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コールサイン:アイリーン

なんで、夏休みすぐ終わっちゃうん?

ゾルゲ農場から後方、約五キロ

第3号野戦飛行場

バーニングファイター(BF)

リットリオ伍長


この野戦飛行場では、現在前線への支援としてゴーダ爆撃機を中心としたダストカッター隊が出撃の準備をしていた


そのダストカッター隊で護衛戦闘機としてフォッカーD.Ⅶを操縦するリットリオ伍長は愛機の翼の調子を確かめていた


「戦闘機パイロットは集合せよ!」

その時、ハンガーの中を空軍士官のリッチマン少佐の声が響いた


「なんだなんだ、今更作戦会議か?」


「とにかくいくぞ」

僚機のパイロットで親友のジョセフ伍長と新人のハルトマン兵長と共にリッチマン少佐の元へ向かった


「これで全員か、よし。状況が変わったので説明する」

そういうとリッチマン少佐は引きずってきた地図を貼り付けたホワイトボードを背に説明しだす


「諸君らの行き先と目的が変わった。行き先は、ここ第10塹壕陣地、目的は、空飛ぶトカゲだ」

リッチマン少佐の説明に動揺が隠せない一同


「30分前のことだ、突如飛来したドラゴンの奇襲攻撃により第10塹壕陣地が壊滅。敵に突破された、よってドラゴンを地面に叩き落とす。諸君らにその栄光ある役目を担ってもらう、質問は?」


「敵の数は?」


「6機までは確認されてる。ちなみに諸君ら以外の味方戦闘機や支援航空機は存在しない、思う存分やってくれ」


「スペックとかは?」


「火を吹く、それだけだ」

えぇ……。集まったパイロットが全員そう思った


「この任務は、今後を左右する重大な作戦だ。制空権を確保しないと、航空支援は行えず突破された陣地から敵は無尽蔵にやってくる。今後の進退は、諸君らにかかっていると言っても過言ではない!」

リッチマン少佐の言葉に、全員の顔が引き締まる。顔だけじゃない、この作戦の重大さが改めて理解できたのだ


「滑走路は空けてある、整備も優先して行わせた。諸君らがドラゴンを撃退、もしくは追い払い次第ダストカッター隊が爆撃と地上掃射を行い陣地を取り戻すのだ」


「質問よろしいですか」

そこで手を挙げたのは一人の女性。腰まで届く艶のある黒髪をポニーテールに纏めたモデルのような美女、バーニングファイター隊の第2分隊分隊長の指原(さしはら)軍曹である


「許可する」


「我々の武装がドラゴンに通用する保証はあるのでしょうか?」

彼女の疑問はもっともだ。出撃しても敵に有効打を与えられなければ意味がない


「……100パーセントの保証は出来ない」

リッチマン少佐の言葉にざわつくパイロット達


「だがっ!」

リッチマン少佐の力強い声と眼力に全員が静かになる


「勝算がないわけではない。本土ではこれより大きな竜を撃退している、それに何よりドラゴンに銃弾が効かなくても、乗ってる人間に当てれば勝機はあると推測されている」


「乗り手を倒せば騎兵は無力化できる、てことか……」


「推測だがな」

ハルトマン兵長の呟きにリッチマン少佐は答えた


「ドラゴンとはいえ、生き物だ。つまり血が出るなら殺せるはずだ」


「映画の見過ぎだ、アホ」

ジョセフ伍長の似てないモノマネに律儀にツッコミを入れ、リットリオ伍長は自分の頼れる分隊長を見る


すると目があった分隊長も、やれやれという感じで小首をすくめていた


「無茶な作戦なのは承知している。しかしここで勝たねば今日までの戦友達の犠牲が無駄になる!なんとしてもここは踏みとどまらねばならないのだ!勝利は我らの手にあり!」


オオォォォーーーーーーッ!!!!


ハンガー中に響き渡る声だった。士気は上々、そうだ俺たちは翼とエンジンが無事なら空を飛び、敵を刈り取る空の狩人。断じで火を吐くトカゲにでかいツラさせている臆病者ではない


「いくぞぉ!」


「連中に教育してやれ!」


「奴らに機関銃の味を教えてやるんだ!ウーラー!」


「リットリオ伍長」

他の隊員が騒ぎまくってるその時、指原軍曹がこちらにやってきた


「ハッ!なんでしょう!」


「そう硬くなるな、ただ、その……」

いつもはハキハキと歯切れの良い受け答えをする指原軍曹にしては珍しく、言い淀んだ態度


「……出撃の後、用事はあるか?」


「……いえ、特には」

なんだこれは、まるで伝説の木の下で告白する女学生のような初々しい態度


一瞬期待してしまったリットリオ伍長だったが、すぐに思いとどまった。うちのエースパイロットにして頼れる分隊長様は大の男嫌い、言いよる男性も言い寄らない男性も容赦なく鉄拳制裁とナイフのような鋭い弁舌で追っ払ってきた生粋の百合の騎士、くわばらくわばら


「そうか、では命令だ。出撃の後大事な話がある。私の元へ来い、いいな」


「了解です!」

心の中で祈りを捧げるリットリオ伍長、もしかしたら従軍酒保で働いてる現地人の狐獣人で給仕のヴィゼさんと仲良くしていることが軍曹の耳に入ったのだろうか

小走りで立ち去る指原軍曹の後ろ姿を絶望した目で見送り、辞世の句を考えていると


「よっ色男。どんな魔法使ったんだ、あの指原軍曹のあの態度、やっぱファンタジーの世界にはそういう魔法とか媚薬があるのか?」


「私は妹がいるのですけど、ちょっと羨ましいですね、後学のために是非教えていただきたいです」

からかいにきたジョセフとハルトマンの二人に振り向き、真っ青な顔をしたリットリオ伍長は懐から封筒を取り出した


「……ジョセフ、これ、預かってくれるか?」


「おいおい、遺書は預からないって、知ってんだろ?」


「軍曹に呼び出された、出撃では死ぬ予定はないが、もしかしたら、帰ってこれないかもしれん……だからせめて、親友のお前にこれを……」


「こりゃ死んでも治らんな……なんでうちの中隊は、こうバカと奥手しかいないんだ……」


「これは……えぇ……」

砂漠の真ん中でアイスホッケーするペンギンを見たような態度の二人だが、あらぬ恐怖と絶望に打ちひしがれてるリットリオには聞こえてない


ジョセフ伍長はため息とともにリットリオの遺書を受け取る


「一時間後に返すからな!」






















30分後……


第10塹壕陣地上空


第10塹壕陣地は燃えていた

地表では時折弾薬や砲弾が爆発して小爆発が起きている、それ以外の音がしないところを見ると大半は逃げたかあの炎の下だろう


《こいつぁひでぇ……》

眼下の光景はまさに地獄そのものだった。あちらこちらに燃える人の形をしたもの。敵の死体であることを祈るばかりだ


「ドラゴンはどこだ?」


《BFリーダーより全機へ、警戒を怠るな、敵はどこから来るかわからんぞ》


《煙で視界が悪い。僚機を見失うなよ》

下から立ち上る黒煙と鉄や生き物を燃やしたような悪臭が鼻をつく


「マスク越しでもわかる、この下は地獄だ」

木と布で出来た複葉機には似合わないSFチックなヘッドマウントディスプレイ搭載のフルフェイス型のパイロットマスクに全身を防護する特殊なパイロットスーツ、これらはパイロットの生存率を上げる為の装備の一つだ


《BFリーダーよりBF2-1、分隊を引き連れ低空を偵察しろ、BF3-1は上空、4-1はついてこい》


《BF3-1りょうか、ん?》

無線が怪訝そうな第三分隊の分隊長の声とともに途切れ、次の瞬間


《敵機視認!太陽を背に突っ込んでくる!上だ!》


最悪の知らせとともに爆発が起こった


狙われたのは先頭を行く分隊。三匹のドラゴンが吐いた火の玉が直撃し、四機のフォッカー戦闘機の翼や胴体に瞬く間に火が回り、爆発した

それは後ろの分隊でも起こり、上から逆落としにやってきた三匹の竜が吐いた炎によりあっという間に戦闘機三機が炎上、もう一機には騎乗した敵兵の槍がパイロットに突き刺さり、操縦手と共に下の塹壕へ落ちていった


《分隊ごとに散開しろ!ファッキューッ!》


《どうなってやがる畜生!》


《HQこちらBF2-1!敵の奇襲だ!リンドバーグ大尉以下八機が食われた!指揮は私が引き継ぐ!応援をよこしてくれ!》


《こちらHQ、AS(アップルシード)隊が現在離陸準備中、四十分で到着できる、それまで持ちこたえるんだ》


《了解、どちくしょう!リットリオ、ジョセフ!ハルトマン、ついてこい!BF3-1は後ろから来たクソどもを片付けろ!》


《イエスマム!やるぞテメェら!相手は三機だ、第三分隊ついてこい!》

左旋回で距離を取り、一列に並び直し、改めて合流しようとしている敵のドラゴンの方は機首を向ける


《奴らの手品のタネは尽きた!奇襲じゃなくて正面きっての殴り合いならこちらの方が有利だ、数も上だ!二機でかかるぞ!リットリオは私に、ジョセフ、ハルトマンと一緒に行け!やるぞ!中隊長の仇だ!》


《イエスマム!》

返事をすると同時にスロットルを全開。フォッカーの出せる最高速度で敵のドラゴンにまっすぐ突っ込んでいく


四機の分隊を二機ずつの隊に分け、二機横並びの体勢で相手に突っ込む


やがてドラゴンが口を大きく開け、その口の奥に炎がチラチラともるのがみえた


《よけろ!》

指原軍曹が右へ、リットリオは左へ回避。その直後、さっきまでいた空間を火炎放射器のような強烈な炎が伸びていった


《リットリオ!旗を持ったやつを狙え!私が囮になる!》


「わかりました」

操縦席の目の前にある機関銃がちゃんと撃てるか、試し撃ちし、リットリオはヘルメットの目を覆うガラス部分を跳ね上げた

煙が目にしみるがそれでいい。ガラスで遮られていた視界がさらに広がる感覚で視界の隅に剣と盾を持った竜のシンボルが描かれた旗を掲げた竜がいるのを捉えた


ドラゴンは連続して火を吐かない。癖なのか、生物として負担がかかるのか知らないが、休み休みに火を吹く

そして騎乗する敵の騎手も宝石がついた杖をかざすと火の玉が魔法陣から生成され、まっすぐ飛んでいき、危うくぶつかるところの火の玉を回避する


「結構速いな、ドラゴンの操縦手も火の玉を撃ってくる、気をつけろ!」


指原軍曹のフォッカーを追いかけるドラゴンを追いかけるリットリオ、さらにその後ろにもドラゴンが一匹、ついてくるというなかなかカオスな光景の中、リットリオは部隊へ警告する


やがて旗持ちがリットリオに追いかけられていることに気づき、旗を放棄して大きく左旋回、リットリオもそれに続く

その瞬間、反射的に上へ回避。後続のドラゴンが放った火炎攻撃がフォッカーのタイヤ部分を掠めた


「素直にやらせてはくれんか……だが」

後続の注意がリットリオに向いた瞬間、指原軍曹がエンジンの回転数を落とし、吹き流れる木の葉のように前から後ろへ流され、後続のドラゴンの後ろを取った。そしてそのままドラゴンに向けて機銃掃射を行った


搭載しているマキシム機関銃と焼夷弾が装填されたVGO機関銃は操縦席の目の前と翼の上、ちょうど操縦席の真上の位置の二箇所に据え付けており、その二丁の機関銃の猛射撃を浴びせられた後続のドラゴンの一騎はたちまち騎手とドラゴン自体が穴だらけになり、黒煙に飲み込まれるように墜落していった


《初戦果、ドラゴン一撃墜!銃弾がドラゴンに効くぞ!遠慮なくブチ込んで、奴らの初めてを台無しにしてやれ!》


《こいつなしじゃ寝れない体にしてやるぜ!》


《ヒャッハー!一匹撃墜!どうだ!大日本皇国舐めんなよ!総統閣下万歳!》


《弾は全部、トカゲやろうに持たせてやれ!》

BF3-1の方は順調に戦いを進めているようだ。ドラゴンの絶叫と共にドラゴンが血飛沫をあげながら落ちていく


《よし、あと一匹だ、リットリオついてこい!》

リットリオの後ろにいたドラゴンとジョセフとハルトマンが追いかけていたドラゴンが交差した瞬間、互いの獲物を入れ替え、二機で一匹のドラゴンを後ろから追い立てていく。機銃を途切れ途切れに放ちながら少しづつドラゴンの隙を伺っていく


やがてバテたのか、ドラゴンがジグザグに動かなくなった。とにかく高度を取ろうと、真っ直ぐに上へと上昇している


「これでトドメだ……」

照準器にドラゴンと騎手を捉えた瞬間だった


















「いくぞ、ラーキン」

ヴィルヘルムが跨る相棒のフレイムワイバーンのラーキンに語りかける

わずかに首を傾けたラーキンの目には長時間追い立てられた疲労もあるが、何より仲間を撃ち落としていった敵への復讐心に燃えていた


「今だ!」

ヴィルヘルムがラーキンの手綱を引く。ヴィルヘルムの意図を正確に認識していたラーキンはその場で急停止した


戦闘していてわかったが、後ろから迫っていた敵のワイバーン(?)は空中で止まることができない。つまりこうして急停止すると、後ろから迫っていた奴らは自分達を追い抜き、後に残るのは


「ふっ、不味そうな尻だぜ」

ヴィルヘルムは既にファイヤーボールを左の敵機に放っており、逆にラーキンは右の敵機の方へブレスを放っていた


ファイヤーボールは敵機の後ろ部分を完全に炎上破壊。もう一機はブレスに完全に飲まれていた

煙を引きながら墜落していく敵機を一瞥し、すぐにくまなく辺りを見渡す


「ヴィルヘルム!無事か!」

そこへ相棒のシェイマスが声をかけてきた


「そっちは?」


「お前のいった通りだ。急停止して俺のファイヤーボールとメリージャの爪で引っ掻いたら、バラバラになって落ちていったよ!」

そこまでいうとシェイマスは辺りを見渡した


「他の連中は、全滅か」


「流石のクライハンも、新米二人のお守りはキツかったか……いいやつだった」


「追悼は帰ってからにするぞ、撤収だ!」

















「うっ……ゲッフゲフ!ぐおぉ!」

リットリオは痛みで目が覚めた。その瞬間、何故自分が撃墜されたのか思い出した


敵が空中で急停止し、勢いのまま追い抜いた自分と指原軍曹は見事に後ろを取られ、自分は尾翼を粉砕され、指原軍曹は


「そうだ!軍曹!」

薄れゆく意識の中、火だるまになった指原軍曹の機を追いかけるように自分も墜落していったのを思い出したリットリオは痛む身体を無理矢理動かし、あたりを見渡した


自分はどうやら炭化した木の上に墜落したようだ、枝葉軒並み燃えおち、残された太い幹は墜落したフォッカーを受け止めてなお、折れずにいた

ナイフで邪魔な枝を切り落とし、護身用のMkⅣリボルバーを引き抜き、意を決して飛び降りる


パイロットの生存第一を考えられたこのスーツはなんでも宇宙空間での戦闘を考慮して作られているらしく、建物の二階から飛び降りたぐらいではせいぜい擦り傷を追うぐらいだと聞かされている


「ぐぅお!……総統閣下の、方針も、たまにはいいもんだな」

欲を言えば複葉機ではなく、せめて金属張りのレシプロ戦闘機にのりたかったが、それは言っても始まらない

軍隊に予算という真の敵があるように大器の能力も無制限にポンポン最新兵器が出せるというものではないのだ


「指原軍曹!どこですか!軍曹!」

リボルバー片手に焼け野原の戦場を走る、ヘルメットは無線の他にも有毒ガスの除去装置なども組み込まれている、除去装置を起動しヘルメットの無線チャンネルを変え、指原軍曹を呼び続けるが、聞こえてくるのは雑音のみ

ヘッドマウントディスプレイには様々な情報が出てくる。その中に味方識別信号もあり、それに反応があった


「無線はダメか。でも指原軍曹のIFFが生きてる、こっちか!」

発信される信号を頼りに走る。砲撃や爆発で耕された地面は足を踏み出すだけで沈んでいき、とても走りづらい


「指原軍曹!生きてますか!」

近づくにつれ、煙が濃くなっていく。マスクが無いと目も開けられないほどの黒煙だ


「そんな……」

たどり着いたその先では指原軍曹のフォッカー戦闘機が燃えていた。遺棄された塹壕の一角に頭から墜落していた


「おい嘘だろ、軍曹!指原軍曹!」

隊内無線を繋ぎ、軍曹に呼びかける


しかしよく見ると戦闘機の側に何か人型のようなものが落ちていた


「軍曹!」

塹壕に飛び降り、駆け寄るとフルフェイスのヘルメットを被っていた、間違いない、パイロットだ

しかしそのパイロットは服の所々が焦げており、腹に金属部品が刺さっており、地面には血だまりができていた


「くそったれ!」

煙のないところに避難するため、両脇を抱え、そのまま引きずっていく。僅かに胸が上下している、生きている証拠だ


しばらく引きずり、遺棄された集積所にたどり着き、荷車の上に指原軍曹を乗せる

引きずってきたパイロットのフルフェイスメットのロックを解除し、フルフェイスメットを取る

中から出てきたのは黒髪の美女、指原軍曹だった


「指原軍曹!しっかりしてください!」


「あぁ、リットリオ、生きていたか……よかった、うっゲホッ!おぇ!」


「喋らないでください!」


「はぁ、肺が、息、出来ない……」

ヒューヒューとか細い呼吸音をさせながら指原軍曹はパイロットスーツのチャックを下ろし、服の内側を弄り、傷の具合を確かめている、抜き出した手が血で真っ赤だ


「軍曹!すぐに移動します!捕まっててください!」


「わ、わたし、は……いい、きゅ、う、えんを……はやく……」

下手な縦笛のような正常ではない呼吸音と共に小さく呟く指原軍曹

そのか細い声は資材や遺棄されたライフルを積み込むリットリオには聞こえていなかった


「十キロ行けば味方の予備陣地です!捕まっててください!」

リットリオはそういうと指原軍曹を乗せた荷車を引き始めた


地面は砲弾によって耕された土で、車輪が沈み、かなり歩くのに力がある

だが、尊敬する上官にして仲間である指原軍曹が死にかけている以上、歩けないとは言わない。リットリオは文字通り全力を尽くして一歩ずつ歩いて行った


目の前に塹壕が現れたら指原の隣に積んだ渡し板を掛け、その上を進んでいく


遺棄された野戦診療所に残された水をコップにすくい、指原軍曹に少しずつ飲ませ、首に巻いたスカーフを味方からの誤射を防ぐための白旗として側面に縛り付けた木の棒に縛り付け、自分はろくに休まず荷車を引きずっていく

そしてしばらく歩いていると、煙が上がっているのが見えた


「そんな!あれは!」

荷台がゆれるのも御構い無しにリットリオはそれ(・・)にかけよった


燃えているのはフォッカー戦闘機。それも尾翼の識別番号を見るに僚機、つまりジョセフとハルトマンが乗っていた機だった


「嘘だ、ジョセフと、ハルトマンが……」

リットリオが失意に折れそうな心をぐっと堪え、辺りを見渡すと、手頃な岩の上に腰かけた後ろ姿を見つけた


「あれは、ジョセフ!いきてたか!ジョセフ!ジョ……」



絶句



背中からは想像もつかないほどの大きな切り傷が首から胸にまで続き、ヘルメットを取ったジョセフは口の周りを乾いた血で赤黒く染め、その目は光を輻射熱で乾燥しており何も写していなかった


「ジョ、ジョセフ……」

当然反応が返るはずもなく、震える手で触れた肩は死後硬直で硬く、しかし死後間も無い為か、ほんのわずかな弾力がある、なんとも気味の悪い感触であった


「うっ!」

その感触と恐怖、衝撃、様々な感情が入り混じり、リットリオは思わず吐いた。墜落という軍人として、パイロットとして一番の屈辱にも、耐え、尊敬する上官が死にかけていても諦めず五キロ以上の行軍にも耐えたリットリオはついに何かが折れた


血と胃液が混じったピンク色の吐瀉物を全部吐き出し、自然と目頭に熱い物が込み上げてきた

涙で歪んだ視界に映るのは燃え盛るフォッカー戦闘機、地面には煙を上げるパイロットスーツを着た黒い物体、最初は燃えた部品かと思ったが間違いなくハルトマン兵長だろう

分隊の中で一番の新米、まだあまり話したことのない人だったが、管制官の妹がいると聞いたことがあった、それくらいのことしか知らないが、大事な分隊員であった


「すまん、ジョセフ……ハルトマン……」

ジョセフの認識票と懐の遺書を預かり、ハルトマン兵長の認識票は焼けて肉体と同化していた為、諦めた


涙と吐瀉物をぬぐい、荷車の所に戻る


「ふた、りは……」


「死にました、最後まで戦ったのでしょう」


「すまない……わたし、ミスだ……」


「そんな!指原軍曹のせいでは!」


「だから、おまえは、わるく、ない」

ポツリと、指原軍曹はか細い声でそう呟くと、大きく咳き込み、喀血した


「軍曹!しっかりしてください!軍曹!」


「……リットリ、オ……」


「なんですか……」

指原軍曹の命の灯火が消えかかってるのはどう見ても明らかだ

それがわかっていて、何もできない自分がとても無力で空虚な存在だと実感し、涙がまた出てきた


(もしかして俺は、指原軍曹の事を……)


「すき、だ…おま、え……が」

渾身の、残された力を振り絞るように指原軍曹はそう言った


「……俺もです、軍曹」


「な、まえ、で……いい」


「わかった、美穂」

指原軍曹は嬉しそうに目を細め、服の内側から一通の封筒を取り出した、パイロットは全員書いている遺書だ


「これを……」


「これは……今にも死にそうな雰囲気出さないでくださいよ!貴女が、死んだら……総統閣下に、顔負け、出来ません……」

涙で視界が歪み、今にも崩れ落ちそうな指原軍曹の手を強く握る


その時、リットリオの頭上をレシプロエンジンの音が通り過ぎた

フォッカー戦闘機の倍以上はある翼の面積に二発のエンジン、巨大な胴体と翼の下には黒光りする爆弾を抱えた空飛ぶ死神


「やった!ダストカッター隊だ!制空権は確保できたんだ!やりましたよ任務成功ですよ、軍曹!……軍曹?軍曹、しっかりしろよ!美穂ぉ!」



指原美穂軍曹が目を覚ますことはなかった



















最前線から後方30kmの野戦病院


「ぐぅ……ここは……」

バーガー少尉を庇い、出血多量で意識を失ったレイヴン曹長はこの野戦病院に担ぎ込まれていた


「先生!86番さんが目をさましました!」

するとそばで隣の患者を診ていた看護師がそう叫んだ


ここが農村だった頃は村人の憩いの場として機能していた集会場、そこに怪我をした兵士が担架ごと床に置かれて看護師や医師から治療をうけていた


しばらくすると細縁メガネをかけ、血で汚れたカイゼル髭をそのままにした初老の男がやってきた


「ふむ、ラッキーでしたな、矢傷は大したことはない、致命傷には至っておりません。傷の治りも早い、これならしばらくすればすぐ治るでしょう」

そういうと聴診器をレイヴンの胸に当て、異常がないか調べ始める


「ありがとうございます、先生、聞いていいですか」


「なんだね」


「海軍少尉のバーガーという女の子を知りませんか?桃色の髪をした小さな女の子です。彼女に命を助けられたのです」

レイヴンがそういうと、聴診器をしまった医師が事務的に答えた


「彼女か……ここに来たよ、重症だった」


「ッ!?何故ですか!彼女は生きてるんですか!?今はどこに!?」


「ドラゴンのブレスを食らって左半身が大火傷を負ったのだ、手術は成功して生きてはいるが、今は安静にしていないと命に関わる、確かさっき彼女の妹を名乗る陸軍の、おい君!」

話の途中でレイヴン曹長はたちがあった。背中の傷がジンジン痛むがそれでも御構い無しだった


「その身体では無茶だ!傷口が開くぞ!」


「だったらもういっぺん閉じてくれ!診せにくるから!」


「お断りじゃ!」

止めに入った看護師を押し退け、部屋の外に出る


すると立ち入り禁止と書かれた部屋から包帯でグルグル巻きにされた兵士が運び出されてきた


「この兵士は火傷がひどい!向こうの納屋に連れて行け!」


「おい、手伝うぞ!」

自然な流れでレイヴンは担架を持つ医師に声をかけた


「ええ!?ああ、すまないな!君、彼と納屋へ行け、私はオペに戻る」


「はい、先生!私が先頭で行きます、滑りやすいので注意してください!」

そういうと看護師がそのまま外へ歩き出した


壊滅した第10塹壕陣地だけでも全体で八百人程の規模で兵が詰めていたのだ、それが何十個も陣としてあり、それらが大規模な攻撃を受けたのだ、怪我人はもっとこれから増えるだろう


担架を運ぶ先は少し離れた納屋だった。その納屋だけビニールシートで覆いがされており、大勢の看護師が出入りしていた


中に入ると火傷をした皮膚から汚れや埃が入るのを防ぐための最低限の措置というやつなのだろう、壁の全面が外と同じビニールシートで覆われていた


「ここに置いて!ゆっくりよ!」

看護師の指示通り、物干し竿を置く台のような所に担架を引っ掛けた


あの医師はバーガー少尉は左半身に大火傷を負ったと言ってた。ならばここに収容されていてもおかしくない


「あっ、ちょっとあなた!」

自然と足が駆け出していた。バーガー少尉は空軍、つまり空軍の作業服を探せばいいだけのこと

見慣れた陸軍の服の中にポツンと、空軍の制服が見えた


「あそこか!」

レイヴン曹長は怪我人や看護師にぶつからないように避けながら、空軍制服を目印に近づいていく


「バーガー少尉!」

たどり着いたバーガー少尉の状態は控えめに診て深刻

だった

顔は左半分が湿布で覆われており、残る露出した右半分は苦悶の表情で歪んでおり、玉のような汗が吹き出ていた

息も荒く、明らかに苦しそうで、顔の湿布は首、肩と続いており、医者の言う通り左半身を包んでいるのだろう


「バーガー少尉……そんな……」

レイヴン曹長がやっと再開した命の恩人の有様に落胆していると


「ちょっと」

明らかにドスの聞いた、しかしどこかで聞いたような声をかけられた


隣を振り向くとそこにはバーガー少尉が立っていた


「……あれ?」

自分の記憶の中のバーガー少尉は笑顔が朗らかで、レイヴンの腰ぐらいの低身長で年相応の身体つきだが、レイヴンの目の前で振り向いたバーガー少尉は顎下まで身長が伸びており髪の毛は肩あたりまで伸ばしたツインテール。目つきはカミソリのように鋭く口はへの字に曲がっている


「…………えっ、な、なんで、バーガー少尉殿?」

レイヴンはベット、目の前、ベット、目の前と視線を何往復かさせ、今の状況に混乱する


「あんたバカァ?いきなり人の姉さんの名前を叫んだと思ったらいい年したおっさんが駆け寄ってくるとかキモいんですけど」


「えっ、あ、姉……!?」

なんと信じられないことに、目の前の高身長モデル体型のツンツン美少女はドジっ子ロリ美少女のバーガー少尉の妹ということだそうだ、世界の法則乱れそう

よくよく見ると彼女の制服は陸軍の制服で、襟には砲兵所属を意味する黄色い襟章があり、肩には三つの星と金糸の装飾、大佐の肩章が輝いていた

レイヴンみたいな現場指揮官からすると現人神みたいな扱いの佐官クラス。しかもレイヴンはなぜかこのツンツン美少女に嫌われてしまっているようだ


「数々の失礼、申し訳ありませんでした。私はレイヴン曹長です。こちらのバーガー空軍少尉殿に命を救ってもらった恩があり、怪我をしてこの病院に搬送されたと聞き、いても立ってもいられず、こうして駆けつけた次第です」


「ふん、アウリサー・ベルファスト、ここで寝てるバーガー・ベルファスト少尉の妹よ、二度と姉さんの前に顔見せないで」


「……アウリサー大佐殿、その命令には承服し兼ねます。なぜバーガー少尉殿の前に小官が顔を見せてはダメなのですか」


「うるさい!これは上官命令よ!」


「……わかりました、これ以上病院で騒ぐわけにもいかないので、今日のところは失礼いたします」

レイヴンは最後にアウリサー大佐に敬礼し、部屋を出て行った


「……なによ、あいつ……」

アウリサー大佐は再び椅子に座り、苦しそうにしてるバーガー少尉の額の汗を優しく拭う


「守ってくれる人が見つかったって、まさかアイツの事……飛んだ見込違いよ、姉さん」

未だ目覚めない姉に一人語りかけるアウリサー大佐


「はやく目覚めなさいよ、あの時より状況は酷くないわよ、早く、起きなさいよ……」

軍人の意地か、声は若干震えているが涙は流さなかった


「大佐、失礼します。そろそろ薬を塗ります」


「……お願いします」

バーガー少尉の傷だらけの右手を取り、労わるように手に撫で、立ち上がり、帽子を被り直しながら外へ出る


外へ出ると、あのレイヴンとかいう生意気な曹長が部下と思しき軍曹と話をしていた


「随分暇そうね、曹長」


「……なんの御用でしょうか、アウリサー大佐殿」


「楽にしていいわ、レイヴン曹長」


「はっ」


「病み上がりのとこ悪いけど、砲兵指揮所まで護衛しなさい、ほら」

アウリサー大佐が投げ渡したのは車のキー、顎でしゃくった先にはMG34が後部に据え付けられたキューベルワーゲンが一台停めてあった


「大佐殿、レイヴン曹長はまだ怪我が治っておりません、送迎なら私が」

気を利かせて変わろうとしてくれた小林軍曹を止め、レイヴンは向き直った


「了解しました」


「頼むわよ」


「曹長殿!一体なにを」


「軍曹、お前は部隊に戻って皆をまとめておいてくれ、今頃陣地奪還の部隊が動いている頃だろう。何かあった時はお前に指揮を頼む」


「……わかりました」

小林軍曹はレイヴンに敬礼し、輜重隊のトラックの方へと走って行った


「お待たせしました」


「私の案内通りに行け」


「はい」


エンジンをスタートさせ、病院の敷地を抜け、そこから砲兵陣地までの中間地帯を走る

道がまだ舗装されてないのでデコボコであまりスピードは出せないため、比較的ゆっくりとした速度で走る


走っている道中、あちこちの平原で予備の塹壕線や対空砲陣地の構築が行われており、野戦病院を離れても喧騒は続いた

しかし、二人の間に会話らしいものはなかった。アウリサー大佐は不機嫌そうに前を向いたまま、レイヴンもあまりおしゃべりが得意な方ではないので無言だった


「……さっきは悪かったわね、変な命令だして、本気にしてないわよね?」


「はっ、いいえ妥当な判断かと思います。自分も軽率すぎましたし、アウリサー大佐がバーガー少尉殿を大切に思っていらっしゃる証です」


「……姉さんが死の淵に立つのは、これで三度目なのよ」


「三度目、ですか」

あの性格と見た目からして実は古強者だったのか、バーガー少尉


「姉さんは最初、A7Vの砲手をやってたの」


「A7Vというと、リバティ基地撤退戦の時の」


「マスタング小隊の戦車乗りとして活躍してたわ、最後は爆発する戦車から一人、血みどろで逃げ出してたけどね」


「大佐も、当時からいらっしゃったのですか?」


「ええ、私が来る前の砲兵隊が撃った毒ガス弾のお陰でメチャクチャだったけど、村田元少佐の指揮の元で戦ったわ、あなたも経験者?」


「私も、当時は軍曹でしたが、塹壕で戦ってました。あのとき連れて行けなかった部下の顔は、今でも忘れられません」


「そう……てっきり最近閣下が呼ばれた補充兵組ではなかったようね、その後は地下通路を私が背負いながら進んだわ、怪我が治った姉さんはそのまま新設された空軍に移ったわ、ヘリのパイロット」


レイヴンはその話を聞いて驚いた。戦車乗りがヘリパイロットに移行となると操縦訓練から試験、その努力は並大抵のことでは足りないだろう


「当然よ、私の姉さんだもの」

ひょっとしてこの大佐、実はかなりのシスコンなのでは……?


「当時、パイロットは機体と共に召喚されるのが普通だった、でも姉さんはその才能を発揮させ見事スカイアイ3-1の予備パイロットに選ばれ、未踏破空域の偵察に出た日、巨大なドラゴンに撃墜された」


「あの事故に、生存者が」


「姉さん以外は助からなかったけどね。そして姉さんは操縦する機を失い、次の機体が来るまでの間、空軍の地上観測員として働きだして、今回の襲撃よ。姉さんも運がないわね」


「そのような逸話を、なぜ小官に?」

目の前でトラックが横転して道を塞いだおり、誘導の兵士に止められた

その兵士が対岸の安全を確認し、オッケーサインと共にレイヴンがアクセルを踏む

その際、レイヴンがそう聞くと、アウリサー大佐は若干暗い顔で言う


「姉さんが出撃する前の打ち合わせで、頼りになる兵士と仲良くなったって喜んで話してたから、もう姉さんが死にかけるような事は無いって、勝手に思ってたのよ、それで、ついカッとなってしまったわ」


「それで、あのような……」


「ええ、でも今回の件で流石に前線はしばらく出れないと思うけど、でも今後あなたの力を借りることもないわ」


「……そうですね」

やがて、道の端には塹壕を掘る兵士よりも積み上げられた砲弾の空薬莢の小山や横一列に並ん重砲がいくつ見えてきた。工兵隊のブルドーザーが人の頭が入りそうな空薬莢をすくい取り、ダンプカーの荷台にガラガラとけたましい音と共に流し込んでいた


「レイヴン曹長、同じ陸軍のよしみで忠告よ」

車を降りたアウリサー大佐は出迎えた従兵に上着とカバンを預けた


「姉さんは悪魔的な何かに魅入られてるの。多分怪我が治ったら駄々こねて前線に戻るに違いないわ。その時は、せいぜい近づかないことね」

そういうとアウリサー大佐は指揮所に歩いて行った



















「大佐、恐れながら、懸念事項があるのですが」

レイヴンを見送った後、割り当てられた部屋に戻ると従兵の()兵長が口を開いた


「なによ、村田少将なら理由を話せばわかってもらえると思うけど、そこで叱られたら降格だって軽んじて受けるわ」

大事な姉の事ですもの。その言葉は飲み込んだ。自分の心の内にとどめた


「いえ、私もその点は心配してません。私が言ってるのは、あの男のことです」


「あぁ、あいつね……ただのお邪魔虫よ、そのうち前線でくたばるわ、いっそ誤射に見せかけて砲弾叩き込んでやろうかしら」

ニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべ、不在中の報告書に目を通す


「あの男、大佐が乗ってこられたキューベルワーゲン返さずに乗って帰りましたけど、大佐は貸し出されたのですか?」

その一言を聞いて、アウリサー大佐は動きが止まった


「……えっ嘘、お、おいてかなかったの……?」

その答えを聞いて夏兵長はズレたメガネを中指で戻した


「はい、声を掛けようとした瞬間、「あーめんどくせぇー!元の場所に返してこないとなー!」と大声で叫びながら走り去って行きました、てっきり大佐が返還場所を指示したのかと思いましたが、その反応だと……」


徐々にアウリサー大佐は顔が青くなっていく。あのキューベルワーゲンは砲兵隊の備品として管理しているものだ今回は姉のバーガーが病院に担ぎ込まれた非常事態なので備品管理してる曹長と平和的にお話(・・・・・・)して鍵を借りてきたのだ。上司の村田少将は情に熱い人なのでそこをついてなんとか一週間雑用とかで誤魔化そうとしていたのだが


「あ、あの野郎……」

真っ青だった顔が徐々に赤くなっていく


その時、外から司令部の伝令が来て部屋に入ってきた


「村田少将がお呼びです。司令部まで出頭するようにと」



めちゃくちゃ怒られた

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