Unknown(アンノ)対策2
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その、非公開のUnkown対策会議においては、Unknownの暫定的な名称としてアンノ(Unno)とすることが決議され、世界各地に出没する偵察機(あるいは戦闘機)をアンノ機(Unno-machine)とすることになった。
その後、アメリカ合衆国のデニーズ国防長官から話があった。
「日本が、国全体を挙げて、アンノに対抗する総力体制を作り上げ、さらにそれを動かし始めようと決したことに敬意を表します。私も、すぐさま国に帰り、合衆国も日本と協同して国を挙げてアンノに対抗する体制の構築をするように動きます。
私の見るところ、相手の人権などを全く考えていない相手の支配下に入ることなどは、あってはならないことで、それに対抗することには、選択の余地はないと考えています。その説得のためには、先ほど私も感銘を受けたように、ハヤト氏の念話による説得が是非必要と考えております。
従って、私は直ちに帰国し次第、メンバーを揃えてこの会と似たような協議会を開きます。ハヤト氏には、その会に是非とも参下していただいて、今日のように皆にその実際の感覚を伝えて欲しい。いかがかな?Mr.ハヤト」
それに対して、ハヤトも立ち上がって、端的に回答する。
「承知しました。私自身、今回のアンノ対策には、是非とも世界のスーパーパワーであるアメリカ合衆国が主体的に参加することが必要と考えているので、間違いなく参加します」
そのアメリカでの協議会の準備には実際には5日間を要した。ハヤトは、ワシントンで開かれたその協議会に、自衛隊の最も速い旅客連絡機(時速3千㎞)によって乗り込んだ。その連絡機には、アメリカ政府への日本側の準備態勢を説明するための要員24名が同行している。
また、台湾については、世界において台湾人が日本人に次いで魔力が高いことから、40歳以下の人々に対しては補助装置を必要とせずに、日本に続いて国民全員に対して処方を施すことに成功している。
そのことから、処方を受けた人々の知的向上の成果を日本と同様早い時期に受けたため、日本との交流が急速に深化して、様々な交流が進みつつある。台湾は、その人のつながりが深化する中で、一方で、依然として中国の軍事的な脅威を受けている。
日本も、尖閣沖の海空戦の外交的な決着を中国とはつけていないこともあって、日本・台湾の軍事的な同盟も逐次進んでいる。その結果として、日本政府から台湾政府への打診があって、台湾側が受け入れた結果、今回の協議会への参加が決まったのだ。
台湾に対しては、ハヤトが行って説得するまでもなく、台湾国家全体の対アンノ防衛軍への参加が決まった。台湾は、重工業のレベルは低いが、知力強化の成果として日本と並んで、すでに電子工業のトップランナーとなっているため、今後の戦備の生産にとっては頼もしい存在である。
アメリカにおける協議会は、出席者は日本と同様に政府及び産業界やマスコミであった。対象人数こそは多かったが、参加者からは特に問題なく対アンノ防衛軍への参加、いやアメリカが主導権を握ることが賛同を得た。
これは、国家への忠誠ということを、前面に出すことをはばかることのない、アメリカという国での話では当然である。彼らからすれば、被征服民の人権など全く考えていない帝国により征服される、などということはあり得ない選択であったのだ。
日本政府にとっては、アメリカ合衆国が主導権を握ろうとするであろうことは折込み済であり、その方が他の国の参加を促すためにも有利であろうと割り切っていた。
日本で問題になったのは、国会議員のうち野党の扱いであった。とりわけ共産党、社民党など日本が防衛のための軍備を持つことすら反対する連中が、日本を戦時体制にするなどという計画に反対するのは明らかである。
彼らだったら、アンノに知らせるために、勝手に放送でアナウンスする程度のことは平気でやりそうである。もっとも、彼らが万が一にでも政権を取れば、当然軍あるは警察をもって、自分の気に入らない連中を取り締まろうとするであろうが。従って、Unknown対策会議には、野党関係者は左右のメンバーが所属する野党第1党である新進党の党首と幹事長のみが出席している。
その対策会議から1ヵ月のうちに、日本におけるすべての放送機関に対して検閲システムが組み込まれると共に、今後の対アンノの防衛準備の計画のよりどころとなる『対アンノ防衛計画』が完成した。
しかし、防衛計画の詳細ができ上がらない内にも、“しでん”戦闘機及び母艦を建造できる工場においては、他の仕事を全て止めて増産体制を組みつつあった。結局、機動性で卓越する“しでん”が防衛の切り札となるという判断である。
さらに、“しでん”戦闘機の機体は量産性を最重要視した極めて簡易な構造であるため、中小工場で十分生産が可能であり、1ヵ月の内に月産1万機の機体を建造する体制を整えた。重力エンジンについては、秘密を守る意味もあって自動生産ラインが完成しており、“しでん”クラスのものについては月産1万台程度を十分対応できる。
さらに急がれたのは、魔力バリヤーであり、これは従来AE励起システム向け、及び防衛省向けのみであったため、生産ユニットが少なかった。そのため、少数の汎用型産業ロボットによる生産が行われていた。実のところ、戦闘のための火薬を積んでいる自衛隊の戦闘機及び戦闘艦、さらに戦闘車両については、すでにこのバリヤーは導入されようとしているところであった。
これは、魔力の強いものがその気になれば、ハヤトや水井がかってやったように、魔法によってこの火薬や炸薬を発火させることができるからである。このバリヤーについては、アメリカに対してもアンノ対策会議の後に直ちに技術開示が行われたが、米軍もすでにこのバリヤーは導入しており、その構造は殆ど同じことが解って大笑いであった。
魔力バリヤー発生装置は、すでに汎用型産業ロボットを多数配置転換して、プログラミングを変更し、必要な部品も大量の発注を行って大量生産体制は整っている。
なお、情報の開示については、印刷物についてはアンノのこと及びそれに対抗する準備に関して、本当のことを書いてよいという方向で検討されていた。しかし、日本とアメリカで検閲システムが働いていても、その情報を知った外国人が、自国でその情報を放送することを防ぐすべがないということが問題になった。
そこで、アンノの情報そのものは、ハヤトが探り出した情報は隠したうえで公表し、それが敵性である可能性が高いとして、国として対抗する手段を考えているという公式な発表になった。つまり、政府としての正式な発表は、実体に比べると極めてテンポが緩い、対抗のための準備を行っているということにしたのだ。
しかし、一方で大規模な生産体系の転換と、軍備の大規模な生産開始及び、さらに、軍事のための大規模な人材募集と訓練施設の整備 ―主として極めて規模大きい重力エンジン機のパイロット募集― など多くの人々の目の前で、政府と発表とかけ離れたことが行われている。
こうした乖離に、警戒の声を上げ始めた人々もいたが、マスコミは一切そうしたことは報じず、こうした声の大きいものは密かに集められて、秘密保護法上のトップシークレットであることを確認のうえで、真実を明かされている。
無論へそ曲がりの人は居て、真実を明かされても騒ごうとする人はいたが、そうしたものは容赦なく、秘密保護法を根拠に刑務所に隔離された。マスコミこそ、そうしたへそ曲がりが多そうなのだが、意外にその組織のトップが管理職レベルに真実を明かして協力を頼んだ結果、結束して秘密を守っている。
後の分析によると、これらジャーナリストたちは、実際にはほとんどの者は真実を知っていたが、自分たちは知って世間の者は知らないという状態に、一種の快感を覚えていたことから秘密が結果的に守られたらしい。
なお、兵器の生産と同様に重要なのは、それを動かす操る者たちである。この場合の要員は、基本的に歩兵は必要なく、すべて何かの機器を操縦・コントロールする要員であり、兵という名では呼ばず、自衛隊の伝統に合わせて自衛官と呼ぶことになった。
政府が緊急目標にしたのは、若者20万人を集めて、現役自衛官の指揮のもとに3ヶ月でそれぞれの担当兵器、“しでん”戦闘機などを操れるようにすることである。“しでん”の操縦は、重力変化もほとんどなく、操縦の自動化も進んでおり、車の運転ができるものであれば、難しいものではないが、3次元機動に慣れる必要がある点は大いに異なっている。
この募集人員は公的には2万人であるが、実際には先述のように20人であり、その枠はわずか1ヶ月で埋まった。その半数以上は大学生であり、女性の比率が40%を超えている。全員が処方を終えており、身体強化ができ、魔法を使えるものも多い。
大学生の割合が多いのは、基本的に任期は最長2年、復学は保証されており、新入社員並みの給料も出るという条件もあるが、魔力の強いリクルーターによる念話による激が効いたとされている。なお、“しでん”戦闘機の兵器は、魔法を使える相手にミサイルは無力であるとして、基本的にレールガンである。
このように、だんだん真実を知る人が増えていく中で、政治的に国会の問題おじさん、おばさんに真実を打ち明けるという課題を解決する必要が生じた。これは、真実を知った国会議員の議論の結果、いかに何でも国会議員全員への説明は必要だという結論になったのだ。
この説明は、安全を考えて放送機関への検閲システムの完成後のことであった。その時点では、多くの国会の議論は、アンノ対策として非公開で行われているが、当然その説明も非公開で行われた。
それは突然であった。衆議院本会議において、議長が宣言する。
「では、只今より、アンノに関する真実の説明と、その政府としての対応策を説明してもらいます。内閣総理大臣篠山君!」
篠山が、その声に応じて、新のアンノの偵察機の飛行状況を説明し、さらにアンノに関してハヤトが探りだした真実を、ハヤトの協力を仰いで念話と共に皆が納得できるように説明した。
「このように、アンノは多くの異世界の民族を従える一種の帝国を築いており、わが国のみならず地球を征服せんものと現在偵察を行っております。アンノは説明にもあったように、異世界とこの世界の壁を自由に越えてその偵察機、アンノ機をこちらの世界に送りこむことができます。
従いまして、彼らが戦端を開いたときには、こちらが無傷というわけにいかないでしょう。しかし、わが国の開発した重力エンジン機であれば、彼らに劣ることなく十分戦えます。
一方で、予想される彼らのアンノ機、これは実は戦闘機または爆撃機にもなるものだと思いますが、この数は数十万機であろうと想定されています。これに対抗するには、わが国の配備している250機の“しでん”戦闘機では到底太刀打ちできません」
篠山は国会内を見わたす。この500人の国会議員のうちの302人の与党、及び野党第1党の新進党の一部25人は真実を知っている。それ以外の議員達に、今まさに真実を知らせようとしているのだ。
「今からお話しすることは、アンノに知られるわけにはいかない重要な軍事機密であります。これの漏洩は秘密保護法に反することをご承知ください」
篠山はそう言って自民党議員でもある議長を見る。議長が首相の言葉を裏付ける。
「そうです。これから首相の話すことは秘密保護法の対象です。議員諸君はその内容を漏らすと罪に問われることをご承知願いたい」
「反対!国会議員に対してそれは侮辱だ。我々はそんなことは承知しない!」
共産党の若手、鷺山議員が叫ぶ。
「では、秘密を守れないものは退席してください。鷺山議員の他にいますか?」議長が鷺山の言葉に応じて、議場を見渡すが、流石にどういう話なのか聞きたいので、他に7名居る共産党議員も退席するとは言わない。
「では、鷺山議員、退席を」議長が痩せた長身の鷺山亮一を指さす。
彼は常識を外れた強行手段に茫然としたが、外に出てジャーナリストにこの暴挙を訴えようと腹を決め、「私はこの自民党の暴挙は決して許さない!」そう叫んで外に議場の外に出て行く。
彼は議場の外に出て、そこにたむろしていた数人のジャーナリストに大声で呼びかける。
「諸君!聞いてくれ!岸田議長は、何と国会で議論することを外でしゃべると秘密保護法で逮捕するというのだ。これは、与党自民党の暴挙だ!」
しかし、これらのジャーナリストは多かれ少なかれ、今日政府が国会議員に開示す内容は知っていたので、相手にしない。鷺山の言葉に反応しようとしたものは、他の者から何事かささやかれ納得して鷺山を無視する。鷺山は『どうなっているんだ。この国のマスコミは!』と怒りに燃えて、国会内の党の控室に向かう。
さて篠山首相の説明もすでに終盤である。
「このように、アンノの脅威に対抗するには、世界で唯一その能力を持つわが日本が、その産業体制を、今言ったような戦時生産体制に移行するしかないと我々政府は決断しました。
その骨子はここに示した通りであり、3ヵ月で我が国を守れるだけの装備と人員を整え、半年で世界を守れるだけの装備を建造します。
世界については、基本的にその要員は自身で準備するように要求します。そのために、必要な資金は概算で30兆円と試算されており、対アンノ防衛に従事する人員は直接的に60万人、装備の生産を含めた間接に従事する人員は320万人になります。
無論その間、人々は暮らしていく必要がありますので、日常に必要な物資、サービスは出来るだけ不足のないように考慮されております。しかし、基本的には不急の耐久消費財、繊維製品などについてはこの1年に加え防衛のために戦いの1年の間の不足は、やむを得ないと考えています」
篠山は議場を見渡して一旦言葉を切り、さらに続ける。
「この戦いは、この世界が始めて経験するものです。また、相手が自由に我が領土に侵入できることから、防衛に当たっては、残念ながら犠牲が無しということには出来ないと思います。戦いに従事する戦士にも犠牲が出るでしょう。さらに、市街地が爆撃されることもあるでしょう。
しかし、その犠牲を恐れて、先ほど皆さんも感じて頂いた、支配下の者の人権などを欠片も考えていない、アンノ帝国の支配下に入ることはできないと政府は決断しました。どうか、日本の、また世界の将来のために我々のこの対アンノ防衛計画にご賛同願います」




