世界記録続出
沢山の人が読んでくれており、ランキングも一桁になり大変励みになっています。
狭山第2中学校の白石は、ハヤトの思念によって、具体的にハヤトの巨大に感じる魔力がその体の筋肉と骨格に巡らされるのを見ているように感じ、自分がどうすればいいのかということも理解する。
それをトレースするつもりで、自分の小さいが暖かく感じている魔力を、自分の体に押しこみ押しひろげる感じで展開していく。まもなくそれは自分の体の隅々まで広がったと感じられるとともに、自分の肉体が明らかに変わったことが自覚された。
ハヤトが、白石を見て頷いて言う。「できたね。早かったな。しばらくその状態を保ってその状態に慣れてくれ。またその間に周りの友達の状況を見守ってほしい」
白石は、魔力が体の中を循環するのを感じながら、周囲に目を向ける。そうすると、周囲の同級生の頭の前部に魔力の存在を感じることが出来ることが判ったが、自分の魔力がハヤトに比べ小さいと感じていたが同級生のものは更に小さく自分の魔力は比較的大きい方であることを理解し、さらに感知出来る距離はせいぜい10m足らずであることも分かった。
やがて、ハヤトは前に立っている全員が魔力を体に巡らせることが出来たことを確認して、その皆に向かって言う。
「君たちは、すでに身体強化の状態になっている。しかし、普通の状態とは筋力や敏捷性は明らかに違っているので、この状態で体を動かす練習が必要だ。それらの訓練には少なくとも1週間以上はかかる。
最初の数日は急激な運動はしてはならない。骨も強化されているので簡単に骨折などはしないが、不適当な方向に運動するなどのため筋肉を傷める可能性は高い。したがって最初はゆっくり歩き、さらに足を速めて歩く、次は軽いジョギングで十分に強化の状態での自分の動きに慣れる必要がある。
これは、自分でやってほしい。くれぐれも言っておくが、軽くジョギングして自分の体に違和感がなくなるまで、急激な運動はしないこと。また、この状態では魔力を消費するので魔力を保持できるのは最大で3時間、普通は30分で魔力を保持できなくなるはずだ」
そのように、一通り説明したハヤトはさらに強化に成功したメンバーに言う。
「さて、今度は、全員に強化の訓練をしてもらう。今強化に成功した諸君は皆の間に交じって、再度魔力を巡らせてもらい、そうすることでいわゆる触媒として働いてほしい。それに先立って、今度は強化の状態を解いてもらう。同様に私がまずやるので同様に感じてほしい」
その操作は、比較的簡単なもので、すでに魔力を巡らせていたものは問題なくその状態を解くことができた。
「さて、皆に見てもらったように、比較的魔力の強い者達が身体強化の前段階に成功したところで、皆にもその方法を覚えてもらう。そのためここにいる、すでに魔力を巡らすことに成功したものは、皆の間に交じってくれ。
皆は、それらのものが魔力を感じ、その魔力を体に巡らすやり方も感じて、そのまねをしてほしい。距離が近ければより強く感じることが出来るので、彼らはいわゆる触媒の役割を果たすことができるはずだ。しかし、これは、多分今日の段階では半分程度成功すればいい方だと思うが、くり返して行えばいずれ全員が成功出来るはずだ。では、始めよう」
ハヤトがさらに説明して、彼に促されて皆の前で魔力を巡らすことに成功した生徒たちが散っていきハヤトの音頭で訓練が始まった。先に、ハヤトとしては魔力が少ないため期待していなかった者達が、魔力を感じ、それを体に巡らすのを成功したように、魔力の少ない一般生徒も訓練の結果は良好であった。
結局、体育の時間に多くのものが魔力を体に巡らすのに成功し、結局できなかったのは田郷教頭を含め8人であった。
成功しなかった者達も同級生の助けを借りて、2〜3日以内にはすべてが成功したが、これは他の学年、クラスの場合も概ね同じ状態であった。ハヤトは、生徒たちが魔力を巡らすのを成功したのちは、放課後にその対象者をグラウンドに集め、体力強化の状態になれるため体を動かす訓練を指導した。
そうした一定期間の基礎訓練の後、大体1週間後頃から、全力を出してもいいということで、どの程度能力が伸びたかの測定が行われた。それと合わせて魔力と生徒個々人の傾向が調べられた。
その結果、明らかな傾向として、成績の良いものの魔力が高く、結果として体力強化の効果が高いものが多い。これは、頭をちゃんと使っているほうが、魔力が大きくなるということを意味するのだろうと教師の間では言われている。
またそれが意味することは、どちらかと言うと成績不良のものが多い不良グループの体力強化の度合いは低く、成績が良くいじめられることの多かった生徒の高い強化の結果を得ている。
教師の場合は、その意味で一応インテリだからか魔力は比較的高いものの、年を取ると適応性が低いらしく強化の度合いは比較的低く、特に40代以降は強化に成功していない。
魔力は異世界でも特に10代であれば鍛えるとどんどん伸びる面があり、ハヤトが教えた瞑想の状態で魔力を練る方法は数週間でもはっきりした効果があることが確かめられている。
生徒たちが、自分の運動機能が人によっては100%、低くても10%以上上がることを知り、かつそれが訓練によってさらに伸びることを知った場合、よほどの怠け者でも一生懸命訓練に励むだろう。さらには、魔力を体に巡らすことは鋭敏性も向上するが、それに伴って知力の向上もあり、記憶力・判断力が向上することも確かめられた。
このようなことが知れ渡った結果、狭山第2中学校の生徒は殆ど訓練ジャンキーの状態に陥り、走ったり跳んだりして基礎体力を鍛える者、瞑想で魔力の向上を図る者、さらには懸命に勉強をするものと、全員が夢中になって自分のレベル上げに励み始めた。
ちなみに簡単に測定できる運動能力の向上ははっきり効果が出ており、魔力が学校一番と目された白石の場合、100m走を9秒5、垂直跳び1.5m、立幅跳び4.2m等の世界記録を上回る記録を出している。また、多くのものがそれに準じた記録を出しており、今後もまだまだその記録は伸びる見込みである。
このようにして、ハヤトが学校に来始めて一ヵ月を過ぎ、かれが一旦学校を去ることを決めたころには、校内ではすでにかっての不良グループと一般生と言うわだかまりは全くなく、皆が自分の能力あげに夢中になっていた。
ハヤトが学校を去る前の日、田郷教頭の提案で、「校内オリンピック」と題して100m走、400m走、1500m走、立幅とび、垂直跳び、走り幅跳び、ソフトボール投げの競技の一種の記録会が行われた。
その日、近所の75歳の斎藤健太氏は妻さちと共にいつものように、狭山第2中学校の前を散歩していた。校庭で多くの生徒が運動しているのを見ながら、彼は妻に話しかける。
「なあ、おまえ、この学校も雰囲気がずいぶん変わったと思わんか?」妻が同意する。
「そうですよ、あなた。この学校では悪い子が多くて、余り運動をする子を見かけなかったけれど、最近はずいぶん熱心に運動している子がいるわ。
今日はなにかあるのでしょうかね。ほとんどの生徒の先生も運動着で外にいるようだけど」
「ああ、そうだね。あれは、100m走だね。今スタートした!ええ、おかしいな。随分速い。目がどうかしたのかな?」斎藤氏はしゃべりながら目をこすり6人で走っている先頭を切っている子を見る。
中間点で、すでに最下位とは10m以上離れており、走者の間はずいぶんばらけている。斎藤はかっては実業団で長距離の選手だったのだから、当然短距離選手の走りも多く見ており、それと比べて、先頭の生徒はずっと速いように見える。
ゴールにはストップウオッチを持った教師と生徒が走っている人数分待っている。一着以下が駆け抜けるのを見て、先生と生徒が次々に読みあげる。「9秒8!」「10秒5」「10秒5」「11秒2」「12秒3」「13秒1」
斎藤氏はますます戸惑う。「なんの冗談だ。走っている子のあの体格は間違いなく中学生だが、それが日本記録を上回るなどのことがある訳がない」
誰ともなく声に出す。それから、我慢できず近くの脇門から中に入って、測定している先生や生徒の近くに寄る。入って来た自分を教師が自分を見るので、「ちょっと、見せて頂いてよろしいですか?」斎藤氏は尋ねる。
「ええ、どうぞ。でも少し生徒の記録に驚かれるかも知れません。この学校では生徒に特殊な訓練をしているのですよ」教師はあっさり答える。
斎藤氏は生徒が走り、跳び、投げるのを食い入るように見た。その結果、すべての種目でトップのものは、彼が覚えている限りの世界記録を超えており、さらに見る限り計測は正しい。かれの妻は、あきらめて校内のベンチに腰かけて、日傘をさしながらせわしなく歩き回る亭主と生徒たちの運動をのんびり見ている。
斎藤氏は、あたりの教師をたどって責任者ということで田郷教頭を紹介され尋ねる。
「すみません勝手に入り込んで。私はあの家に住んでいる斎藤というものです。ところで、あの生徒たちはどうも世界記録を超える成績を出しているのですが、これはどういうことですか?」かれは、学校から見える自宅を指さしながら名乗り聞く。
「ああ、ご近所の方ですか。いつもご迷惑をおかけして申しわけありません」そう言って、田郷教頭はかっての荒れた学校であった時の、たぶんかけたであろう迷惑を詫び続ける。
「ええ、あれは実はこの学校で最近新しい特殊な訓練方法を導入した結果です。おかげで、生徒の行動も改善されて、ご近所にも過去大変迷惑をおかけしたと思うのですが、非行問題といいますかそういった問題もほぼ片付いたかと思っています。今日はその成果の確認の意味もあって『校内オリンピック』と称していわゆる記録会を開いているところです」
教頭のにこやかな顔の説明に、しかし斎藤氏はとてもそのまま受け取れず言いつのる。
「しかし、中学生の記録会で世界記録を超えるなどというのは、私もかって実業団で陸上をやっていた身からすれば、どうにも信じられません。しかし、記録は実際に見せて頂きましたが、間違いないと思います。どういうことなんでしょうか?」
これに対して、田郷はすこし真面目な顔になって答える。「つまり、まだ人間には使われていなかった能力があったということです。それを私どもは魔力と呼んでいますが、それを使って、身体能力を強化しているのですよ。この結果として、すべての生徒の身体能力は底上げされましたが、そのうちでも優れた素質を持つものは世界記録を上回る身体能力を発揮できます。
しかし、同じ魔力の保持者であれば、当然基本的な身体能力の高い成人の方がより優れた成績をあげられます。だから、彼らの記録は比較すれば年相応ということですね」
田郷は斎藤を見つめて一旦言葉を切り、さらに続ける。
「いま、やっているのは、世界における最初の魔力による身体能力強化を得た生徒たちの初期の成果を試す場ということです。しかし、さっき言った訓練をしていない人々に対して、訓練してその能力を身に着けた当校の生徒を外部の競技会などに出せば、いわばズルをしたと言われるでしょうね。
そこのところをどうするかまだ決めかねています。斎藤さんはそこのところをどう思われますか?」
斎藤氏はそのように聞かれて考え込んでしまった。かっての競技者として、この学校の生徒のような存在がいきなり現れたら、到底受容できないだろう。
しかし、『人間が本来持っている、知られていなかった能力』という言葉に強く惹かれるものを感じることも事実である。
また、陸上のみならずスポーツの記録は様々なトレーニング方法によって継続的に伸びてきた。ドーピングとされる薬剤もある意味ではその一つであるが、それが強く禁止されているは人体に有害なものが多いためであり、無害であったらまた違う扱いになった可能性が高い。
斎藤はしばらくして大事なことを確認する。「ドーピングのように人体に有害なことはないのですか?」
「少なくとも今のところ全くそうした害は認められていません。それどころか、鋭敏性と知力の向上も明らかに認められています」田郷の言葉に斎藤は最終的に答える。
「うーん。他と競う場合は、結局その訓練をした人は別のグループの団体を作って競うしかないでしょうね」田郷がそれに対して応じる。
「基本的にはおっしゃる通りですが、大体その訓練を受けた者の内の20%程度は他の人が身体強化をしているのを検知出来るのです。また、その強化については入り切りは簡単にできず、ある程度の予備操作が必要で、スポーツの最中に強化が出来るようなものではないのです。ですから、能力を持ったものも監視員をおいておけば、強化無しでプレーしているという担保は出来ますよ。
教育者のとしては、身体だけでなくさっき言った知力の増加を考えると、生徒には是非訓練を受けさせたいと思っています。また、知力の強化については、どちらかと言えば体力強化のおまけのようなもので、魔力による差は小さいようで最も効果のある場合でも凡人が天才になることをありえませんので、この面の問題は少ないと思います」
田郷の説明に斎藤が応じる。「じゃあ、その訓練を受けた人にも、普通の競技に参加する道は開かれているのですね。ただ例えば、訓練を受けた人の競技会では、今の世界記録をはるかに超える記録がどんどん出るでしょう。そうした場合に、今の形の競技会の出場者のモチベーションが保てるかということが心配ですね。世界記録を出しても人類最強と言えなくなるわけですから」
「なるほど、それはありますね。しかし、その場合はさっき言った方法で身体強化ある場合とない場合を両方やる競技者がいれば、この場合はこうという意識が浸透すると思いますよ」田郷が言う。
すでにリタイヤして長い斎藤に別に何の権限がある訳でなし、この議論は公的には意味のないものであったが、田郷教頭にとってはいずれ交渉しなくてはならないスポーツ団体のものとの議論の予備的なものとして大いに有用なものであった。
狭山第2中学校のみで行われている、この魔力による身体強化をどう外部に発表するか、校内での教師の意見がまとまらない内に、この情報は外部に漏れた。これは、生徒が校内オリンピックの結果を家で話すのは止められないわけで、垂直跳びの世界記録115cmを破って135cmを跳んで2位になった生徒が、その賞状を家に持って帰ってローカル新聞の記者をしている親に見せたのである。
親は賞状を見ても信じられなかったが、息子が実際に跳んで見せると信じるしかなくなり、PTAの連絡網を使ってあちこちに連絡を取って、世界記録が続出したということを知ってしまった。
翌日、当然その記者山村は学校に電話をして、取材申し込みをしたうえで訪問している。
校長室で、記者を待つ山科校長と田郷教頭であったが、昨日、市の教育委員会にこの魔法による身体強化の件を報告したことは好判断だったと話をする山科校長であった。
「やはりマスコミから取材依頼が来たね。でもあれだけ変わった訓練を3週間もしていてよく持ったほうだな。昨日の『校内オリンピック』はどうせ漏れるとは思っていたよ。
しかし、すべての競技で世界記録を超える記録を出すとはねえ、信じられなかったですよ。まあ、生徒が世界記録を越える記録を出して家族などに話すのを我慢できるわけがないものね。しかし、昨日教育長の佐川さんに報告したから、まあ最低限の報告はしたことにはなるよね」
校長の言葉に田郷教頭が応じる。「その点はいいのですが。このたび、この学校でやっている魔力を使った身体強化のことは、新聞に取り上げられることで明らかになるわけです。しかも、中学生が世界新記録を続出というセンセーショナルな扱いですから、注目されるとともに、この技術というか訓練方法を他の学校あるいは組織に教える要求が多数出ることは確実です。
これに対しては、本校の生徒にもある程度訓練ができるものは居ますが、やはり指導者としては二宮ハヤト君が最適です。しかし、かれは昨日聞いたところ、自衛隊でなにやら秘密の仕事をやっているようで、今のところは動けないようですね。
ただ、1ヵ月ほどすれば、動ける可能性が強いということですから、そうした訓練は当面は本校での成果を確立するまで待ってほしいということにしたいと思います。彼の名前については、わかると家族にマスコミが行くことで迷惑をかけるので当面は伏せたいと思います」
そういう話の結果、校長と教頭は、新聞記者への話をどういう訓練が行われ、その結果がどうであったかの現象面に絞り、誰がそういう訓練を施したかについては、本人の了承がないの一点張りで公表を拒んでいる。
魔法を使った身体強化、さらにそれにより地元中学校の生徒が世界新記録続出という十分に大きなニュースバリューに、とりあえずハヤトの件は伏せたままで済んでいる。さらに、ハヤトについては、山切から生徒に対して口留めしており、彼に対して含むものがあるのは田所くらいだが、藪蛇になる彼が漏らすことはあり得ないので、その方向からは簡単には漏れないだろう。
翌朝、地元紙千葉新報の一面トップに「狭山第2中学校の記録会で世界記録続出!」の文字が踊り、さらに同じ大きさの副題に「魔法による、身体強化の成果」とある。
このニュースはローカルの話題で済むものではなく、全国紙のみならず世界中のニュースメディアが学校に詰めかけた。