アンノの侵攻が始まった
その日、ヨーロッパの空は異物体で満ちた。
欧州各国に現れたそれらは、明らかにアンノ機と呼ばれているものに加えて、形こそ殆ど同じであったが巨大な葉巻型の母艦であった。最初に数機のアンノ機が現れ、その後それほど時間が経たずに、母艦が現れる。母艦からは、アンノ機が数秒ごと次々に吐き出されて途切れることなく現れていった。
数時間も経ずして、緩やかに動く母艦とせわしなく動き回るアンノ機のその数は一見したところで、切れ目なく空を占領しているようであった。
そのアンノ機と母艦の映像とパニックになりつつある街の様子は、リアルタイムで世界中に放映された。基本的に先進国である欧州各国であるが、ドイツ、フランス、イタリア等でアンノ機の迎撃に飛び立ったのは、突然のことにスクランブル体勢を取っていった数少ない戦闘機だけであった。
ユーロファイターを中心とするそれらの戦闘機は、急上昇して撃墜を試みたが、アンノ機に一定距離に近づくと、機体が爆発を起こして四散するものが大部分だった。一部の戦闘機はミサイルを放ったが、それらは次々に空しく爆発してこれも四散した。
これを確認して、もはや敵勢のものであることは間違いないとして、大量の地対空ミサイルで攻撃を試みたが、これも爆発するのみで相手に全くダメージを与えられなかった。こうした光景は、地上から双眼鏡でも見えるため、人々のパニックを増幅することになった。
しかし、中で唯一アンノ機を撃墜する迎撃機を持つ国があった。イギリスである。彼らは、アメリカに対して反発する欧州本土の国々とは一線を画し、EUとも離脱していることもあって、アメリカとずっと友好関係にあった。
そのため、補助器具を使っての魔法の処方は初期から導入されたため、大部分の若者の処方が終わっている。一方で、重力エンジン機の技術も早くから取り入れられており、戦闘機については量産性に難のあるアメリカのものでなく、日本の“しでん”の技術を導入して、量産に励んでいたのだ。
量産性がとりわけ優れている胴体部分の生産は順調であったが、重力エンジンとレールガン、さらに魔力バリヤーの量産において月産500基程度と問題があった。しかし、これらの完全オートメーション量産工場を持つため余裕のある、日本から緊急輸送をして量産を続けてきた。
イギリスは従って、欧州では唯一対アンノ防衛軍に加入して、技術の吸収を行うとともに、情報交換を行ってきている。このため、イギリスにはアンノ侵攻時には2500機の迎撃機スピットファイアIIが実戦配備についており、訓練途上の者も含めて必要なパイロットも揃っていた。
イギリスは、さらに日本とアメリカの技術交流から、魔力を計器で検知する技術の延長で、いわば魔力レーダーの試作していた。この点は、第2次世界大戦において、レーダーを最初に実用化した国の面目躍如たるものがある。
かれらはこの魔力レーダーによって、この侵攻の数日前から、これまでと違う魔力の多数の反応を上空に検知していた。更に彼らは防衛軍から、陽電子頭脳の分析として、侵攻は欧州または中国の可能性が高いことが告げられていた。
従って、対アンノ防衛軍イギリス分遣隊(実質イギリス空軍)は、イギリス上空に、先行の2機のアンノ機及びそれに続きいてアンノの巨大母艦が現れた時には、半数のスピットファイアIIはスクランブル体勢になっており、残り半数は1時間以内に発進できる体制をとっていた。
イギリス上空に現れたアンノ機の母艦は、全部で25隻であったが、各々が300機と推察されるアンノ機を載せているので、アンノ機としては7500機が現れたことになる。
ロバートソン少尉は、バーミンガム基地に響き渡る警報に、愛機への120mをダッシュで駆け寄りながらそのアナウンスを聞いていた。
「警報、警報。アンノ2機が出現、BM11〜BM15機の5機は直ちに出撃せよ!」
さらに、彼が息を弾ませながら、BM13機のコックピットに収まったとき、アナウンスが変わる。
「巨大アンノ機出現、北北東89㎞、高度5600m、アンノ機母艦と思われる」さらに、少しの沈黙の後、基地内のアナウンスと共に、機内のスピーカーからも追加の情報はもたらされる。
「アンノ母艦から、アンノ機続々と出現、本格侵攻と判断される。スクランブル体勢の全機は直ちに出撃せよ。さらに、待機中の乗員は直ちに出撃準備を整えよ」
第1派出撃のロバートソンは、それを聞きながら、魔力で機内の電源を入れる。
「操縦計器、異常なし。レールガン充電開始。魔力スクリーン展開。只今から離陸します」ロバートソンの申告に対し、管制AIから指示が来る。
「こちら管制、BM13機、アンノ母艦の座標を示す。最大上昇速度で300mまで上昇後、10Gの加速でアンノ母艦を目指すとともに母艦周辺のアンノ機を撃滅せよ」ロバートソンは復唱する。
「BM 13機了解、300mまで上昇後、10Gでアンノ母艦を目指します」
ロバートソン少尉は、対アンノ防衛軍が設立されたとき、空軍パイロットの卵であり、マッハ1.2までの速度がでる、練習機AS220機で訓練途上であった。防衛軍設立後、2週間後には、彼の所属するバーミンガム基地に、重力エンジン機スピットファイアII(“しでん”戦闘機と同型)が持ち込まれた。
アンノの迎撃には、主力機だったユーロファイターでは、速度他の機動性能などの点で無力ということであった。しかし、それに乗ることをあこがれていたロバートソンにとっては、納得できない思いであった。しかも、その日本の“しでん”であるスピットファイアIIの醜いこと。
塗装でごまかしてはいるが、只の筒に円錐の帽子を付けた前部に、半円の帽子をつけた臀部、さらに翼のあるべき部分には武器を収納している丸みを帯びた突起がある。それが、胴体の底が地上2mほどで4輪の脚に支えられている。
『確かに量産性は優れているだろうが、あの日本人のセンスの無さと言ったらどうしようもないな、せめて米軍のスターダストであればなあ』かれは、アメリカの戦闘機スターダストの映像を見たことがあり、そのスマートな機があの不細工な“しでん”と性能が同等と言われて驚いた覚えがある。
しかし、2時間だけ指導教官と乗ったタンデムタイプでは、初歩的な動きの訓練のみだったので、そのジェット機との違いははっきりしなかった。しかし、その後許された単独飛行で、様々な動きを試して、スピットファイアIIにいっぺんにほれ込んでしまった。
なにより、Gがかからないことの有利さを痛感するしかなかった。ジェット機の場合には急加速時や急旋回の時に、Gが5倍を超えると気が遠くなって、ほとんど何も考えられなくなる。しかし、この機は直進で最大10Gを発揮でき、機体の軸方向のみでなく自由な方向に加速できるのに、殆どGの変化はないのだ。
推進の方向が自由に取れるということは、従来では考えられない機動ができることであり、ミサイルが使えず、レールガンまたは機銃のみの攻撃兵器であるこの場合でも大いに有利である。
また、2門の径25mmのレールガンは、秒速7㎞の超高速弾を発射するので、射程は10kmでも有効である。 しかし、実際はAIによる照準装置を用いても、スピットファイアII程度の機体に対しては2〜3㎞の距離でないと命中はおぼつかないとされている。
また、別に1門のガトリングガンが備えられていて、これは火薬によって発射されるが、弾自体に魔法で爆破されないように炸薬は入っておらず、爆裂弾ではないので威力は劣る。また、レールガンの弾は100発装填でき、5秒に1発発射、ガトリングガンは200発装填、毎秒100発撃てる。
なお、アンノ機の母艦の存在は予想されており、その母艦が異世界との門を開いて、アンノ機を送り込んでいると考えられていた。さらに、本格侵攻時には母艦が自ら、この世界に乗り込んでくるものとされていたので、今回の侵攻の在り方はその想定通りであったわけである。これは、あのハヤトが、アンノ機のパイロットの思考を読んだ結果であるとされている。
ロバートソンが、加速度10Gで、レーダーにも表示されているが指示された座標に突進していくと、母艦とアンノ機が肉眼で見えるようになってきた。
「こちら管制、アンノ母艦の大きさが計測されたので、スクリーンに表示する、長さ、520m胴体部の径は55mであり、多分アンノ機を300機程度は収納できると考えられている」管制AIはさらに続ける。
「なお、先行するBM11〜BM15は互いに僚機を防衛しつつ、アンノ機を主として攻撃せよ。ただし、チャンスがあれば母艦にも攻撃を加え、結果を報告せよ。ただし、相手は巨体なので、5km以遠から攻撃すること」
「BM13了解!」
ロバートソンは返事をして、「このままだと機体の温度加熱し上限を越えます。加速を緩めてよろしいですか?」操縦AIの提言に回答する。
「温度を限界値として加速を調整してくれ。できるだけ早く戦闘に入りたい」
「了解!」AIの回答だ。たちまち、アンノ機が近づいてくるが、何か動きがおかしい。
「アンノ機の動きがおかしいが、なぜだろう」ロバートソンの質問に管制AIが答える。
「たぶん、あのアンノ機はこの機に魔法を浴びせて、火薬または炸薬を発火させようとしたのだと思われる。それが、バリヤーに阻まれているので、動揺しているのだと推察される。逆に動揺しているということは、あれらの機は生物によって操縦されているのだと推定できる」
「よし、命中確率が99%を超えたら、アンノ機に順次レールガンを発射せよ。できるだけ効率よく多数を撃墜せよ!」
「了解!確率99%でレールガンを発射します。できるだけ効率よくアンノ機を破壊します」
ロバートソンの命令にAIが復唱する。
突然、機が揺れる。径25㎜×長さ300㎜でわずか1㎏の耐熱弾であるが、秒速7kmの運動量に、機体が反動によって揺れるのは防げない。
「命中!命中により内部を破壊したようです。相手は機能を停止しています。本戦場での初戦果であると思われます」AIが淡々と告げる。
「よし、同条件で射撃を続行!」ロバートソンが再度命じる。
しかし、やがてアンノ機から多数の何かが吐き出される。丸い黒っぽい球のようなものであり、速度は遅く、たぶん大砲の弾程度のものであり、それらは彼らに急接近する。
「BM13 機、あの球は魔力が高く危険!避けよ」管制が命じるのに応じて、ロバートソンが操縦するまでもなく操縦AIが避けるように機動する。
しかし、僚機BM14にはその球がほんの近くまで飛んできていると見ていると、それが赤熱の色を放ってはじける。その炎の中をBM14機が通過すると、その機は蹴飛ばされたように、がくんと軌道を変える。
「ああ、BM14!ジョン・キンメル!」ロバートソンが叫ぶが、数秒後には回答があった。
「だ、大丈夫だ。しかし、機の加速がおかしい。基地に帰投する」
「おお、ジョン!あとはまかせろ」ほっとして、ロバートソン他の同僚が声をかける中、BM14機はすこしよたよたした動きで去っていく。
「コノヤロー」ロバートソンは、危うくやられそうだったジョンの機を思って、敵愾心を掻き立てられて、激しく左右上下に動きながらアンノ機の集団に迫る。
アンノ機は同様に球を投射しながら近づいてくるが、ロバートソン始めスピットファイアIIの激しい機動についていけない。スピットファイアIIは次々にレールガンの弾を放つ。
これらは、アンノ機の横腹に穴を穿ち、ほとんどの場合にはその動きを止めるが、穴の位置が機体の端の場合には相手が変わりなく動いている場合もある。ロバートソンは、相手から放たれる黒球を避けつつ、機をレールガンが打てる位置にもっていくように、夢中で操縦しているうちに、操縦AIから告げられた。
「アンノ母艦から5.2㎞、射撃可能です」ロバートソンははっとして、管制AIの指示を思いだした。
「よし、撃て!」彼の指示に操縦AIが復唱する。
「敵母艦に撃ちます」
ショックがあって、1秒もせずに相手の横腹に一瞬火が散ったが、すぐに見えなくなる。
「命中しましたが、敵装甲版を抜けません」
操縦AIが言うように、弾は敵の装甲版に食い込んだが貫通することはなかったのだ。




