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南部戦線の日常 姿なき悪魔

本編とはあまり関係ないですが、思いついたので書いてみました

リラビア魔法国 南東 女王の息吹


リラビア国侵攻聖帝クルジド国第18軍団の指揮官のマウセン中級将は馬上の上で不機嫌そうにワイン瓶を傾けていた


彼が不機嫌なのはこの元交易路、クルジド国側の呼称はバシュロンの道、クルジド国が崇めるアラヒュト神が乗ったとされる馬の名前を冠したこの交易路だが、リラビア現地勢力のゲリラ活動により攻略が遅れているのが不機嫌の元である


「くそったれが、なぜ私がこんな前線に出なければならないのだ」

マウセンは空になったワイン瓶を谷底にほうり捨てる。山肌を沿うようにして作られたこの道を埋めるように人馬が進む。総数八千。その列は長く駐屯地にはまだまだ予備兵力が残っている


「おいマトス!リンゴを寄越せ!」


「どうぞ中級将殿」

副官から渡されたリンゴにかぶりつき、マウセンは不機嫌さを隠さずにぼやく


「応援を求めている奴、なんといったか」


「ボリス上級騎兵です」


「ふん、上級騎兵ごときが、ワシを顎で使うとは!クソが!」

マウセンは食べ終えたリンゴの芯も投げ捨て、悪態を吐く


ちなみにクルジド国の軍における階級は上中下の三つで区別される


まずクルジド国には陸軍しか存在せず、竜騎兵や船艇の乗組員は特殊な兵科として扱われている


階級の一番下は称号無しの一等兵二等兵三等兵でありそこから上は順に下級一等兵、下級二等兵、下級三等兵となり、その上の位が中級一等兵と続いていく

現代の軍隊制度に照らし合わせると中級一等兵が兵長、上級一等兵が少尉といった尉官クラスで、その上に上級一等士という佐官クラスの役職があり、その上が将官クラスということになる


それに加えて等級の後ろに兵科がつけられるのも大きな特徴である

普通の陸軍歩兵であるならそれは省略されるが、それ以外の騎兵、竜騎兵、水兵、輜重、魔法士といった兵科が頭につき、数字が省略され兵や士といった階級で地位が判別されるのが一般的である


兵科によっては軍服も違ってくるのだが、呼ぶときはそう呼ばれるのが一般的である


「ええい、まだか!まだ着かないのか!遠いぞ!」


「もうじきのはずです」

マウセン中級将が怒鳴る中、冷静に上官の機嫌をとるマトス二等中級兵


だが彼らが知る由もない。ボリス上級騎兵の部隊が既に全滅していることも、自分たちがまんまと狩人に誘い込まれているのも




















「大尉、標的を確認しました。こりゃすげぇ。ほっといても下の馬が重さで死んじまいそうなデブだな」

バロン中尉が単眼鏡を覗きながら呟いた

抜け目なくレーザーで距離を測距し、風速計を取り出す


「大尉、距離は1028m、オススメはもう少し近づいた時ですが」


「……風速は」


「敵の軍旗を見るに…南西から微風0.3m/s、ほぼ追い風です」


「了……」

大尉と呼ばれた少女は顔の前に垂れたギリーをよけ、九九式狙撃銃のスコープを調整していく


「950m地点」

バロン中尉がそう告げた瞬間、スッと落ちるように引き金が引かれた

燃焼ガスに押し出された7.7mm弾は空を切り、狙い通りの箇所に直進し、やがてマウセンの眼孔から侵入、脳内を掻き回し有り余る破壊力のライフル弾は後頭部を貫通し明後日の方角へと飛んで行った


「命中、ヘッドショット!さすがヴィクトリカ大尉!」

嬉しそうに報告するバロン中尉、それに対してヴィクトリカ大尉と呼ばれた少女は気だるげに首を傾け、ボルトを起こし、排莢しボルトをゆっくりと戻した

その動作はまるでナマケモノ。動けるけど無駄に動きたくない、そんなイメージを彷彿とさせる


「ハハッ!こいつは傑作だ!後ろに倒れたあのデブに敵がなぎ倒されてやがる!笑えるぜ!」


「次……」

衝撃で垂れてきた銀髪を耳にかけ、次の獲物を要求さる


「あのビヤ樽野郎の隣、派手な羽飾り、統率を戻そうとしてる次席指揮官だ。条件は一緒」


次は返事をせず、撃った。飛び出した弾頭はマトスの鎧を砕き、心臓を粉砕した


「胸に命中、ありゃ助からないな」


「敵が退却し始めた、追撃班に連絡」


「もうしてますよ、騎兵隊も既に向かいましたよ」

バロン中尉が覗く単眼鏡の先では槍や剣を持ったリラビア国の兵士が山羊に跨り、山肌を下って敵の隊列に切り込んでいっていた


さらに山肌の上から現れた皇国軍兵士が突撃を援護するように銃撃を加える


「また戦果を挙げましたね、ヴィクトリカ大尉、これで連続十七人目です」

バロン中尉は上機嫌な顔で話しかける、対するヴィクトリカ大尉はそんな事興味なさそうに擬装網や草木をつけたブッシュハットを脱ぐ


帽子の中に押し込んでいたセミロングの銀髪が溢れ、人形のように整った小さな口がこれから昼寝する猫のように大きな口を開けてあくびする

スナイパーの大事な商売道具とも呼べる目を眠たげに擦り、輝く稲穂のような金色の瞳が半分閉じた状態で一言


「バロン、後は、任せた」

半分閉じた目がそのまま完全に閉じ、あっという間にヴィクトリカ大尉は眠りについた


「やれやれ……」

呆れたようにため息をつくバロン中尉。実際進軍してくる敵は突然の奇襲と指揮官の不在により突入した友軍との乱戦で混乱の極みにある。あの乱戦の最中、狙撃手ができる仕事なんて存在しない

周辺の監視は他の狙撃班が行なっている。何より彼女が最後に休息をとったのは14時間も前だ、今は寝かせておいて上げるべきか


「まっ物はいいんだし、寝る子は育つって言うし、今は寝かせて育てておきますか」

バロン中尉はヴィクトリカ大尉の九九式狙撃銃の安全装置がかかっているのを確認し、自分の九九式狙撃銃を手繰り寄せ、スコープを覗いた


交代要員が来るまでの間、バロン中尉はヴィクトリカ大尉の寝息をBGMに敗走するクルジド軍を前に勝鬨を上げるリラビア軍をスコープ越しに見ていた



















大日本皇国はバスディーグ城塞都市の奪還、そして女王の息吹と呼ばれる街道の確保防衛を主任務として部隊を派遣していた


戦力のメインはバスディーグ、つまり北部戦線に投じられ、反対に南部戦線、この女王の息吹には一個師団とそれに付随する後方支援部隊が派遣された


全長数十キロある街道とはいえ、大軍が展開する場所はあまりなく、その街道も盆地の辺りはひらけている場所以外は深い森林、山に入ると山肌に沿って道が出来ていると言った有様なので派遣するのは少数精鋭で大丈夫、という結論に至ったのだ


そして街道のリラビア側の終点の宿場町、モンディウムという街に大日本皇国軍は司令部を設置していた


交代要員と変わり、前線から帰投したヴィクトリカ大尉はギリースーツを脱ぎ、シャワーを浴びて軽く汗を流し、ラフな作業服で報告書を司令部に持っていっていた


「報告ご苦労ヴィクトリカ大尉」

そういったのはヴィクトリカ大尉の上官の(モウ)大佐である


「今回の戦績も八人、うち3名は敵の将校ときた。どの狙撃小隊を見ても君ほど優秀な狙撃手はいないよ」


「……お褒めにあずかり……光栄です」


「あとはコミュニケーションというか、せめてその仏頂面と自由奔放な性格がなんとかなれば、君の佐官クラスへの審査も余裕だろうけどねぇ」


「……興味ないので」


「まったく、お姉さんのローズ少佐も心配してたぞ、彼女に詰め寄られる私の身にもなってくれたまえ、うっかり手を出してみろ、私はクリスマスのターキーみたいに妻に引き裂かれてしまうよ」


「……姉がご迷惑を」


「謝罪する気があるなら、少しは愛想良くなさい。今の我が軍では現場を知る上官というのは貴重であり、君は既に大尉だし、リバティ基地の頃からいるはずだ。ならばいい加減部下を持ち、教えていく側に回らねばならないのだ、わかるかね?」


「…………サーイエッサー」


「まったく心が篭ってないが仕方あるまい。善処しなさい、これは君のためを思っての事なのだから」


いつも通りの説教というか忠告を受け、ヴィクトリカ大尉は部屋を出る


彼女は姉のように社交的な性格ではないし、愛想が良いたちでもない。鉄仮面のようにビクともしない無表情にデンマークの国土並みに平坦な感情起伏、オマケに無口。だが狙撃の腕は一キロ先の敵の旗者手の手のひらを撃ち抜くほどの腕前であり、彼女のバディとなるスポッターは皆口を揃えて「サイボーグといると心を病みそうだ」と配置換えを希望しており、彼女が人格に問題ありとされ、大尉から先へ昇進できない理由である


狙撃手というのは孤独な兵科である。一人で敵地に何日も潜んでターゲットを射殺。同じ場所に寝転び、何時間もスコープを覗き続け、敵を撃つ。忍耐力と持久力、そして常人が持つ必要がない異常性が求められる任務であり、それは相棒となる人間はお互いに支え合わなければならない、つまりコミュニケーションが大事だという事はヴィクトリカ大尉も重々承知であるのだが


自室に戻る前にトイレに寄り、鏡を見る。眠たげな半目、姉の髪と同じ金色の瞳、ドーランや長時間の任務のお陰で荒れた肌、存在を消す狙撃手にとって美容液や化粧水なんて匂いの出るものはご法度である為荒れてしまった

しかし顔のバランスは神がかったような美少女なのは間違いない。胸や身体つきは貧相といわれればそうだが、ない訳ではない。同年代の青年なら気になって当然の美少女だと周りの皆は言うのだ


(笑顔……愛想良く…………)

指で持ち上げて口角を上げてみる。なんだか無理して笑っているような顔になっている、これじゃない


笑顔になることは一旦諦め、食堂に向かった


食堂に入ると手本にしちゃいけない悪い笑みを浮かべたバロン中尉がいた


「あっ大尉殿!お疲れ様であります!」

輜重隊の数人と話していたのをわざわざ離れたテーブルのヴィクトリカのところまでやってきて隣の席に腰かけた


「じゃあなバロン、次は負けねぇぞ」


「おうまたな」

気軽に挨拶を交わし食堂を出て行く輜重隊の兵士。その手にはトランプと軍票の束があった


「なにしてたの……?」


「ただのインディアンポーカーってやつですよ。おでこにトランプはっつけるやつ、さっきのやつグレインって言うんですけどね、ロクでもない同期なんですけど、結構稼がせてもらいましてね」

悪の手先のような笑いをあげながら手に入れた軍票を数える。かなりの枚数だ


「大尉も今度やってみます?もしわからなければルール教えますけど」


「……いい、遠慮しとく」


「そうですか、大尉は何か遊びとか趣味は無いんですか?」


「……ない」


「そうですか、じゃあ休みの日は何をしてるんです?読書とかですか?」


「……寝てる」


「そうなんですか、やっぱ休みの日はゆっくりしたいですよね。私はダチと飲みにいったりするんですが、いかんせんそれだと心が休まらないというか、たまに一人でゆっくりしたいと思う時があるんですよ」


「……そう」

ヴィクトリカ自身、バロン中尉はよく喋るなぁ。と感心していた


狙撃手の中でも極めて不気味がられるヴィクトリカ大尉の相棒を最長記録である半年間勤め上げ、しかも今後も継続してるという奇人っぷり。そのくせ人付き合いも丁寧で、友人も大勢いる

間違っても不眠不休で弾薬がある限り敵の頭を撃ち抜ける人の隣にいていい存在ではない

ひょっとして彼は自分の話に相槌返してくれるなら電柱とかが相棒でもよいのではないだろうか?


バロン中尉の話しかけに答えながらヴィクトリカはそんなことを考えていた


ヴィクトリカの食事の好み、部隊で流行りのスポーツ、ゲーム、本、ネタバレにならない程度の映画の話題。本土では総統閣下が新しく複合型商業施設を創り出し、オープンさせたとか、いよいよバスディーグ奪還のために鉄道が整備され始めたとか現地民のヤギに乗せてもらっただとか、ヤギ肉が意外と美味しかったとか。そのおしゃべりな口は止まることなく、動き続けた
























「シヴィル上級魔法士です。第2軍団から要請を受けてただいま着任しました」


「よく来てくれた。私はペスタ上級三等士。あなたが暴風のシヴィル殿ですか」

クルジド軍の野営地では1組の男女が挨拶を交わしていた


片方は死んだマウセンの代わりのペスタ上級三等士、片方はクルジド国でも随一の風魔法の使い手であるシヴィル上級魔法士である

身長は150いかないほど、焼きたてのパンのような明るい茶髪に素行不良の学生のような目つきの悪さとへの字に曲がった口、身長に見合った寸胴体型、一見するとひねくれた小学生にしか見えないが、こう見えて23歳。身長の事をからかった人はもれなく数百メートル上空まで打ち上げられる、もちろんパラシュートの類はない。そしてついた通り名が"暴風"


彼女の手にかかれば飛んでくる矢はおろか、投石機の攻撃すら無力化し吹き飛ばす事が出来る。クルジド国でもエリート中のエリートの魔法使いしか所属できない第2軍団で大佐階級なのも納得の実力者である


「なにやら蛮族に進軍を邪魔されているとか、世界統一という尊き聖帝の一大事業を邪魔する野蛮人どもがどうされたのですか?」


「ええ、蛮族に新しく国が加わったのをご存知ですか?」


「ふむ、なにやらジュウとかいう物でこちらの兵を遠くから倒す連中がいると聞いたことがあります」


「はい、主戦場は山道であり、その遠距離兵器から身を守る遮蔽物があまりになく、どれほど守りを固めようとも次々と指揮官が殺されてしまうのです」


「なるほど、つまり私に矢除けをやれと、いいでしょう。やりましょう」

偏見の目を持たないペスタの態度を快く思ったシヴィルは上機嫌で答えた


「おお、ありがとうございます!部隊の再編成は済ませてます、後はあなた様の準備が整い次第、出発です」


「よろしい、では明日出発としよう、今夜は雨だそうだし」




















「こりゃ、ひでぇな」

バロン中尉が無意識のうちに呟いた


敵は今度は幼女を先頭に前進してきたのだ。なんたる被虐と思ったが、この世界は魔法が使えれば赤ん坊だって大人を殺せる世界。この世界の軍人に少年少女がいるのは別段珍しくないのだ


しかもその幼女が弾丸の軌道を歪めるほどの暴風を巻き起こしておりお陰で戦線は久々に後退していた


敵の軍勢の手前で乱気流が発生している、しかもその乱気流も人工的な物なので法則性がない。故に正確な狙いがつけられないのである


砲撃で吹き飛ばす案も出たが山道を倒壊させてしまってはこちらも被害がでる。この貴重な進軍路を失うわけにはいかないのだ


ヴィクトリカ大尉は遠巻きに暴風を発生させる幼女を眺める。前日の雨でぬかるんだ泥を跳ね上げ切り込みを掛けるリラビア国の兵士や弾幕を張る皇国軍兵士を次々と空へ打ち上げたり、不可視の風の刃で切り裂いたりしていく


「ああやっていろいろ巻き上げられたじゃ、まともに狙って当たるかは、神のみぞ知るってヤツですかね、そうだ、ブービートラップを仕掛けるのはどうですか?」


「……手元の跳躍地雷やクレイモアじゃ多分吹き飛ぶ。C4だと山が崩れる」


「手榴弾を埋めとくとか、紐でピンが抜けるようにして引き抜く」


「……私たちが隠れる場所を作る時間がない。それにそこまで近づかれてからじゃ危ない」

そこまで喋るとヴィクトリカ大尉は九九式狙撃銃の弾丸を徹甲弾に変えた


「どうするんですか?」


「…………」

ヴィクトリカ大尉は答えない。極限まで集中して慎重に狙いを定めていく


「距離835、風速は不規則」

ヴィクトリカ大尉がやるなら相棒のバロン中尉も役目を果たす、条件反射的に単眼鏡を覗き込んでいた


「…………」


「800m」


「…………」


「750m」


ピクリともしない。すぐ目の前まで自分たちを殺そうとしている存在が近づいてきているのにヴィクトリカ大尉は動じない


「700m」


「…………スゥゥゥーーー」

息を吸った。口を半開きに、細く、胸いっぱいに空気を吸い


「…………フゥゥゥーーー」

息を吐いた。一見するとただの深呼吸だが、ヴィクトリカ大尉の場合は眼前の敵の首に死神が鎌を掛けた事を意味した


直後、発射された


シヴィルは自身に飛んでくる弾丸や魔法を吹き散らすために風魔法を行使している。目に映るあらゆる物が風魔法になぎはらわれていた

舞い散る砂埃やそらされる弾丸を見極め、ヴィクトリカ大尉は風が弱い位置を見極めたのだ、足元である

シヴィルは暴風を相手に直接ぶつけて対象を吹き飛ばしたりすることを繰り返していた。足元から竜巻のような物を出せればそれこそ早いかもしれないが、クルジド軍とて山沿いに作られた細い進軍路が倒壊するのは本末転倒なので、シヴィルもそこに配慮し、敵兵のみを吹き飛ばすため敵の上半身目掛けて瞬間的に暴風を当て、次々と吹き飛ばしていったのだ

ヴィクトリカ大尉はそこを狙い、地面スレスレを這うようにして飛んで行った銃弾はシヴィルの左の脛に命中。骨を砕き、筋や筋肉が露出するほどの大怪我をおわせた


その直後、シヴィルが転倒。最初は何が起きたのかわからなかった、脳も神経も痛みを知覚してなかったのだろう。視線をそらすと自分の足が千切れかかっている。そのホラーな光景を目の当たりにしてシヴィルは初めて激痛からの悲鳴をあげた


「大尉!やりましたね!今なら狙い放題です、トドメを!」

バロン中尉は堰を切ったように喜ぶ。しかしヴィクトリカは答えない。彼女の中でも類を見ないほどのギリギリの狙撃を引き起こした彼女は既に集中力を絞りきっており、重なる倦怠感から口元のヨダレすら拭うのが不可能であった

そんな状態で狙撃なんてできるはずがない。バロン中尉は悟り、即座に自分の九九式を引き抜いた


弾道を曲げるほどの魔法の使い手、ここで倒さなくてはいずれ今後の障害になる。必ず殺す


盾を担いだ敵兵に囲まれる前に、バロン中尉はもがき苦しみ、揺れ動くシヴィルの頭ではなく胸に狙いをつけた


発射。撃ち出された必殺の弾丸は暴風という守りを無くしたシヴィルの胸に着弾。風穴を穿った


二発目を叩き込もうとしたがその前に大盾を持った敵兵が壁を作り、どこからともなく砂嵐が吹き荒れ、敵の姿を隠していった


「…………ふぃいいい」

変なため息を吐いたバロン中尉は自分の集中力が完全に切れたのを実感した


隣を見ると既に眠りこけているヴィクトリカ大尉がいる。狙撃とは尋常じゃないほどの集中力を有する技なのだ。それと合わせて神業のような狙撃をしたのだ、疲れ切ってしまうのは当然だろう

バロン中尉はプレッシャーが大きかったのもある。ヴィクトリカ大尉が作った絶好の機会。万が一これを逃したらと思うと指が震えたのは事実だった


しかし自分はやり遂げた。見事敵の心臓部に銃弾を叩き込んだ


「まったく、可愛い寝顔しちゃって……」

ドーラン越しでもわかる美貌、神が自ら手を加え創り出したような神秘的な顔の彼女が無防備に眠りこけているのだ

警戒心の強い狙撃手が敵地のど真ん中で寝るなるなんてことはまず無い。ヴィクトリカも無意識のうちにバロン中尉を信頼して無防備な姿を晒しているのだ


「この寝顔が観れるから頑張れるってもんですよ」

ヴィクトリカの寝顔をひっそり写真に撮り、切れかかっていた集中力を振り絞り単眼鏡を覗き込む。敵は撤退しており、生き残った追撃班が攻撃に転じていた






南方戦線は再びこう着状態に陥った。ヴィクトリカ大尉はクルジド国から"姿なき山道の悪魔"と称され、討伐隊が編成されるがそれはまた別の話である

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