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ハヤト、アンノ母艦に乗り込む

お読みいただきありがとうございます。

「くそ、わがもの顔に居座りやがって」フランスのパリに住む、アンドレ・モアリはパリ上空に居座るサーダルタ帝国の戦闘機母艦を忌々し気に見て呟いた。彼は29歳の上下水道のエンジニアで独身であるが、昨年日本に渡って魔法の処方を受けていた。


 フランスの上下水道に係わる技術は、とりわけ安く作る技術において世界的に見ても進んでおり、アジア・アフリカ・中南米において上下水道の民営化を多く手掛けている。実際に、上下水道・電力・鉄道などの公営企業は、公正・安全を追及するあまり、基本的には効率において民営に劣る。


 そのため、効率を高めてコストを削減するために、民営化に進んでいるのが実情であるが、それを海外の企業に握られるのはいかがなものかという意見が多い。しかし、モアリに言わせると別段自分もその働いている会社も、運営を請け負った上下水道会社を通じて、その国を支配しようなどは考えておらず、単に適正な利益を得ようとしているだけなのだ。


 ただ、実際によくあるように、政治的な圧力に負けて、将来の更新投資も含めた原価を下回るような料金設定はできないので、民営化によってその前に比べて料金が上がることはしばしばあるが、それは必要な経費を徴収しているのみなのだ。


 しかし、日本において処方の広がりと共に始まった、技術革新の嵐のなかで、社会の隅々まで広がった小さな工夫・革新の集積は、あっという間にフランスの上下水道における技術的アドバンテージを吹き飛ばしたのだ。


 モアリも魔法の処方を受けて良く判ったが、処方によって脳が活性化する結果として知能が増強されると、仕事において目配り、発想が別次元のものになる。また、その結果として仕事を手早く片付けられるので、従来の倍程度の仕事をこなすのは楽々と可能になる。実際に仕事の量が倍になることは少ないので、結局余裕を持って仕事をするので疲れなくなるのだ。


 そうなると、仕事の質もあがるし、仕事のなかで様々な工夫と革新的な考えを取り込むことも容易にできるようになってくる。

 モアリの場合は、自分の会社が日本の協力関係にある会社を通じて、社員を処方のために送り込むプログラムを通じて、日本に行ったのだ。自分の会社がそういうプログラムを作ったのは無論、技術競争に負けつつあるという危機感によるものである。


 フランスを含めて、EU諸国において、魔法の処方はこのように遅れたのは、白人の魔力が少ないために補助装置を用いた処方が開発されるまで、その効果が小さかったためであることが大きい。さらに数年前にアメリカが白人も知力増強において、日本人と同等の効果が得られる方法を開発したが、アメリカはその開発のアドバンテージを享受しようとした。


 つまり、日本は先進国としてほぼ唯一魔法の処方で先行し、そのアドバンテージによって、数々の歴史的な発明・開発を成し遂げ、その効果によって現在もまだ高度経済成長を続けつつある。それを見ていた、アメリカがその日本の例に倣おうとしたことは、理解はできる。


 それに対して、すでにイギリスが抜けたEUは、幾分高圧的に技術移転を要求したが、受け入れられず、企業・個人がアメリカや日本で処方を受けることを妨害はしないものの、国として大規模に処方は未だ出来ていない。むろん、そこにはアメリカ自身がまだ全国民の処方を終えていないという事情もある。この構図は、日本の隣の中国と韓国が実質的に処方から閉め出されている事情に似ている。


 アンリの意見では、結局EUの政治のかじ取りをする人々が、処方の効果を過小評価したことが根本原因である。さらにまずかったのは、そのような処方を巡る感情的な摩擦の中で、アンノ、つまりサーダルタ帝国の偵察機が現れ始めた時の対応である。


 日本やアメリカがその脅威を正しく認識して、全力で対策に走り、EUにも同調を呼びかけたのを、EUは結局座視した。その結果が、対アンノ同盟に組したイギリスが、少なくとも一旦は防衛に成功し、EUは手も足も出ない状態に置かれている。


 技術者の彼が考えるのは、キー・テクノロジーである、AE励起システム、反重力エンジン、新世代のレールガンさらに噂に聞く魔法スクリーンを、EUが十分な速さで実用化できなかったのが、根本的な敗因である。技術そのものはすでに入っていたというのに。

 結局、魔法の処方を受けられなかったことによる、知力増強がないことが響いているのだが、そのことをいま嘆いてもすでに遅いのだ。


 アンリから見ると、自分の国のフランスを始めとして、EU諸国首脳の下す結論は見えている。すでに、完全に軍事的に敗れている、彼らの、いや我々の選択肢は全面降伏しかないだろう。しかし、かってフランスがドイツの支配下に置かれたのと、今回を同一視はできない。残虐と言われたナチスドイツにしても、ユダヤ人に対しての残虐行為はあったが、いわゆる一般の人々に対して特段の虐待はしていない。


 しかし、サーダルタ帝国は別であり、彼らは知的生物であることは確かであるとしても、“人道的”などの概念があるかどうかも定かでないのだ。実際に、人類も知能において差はないと考えられる中世おいて、異民族を略奪・虐殺をすることは平気だった。


 “帝国”と言うからには、他の民族も支配下に置いているであろうし、彼らを尖兵に使うことは当然やっているだろう。しかし、彼らの軍事的アドバンテージは魔法を使えることで、征服された異民族が、その魔法をサーダルタ帝国人ほど使えるとは思えない。だから、征服のための軍隊が下りてくるとしても、相当な割合でサーダルタ帝国人が混じっているいるはずだ。


 モアリは、サーダルタ帝国が結局は上陸してきて、地球人を奴隷兵化、あるいは征服の代理人化しようとすることを確信していた。世界同時に征服するのでなく、特定のそれなりに繁栄している地区を征服する理由は、その地区の人々を征服のための道具にするためだろう。しかし、征服の主要な手段は、今のように上空を押さえ込んで、いつでも街々に大破壊を行えるという姿勢を見せることであろう。


 そういう意味では、フランスをはじめとするEU諸国の国民は、かって大英帝国が中国人やインド人をアジアやアフリカの支配に代理人として使ってような役割をさせられるのかも知れない。しかし、イギリスすら征服できないようなサーダルタ帝国が、はるかに固く守られているアメリカや日本を征服できるであろうか、モアリは疑問に思う。


 ハヤトは、加速度G1で緩やかに欧州に向かう先を、マップを展開して見張っていた。欧州上空には探査できるだけで、アンノ母艦が120艦いる。アンノ機の飛んでいるものは、千機位のようだから大部分のアンノ機は母艦に収容されているのだろう。

 機長の桐島大尉もレーダー・スクリーンでアンノ母艦とアンノ機を同様に捉えているが、探知範囲は半径100km足らずである。アンノ機は普通にレーダーでも捉えられるが、それほどクリヤーではない。


 EU諸国とは、EU合同軍を通じて連絡が取れている。連絡手段は、自動変換の暗号を用いた無線とインターネットであるが、この暗号変換器がサーダルタ帝国人に押収されたら、通信内容は筒抜けになることになる。もっとも、今現在解読されていない保証はないが。


 その連絡によると、EU諸国には完全にオープンであった、地球区総督と称するアヌラッタ・シジンの放送以来、特にサーダルタ帝国からの通達や要求はないようだ。


「さて、桐島さん、葛西さん、直近のアンノ母艦まで50㎞を切りました。十分ジャンプできるので行って来ますよ。アンノ機の中の空気を調べましたが、結局アンノ機の中での呼吸は問題ないようですから、呼吸器は置いておきます」


 そう声をかけるハヤトは、自衛隊の戦闘服に刀を背負い、89式小銃を肩にかけている。刀はラーナラで使っていた愛刀であり、基本的には鋼製ではあるが、魔法が通りやすくなる魔法物質が混ざっているので、魔力によって強化と切断性能を大幅に上げることが出来る。

 ハヤトはこの刀を、密かに微塵みじんと呼んでいたが、ラーナラではこの微塵で魔族と最終的には魔王を倒したのだ。この微塵はラーナラから帰って以来出番はなかったが、ようやく活躍の場が与えられるかもしてないと考え、イギリスまで持ってきたのだ。


「ハヤトさん。それは日本刀ですか?」葛西中尉が目を輝かせてハヤトが背負っている微塵を指して聞く。

「いや、これは私がラーナラで使っていた愛刀です」

 ハヤトはニヤリと笑って答え、その刃渡り90㎝ほどもある刀身を引き抜き、魔力を通すと刀身は青みかかった光を放つ。霧島と葛西はそれを見て、ぞくりと背筋に冷たいものが走るのを感じる。


「では、行って来ます」ハヤトは微塵を鞘に納め、軽く敬礼して消える。


 アンノ母艦にも無論魔法スクリーンは展開されているが、対アンノ防衛同盟のものとは異なり、発生装置を中心に球形の場を設けるものであり、ハヤトであれば魔法の力づくで押し入ることができる。対アンノ防衛同盟のスクリーンは、機体の金属壁に沿わせて発生させているので、はるかに破れにくい。


 しかし、力づくで押し入ることの欠点は、侵入を知られることにある。果たしてハヤトがアンノ母艦の狙いをつけて入り込んだ、倉庫のような場所に出現した時に、『警報、警報!侵入者あり、侵入者あり!』という魔法の警報が響き渡った。


「チ!意外に反応が早い。魔王城並みだな。甘くはない」ハヤトは、その何やら積みあげられた部屋の、引き戸式の扉を魔力で開く。その扉は、本来魔法で操作するものらしく手を掛ける部分はない。艦内は濃いマナで満たされており、ハヤトは十全の能力で魔法を使える。


 ハヤトは89式小銃を構えて、艦内の幅3mほどもある廊下を、艦内の8層あるフロアーの自分のいる層と上下の層をマップで捉えながら悠々と歩き始める。敵の存在は全て掴めるので、見えない敵を警戒する必要はないのだ。彼には歩いている廊下に現れようとしている10人ほどの部隊が見えており、彼らは小銃のようなものを構えている。


 彼らは、身長は150㎝前後で背は低いが、横幅は広くモンゴロイド的な顔つきであり、体にぴったりしたユニフォームを着ている。さらに体にフィットした服のためもあって男性と女性の身体的特徴がはっきり出て、部隊の構成は男女入り混じっているのが判る。髪は黒か茶であり、目は黒いようだ。


 彼らが持っている銃の機構を探ると、どうもマナを圧縮して爆発させて弾を打ち出す仕組みで、10発ほどの弾倉がついておりメカニズムそのものは地球の小銃と変わらない。ハヤトは、火薬に当たる部分の圧縮されているマナを爆発させようとすると、それは簡単に爆発して弾けはじめ、その部隊は大慌てになって、前に進むどころではない。


 ハヤトはその部隊の様子を検知して関心を失った。どうも、かれらは欧州で欧州総督と称するものの容貌と大きく違い、それからみると被支配種族であろう。彼は探知を艦内に伸ばしていく。

 間もなく彼は、艦の前部にある多くの人が立ち、または座っている部屋を見つけ、『ここだ、これが艦の制御室だな』彼は思う。そこにいる10人余は、まさにエルフ顔のすらりとした男女であり、サーダルタ帝国人あるいは支配層に近いものたちであろう。


 彼はさらに探る。しかし、その中の数人はハヤトの探査に気が付いたようだ。明らかに何かを探す様子を示し、ハヤトの魔力を辿ってくる。ハヤトは一気に制御室と思われる部屋に跳ぶ。

 そこは、部屋の中央に魔法で像を結んだ、幅10m長さ5mほどのまさに制御室で、それなりに様々な計器のようなものもある。服装は先ほどの銃を持った部隊のもののように体にぴったりしたユニフォームとマントのようなものを着ている。武器らしいものはもっていないので、魔法に自信があるのであろうが、実際に部屋の者の魔力は高い。


 そのレベルは、大体ハヤトの妹のさつき程度であるが、中の数人、ハヤトの探査に気づいた者たちは地球上ではハヤトに次ぐ、自衛隊にいる水井健太程度であろう。しかし、ラーナラ世界の勇者であり、魔王と並ぶハヤトの魔力には到底敵わない。


 ハヤトの出現から一瞬後、驚きを克服して、室内でも最も魔力の高い女性がハヤトに風魔法を放ってくる。風の刃でそこそこの威力であるが、ハヤトはあっさりそれを中和し、89式小銃を収納して、背に負った微塵を抜き放ち、刀身に魔力を込める。


 刀身がギラリと強烈な魔力と共に光を放ち、室内の者の目がいやがおうにもそれに引き付けられた時、ハヤトが跳んだ。まずは、正面に立っていた、長身の男の前に降り立つと、大上段からその頭の中心を切り下ろす。

 魔力によって切れ味が極限まで増した刀身は、抵抗なく体を股まで切り裂く。2つに分かれた体がその断面を見せて、液体をまき散らしながら倒れたのは、すでにその男の横の女の首と、そのまた横の男の胴体が微塵によって切り裂かれた後であった。


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