サーダルタ帝国
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しんでん→らいでん に統一しました。
ハヤトとミールクの乗った“らいでん”改は、間もなくロンドン郊外のアリソン基地に着陸した。機内から基地には、すでにミールクを同乗させていることは告げてある。
着陸した“らいでん”改の機体の前には、防空総司令官ギリヤーのみならず、対アンノ同盟イギリス軍総司令官サムソン大将、加えてイギリス女性防衛大臣、サミュエルも待っている。日本側からは、派遣軍からの山賀少将に加えて、駐在武官、水島少将、鹿島イギリス駐在大使が立ち会っている。
ハヤトが、ミールクの肩を抱いた状態で、開いたハッチをくぐり、狭く急な階段を下ると、その金と銀の混じった髪の、絶世の美女と言っていい女性に、思わず男女を問わず嘆声がもれる。
ハヤトがそのように、ミールクに密着しているのは、幾分はフィロモンを発している美人にくっつくのが楽しいからでもあるが、大部分はそうすることで、素直に情報を出させようという心理操作の一環である。
それほど心理操作は得意でないハヤトからすれば、密着した方が好意を持たせるためには有利なのだ。人を心理操作で操るとは人権尊重に反する、という意見はあるかもしれないが、地球の人類の存亡がかかっている時に、そんなことはかまっていられないというハヤトの思いだ。
そもそも、サーダルタ帝国においては魔力史上主義であって、彼らは魔力が強く、魔法を巧みに操れるものを絶対的に尊重する。ミールクは魔力の強い名門の貴族の家系の出身であるので、その魔力は上位5%以内に入る強さであるが、彼女の一族のヒエラルキーから言うと落ちこぼれであった。
その結果として、彼女の父母や兄姉は帝国中枢で重要な役についているが、彼女は侵攻軍の一艦長という比較的低い地位にある。
そもそも、彼女はその恵まれない(と自分では思っている)自分の立場もあって、帝国の拡張主義的ドクトリンには反対であった。これは、彼女が大学(地球の大学のような高等教育機関)で師事した、教授の学説に影響を受けたこともある。
この教授の意見は、サーダルタ帝国は、今の征服王朝としての政治形態で、確かに利益は得ている。つまり、異民族を征服して、税の形で搾取して、貿易を独占したうえで被征服民の技術の発展を阻害しながら都合のよい交易をする形である。
しかし、この形態では全体として切磋琢磨して、発展が発展を呼ぶという相乗効果による大きな技術・学術の発展は望めない。さらにまずいことに、低い生活レベルに押し込められ、低い階級に置かれることで、被征服民からの帝国への恨みは募っていく。
加えて、もともとの一つの惑星世界であった、帝国自身の臣民の生活レベルが、高いものといえるであろうか。確かに、12の世界を統べる帝国の臣民であるという誇りはある。しかし、一方でその12の世界もしばしば反乱騒ぎもあり、多くの軍を駐留させる必要があるために、その軍事費は統治世界からの様々な収入を上回るのが現状である。
また、サーダルタ帝国の技術レベルは、征服した諸世界に比べても高い方ではなく、魔法がアドバンテージになっているのみである。被征服世界から様々な技術を取り入れて発展させつつはあるが、軍事偏重の政策のため遅々として進んでいない。
とりわけ、ミールクから見ると、この世界の今回制圧した地域、ヨーロッパの町並みのレベルは、サーダルタを上回っているし、分析に用いた映像を見ると生活レベルも、帝国の平均的なレベルを上回っている。これらを総合すると、彼女は、師事した教授の意見である、異世界を征服するのではなくあくまで交易をおこなって、そこで進んだ技術は取り入れ、自らも発展させながら交易で利益を得ることに集中すべき、という意見が正しいように思う。
異世界からの侵略を防ぐための、今のドクトリンだという意見もある。しかし、今までのところ例外的に魔力が強く、かつそれを使うのに長けている、サーダルタ帝国が征服されることはまずないであろうと思われた。
結局、今まで征服した世界は、すべて火薬を用いた武器を用いる技術レベルであった。従って、火魔法を使えるサーダルタ帝国人にしてみれば、魔法によってそれを自由に発火させ、自らのものは守ることは容易であった。
ところが、この“地球”という世界は大いに違う。帝国は、地球を征服することが皇帝の宣言で決せられて以来、しばらくは偵察に終始した。それは、電波を使った放送を傍受し、また少数の人をさらって、個人的に情報を取集して、さらに魔法を使って言葉を覚えるという手段であった。
その中で、地球、特に日本という島国で技術革新が起きて、重力エンジンや超バッテリー、さらに火薬を使わない、とんでもない威力の砲が開発されたのは放送の傍受から掴んだ。それは、どうも魔法が絡んでいるらしいものわかったが、魔法の実際の応用は日本という国での身体強化しか使われていないようだ。
知力増強という効果もあるようだが、当たり前に魔法を使っているサーダルタ帝国人からすれば、もともと持っている能力が発揮されたのみであるわけである。だから、それが大きなメリットになりうるとは思っていなかった。
しかし、ミールクの考えは違っていた。魔法という概念を知らない民族が、魔力を巡らすことによって知力が大幅に増強されて、その結果が顕著に表れている。これは、この地球人の能力が、とりわけ技術については並外れて優れているという証ではないかと思うのだ。
その技術は、魔法では対抗できない軍事的な装備も容易に作り出せる。我々が敵わない速度が出せる戦闘機、戦闘機母艦すら容易に貫く砲、無限のエネルギーを出せる発電装置、魔法を遮るスクリーン。それも、彼らの変革は始まって10年もたっていないのだ。
帝国の、異世界侵略の標準的な方針は、一部の地域の制空権を取って、その地区を制圧し、その住民を戦力化して全体を制圧するということである。結局、これらの偵察の結果から帝国の地球侵攻軍の戦略は、日本・アメリカといった、手ごわそうな地域は避けて、比較的簡単に制圧できそうでかつ、経済的に繁栄している、ヨーロッパと呼ばれる地域を先行するということになった。
ミールクはこの点も、反対であり、侵攻するならむしろ、様々な動きの根源になっている日本であり、そこの抵抗を叩き潰せば、全体を制圧することは容易であると思っていた。ヨーロッパへの侵攻の結果、本土はいつもの侵攻のように問題なく制圧できた。しかし、日本と同じ武装をしていたが、戦力としては限定的であり、強敵とは思われていなかった、イギリスからは、全滅に近い損害を受けて叩き返されてしまった。
この結果からみると、より強力であることは確実な日本に最初に攻め込んだら、失敗は明らかであっただろう。そして、この時点で、ミールクの意見では地球の侵攻そのものをあきらめるべきであった。
地球は火薬を使わない強力な攻撃手段を持っており、しかも魔法を防ぐ手段をも持っていて手ごわすぎる、しかし、過去の成功体験におぼれた中枢部は、それでも叩き潰せると過信し、かつ初めての敗戦に頭に血が昇って、「不届きな野蛮人が!」などと言って、さらに戦力を増強してイギリスを叩き潰すと宣言している。
このように、暗澹たる思いのミールクであったが、突然、魔法により制御室に現れたハヤトに驚き、より危機感を深くした。しかし、そういう能力を持つものは帝国にもいるので、ひるまずとっさに風の刃を飛ばして退治したと思った。しかし、それをいとも簡単に消されて一瞬呆然とし、魔法では圧倒的な敵わないことを直感して改めて恐怖した。
しかし、彼女が怖じけた一瞬の間に3人の司令要員が、刃物で体を切断されるという、この上ない残虐な方法で殺されたのだ。その結果に、恐怖と共に憎しみをもって、部下と力を合わせて魔力によって侵入者を突飛ばそうとした。しかし、それもその持っている刃物で切り裂くという方法で無効化され、それに続いて彼女以外の部下は同じ方法で惨殺された。
その過程の中で、彼には絶対に敵わないという絶望感に打ちのめされたところに、サーダルタ帝国を滅ぼすという発言、そしてこの男と同等の力を持つ人間が10万人いるという言葉、そうであれば自分の民族が絶滅するということもあるうると本当に思った。
さらに、帝国人である以上はもっている、魔力で上回るものに対するあこがれ、自分より強いものに無条件に仕えるという、いわば本能が沸くのを覚える。それを、敵であるという理性と、部下を無残に殺されたという憎しみで抑えようとした。
そうしたこともあって、手を掴まれ抱き寄せられて耳に言葉をささやかれたとき、敵わないと諦めと、このまま流されたいという思いに抵抗する力も抜けていた。それの結果として、心を読まれ、帝国の極秘技術である移転装置を盗まれてしまった。自分は帝国の裏切り者になったのだ。
もう絶対に帰れないという思いに、絶望の中に浸っていた。それでも、肩に置いている暖かい手がそのすべての原因を作ったのにも関わらず、自分に対する手と同様に暖かい気持ちが染みてきて、払いのける気にはならなかった。
かくして、アンノ母艦イルレーナ23号の艦長のミールク・イル・イラーニアは、ハヤトの心理操作にはまっていくのであった。
アリソン基地の応接室に席を設けて、ハヤトとその横に座って手を握られているミールクは、素直に室内の人々の質問に答えている。ハヤトは心理操作を強めて、彼女を半覚醒状態においている。あとで彼女はそのやり取りは思い出せないであろう。
それを見ている人には、ハヤトのそのミールクへの態度は奇異なものであったが、すでにハヤトの指示を受けた桐島1尉から、山賀少将に心理操作のためということが伝えられており、山賀少将がイギリス側にそのことを気にしないように伝えている。出席者からおかしな発言があると、心理操作が破れる可能性があるのだ。
したがって、その部屋での会議の目的は、多くの証人のいる部屋で、サーダルタ帝国の実情と意図を知るための尋問をおこなうことであった。ハヤトとしても、心理操作を続けてきて、その成果として初めて真実の内容を聞くことになる。
「それで、ミールク艦長、このイギリスへのサーダルタ帝国からの再度の侵攻はあるのでしょうか」 防空総司令官ギリヤーの最も関心のあることを聞く。
「私に入った情報によると、帝国の地球侵攻軍は、さらに戦力を増強してイギリスの抵抗を叩き潰すつもりです。私の意見は、イギリスの侵攻が失敗した時点で、地球への侵攻をあきらめるべきでしたが」ミールクはぼんやりした口調で答えるのに、ギリヤーは、その内容に表情を厳しく改め尚も聞く。
「その侵攻は何時で、どのくらいの規模であろうか?」
「そう。ヨーロッパにある戦力から半分、さらに同程度の戦力を抽出してくるので、戦闘機母艦が200艦程度になるでしょう。限られた一地区への戦力としては史上最大になります。時間的にはこちらの時間でなお5日は要するでしょうね」
「アンノ機母艦が200艦!アンノ機6万機か!」ギリヤー司令官が、悲鳴のような声をあげ、山賀少将を見る。
「日本でも、配備済みの“しでん”戦闘機は全部で2万5千機です。ただ、アンノ母艦を撃墜できる“らいでん”戦闘機は500機配備されています。要はアンノ機を母艦から発進させなければいいのです。至急日本にサーダルタ帝国の戦力見込みの連絡を取ります!」山賀が応じ、ギリヤー司令官はそれを聞いて心が軽くなった表情で返す。
「感謝する。よろしくご検討願いたい」
「ミールク。君たちの戦闘機母艦は、戦闘機の収容機数は300機くらいだよね?」
今度はハヤトが聞いて、ミールクはやはりぼんやりした表情でゆっくりと答える。
「そうね。予備機を入れて310機ね」
「ところで、母艦の構造はどうなっているの?」その言葉にミールクは立体図を思いうかべ、ハヤトはそれを心に刻みながら聞く。
「イギリスではレールガンで打ち抜かれた艦は全て墜落したようだけど、ゆっくり落ちたものもあったようだね」
「ああ、それはこの〇〇部の浮遊タンクを傷つけなければ、落ちることはない。推進部はここで、司令部はここだ。それから……」ミールクの返事に、ハヤトの質問の意図を悟ったイギリス側の出席者が期待して聞いている。なにしろ、母艦の落下による被害は甚大で軽視はできない。
このように、ミールクから、彼女が情報を持っている限りのサーダルタ帝国の戦略と、戦闘機母艦及び戦闘機を構造とその機能を聞き取ったハヤトは、手配させていた部屋に案内する。
そこは、刑務所のような感じを持たせないながらも、外へは出ることが出来ないようになっている。長時間の限界を超える緊張に晒されていた彼女は、ハヤトに付き添われてベッドに入るとあっさりと意識を手放した。
ハヤトが再度会議室に帰ると、そこではミールクから聞き出した情報に基づいて、会議が進んでいたが、ハヤトの入室に伴って一旦室内は鎮まる。
「ミールクは寝ました。ストレスが大きかったですからね。いずれにせよ、当分はイギリスで預かってもらう必要がありますので、できれば同性の担当を決めて欲しいと思います。私も余りつきあってはおれませんから」ハヤトの言葉にイギリスの総司令官サムソン大将がすこし笑って言う。
「うむ。ただ、なかなかいい感じだったではないか」しかし、すぐに表情を改めて続ける。
「しかし、ハヤト君、君が彼女の相手に時間を取られるのは困るしね。今日明らかになったのは、君が現状でアンノ母艦にジャンプで侵入できるということ、さらにその能力を持つのは君だけだということで、地球上で唯一無二の存在だ」
「そう、それが問題なのですよ。ミールクの感情を探った感じでは、サーダルタ帝国人のメンタリティは地球人と大差はないのです。彼らは地球人と同様に、そのような環境に置かれれば残虐なこともしますが、家庭では良き父であり母であろうとはしています。その意味では、否応なしの戦いに入り込むというのは得策ではないと思います」
ハヤトはそういうが、今度はギリヤー司令官が返す。
「とは言え、数日後に迫っているという侵攻は、跳ね返すしかないでしょう?」
「その通り、彼らとしても動員できる最大に近い戦力のようですから、これをできるだけこちらに侵害がなく跳ね返すことで、交渉の余地も出てくるでしょう。そこに彼女、ミールクをどう使うかです」ハヤトが室内の面々を見渡して言った。




