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攻勢準備

リラビア魔法国に併合される前の獣人の国とかつて国境を接したシャンディーク公国という国の国境線に存在するバステト要塞

隣国に力を示すために作られたこの要塞は山の上から下に伸びる街道を見下ろせる位置にある要塞であり、国境沿いには城壁のように山が連なっているため、平地の道はここ以外に数は少ないのだ


トライデント作戦で海岸三箇所から上陸した大陸派遣軍はそこから一つの軍勢として合流し、真っ直ぐ、ひたすらに真っ直ぐ、このバステト要塞を目指し前進した


リラビア魔法国とクルジド国が接する戦線を横からかっさらうように前進し、長大な戦線を作り上げたのだ

道中の障害は軒並み排除。転移魔法を使う部隊や敵の増援も発見され次第、空爆により撃滅された

そして部隊は最終目標、バステト要塞の制圧、並びにバスディーグから伸びる街道の確保であり、出入口さえ封鎖してしまえば敵はこれ以上の増援を送ることが不可能になる。それは作戦上大きな意味を持つ


「今日、この攻勢をもってしてトライデント作戦は完遂される」

ミリア大将が指示棒片手にそう断言した


「我々はバスディーグというステーキを横に真っ二つに切ったのだ、後は食べやすいサイズにきりそろえるだけだ。このバステト要塞は、最前線に残る最期の敵拠点となる。この拠点を陥落させた後、リラビア国軍と共同で敵戦線へ全面から攻勢がかけられ、敵の防衛線を食い破り、バスディーグから敵を追い出す、電撃戦を敢行する」

ミリア大将が会議室の全員を睨み付ける。自然と威圧感高めの眼力になる。それだけミリア大将もこの作戦に力を入れているのだ


「バステト要塞攻略は容易では無い。三つの丘がそれぞれに援護し合う形の反射面陣地のような形で作られたこの要塞は三方の丘にそれぞれ城壁と城塞があり、その地下にもそれらを繋ぐ地下通路や拠点があることが確認されている」

そこでミリア大将は言葉を切り、リモコンのスイッチを入れる。すると背後のスクリーンに作戦参加した部隊の位置が表示された


「まずは城塞手前の緩衝地帯であるこの平原を抑える。その後はそこで砲兵や戦車隊を展開、その後城塞に向かい、城門を確保しろ、航空支援は上空に常に爆撃機が張り付いている、空軍の地上誘導員に言えばすぐに爆弾の雨を降らしてくれるさ」


「質問よろしいですか?」


「なんだ」


「支援は航空支援のみなのでしょうか?砲兵や戦車の援護は……」


「そこがバステト要塞の厄介なところだ、バステト要塞は山の上に造られている。要塞に行くまでの道中の山道は曲がりくねっており、しかも車両が通れるほど広くは無い。よってスリフ大佐の軽戦車中隊、マドリーヌ少佐の装甲車中隊が城内突入組、それ以外の重戦車は緩衝地帯で待機だ、列車の架線が追いつかなくて砲兵の到着が遅れているのだ、よってその代わりをしてもらう。したがって砲兵の本格展開も緩衝地帯を抑えてからとなる、本陣からだと展開スペースが無いのと砲撃の精度が致命的に悪くなる故の措置だ」

その言葉に会議室がざわめきに溢れた。スリフ大佐が率いるのは八九式中戦車二十両、マドリーヌ少佐が率いるのはM3ブラッドレー四両とSd.kfz250六両である。要塞の規模に対して数が少なすぎるのだ

おまけに砲兵の全力稼働もされてないということは準備不足のまま戦闘するということになる、近代軍隊にあっていいことでは無い


「要塞に至るまでの道のりの安全が確保され次第、AC-130ガンシップと後続の部隊を投入し、要塞を落とす。我々は今回の作戦に投入できる全力を注ぎ込む。なんとしても要塞を奪い取れ、邪魔する奴は叩き潰せ」




















「お久しぶりです、レイヴン曹長殿」

配下の小隊を配置につけてようやく一息入れていた時、レイヴン曹長は急に声をかけられた

振り向くとそこには桃色の髪に低身長の少女、バーガー少尉がいた

前と違うのは左目に野暮ったい黒の眼帯をつけていることだ、愛らしさを感じる小柄な体型とミスマッチすぎた


「バーガー少尉殿、お久しぶりでございます。お身体は大丈夫なのですか?」


「はい、野戦病院にお見舞いに来てくださったそうで、お礼も言えず……」


「いえ、自分もあれ以来配置転換で会いに行けず、申し訳ありません。少尉にはあの時命がけで部隊を助けてもらったのに」

そこまで言ってレイヴン曹長は思い出した。バーガー少尉はあの時左半身に大火傷を負っていた。しかし今のバーガー少尉には火傷の跡が全く見当たらない


「驚きました?人工皮膚って奴らしいです。火傷の跡をこうして隠すだけでも違うと思いませんか?」

そういうとバーガー少尉は笑った。笑顔なのは右側だけ、左側はピクリとも笑ってなかった

おそらく外見だけを取り繕う物なのだろう。バーガー少尉の動きを見るに左半身のうち、手足は無事だが顔の筋肉は完全に使い物にならなくなっている


「少尉殿……」

レイヴンは聞きたくなった。なぜこんなにボロボロになっても戦うのか。レイヴンの戦友の何人かは負傷除隊し、本土での安定した暮らしを手に入れている者もいる。バーガー少尉だってあの状況なら立派な勲章と除隊に伴う恩給で人並みの生活も送れるはずだが、この自分の身長の半分もない少女は再び戦場に戻った来たのだ


(姉さんは悪魔的な何かに魅入られてるのよ)

アウリサー大佐の言葉が頭をよぎった。悪魔的な何か。今ならその言葉の意味がわかる気がする


事実、大佐の言う通り、バーガー少尉はどんな手品を使ったのか前線に復帰している。アウリサー大佐の予言通りだ


「またよろしくお願いしますね、レイヴンさん」


「……ええ、よろしくお願いします、バーガー少尉殿」

なんにせよ、この攻勢の間は行動を共にする仲間である。いろいろ考えるのはその後にしよう


「少尉殿は今回はなんの誘導を担当するのですか?」


「はい、イリヤムローメツ爆撃機の機銃掃射と手投げ爆弾の誘導です。私が座標誘導しますので、援護をお願いしますね」


「任せてください」


「期待してますよ」

バーガー少尉の半分だけの歪な笑顔はレイヴン曹長にはひどく痛々しく見えた。前の花が咲いたような明るい笑顔を知ってるからなおさらである


(しかし少尉は懲りずになぜこの小隊に来たのだろう。自分が生死をさまよう大怪我をした時の部隊に舞い戻ってくるとか、普通ならしないよな……)



















「久しぶりじゃないか、ハンケイル」


「グーリッヒ、今は大尉か、昇進したな!」

車両関連の補給所にて再開した二人は固く握手を交わした

リバティ基地脱出以来、たまに顔を合わせていたが、ゆっくり言葉を交わす時が無かった


「聞いたぞ、相変わらず昇進を蹴ってるそうじゃないか」


「俺は相棒の戦車と共に生きて共に死ぬんだよ、だからそのためにも現場で戦い続けたいのさ」


「毛の先まで生粋の戦車乗りだな、まったく、真似できんよ」

そう言うと水筒を傾けるグーリッヒ大尉。乗車するバレンタイン戦車の補給はまだ終わりそうにない

それもそのはず、装備更新の余波を受け、ここには第二次大戦期の戦車と近代戦車が入り乱れている。それだけで補給班はおおわらわなのだ


「ハンケイル、なんで今乗ってるのは戦車じゃないんだな、今乗ってる奴、なんでだ?」


「ああ、なんか現在主力のエイブラムスは俺にはしっくりこないんだよな、いい戦車なんだけど。出来れば前と一緒のA7Vに乗りたかったけど、総統閣下にでも頼まない限り無理だろうしな」


「いや頼んでも無理だろ、運用がむずすぎるわ」


「またあの馬鹿どもと戦車に乗りたいけど、何人かはくたばっちまったしなぁ」


「存外サラッと言うんだな」


「全員忘れたわけじゃねぇよ。ただ湿っぽくするのは今じゃないだろ?」


「……そうだな、確かに今はそんな時じゃないよな。よし終わったら飲みにでも行こうぜ、奢るぞ」


「死亡フラグかよ、ありがた迷惑だな、おい」





















「ウィンストン大佐、オーロラ隊、爆弾の搭載が完了しました」


「うむ、ありがとう、これで我々も戦える」

ウィンストン大佐が整備兵のバレル軍曹から整備完了の報告書を貰う


「しかし今回は凄いですね、徹甲焼夷弾各機に二千発ずつ。爆弾も250kgが四発、400kgが二発。加えて5kg手投げ弾が十二発ずつ」


「苦労をかけるな」


「いいえ、それよりもこれだけの重武装です。高度やエンジンのへたりに気をつけてくださいよ。新品同然に手入れしましたけど、なるべく爆弾は早めに落としてくださいよ」


「わかってるさ。なに昼飯を少なめにすればこいつは飛ぶよ、それに半分は開幕に食らわせる。問題ないさ」


「幸運を、大佐殿」

バレル軍曹が敬礼と共に立ち去る。整備の順番待ちはまだまだ続いていた


「…………うむ、いつ見てもかっこいいな」

ウィンストン大佐は自身の搭乗するイリヤムローメツのシンボルマークを眺める、スキットルを傾ける骸骨の絵。空軍創立まもないころ、自分で書いたシンボルマーク、自分だけのシンボルマーク


「大佐ソフィア中将から伝言です」


「リンブルグ大尉、なんだね伝言とは」


「はっいい加減大佐らしくデスクワークに戻れと」


「ふっ、デスクワークか。あのソフィアがそんなこと言うとはなぁ」

スキットルの中身を傾け、ウィンストン大佐は笑みをこぼした


「やはりブランデーもいいが、バーボンが一番だな」


「私はウイスキーが好きですがね、スモーキーな奴が特に」


「ふふっこの味は現場にいないと味わえんからな、ワシはもうしばらく前線勤務を楽しむよ」


「そう伝えときます」

そう言い残し、立ち去るリンブルグ大尉。ウィンストン大佐は再び自分の愛機を眺め、次に部下を眺めていく

各々が戦場に赴く前の最後の時を過ごしていた。好きなものを食べ、仲間や恋人と語らい、自分の機体をチェックしている


「……いいねぇ、楽しいねぇ」

ウィンストン大佐は笑った。酒に酔っているのもあるかもしれない。だがその本質は彼の奥底にある本能だった


「名誉ある戦いだ、死ぬにはいい日がしれんが、あいにく、まだ死ねんな」























バステト要塞


このバステト要塞の前身はバステト辺境伯の居城だった

幾たびの戦乱でこのバステト城は増築に増築を重ね、最新の戦術理論に基づき、現在に至るのである


「マントン殿、これはどういう事ですかな?」

バステト要塞に籠るクルジド軍、その軍勢を束ねるトイルマン督戦官が問い掛けた


督戦官は占領して間もない頃の軍勢や地域を収める指揮官の補佐としてつく特殊な役職である

その実態は名の通り督戦。指揮官の裏切りを防止する為の特別な存在である


「配下の部下に仮装をさせるなぞ、聖帝陛下への反逆行為と取られてもおかしくありませんぞ」


「反逆など、まさか」

そう答えたのはマントン下級将。開戦当初はアストン最上級将の元で参謀を務めていた男である


緒戦から度重なる敗北により頬は瘦せこけ、ストレスからか顔は疲れ果ててゾンビのようだった


「聖帝陛下よりお預かりした神聖なる軍にあのような禍々しい仮装をさせる者が忠義を尽くしているとは、とても言い難い。心を病まれたアストン最上級将殿の代わりに、今まで貴様の横暴な指揮を見逃してきたが、今回は抗議させてもらう」


「……トイルマン督戦官殿は、トゥイフルというのをご存知ですか?」


「トゥイフル?知らんな、話をそらすな」


「そらしておりません、アレはトゥイフルを追い払うためのこの辺りの部族のまじないです」

マントン下級将は窓から塹壕に身を隠している兵士たちを眺めた

彼らの顔は炭や煤で黒く塗りたくられており、表情はわからない、だが目元だけが赤い染料で染め上げられていた


「トゥイフルとはこの辺りの部族の方言で悪魔。その悪魔から身を守る術を知らない幼子や赤ん坊を守る為に、幼少期は顔を黒く塗りつぶすんです、そうすると悪魔と目があって地獄に連れて行かれないと彼らは信じていたからです」


「貴様、聖帝陛下の軍を赤ん坊扱いか!」


「最後まで聞いてください。そして成長したら彼らは戦士となる者の目元に赤い線を引き、悪魔と目を合わせられるようにします。そして悪魔と戦うんです、まぁ廃れつつある風習です、今では村同士のお祭りでたまに神職の人がやるぐらいですね」

そういうとマントン下級将はワインを瓶のまま傾ける、昔は飲まなかったのだが、今では飲まないとやっていけないのだ


「つまりアレは戦士の格好であると?」


「そうです、私の配下の兵にはすべてさせております」


「貴様の部隊だけ異様にも程がある!鎧を泥で汚し、卑怯な戦術をし、あまつさえ敵の戦法を真似て地面を掘り返すなど、騎士として恥ずかしくないのか!」

トイルマン督戦官は怒りをぶちまける。それを見たマントンは目を細め、ワイン瓶を机に置いた


「無いわけではありません。しかし戦場は非常なのです。堂々と隊列を組んで敵と切り結ぶ戦場は終わりつつあるのかもしれません」


「貴様っ!」

トイルマンは怒りを露わにする。だがマントンは座った虚ろな目でトイルマン督戦官を見た


「トイルマン督戦官殿、私はあなたが好きだ。いや誤解しないでください。そういう意味ではないです、ただ、あなたの権力に対する実直な所が好きです、悪運があるところもいい。なんだかんだ生き延びてるところも素敵だ」


「はぁ?」


「だからこそ、です。あなたには我々の生き様を伝えてもらわねば困るのです。具体的には戦い方を、戦術を、生き様を!全てを記録して後世に伝えてください!奴らの嫌がることを、効率的な殺し方を!全てを!」

トイルマンはマントンの目に釘付けにされた。月の登らない夜空のような、底の見えない井戸のような暗い暗い、真っ暗な、光を通さない人を殺すことに特化した闇の瞳に魅入られたように視線が外せなかった


「このままでは奴らの奇妙な兵器に我らは滅ぼされます。しかしあなたが後世に伝えてくれれば話は別です。少しの勝機が見出せるでしょう」

人の魂を奪っていく、冒涜的な存在、それこそ悪魔(トゥイフル)に取り憑かれたような禍々しい笑みを浮かべ、マントンは笑った。督戦官は特権があり、下級将ぐらいなら独断で首を刎ねられる程の権限がある。しかしトイルマンは彼に怯えていた


「貴様、何を……」


「戦闘、いや戦争ですよ。我らの血で、奴らの血飛沫を洗い流すような、酷くて、臭くて、惨めで、汚くて、非情で、愚かで、凄惨で、悲劇的で、無謀で、明日へ繋ぐ、大事な戦争ですよ」


「…………貴様」


「要塞の下の平原に展開する軍団は囮です。重しになりそうな頭の固い軍団を生贄に奴らを我らの血で練り上げた底なし沼に引きずり込んでやります。ですので見ててください、そして他の軍団に伝えてください。我らの戦闘を、奴らの殺し方を」


「……わかった、貴様らの命無駄にはしないと、このトイルマン、誓おう」


「ありがたき幸せ」


「一つ、教えてくれ。家族はいるのか?」


「……聖都に妻と娘が居ますが」


「なにか、伝えることは?」


「…………」

マントンは非常に迷った顔をした。自分だけ、愛する者と言葉を交わす権利を得るのか、そういう葛藤を抱えた顔だった。しかし次に顔を上げた時には


「何も、伝えなくて結構です」


「……わかった」

トイルマンはそれだけ聞くと部屋を出て行った。代わりに一人の男が入ってきた


「おお、ヴァンガ殿。どうですか?準備は?」


「万全です、各隊には既に陣地の作成を完了させており、後は連中が来るのを待つばかりです」

開戦当初とは違い、左目を血でドス黒く汚したヴァンガ上級魔法士が入ってきた


「では待つとしよう。みすみす奴らが罠に飛び込む様を、特等席でみていようか」

マントンは笑う。明日の宴が待ちきれない子供のように、笑みを絶やさない


大日本皇国史上、凄惨な戦いに数えられるバステト攻防戦の幕開けであった

次は近いうちに投稿出来るかもしれません。珍しくプロット出来てるので

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