事情はどうあれ、その話を聞いてフランジュとガラドランの2名は確認が取れました。憲兵隊の本部を直接叩きにきた奴と、我々のヘリポートを破壊した奴。その2名は既に死亡が確認されています」


「顔写真はあるか?」


「待ってください、こちらに」


「リビーさん、確認してもらってもいいですか?もし嫌なら構いませんが」


「いいえ大丈夫です」

ミリア大将がパソコンに表示した二人の男の写真、一人は二十歳ぐらいの赤髪の若い男、もう一人は四十歳ぐらいのスキンヘッドの男だった


「確かに、赤髪の方がフランジュとスキンヘッドはガラドランです。過去に閲兵式で観た通りです」


「となると残るは一人、ウィリアムズとかいうやつか」


「今のところそれらしい情報は上がっておりません。リビーさん、知ってる限りで構いません。そのウィリアムズはどういう人間ですか?」


「すごく遊びの派手な性格でした。綺麗な女性は所構わず手を出すような人です、私も閲兵式や舞踏会で散々口説かれましたね。戦術は単独行動を好み、貴族になる前はハンターとして斥候職を担当していたそうです」


「奇襲のプロフェッショナルってことか」

口を開いたのは大器が新たに召喚した兵士のストーン大尉だ。急いで召喚したのでステータスなどはいじってないが恐ろしく優秀で、とても無口だが部下への指示も確実な兵士でもある


「そういう風に聞いています」


「各隊、全周警戒。敵は必ずいる」

ストーン大尉はUMP9に初弾を装填し、そう命令した


「ストーン大尉、なぜわかるのです?」


「ミリア大将殿、一つお聞きしたい。他の車列には護衛をつけさせましたか?」


「つけましたトラック一台につきハンヴィーを一輌」


「その中にBTRやLAVをつけた車列は?」


「一つもないはず……あっ」


「この車列は()()()()()()()。誰が見ても重要な要人が乗っているのは明らか!そんな護衛が裂かれるとしたら、それこそ国王クラスの権力者のみ、もし敵がそう考えたとしたら」

その時、無線から先行するヘリのパイロットの声がした


《コンボイ2-8!魔法の兆候を確認!正面だ!》


「伏せろ!」





















ウィリアムズが放った魔法は空を飛ぶヘリを狙った物だった

直撃したヘリは瞬く間にプロペラがもげ、装甲は剥がれ落ち、空中でバラバラに四散した


その余波は地上にも起こり、身長の高いトラックやLAVはまともに風を受けた


「……ぬぅ」

大器が目を開けた。目の前が霞む


なにやら眩しい。視界が安定しない。ヤジロベエのように頭が右へ左へと傾いてるのがわかる


「たしか……車に、乗って……」

そう作戦会議をしていたはず

無我夢中で側にいたリビーさんかミリアのどっちか、もしかしたら二人同時に押し倒したような気がする、その後火薬臭いオッサンがのしかかってきて、そしたら急に身体が浮いて


横を見ると件のリビーがいた、何か口を動かしながら大器の頭に何かを当てている


(ドレスが、台無し、ですよ……でも、綺麗だ……)

そんな感想が頭に浮かんだ。記憶はここで途絶えた






















「衛生兵!」

リビーが必死で叫ぶ。もはや邪魔の極みとなったドレスを引き裂き、大器の頭にあてがう


「あーくそ!あーくそ!私とした事が!ちくしょう!オーバーロード!聞こえるか!」


《こちらオーバーロード、攻撃機が既に離陸。到着まで後5分、救助のヘリは十分後だ》


「急がせろ!なんでもいい!総統閣下の命がかかってる!それと、作戦コード685、ブロークンアローを発動!すくに準備にかかれ!」

ミリアは無線機を一旦置き、切り込んできた敵に拳銃で反撃。胴体のど真ん中に命中弾を食らった敵はその場で倒れた


「通してくれ!」

横転したBTRから持ち出した救急キットを持った衛生兵が大器の元へ駆け寄る


「治療魔法で頭の傷は塞ぎました、後は、頼みます……」


「任せてください!」

かなり疲弊した顔でそう言ったリビーに対し、大器の頭の怪我が完全に塞がっているのを確認した衛生兵はニヤリと笑った、これなら余裕だと言わんばかりの笑みだ


「くっそ!弾が当たらん!」


「直前で弾丸が外れてやがる!もっとデカい武器が必要だ、探せ!」


「了解です!」

ストーン大尉が弾丸を撃ち尽くしたUMPを捨て、M9を引き抜いた


「大将殿!手持ちの弾薬が厳しくなってきました!どれくらい持ち堪えれば!?」


「5分だ!5分待ち堪えろ!」


「聞いたな野郎ども!後5分だ!ケツしめてかかれ!」

ストーン大尉はミリアの横で倒れている兵士のM4を掴み、元の位置へ走った


「何故だ!何故弾が当たらん!?」


「強力な風魔法で弾道を歪める戦法が以前南部戦線で使われた。たぶんそれだ、そう易々と使える技でば無いから、油断していた!」

ミリアが悔しそうに地面を殴った


「大将殿!後方よりも伏兵、数は三十ほど!全員がマスケットやボルトアクションライフルで武装してます!」


「くそが!そこのハンヴィーの弾を持って行け!なんとしても守り抜くんだ!」


「了解!」

その兵士は敬礼もそこそこに弾薬箱を両手に抱え、車両の残骸を縫うように後方へ走っていく


「いざというときは逃げる、安全な場所を確保せねば……」


「まずい!自爆兵だ!」


「数が増えてます!航空支援はまだですか!?」


「いざがもうきやがった!そこの廃墟だ!バヌハ!レイトン!安全を確保してこい!菰野(こもの)中尉は二人の援護射撃!」


「了解!」

菰野中尉は積み上げられた木箱にM249軽機関銃を据え付け、敵の姿が見えると同時に猛然と射撃を開始した


「うぉっしゃー!いくぞぉ!」

ククリナイフを抜いたバヌハ上等兵は女性にあるまじき雄叫びを上げながら目標の廃墟に正面から殴り込んでいった


「嘘だろ、あの野蛮人め!」

その後を追いかけるレイトン伍長だが、遮蔽物から出た時にはバヌハ上等兵は既にクルジド兵の首を切り裂いており、不意をついてもう一人の敵の胴体にM9を三連射で決めていた


「二階だ!二階を確保しろ!」


「シャッ!」

バヌハ上等兵がスナップを効かせて投擲したククリナイフは空を裂き、刃が二階から降りてきたクルジド兵の太ももに突き刺さった

絶叫と共に階段を転がり落ちてきたクルジド兵の頭に拳銃の二連射をきめ、ククリナイフを引き抜いた


「ふぅースッキリしたぜぇ!」

いい笑顔で額の汗を拭うバヌハ上等兵だが、レイトン伍長は油断せずM4カービンを二階へ向けて三連射。するともう一人のクルジド兵が階段を転がり落ちてきた


「何か言うことは?」


「アリガトウゴザイマス」


「よろしい」

二階に上り、壊滅した車列に火矢を打ち込んでるクルジド兵を背中から撃ち抜き、眼下の部隊に合図を送った


《全員聞け!これよりゴールデンホーンを二階建て廃墟に移動させる!合図が聞こえたら負傷者を抱えて全員で突っ走れ!》


「バヌハ上等兵、援護するぞ、貴様ライフルはどうした?」


「えっと、海で捨てました、溺れそうになって」


「代わりの銃よりも先に、落とした脳味噌拾ってこい!」

レイトン伍長は女だろうと容赦なくバヌハ上等兵のケツを蹴った


《3カウントだ!》


《1!》


《2!》


《3!》


《よし行けぇ!》

ミリア大将の合図と共にコンボイの残骸に身を隠していた全員が一斉に建物へ向けて走り出した


援護射撃も牽制射撃も無し。全員が無我夢中で廃墟へ向けて走り出した


レイトン伍長はM4カービンで、バヌハ上等兵は唯一持ってるM9ピストルで反対の建物に陣取るクルジド兵に弾幕を張る。道と建物の距離はさほど空いていないが数名の兵が流れ弾に当たり、脱落した


「ゴールデンホーンは無事だ!全員よくやった!弾幕張れ!撃ち続けろ!」

ミリアが抱えてきた弾薬箱を弾の当たりそうにないところへ置き、ストーン大尉を呼んだ


「閣下とリビー殿を連れて大尉は後退しろ、三十分後チェックポイントL8-6-4にヘリが来る手筈になっている」


「ミリア殿、それは」


「敵はもう間も無く一斉突撃を仕掛けてくるに違いない。その前に閣下とリビー殿を安全な場所へと逃すんだ、四人連れて行け、人選は任せる、私はここに残り最後まで指揮を取る」


「それは本来私が担う仕事では」


「違うな、この襲撃は私の編成ミスが招いたものだ。自分が汚したケツは自分で拭くのが世の理だ。貴様は閣下を安全な味方の勢力圏までお連れすることだけを考えろ」

ミリアは抱えてきた弾薬箱からC4を取り出し、信管をセットしていく


「……どうか、ご武運を。あなたが居なくなると、閣下もきっと寂しがります。新参者の私ですが少なくとも私はそう感じます」


「いいから行け、閣下を頼む」


「ハッ!バヌハ。キース軍曹と菰野中尉を呼んでこい」


「了解です!」


「レイトンは負傷者から弾薬と手榴弾を集めろ、それと死人から装備一式と担架を持ってこい」


「……わかりました」

何かを悟ったレイトン伍長は複雑そうな顔で駆け出した


「どれ、やるか」

爆薬の準備を終えたミリア大将はHK45を引き抜き、立ち上がった




















「フォーメーションの最終確認だ。先頭は俺だ。バヌハ上等兵は俺の後ろ、その後ろをキース軍曹、菰野中尉、リビー殿とレイトン伍長の順に続いてくれ」

なお、キース軍曹と菰野中尉は担架に寝かせた大器を、リビーは非常時という事で医療品や予備の弾薬などを持ってもらってる


「ここから3km行った所に広場がある。そこは救援に向かうヘリが通りがかるポイントだ、そこにヘリが一台、我々のために着陸する、そこを目指す」


「そこで乗せてくれたら最高。そして他の仲間も全員助かれば超ハッピーすね!」


「用心しろ」


「壁に寄れ、道の真ん中は歩くな」

人気のない廃墟の街にこだまする銃声、戦闘の喧騒は遠くもなければ近くもない距離で聞こえて来る。安心はちっとも出来なかった


曲がり角一つ曲がるのに凄まじく緊張する。道端に蹲ってるホームレスがいるだけで警戒心が跳ね上がる

息を潜めながら少しづつ前進し、ランディングゾーンまで後数百メートル地点まできた


「この通りを横断する、バヌハ、ついてこい、他は合図するまで待て」


「了解」

ストーン大尉とバヌハ上等兵が通りに飛び出す。二人は背中合わせになりながらM4を構え、建物の上や廃れた屋台などに銃口を向ける


戦闘の中心地なのは間違いなくミリア大将達が立て篭もるあの廃墟の方だろう。そこからワンブロックほど外れたこの通りは静かなものだった


(いや、静かすぎる……野犬や鳥すらいないのは、異常だ!)

反射的にストーン大尉は銃を上に向けた、正確には魔法で上空に潜んでいたウィリアムズに向けて


「逃げろぉ!」

直後、ウィリアムズから放たれた風の大砲とも呼ぶべき風圧の塊はストーン大尉とバヌハ上等兵を地面ごと吹き飛ばした

地面は爆心地のように円形にえぐれ、吹き飛んだ建物の残骸が吹き散らかされた


「くそったれ!」

大器に覆いかぶさった菰野中尉が怒鳴った。ヘルメットや防弾ベスト越しに石礫や瓦礫がぶつかるのがわかる


「ストーン大尉達は?」


「生死不明!敵が降りてきました!」

壁に張り付くようにして向こう側を確認するレイトン伍長はそう言い、M4カービンを手繰り寄せた


空中にいたウィリアムズは魔法の力で風を操り、VTOL機のように地表へ軟着陸した

オールバックの金髪に自信に輝く緑の目、口元は笑みで歪んでる


「よぉう、侵略者ども、こんな日にピクニックか?そりゃついてないな、日を改めるべきだったな!」

ウィリアムズは余裕だった。歩兵の銃を無力化出来ると分かっている以上、彼を脅かす存在は何もないのだから


「俺の名はウィリアムズ、ウィリアムズ・オスロー。ただの通りすがりさ」

するとウィリアムズの手元で何かが渦巻いた。巻き上げられた粉塵などで灰色に色づいた超小型の竜巻、風の球だ


「別に、フランジュとガラドランの仇とかそういう臭い事は言わない。これは昔の仲間に捧げる一撃だ!くたばれ!」


「まずい来るぞ!」


「伏せて!」

リビーが叫ぶと同時に風の球が隠れる壁に着弾した

壁に大穴が開き、吹き飛んだ外壁が散弾の様に辺りへ飛び散った


「逃げようとしても無駄だ、俺には貴様らの動きが丸わかりだ。逃げようとしてもわかる」


「くそ、どうすれば」


「……私が行きます」

リビーが背負っていた予備弾薬の入ったリュックを下ろした


「いったい何を……」


「あの方なら、おそらく私の話を聞いてくれると思います、見逃してもらえる様に交渉してみます」


「待ってください、ウィリアムズの性格からするとあなたをタダで返すとは思えません」


「しかし中尉、現状の火力では……」


「こう見えても、外交官です。交渉なら任せてください」


「そんな……」

菰野中尉は迷った。本来なら護衛として守らねばならないリビーを矢面に出さねばならない、しかし現状の自分達に銃弾をそらせる程の魔法使いを撃退できるアテはない


「ここで大器さんが倒れられる方が、我が国にとって痛手なのです、そこをわかってください」

装備を全て下ろしたリビーは達観したような笑みを浮かべ、立ち上がった

未だに意識を覚さない大器の顔を一瞬だけ眺め


「……行ってきます、大器総統閣下を頼みます」

隠れていた壁からゆっくりと歩み出した

























「ウィリアムズ殿!今すぐ魔法を納めよ!この声に聞き覚えがあろう!我こそはリディアビーズなるぞ!」


「……なんと!リディアビーズ()()()()殿()()ではありませんか!」

次弾を用意していたウィリアムズはとっさに魔法を解除し、頭を下げた


「……おい、今あいつ皇女殿下って言ったか?」


「そう聞こえました」

菰野中尉とキース軍曹が大器の容体を見て辺りを警戒しながらヒソヒソと話す


「これはこれはリディアビーズ皇女殿下、存じ得なかったとはいえ、皇女殿下に魔法を放っていたとは、ご無礼をお許しください」


「許します、敵味方の区別がつかない戦場ではよくあることです」

ウィリアムズの謝罪は何処か嘘くさい、どこか余裕がある


リビーからの情報によればウィリアムズは女性関係でよろしくない噂が絶えない相手だ。おそらくルドグシャ国に仕えていた頃から被害にあった女性は多かっただろう


「しかし貴女さまは戦場においても美しい。顔についた煤すら貴女の美しさを引き立ててる」


「その口説きはどうかと思うがな」

レイトン伍長は物陰からひっそりと覗きながら呟く。ウィリアムズは凄いイケメンであり、貴族でイケメン、しかも強力な魔法の使い手というモテ要素でのし上がってきたのだが、性格は褒められたものではないようだ


「貴方は相変わらずのようですね、何故ここに居るのですか?クルジド国に下るような人とは思えませんでしたが?」


「ええ、戦いの最中、フランジュとガラドランとルドグシャ王の親衛隊の残存兵と共に逃げ延びましたよ。その後はバスディーグをあちこち逃げ惑いましたが、アシュモンド元男爵の理想論に魅せられたフランジュとガラドランに引っ張られてここまで来ましたよ、まぁ目的は果たせそうですがね」


「そうですか、であれば貴方は今すぐ道を譲り、我がリラビアに加勢すべきです。そうすればこれまでの狼藉を女王はお許しになるでしょう」

対するリビーは一歩もひかない。単身でヘリや装甲車を吹き飛ばすことが出来る相手にも恐れをこれっぽっちも感じさせず逆に睨みつけるようにそう言った


「……フッフッフッそれも悪くない。ですが私が忠誠を誓ったのはルドグシャ王のみ、お隠れになったとはいえ、その忠義を曲げるわけには行きませぬ」


「白々しい、本音を言ったらどうだ。余が欲しいのだろう?」


「……おお、私とした事が、殿下に隠し事をしてしまうとは、謝罪いたします」

深々と頭を下げるウィリアムズ


「はい、貴女さまを今すぐにでも拐ってどれほどわたしが貴女様を愛してやまないか身体中で教えて差し上げたく思います、毎晩、いや陽が登っても貴女と共にいたい」

顔を上げたウィリアムズはまさしくゲスのような笑みを浮かべてリビー、いやリディアビーズ皇女殿下を見つめていた

鼻息は荒く、舌舐めずりをし、本能は暴発寸前であり、餌をぶら下げられ待ったをかけられた犬のようである


「ゲスが欲望に忠実なやつだ」


「チャンスを逃さないと言って欲しいなぁ、目の前で悪漢に追われて助けを求める美女との出会いを有効に活用するだけですよ、もし貴女が私の胸に飛び込んで一夜を共にしてくれるなら、貴女以外目につかなくなるかも、知れないなぁ」

ウィリアムズの狙いは明らかだった。それは同性の菰野中尉達の怒りに火をつけるには十分だった


「あんな挑発されておめおめと引き下がれるか。戦闘準備、いざというときはレイトン、貴様が閣下を連れて逃げろ」

菰野中尉とキース軍曹が予備弾薬を漁り、手榴弾や弾倉をかき集めながらいった


「中尉しかし」


「大尉が居ても同じことしたさ。ぼさっとするな」


「中尉ダメです!リビーさんがやつに接近してます!」




















一歩一歩、リディアビーズ皇女はウィリアムズに歩み寄る


「やはり貴女はお母様の血を濃く受け継いでおりますね、純血の吸血種に稀に持って生まれるという魅了の力、魔力を豊富に持つ魔法使いである故に、その魅力には抗い難い難く、持たざる者には畏怖の存在として避けられてしまう、まさに高嶺の花、孤高の存在」

ウィリアムズは動かない。リディアビーズが歩み寄るのを待っていた


「例えるならそう、今まで誰にも踏まれてない新雪を踏み荒らすような、そんな背徳感があります、しかも大国の皇女様を!」

ウィリアムズは感極まったように叫んだ


「大昔の詩人は魅了を毒と表現しました、一度魅入られたが最後、どのような美姫を前にしても貴女しか目に入らなくなる!私のように優れた魔法使いと子をなすために、それ以外の余計な目を逸らすための異能!まさに!私と貴女を引き合わせる為の、神が授けた神秘!」

リディアビーズ皇女の足取りは見るからに重い。しかし彼女は歩みを辞めない


「やはり貴女と私は結ばれる運命にある!こうして貴女自身が自らの足でこちらへ来るのが何よりの証!」

自分がこのろくでなしを引きつける、そうすれば大器が逃げる為の最大の障害は無くなる

それはすなわち、リラビアと大日本皇国の同盟が継続することになる、もしかしたら皇女自身が身を挺して大器を守った事を評価されてより良い条件に転がるかもしれない


「さぁ早くおいでなさい、私の可愛いリディアビーズ。ヘルゴンド・ウィンフォード・リディアビーズ。さぁおいで」

今のリラビアは大日本皇国の支援なしでは立ち行かなくなる。ここで大器を失うわけにはいかない


「私の隠れ家で一日中、可愛がってあげましょう。今いる女どもは全て処分して、貴女だけを可愛がろう。身体の隅々まで、足の先から頭の中まで、私で染めてあげよう。私しか見れないようにしてあげよう!」

だからここでウィリアムズ(人でなし)を拒絶するのはダメだ


永遠に感じた無人の通りを渡り切ったリディアビーズは最後まで王族の末席らしく、ウィリアムズ()を睨みつけた


「約束は、守って貰うぞ、あのもの達は同盟国から派遣され、私の護衛を受けたただの下っ端だ。見逃せ」


「フフフフ、可愛い妻の頼みだ。聞かない訳にはいかないな」

そういうとウィリアムズは杖をしまった


その瞬間、リディアビーズ皇女は背中に隠し持ったグロック26 を引き抜いてウィリアムズに突き付けた


「死ねッ!」

30cmも無い至近距離で放たれた9mm弾、思ったよりも大きな反動で思わず尻餅をつくリディアビーズ皇女


「……小癪な」

銃弾はウィリアムズのつけた胸鎧にめり込んでいた。ギリギリで発生させた風魔法が威力を抑え、鎧を砕いて止まったのだ


「そんな!」

しかし驚くのは一瞬、リディアビーズ皇女は再びグロックを構えるが、今度はウィリアムズが銃を蹴り飛ばし、リディアビーズの頭に杖を突きつけたのが先だった


「危ない危ない、さすが私が追い求めた皇女様、油断大敵だな」


「貴様、正気か!クルジド国に味方して何になる!?それほど自分の命が惜しいのか!」


「別に世界を支配する気なんてない。私ほどの魔法が使えればクルジド国とてそう簡単に手は出せないさ、こちらから攻撃しなければ向こうもこちらには手を出してこない、そんな人生には生涯を支えてくれる最高の伴侶がいて当然って事さ」


「……それしか頭にないのか、このケダモノ!」


「フフフッそうだよ。婚約指輪のかわりにこれをあげよう」

そう言ってウィリアムズが出したのは黒いバラの装飾が彫られたチョーカーだった

魔法の素養があるリディアビーズ皇女にはわかった。犯罪者がつけるような魔法の行使を強制的に封印する特殊な首輪だ

この首輪は基本持ち主が正規の呪文を唱えて外さない限りは本人に魔力が戻ることはない。つまり一度つけたら最後、魔法は使えなくなるのだ


「さぁつけて見せておくれ」

ウィリアムズが脅すようにリディアビーズ皇女に杖を押し付ける


「…………わかった」

震える手で首輪を受け取り、ニヤニヤと笑うウィリアムズの目の前でリディアビーズは首輪を首に巻いた

つけると同時に首輪に仕組まれた魔法が作動し、首筋に痛みが一瞬走り、まるで空気の抜けていく風船のようにリディアビーズ皇女から魔法の力が無くなっていく

その瞬間、リディアビーズの頬を一筋の涙がししたりおち、安堵のような、諦めのような細いため息が口から漏れた、実力主義のこのリラビアはおろか、この弱肉強食の世界で最も最下層のか弱いただの少女に成り果ててしまったのだ


「そういや旦那様へ銃を撃ったおしおきがまだだったな」


「……は?」

ウィリアムズは杖を持っていた右手ではなく特殊な指輪を嵌めた左手を上げた


「やめッ!」


狂風球(ヘルウィンドボール)

放たれたのは台風をバスケットボールサイズまで圧縮したような強烈な風圧の塊、その威力は既に体感済みだった


大器達が隠れる壁に着弾した魔法は一瞬で壁を砕き、瞬く間に土煙に変えてしまった


「な、なんで……こんな!」


「うぅーん、いい顔だ。貴女の笑顔はこれから毎日見れる、でも泣き顔だけはここでしか見られないからなぁ!ああ!最高!可愛いよ、リディアビーズ、いやリビー!」


「穢らわしい!触れるな!」


「フフフッ弱い弱い、か弱い奥さんだなぁ怒った顔も素敵だよ」

ウィリアムズは正気を失っていた。望んでやまなかった女性をついに我が者にしたのだから


「やめろ、離せッ!助けて!誰か!大器さん!」


「ハハハッ!無駄無駄、あの兵隊どもがどんな要人を守っていたのか興味はないが、私以外の男の名を口にしたな?」

満面の笑みが急に無表情に変わり、リディアビーズ皇女をフルスイングで殴った


「私以外の男の名を口にするな!話題に上げるな!見るのもダメだ!私のいないところで外に出るな!わかったか!」


「くっ、うぅ……」


「返事は!?」

態度を急変させたウィリアムズはリディアビーズ皇女の顔を執拗に殴る。絹を裂くような悲鳴が口から漏れ出し、宙をリディアビーズ皇女の涙が舞った


「……うっくぅ…は、はい、旦那様……」


「ふぅ、ふぅ。よろしい」

赤く腫れた頬を涙で濡らしたリディアビーズ皇女を見たウィリアムズは満足感と同時に耐えていた獣欲が限界に来た


「どぉれ、聞き分けのいい妻にはご褒美をあげよう。安心しなさい。これから毎日、優しく抱いてあげよう。約束だ」


「ヒッ!」

生理的な嫌悪を抱いたリディアビーズ皇女は反射的に身体をのけぞらせた


「なぁに、いずれ良くなるよ。痛いのは最初だけ、他の女も最初は嫌がってたが、いずれ自ら私を求めるようになった。さぁ力を抜いて。星空の下で結ばれるなんてロマンチックだろう?」

逃げられない。リディアビーズ皇女は悟ってしまった


自分はここから遠いどこかへ連れ去られ、死ぬまでこの男に弄ばれる。女としてはゴブリンに連れ去られるのとどっこいぐらいの最悪の終わり方だ


ふと、リビーの脳裏に先程の舞踏会がよぎった


彼女自身、制御することのできない魅了の力を宿しているお陰で魔力を持つ者からは恐ろしいまでの獣欲で見られ、その者の人生を狂わせ、逆に魔力のない者からは恐怖の目で見られ、近寄られることはなかった。お陰で必死に特訓したダンスも社交技術もただの宝の持ち腐れになってしまった、そう()()()()()()


(初めて、だったな。舞踏会が楽しかったのは……)

同じ魅了の力を持つ母親が魔力を持たない父にプロポーズされたのも舞踏会だったとか、自分ももしかしたらと期待していたが、結局プロポーズしてくる人はいなかった

走馬灯か、それとも現実逃避か。服を脱がされ、口内を這いずる生暖かさや肌を撫でられる感触に嫌悪を感じながらリディアビーズ、いやリビーの脳裏には一人の青年の姿があった


ぎこちないしゃべり、明らかに社交慣れしてない態度、必死でこちらをリードし、疲れが見えながらも笑みだけは欠かさなかった、自分が怪我をしていても自分のことを綺麗だと褒めてくれる異国の王子様


「さよう、なら……」


せめて、せめてこの思い出さえあれば、自分は狂わずやっていける、そんな諦めのような妥協が芽生えてしまった



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