主要都市コロモク
身体を揺さぶられてミリア少将は目を覚ました
視界にはオスプレイの無機質な貨物室が写っており、窓からは玄武島の古木市のヘリポートが映っていた
《少将閣下、お目覚めですか?目的地に着きましたよ》
「うむ、ご苦労だった」
居眠りの証拠である口元のよだれを拭い、開いたハッチから機外へ降りる
降り立ったヘリポートから見えるのはレンガ造りの巨大な四階建ての赤茶色の建物、その建物の下のグラウンドでは迷彩服を着て64式小銃を背負った少年少女が掛け声と共にランニングしていた
ここは古木市の高等士官学校、その隣に作られた訓練用ヘリポートである
この士官学校は全寮制であり六百名ほどの少年少女が共同生活を送りながら軍人としての教養や訓練を受けている
これは大器が掲げた「いつなくなるかわからないWWCのシステムに依存しない生存戦略」の一環であり、兵士を召喚することが出来なくなったときはこの士官学校で育てた子らが戦場に赴き、また新たな少年少女を受け入れ、軍人に仕立て上げるのだ
「…………」
ミリアはランニングをする彼らを一瞥し、迎えに着ていたハンヴィーに乗り込む
ハンヴィーは古木市を走る。小中高大の様々な軍事学校が存在する中、一般向けの軍事を教えない普通の学校も存在する。国を名乗る以上教育にも力を入れる、軍事以外ならなおのこと、大器の凝り性な性格がここに現れていた
街並みは学生という若者が青春を謳歌するには十分な環境が整っており、派手なショッピングモールや一人暮らし向けのマンションやアパート群、整備された街並みに彩りとして街路樹や植物が植えてあり、少し脚を伸ばせば玄武島に張り巡らされた鉄道網や高速道路が行き着くターミナルと併設された観光用遊園地などが存在する
時間は午後二時、外出許可の降りた休日の学生達は私服に着替え、たまの休日を謳歌しており、中には一般高校に通う者と仲良くゲームセンターに入っていく光景も見られた
「…………平和だな」
ここにいたら最前線の血生臭い戦場が悪い夢に思えてくるような錯覚に陥ったミリア少将は深呼吸をすると頬を二発叩く。しっかりしなくては
若くして歴戦の将校に戻ったミリア少将は脱いでいた軍帽を被り直し、やがて総統官邸の前で止まったハンヴィーから降りた
「久しぶりだね、ミリア少将」
「お久しぶりです、大器総統閣下」
総統執務室隣の応接間で敬礼を交わした二人は懐かしそうに頬を緩め、先について紅茶をすすった
「本当にお酒を絶たれたのですね。立派です」
昔は紅茶やご飯にもブランデーを垂らしていたあの頃と比べると凄まじい進歩だ
「まぁ、あの時の俺はいきなりの異世界転生でいきなりの総統就任だったから、ちょっとどうかしてたね、でも酒はやめてないよ。週二に減らしただけ」
照れ臭そうに紅茶を啜る大器。ミリアの記憶の中の大器と比べると人が大きく変わっていた
腕や身体つきは前よりがっしりしてる。計画的な身体作りが功を奏したのか、健康そうな肌色をしており、前までの弱々しい印象は無かった
それに目つきも違う。伏し目がちで自信がなさそうだった目は真っ直ぐこちらを見つめ、頼もしさに溢れていた
(立場や環境は人を変える、ということですか……)
とても支えがいのありそうな上司になったなぁ。ミリアはしみじみと実感した
「健全な魂は健全な肉体からとも言います。その健全は体に良いものだけを摂取して成り立つものでは無いと、私は信じてますから、それくらいのお酒でしたら、私はとやかく言いません」
「それは有り難い。ではお許しが出たところで、はいこれ」
そういうと大器が懐から小さな箱を出した
「……これは?」
「通達はまだだけど、ミリア少将、君の昇進祝いだよ、開けてみてくれ」
「は、はい!」
若干上ずった声で返答したミリアは緊張で若干汗を滲ませながら箱の包装を解き、中身を見る
「これは……スキットル?」
戦争映画でよく兵隊が飲んでるアルミ製の容器だった。容器は応接間の光を受けてキラキラと輝いており、底には大日本皇国の国旗が描かれている
ちなみに大日本皇国の国旗は大器が元いた世界で住んでいた国の日本の国旗をモチーフにしている
日の丸と称されるその国旗の赤色の部分を青色に変えただけである。この青丸は地球を表しており、大器がこの世界ではなく地球出身であることを戒めているのである
「しょ、昇進とは……いったい?」
「ミリア少将、大陸派遣軍はこれよりさらに勢力を増す。よって君を、何度目かわからないが二階級特進とし、大将に指名する。これは決定事項だ」
「……拝命いたしました!これからも、粉骨砕身、力の限りを尽くし奉公いたします!」
「うん、期待してるぞ、副官殿」
二人は再び敬礼を交わすとそこへ、資料をまとめたローズ少佐が入ってきた
「閣下、それにミリア少将殿、お変わりないようですね」
「ローズ少佐、あなたも壮健そうで何より」
声のトーンが若干下がったが、不機嫌なのをおくびにも出さないミリア少将を見て嬉しそうに微笑むローズ少佐
おもちゃを見つけたようなローズ少佐は資料を机の上に置いた
「どうぞ、ミリア少将がお持ちになった報告書です」
「ああ、ありがとう……」
腰を折り、前かがみになったローズ少佐。その名の通り、バラのような高貴な女性の香りと共にミリア少将には無い豊満な胸が谷間を作り、ロングヘアーの金髪が柳のように垂れ、大器の目の前で展開されたのだ
「閣下?顔が赤いですよ?体調が優れないのですか?」
「い、いやぁ……ローズ少佐、ひょっとしてわざとかい?」
「なんのことでございますか、閣下?」
いちいち色っぽい仕草で大器ににじり寄るローズ少佐、あのキスの一件以来、ローズ少佐の断続的な波状攻撃を前に大器の防壁は崩壊寸前だった
そこへ現れた騎兵隊、もといミリア少将。10センチ以上の身長差があるローズ少佐の後頭部にアイアンクローをお見舞いする
「ローズぅぅう……良い加減にしないとぉ、不慮の暴発事故に巻き込まれることになるぞゴラァ……」
「お、お堅いことですわ、イタタタ……」
メシメシと音を合わせるローズ少佐の頭蓋骨。大器の目の前で握りつぶすわけにもいかず、手を離す
「ま、まだ手は、出して、おりません、ことよ……」
「当たり前だ」
ミリア少将はため息を吐いた。人選を誤ったか、だがある種こうして女性に慣れてもらわないとハニートラップにでもかかったら厄介だし、かといってミリアが直接やるにもお互いが忙しすぎるし、ミリアにはそういう経験が圧倒的に不足してる
これも適材適所。モヤモヤする自分の心を押し込めたミリア少将
「まったく、なぜこんな女を閣下のお側に置かなくてはならないのか……」
「ま、まぁミリア少将、彼女も本気でやってるわけでは無いし、その辺で」
「えぇ、そうです。これはいわゆるスキンシップです。閣下のお許しさえいただければ、お風呂やベットでもスキンシップいたしますわ」
「ダメだこいつ、早くなんとかしないと」
「さて、話は脱線したが。報告書、読ませてもらったよ、敵にも産業革命が到来したわけか」
「はい、おそらく今は大勢の職人にライフルを作らせて経験を積ませているところだと思われ、ライン作業による大量生産の発案までおそらくそれほどかからないかと」
「ふむ、それは面白く無いな。数が多いくせに銃まで持ち出されるとなると、よろしく無いな」
大器は顎先を撫で、報告書をめくる
「これはアレだな。今のうちに叩き潰しておいた方がいい案件だな」
「はい。そこで報告書の後ろの作戦立案書にあるように、空挺降下により、工作員を投下し、製造現場を特定するところから始めさせていただきたく思い」
「いや待て。もっといい方法がある」
ミリアの言葉を止め、大器はローズ少佐から手渡されたリモコンのスイッチを押した
すると窓があった箇所の天井から巨大なモニターがせり出てきた
「あの、これは……」
「実は先日、偵察衛星の打ち上げに成功したんだ。我が国初の偵察衛星、しかも三機」
「それは初耳でした」
「航空偵察にも限度があるからね、発射施設や製造ラインは作り出したので逐次宇宙兵器も生産して投入していきたいね」
そういうと大器はノートパソコンを操作し、低軌道上の衛星から送られた画像を自動解析にかける
「この中世ファンタジーの世界に突如として現れた新技術の銃。それを軍団単位で作り出すっていうんだからまず小さな工房は除外、そこそこ規模が大きく、戦場に現れたスパンから考えて流通路もしっかりしているところ、クルジド国の頭脳が集まる所は……」
大器が三機の偵察衛星が収集した画像を戦略AIで自動で振り分けていき、最後に残った候補をプリントアウトする
「できた、戦争は変わった。この三箇所のうちのどれかだろう」
「おお、流石です、総統閣下!」
「はっはっはっ、AIの開発者もさぞ喜ぶだろうさ、さて後は詳しい解析にかけて結果を待とう」
三日後……
クルジド国 主要都市コロモク
バスディーグ城塞都市から南東に数百キロ、複数の山や平原を越えた先にコロモクという都市があった
クルジド国において主要都市というのは産業や政治、軍事という国としての重要な役割をなす都市の事を言う
その中でもこのコロモクは魔法の研究などを始めとした学術の街であり、この世界では唯一大学と呼ばれる巨大な学院が存在する
この学院では様々な技術や勉学が研究され、魔法、神学、歴史、医療、農業、畜産、芸術、考古学、戦術、冶金、経済、政治、あげるだけでもキリがなく、しかも貴族から平民、奴隷、入学に足る資格があるものなら誰でも受け入れると言うこの世界にしては珍しい程におおらかな校風であった
だがそれも昔の話、クルジド国に占領されて以来、そのおおらかな校風は失われ、入学出来るのはクルジド国の正統国民のみとなってしまった
そしてこのコロモクは学問以外にも開発された優れた冶金術により多くの鉄製品を産み出しており、生産流通の街としても栄えており、大日本皇国もこの街を流通拠点の核であると認識しており、占領目標として認識していた
優れた頭脳と冶金術が合わさり、異世界の武器という見本があったことによりマスケット銃がこの街で産声を上げたのはある意味当然といえたのかもしれない
そんなコロモクの街の一角、貧民や貧乏学生が寝泊まりする宿屋が密集する地区にミゼット中尉はいた
「よし、全員集まったな、では報告を始めよう」
部屋にはミゼット中尉率いる部隊の主要指揮官三名が集まって作戦会議を開いていた
「赤服が生産されていると思われる場所はこの聖帝クルジド皇帝学問院の一角、この冶金棟と呼ばれる建物だ」
ミゼットが地図の端っこの建物を指差す
「えらく本校舎と離れておりますな」
「リサーチによるとこの冶金棟は通称錬金術棟と呼ばれてる。中では冶金術だけじゃなく、一部では科学実験なども行われてる、火薬もここで作られているし、他にも危険な物質が盛りだくさんで、隔離が必要なのだろう」
「なるほど、ある意味ちょうどいいですな」
サウザー曹長がうなづいた。辺りは林に囲まれており、身を隠す場所も多そうだ
「中尉殿、一つ質問なのですが」
「なんだね」
「この建物の規模から見るに、今回持ち込んだ爆薬では到底破壊するのは無理に思います。ということはプランC、航空支援要請になるのでしょうか」
「そうだ。よって我々は内部に潜入し、赤服が量産されている事を確定させなければならない、そこで二人に調べてもらった警備の情報が役に立つ」
「ではまずはわたしから」
そういうとサウザー曹長が書類を取り出す
「この都市の警備はおおよそ軍団規模です。騎兵も数百規模で配備されており、歩兵の総数は五千はくだらないでしょう。学院から最寄りの駐屯所まで馬で十分ほどの距離です、通報されたら召集なども含めて三十分で到達できます」
「学院固有の警備システムなどは?」
「巡回の兵士の他にガーゴイルとかいう夜の間動き出す石像とか夜間のみ作動する踏むと爆発する石版などがあります」
「どうやってそれがあると判明したのだ?」
「金で雇った外部の盗賊を向かわせたところ、判明しました」
「気の毒な事で……」
「とにかく、今回はドンパチは無しだ。静かに行くぞ」
「目標は?」
「赤服の、それに付随する火薬などの製造ラインの存在の有無。それとミリア大将閣下から直々の命令が出ている。敵が保有する科学技術、または魔法技術を可能な限り調査せよとの事だ。内部に入り、それらしい書類、必要であれば人を拉致、殺害せよ」
「今回はメタルじゃなくてお行儀よくクラシックで行くのか」
「俺はジャズの方が好きだかな」
「私はロックが一番だ、作戦はエレガントにスマートに行くぞ、潜入から脱出までの一連の流れを協議する」
「了解、ですがその前にお花を摘みに行ってもよろしいこと?そろそろデカイやつがケツから産み落とされそうでしたよ」
「今度余計なこと言うと口を縫い合わすぞ」
「レディ1より各班応答せよ」
《ボーイ1、感度良し》
《ボーイ2よし》
《レディ2聞こえます》
《こちらアーチャー、感度良好、指示を待つ》
「よし、ではただいまから作戦を開始する。バッテリーの残量に注意」
ミゼットは左腕につけた携帯型端末を操作。今回の作戦のために用意された特殊光学迷彩を起動。微かな起動音をあげると身につけたスーツの表面のナノマシンが光の屈折率を変換。人間の目に映らない透明の存在に変えていく
「潜入班前進」
路地裏から足音を立てないように現れたミゼット中尉達四名は暇そうに立ち番をしてる門番の側に忍び寄る
「おい、交代だぞ」
「待ってたよ、今日も異常無し、暇なガキが石投げに来たぐらいだ」
「この間の盗賊以来、平和すぎるもんな」
世間話をする二人の衛兵の横を不可視の存在となった四人が足音を立てずに駆け抜ける
《バッテリーの残量、残り十分》
「見えたぞ右だ」
手入れされた植え込みの側を小走りで駆け抜け、木々が繁ってる箇所に辿り着く
枝葉でスーツを傷つけないように慎重に植え込みに潜り込む
《ボーイ1、パッケージを確認》
「援護しろ」
ボーイ1こと、グレン少尉が光学迷彩を脱ぎ、前日にドローンで密かに運び込んでいた学問院の学生の制服に着替える
「終わりました」
茂みから出てきたグレン少尉は手に分厚い本を抱え、校舎に向かって歩いていく
「レディ2いけ」
続いて茂みに入ったマリー上等兵、残るミゼットとハッチェンス二等兵が光学迷彩を起動したまま、辺りを見渡す
「レディ2待て」
ミゼット中尉がそういうと、着替え終わったマリー上等兵が茂みに伏せる
「そう!その新しい軍用杖は凄いの!今まで軍用杖は一つの魔法しか登録できなかったんだけど、試作型は二つの別属性の魔法が使えるの!」
「安全性はこれから確認するんだろ?やだぜ、また爆発とか」
「今度は大丈夫よ!理論はバッチリよ!」
「わかったわかった。けど今度は俺が観測をやる。交代だからな」
そんなことを話しながら二人は遠ざかっていく
「いけ」
ミゼットがそういうとマリー上等兵が本を抱えて早歩きで校舎へ向かう
「先に行け」
《了解》
ハッチェンス二等兵が茂みに入り、ミゼット中尉は腕の端末の残るバッテリーの残量が4分なのを確認し、懐のC96に手をかける
「終わりました」
「今ならいける、出ろ」
茂みから出てきたハッチェンス二等兵のケツを力一杯ひっぱたき、ミゼットは茂みの中に入る
ギリギリバッテリーが持った光学迷彩を解除し、待機モードにその上からこの学問院の制服を羽織る
最後にP90が中に仕込まれた本を脇に抱え、茂みから注意深く出る
「諸君、楽しんでるか?」
《若返った気分です》
「報告は密にしろ。最後まで諦めるなよ」
《ラジャー》
「君可愛いね!俺カイル、ねぇ君の名前教えてよ!」
「あっちいってください」
「そんなツンケンしないでよ。君の専門は?見たことない参考書だね!」
「古代語翻訳です。消えてください」
「古代語!凄いじゃないか!俺は戦術学なんだ!最近は昔の戦いを調べて、良い点悪い点を調べて今の時代でも使える戦術や要点がないか研究してるんだ!」
「そーですか」
マリー上等兵は校内を歩いてそうそう、面倒な人に絡まれていた
癖っ毛の金髪に童顔の顔、身長は150程で、男子にしては弱々しい印象の身体つきの少年、見る人が見れば幼い男の子に見えるだろうが、マリー上等兵の好みではない
「つきまとわないでください」
「同じ学び舎の女の子には必ずお茶を奢るのが僕のライフワークなのさ!それで顔と名前を覚えるのさ、事実、僕の頭には学問院でお茶した子の名前が全て入ってるよ!」
「その頭を別の用途に使ってください」
「どんな使い方が向いてると思う?」
「どうやったらおしゃべりの口が塞がるか、とか」
「君が塞いでくれてもいいんだよ」
その直後、忍耐の限界に達したマリー上等兵はそのカイルの顎にストレートを一発叩き込んだ
「な、ナイス、パンチだ……」
脳震盪になりながらもそういうとカイルは倒れた
その光景を目の当たりにした学院の生徒たちは一瞬目を向けただけで「またか」という種類のため息を吐き、そのまま立ち去る。これが平常運転なのだろう
「しつこいと嫌われますよ」
「よく言われる……でも、皇帝陛下と神に誓って、今日は夜まで退屈はさせないよ」
今度は蹴りがカイルの顔面に突き刺さった
冶金棟に入ったミゼット中尉は学生とすれ違いながら、内部を歩き回る
冶金棟はその名に恥じない規模の製錬設備があった
あちこちで鍛治士が焼けた鉄を叩く音が響き、篭った熱気で歩くだけで身体から水分が抜けていきそうだ
「おや、見かけない顔だな」
ミゼットに話しかけたのは赤毛の男性だ。若干座った目つきに頬に走る傷跡、イカつい見た目だが一見すると快活そうな好青年でもある不思議な印象の青年
「……ええ、ちょっと研究に疲れたから、息抜きに来たの」
「こんな暑苦しい所にか?」
「ええ、いつも来ない所だし、最近リラビアを下す為の新兵器が開発されたって聞いて、刺激になるかなって」
「おお、銃か。みんなあれをみたがるんだよな、いいぜ案内するよ、来なよ」
「いいの?」
「なぁに俺にも息抜きが必要なのさ」
「それって道案内の親切?それともおしゃべり?」
「君みたいな綺麗な女の子とおしゃべりすることさ」
「なにそれ」
青年とおしゃべりしながらミゼットは注意深く辺りを見渡す
壮年の職人が若い新米の鍛治士が見てる目の前で槌を振るい、形のない鉄の塊が剣になっていく
黙って見ているところもあれば二人が両側から呪文を唱えながら鉄を叩いている所もある
「なんかここって初めて来たけど、普通に鉄打ってるんじゃないのね」
「ああ、この区画では魔法を込めながら鉄を打つことで魔法剣とかを作成してるんだよ、型に流し込むだけじゃ魔剣や魔槍は作れないからな」
「へぇーそうやって出来るんだ」
「ああ、俺の専門はその魔剣の理論を銃にも応用できないか、研究してるんだ。あの銃は凄いよクロスボウや弓矢より射程は長いし、携帯性は高い。装填に時間がかかるのは不便だけど、戦術研究の奴と話した時は弓兵集団みたいに二列に並べた歩兵全員に銃を持たせたら騎兵の突撃すらも全滅されられる可能性も出てきたんだ」
「……それは興味深いなぁ、でも騎兵は強いでしょ?」
「ああ強いさ。ドラゴンの次に強いと言われているが、いずれそれは何かに取って代わられる。万物に永遠はない、どんな強者もいずれは倒れる。これじいたちゃんの言葉なんだ」
「素敵な言葉ね、真理だわ」
「そんなこと言うの、君が初めてだよ」
「そうなの、見る目がない人達ね」
そういうと二人はくすくすと笑い、青年が握手の手を差し出した
「俺は魔法学と冶金学専攻一年のロスウェルだ」
「ミゼットよ、古代語翻訳専攻」
「よろしくミゼット、ほら着いたぞ」
ロスウェルが扉を開けた
中は煌々と明かりが焚かれ、複数人の職人たちが忙しそうに動き回っていた
ミゼットは素早く目だけで辺りを見渡す。木を削っている職人、手回しドリルで鉄を加工する男、小さなハンマーで繊細に加工する女性もいれば、中には魔法だろうか、手をかざすと淡く光った金属が勝手に形を変えていっているところもあった
「ロス!アンタなに抜け出してんのよ!」
その瞬間、工房の奥から現れた女の子がロスウェルに怒鳴りつけた。金髪を後ろに編み込み、顔は煤と怒りで歪んで酷いものだが、形は整っている美少女。野暮ったい作業着に火花や熱から身体を守る革製のエプロン、手にはソビエト連邦の国旗にありそうなハンマーが握られている
「シャリー、なに怒ったんだよ」
「一人で勝手に休憩行くんじゃないよ!せっかく、課題終わらせて一緒にご飯いこうとしたのに……」
「えっ、何?」
「なんでもない!いいから手伝え!」
後半の肝心なところだけ言葉が尻すぼみしたシャリーはロスウェルの耳を摘むとどこかへと引きずっていった
その光景をニヤニヤと眺める周り、つまりはそういうことだろう
「青春だねぇ……」
ミゼットはそういうと工房の中を見学し始めた
どこへ行っても男女問わず、真剣に目の前の金属を加工することに熱中しており、本片手に歩くミゼットを気に止まるような人はいなかった
しばらく歩くと資料室と名付けられた部屋に来た
中に入ると部屋は無人で、机の上には名簿と立て札がある。あいにくクルジドの言語はまだ勉強中であり、かろうじで留守にするということはわかった、本を持ち出すならこの名簿に名前書けということだろうか
部屋を見渡すとミゼットは本棚の隣の机に丁寧に置かれたそれを見つけた
「なんでここに……」
それはモーゼルkar98だった。ボロボロになり、あちこち擦り切れたり部品が欠けているそのモーゼルを優しく撫でる
おそらくこれが見本となったのだろう。表の職人たちはこのモーゼルの再現を命題としてる
(間違いない、ここが銃の生産拠点)
倒れていった仲間が持っていたであろうモーゼルを一瞥し、ミゼットは無線を起動する
「レディ1よりスカイライン、ジャックポッドだ。レッドコートはクローゼットに、繰り返すレッドコートはクローゼットに」
《了解した、クローゼット襲撃まで20分、急ぎ脱出されたし》
「了解、小隊、離脱準備だ」
《ボーイ1了解》
《ボーイ2了解》
《レディ2了解》
いうがミゼットはすぐに小走りで部屋を出る
「あっ!ミゼット!」
振り向くとそこにはロスウェルがいた
「ごめんな、一人にしちゃって」
「ああ、いいのよ。私も楽しかったし、そろそろ行くわね」
「そうか、また会えるかな、ミゼット」
「ええ、必ず」
やがて各々偵察を終え、最初に入ってきた門の側に集まった
「アーチャー、マーカーは?」
《ドローンはクローゼットの屋根にたどり着いた。問題ない》
「スカイライン、状況は?」
《予定通り、後五分でそちらに着く、ドローンの信号を受信。問題なさそうだ》
「ちゅう、ミゼット。結果はどうだった?」
すんでのところで学生のフリを続けるグレン、その他には最初から持ってる本以外にも何冊かな本があった
「クローゼットを見つけただけだ、そっちは?」
「魔法の原理や推察に関する本を手に入れた。他にも敵の科学技術レベルを計れそうな物をいくつか」
「上出来だ、他は?」
「学院と市街地の地図を手に入れました。驚いたことに近代的な下水道が整備されているそうです」
「……すみません、変なストーカーにずっとつきまとわれて何もできませんでした」
「そりゃ……お気の毒に」
がっかりしているマリーと上機嫌なハッチェンス。ミゼットはさりげなく手元の時計を見る
《こちらスカイライン、位置についた》
「全て脱出済みだ、やれ」
《了解、投下!》
合図と同時に高度8000mから投下されたMOABが冶金棟の屋根に潜むドローンの誘導波にそって角度を調整。極めて正確な軌道で冶金棟の屋根を突き破った
屋根だけに飽き足らず、木製の床を貫き、レンガを砕き、地下に存在する保管庫まで貫き、起爆した
内臓された爆薬に電気信管が火をつけ、加速度的に燃焼、のちに起爆した
爆風は地下保管庫からさらに上へ上へと伸びていき、途中の一切合切を破壊、粉砕し、建物を地面ごと空へ打ち上げた
火山の大噴火を思わせる爆音が響きわたり、巻き上げられた土や建物の破片が宙を舞い、どす黒いキノコ雲がモクモクと立ち上った
一拍置いて、吹き荒れた爆風が学院の窓ガラスを残らず粉微塵に叩き割り、人々をなぎ倒した
「よし行け!」
ミゼットの合図と同時に外で潜んでいたスナイパーが門番の眉間に銃弾を撃ち込む。糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちた門番を乗り越え、ミゼット達は学院から脱出した
「作戦は成功か……」
大器はリラビア国の要人との打ち合わせを終え、ローズ少佐から渡された作戦報告書を眺め、満足そうにうなづいた
「閣下それとあわせて現状の報告もよろしいですか?」
「うん、教えてくれ」
「現状我が国の食料自給率は20%弱、その辺りは未だ輸入に頼らざるを得ません」
「仕方ないな。玄武島は海底資源や鉱山に恵まれた代わりに農地に適してないみたいだし、なにより軍事施設や住宅地が沢山あるからね」
「はい、そして前線で行なっています武器の更新ですが、陸軍の歩兵装備は全体の80%が第二次大戦期の武器に更新することが完了しました。戦車や航空機は未だに第一次大戦時代のものが多いですが、一部では2000年代の近代装備に変えることに成功しております」
「うん、この近代兵器を前面に出して古い装備の部隊で脇を固めてサポートする。そういう戦略だったよね」
「その通りでございます。上陸部隊はバスディーグ城塞都市の八割を奪還、トライデント作戦もいよいよ大詰めです」
そこでローズ少佐は一つの封筒を出した
「部隊はバスディーグ城塞都市における最後の要塞、敵にしたら最後の砦であるバステト要塞の攻略にかかりました」
「よろしい、支援物資に抜かりはないようにしてくれ。生産設備もまだ本稼動ではない以上、俺も最大限サポートするよ、召喚物資のリストは早めにね」
「はい、後ほど完成したリストを持ってきます、それでは失礼いたします」
ローズ少佐はそういうと部屋を出て行き、一人残された大器はため息を吐いた
「これで終わりではない……まだだ、まだ始まりに過ぎない……」
今回は補足回でした、次回は派手な戦いが書きたいな




