状況把握
「…か。閣下。起きてください!」
聞いたことのない女性の声と共に体を揺すられ、大器は目を覚ました
「ぁれ……あなたは?」
大器の横にいたのは大器が今まで見たこともないほどの美少女だった
来ている服はドイツ第三帝国の武装親衛隊の制服によく似た黒い軍服だ。勲章はぶら下げてないが慎ましやかな大きさで軍服を持ち上げている胸元の上で揺れてるくすんだ金色の参謀飾緒と肩賞から彼女が少佐だということがわかる
顔には心配そうな表情を浮かべ、瞳は新緑の様な明るい翠、制帽から溢れる雪の妖精の様な明るい銀髪と黒い軍服が相まって一つの芸術作品のような神々しさを放っていた
髪と同じ色の眉を心配そうにひそめこちらを覗き込んでくる彼女の宝石のような瞳と目が合い気恥ずかしさから目をそらしてしまう
「閣下、お気分が優れないのですか?コーヒーでも入れましょうか?」
「あ、あぁ頼むよ……ぇっと」
「はい!ミリア少佐、総統閣下に最高のコーヒーをお持ちします!」
分度器で角度が測れそうなほどキチッとした敬礼と共にミリア少佐は笑顔で部屋を出て行った
「ふぅ……ミリア、あぁ。副官か!」
大器は今更ながら思い出した。WWCには副官というものが存在する
ゲームを始めたばかりの人に施設の造り方やログボの配布、運営からの通知を伝えてくれる存在、それが副官である
ゲームシステム上男性がプレイすることが多いこのWWCは、副官は相対的に女の子を最初に選択する者が多く、しかもこの副官は最初にキャラメイクすることができるので、建築そっちのけで副官の女の子とイチャコラするだけという剛のプレイヤーもいるとかいないとか
ちなみに大器は他のワールドでは基本渋いおじさんとか歴戦の軍曹みたいなキャラを作るのだが、このワールドを作る前にSNSで見た創作イラストのキャラが思いのほか可愛くてそれに引っ張られる形でこのような女性キャラを作ってしまったのだ。
「あのキャラが副官だから、ワールドは間違ってないか」
大器がやってきたこのワールドはWWCで最も安いポイントで作ることができる防衛施設に塹壕と有刺鉄線バリケードを活用した第一次大戦をイメージした建設をしているワールドだ
このワールドはPvPやエネミーとの襲撃を完全に度外視しており、完全に第一次大戦末期の雰囲気を楽しむだけのワールドだった
荒地の真ん中に立つ教会を中心に塹壕や対戦車壕を複雑に入り組ませ、もっとも外側には有刺鉄線のバリケードを何重にも仕掛けた、シンプルだが正攻法では落としにくい難攻不落といっても差し支えない要塞で、名前は教会の名前がリバティだったのでそのままリバティ基地にした
「さて、今日はどうするかな、取り敢えず連絡通路と機関銃陣地を増やすか、いやバリケードを増やそうかな」
先日みた戦争映画のワンシーンを思い浮かべ、バリケード設置のイメージを膨らませながら、設置する場所の候補を地図で決める
WWCではまず最初に副官とリストバンドが渡される
このリストバンドはこのゲームの要になる装置であり、リストバンドを腕にはめタッチすると周囲の地形データがホログラムで空中投影で表示され、新しく建設する施設の位置を決めたりは全てこの地図から行え、この地図には敵と味方の位置からそれぞれの施設の位置や耐久力などが表示されるのだ
その地図をたまたま見ていたから気づいた
「あれ?こんな地形だっけ?」
拡大した地図を眺めていると違和感を覚えた
記憶が確かならこのワールドは荒地のど真ん中に作られており、幾重にも塹壕と有刺鉄線が司令部の扱いの教会跡地を中心に円形に配置されており、その塹壕の各所にはトーチカや機関銃陣地、場所によっては迫撃砲や重砲陣地が設置しており、その周りには森や市街地があったのだがそれらは雰囲気作りのため徹底的に破壊し、瓦礫の山しか残ってないのだが今地図に写っている風景は荒地の中に作られた灰色の基地とそれを囲むような一面の緑だった
そして森を超えた先には海と思しき青が広がっていた
「なんじゃこりゃ……これじゃ雰囲気ぶち壊しじゃね?」
そんなこと呟きながら地図を見るとおびただしい光点に気づいた
「なんだこれ、エネミーか?」
光点は基地の両側を挟み込むように布陣しており徐々にこちらに向かってきていた、その数は両側合わせて十万以上、光点と光点が繋がって光る帯のようにも見える
「ふむ、敵が沸くような設定は切ったはずだけどな、アプデで設定が解除されたか?」
そんなことを呟きながら光点をタップするとそのエネミーの情報が出てきた
聖帝クルジド国兵士
装備 長槍
防具 鉄鎧
状態 緊張 敵対
「ん?」
本日二度目の違和感を大器が襲った。まず光点がエネミーではないこと。そして聖帝クルジド国とはなんなのか
おまけにこのクルジド国の兵士の装備が槍に鎧というまるで中世かそれ以前の兵士のような格好なのがさらにおかしい
WWCでは一番古くても第一次大戦ごろの兵器しか実装されておらず、サーベルやナイフといったものはあるが鎧や槍でこれほど大規模に揃えてプレイするというプレイスタイルは聞いたことがなかった
「ふぅむ、なんかおかしな新要素が……」
大器が軽食を摘んでる間にアップデートがされて新たに中世ベースのNPCの国が攻めてくるとか増えたのだろうか
試しに反対側の敵の軍勢をタップすると
リラビア魔法国兵士
装備 長槍
防具 皮鎧
状態 緊張 敵対
「ゲームバランス壊れんじゃね?取り敢えず敵は消すとして……あれ?」
メニューを開こうとしたがメニューが開かない、いつもなら人差し指と中指で丸を描けば円形のスロットメニューが出てくるのだがそれが出てこない
「おいおい、こんな寂れたゲームでデスゲームとか今時流行らんぞ、どうなってやがる」
愚痴を言いながらログアウトの方法を探す。敵を示す赤い光点の塊は徐々に迫ってきている
「いくら敵が剣とか槍縛りでも両側から十万は厳しいな」
大器が頭を抱えていると天幕の布がめくられた
「お待たせしました!コーヒーです!」
そこにはまばゆいばかりの笑みを浮かべるミリア少佐がコーヒーを片手に立っていた
「お、おう。ありがとう」
お礼を言いつつコーヒーを受け取り、一口啜る
「あちゅい!それに苦い!?」
「も、申し訳ありません!閣下、すぐにぬるめ甘めで入れ直します!」
ミリア少佐が慌ただしく天幕を出て行くが大器はそれ以外の事で驚いていた
「ゲームなのに……味と熱さがある…だと……ッ!?」
これはありえない事だ。いくらフルダイブVRゲームとはいえ、味覚までゲームが支配することは技術的に不可能だ
一時期VRゲームをプレイしている者たちにまことしやかに囁かれたことがあった
『VRゲームで味がしたらそれは異世界転生だから無双しろ、その為に毎日ゲームをプレイしろ』
「……いや、…まさか…な……」
大器の頬を冷たい汗が滴る。自分の基地には合計で千名程の基地要員、重砲が二十門、歩兵支援用の迫撃砲が四十弱、機関銃陣地が六十八箇所、戦車は十二両、航空支援は無し一番先頭の味方と敵表示の光点が接触するまであと三十分程だろうか
間違いかと思いもう一口コーヒーを飲むとすごく熱くて苦かった
「閣下!失礼します!」
そこへミリア少佐が駆け込んできた
「な、なんだ……」
冷や汗が止まらない。自然と語尾が震える
「最前線のスペードシックス塹壕線から伝令が、鎧と槍や剣で武装した万単位の軍団がこちらに接近中と!」
「閣下ぁ!」
そこへ新たにまた一人の兵士が駆け込んできた。黒が濃い灰色の軍服を着て体中泥だらけの小柄な男の兵士だ
「なんだ……?」
絞り出すように答えた大器に伝令兵は答えた
「西のハートスリー塹壕線から来ました!敵が来ます!数はつかみで四万ほど!その多くは槍騎兵です!」
大器の動揺から身体が震え、机のコーヒーカップが落ち、アルミ製のカップが金属質な軽い音と共に石畳の床に転がり、コーヒーが辺りにぶちまけられた
「マジかぁ……」
頭を抱えた大器。当然だゲームなら負けても命は失わないが、ここが現実だとすると負けると悲惨な未来しかイメージ出来ない
「いや、まだだ……」
「閣下?」
虚ろな目でミリア少佐を睨みつける大器。対するミリア少佐は若干怯えてる
「ミリア少佐」
「は、はい!」
ミリア少佐の目の前に立った大器はそのままあっけにとられてる彼女を置いてきぼりにし、ミリア少佐の慎ましやかな胸を揉んだ
「っ!!?!?!!?!」
「うわぁーお」
「アレ?」
胸を揉まれたミリア少佐、伝令の兵士、大器の順番のリアクションだった
「………………………」
「や、柔らかい……バカな……これは、この胸は、確かに、ここに存在してる、のか……!?」
大器の驚愕に染まった震え声にミリア少佐が反応した
「……うせ」
「へ?」
悪化に取られる大器に対し、拳を握りしめたミリア少佐は腰を落とし、股を肩幅に開き、息を細く吐き出した
「どうせ!私は貧乳ですよぉ!」
不意打ちで胸を揉まれ、オマケに「えっ?君、胸あったの?マジで!?」みたいなリアクションをとられ、沸点が限界に達したミリア少佐は階級の枠を超え、全力のストレートパンチを大器の顔面にくらわせたのだった