野党ハヤトを非難する
ニュース関係がハヤトの関連事項一色になったその日の夕刻、野党新進党が記者会見を開いた。
党の幹事長を務める、西山美穂氏の話である。
「私たちは、二宮ハヤト議員の昨夜の週刊Fの編集部への侵入と、その魔法能力を使っての編集者への自白の強要を極めて深刻な問題だと捉えています。
とりわけ後者の他に対する自白の強要は、人の尊厳を侵すものであり、あってはならないことだと考えており、それは明らかな犯罪行為であります。つまり、彼の行為はいずれも犯罪であり、直ちに警察は彼を逮捕すべきであり、少なくとも彼は直ちに議員を辞すべきです。
もし、本人がそうしないなら、わが党は衆議院における弾劾にかけます」
多くの人が嫌う、顔をしかめながらの、一語ずつ区切っての話しぶりである。これに対して、記者から質問が出る。
「Y新聞の山崎です。ハヤト氏はわが国いや、世界に魔法の処方をもたらし、今やわが国ではその大きな恩恵にあずかっておりますし、世界もそれを待ち望んでいます。さらには、彼は資源探査ができる唯一の人物であり、すでにわが国の探査は終わり、今やその大きな恩恵にあずかろうとしているところです。この点は世界においても同様です。
そうしたハヤト氏に対して、それも外国勢力から金をもらって、貶めようとしたのが週刊Fであります。新進党は週刊Fには瑕疵はなく、ハヤト議員にのみあるということですか?
週刊Fの編集者が金をもらって、日本にとって大事なハヤト議員を貶めようとしたことより、ハヤト議員の行動の方の問題がより大きいということですか?」
「週刊Fの犯した行為は、また不法行為であるとは思います。しかしながら、週刊Fの問題は、ハヤト議員の不法かつ人倫にもとる行動がなけらば、明らかにならなかったということから考えれば、倫理的に無罪とは言えませんが法的には無罪でしょう」
西山は相変わらず顔をしかめながら言うのに、別の記者が聞く。
「S新聞の松井です。それでは、ハヤト議員は警察の捜査の結果を待つべきだったというのですね。それで、疑惑が残ったままになっても仕方がないと。結果として彼が、そういう日本が嫌になって海外、例えばアメリカに出ていってもいいというのですね。
また、あなたの言うことが仮に通った場合もそうなるでしょうが、それよりあなたのいう人倫にもとる行為の方が重要だということですか?」
これに対して、西山はさらに顔ゆがめて激しく言う。
「あなたは、何を言っているの?人権を守る行為というものは人類普遍のものです。どういう口実があろうと、それをゆがめてはいけないのです」
しかし、松井記者はあっさり言う。
「正義なんてものは相対的なものですよ。あなたの正義がどこまで通用するか、見ものですね」
記者会見はこのようにグダグダのままに終わった。
この新進党の意見に与するものも当然いたが、全体としてはごく少数派であった。
有名な安田弁護士があるテレビ局で語った、この件に関する意見である。
「家宅侵入は、侵入された方の意見というか申し立てによって、大きくその量刑が変わるものです。この場合、F出版はこの件では告発する気はないと思いますが、その場合は現場でも問題になっていないし、警察が立件するのは難しいでしょう。
また、魔法で答えを強要したときの罪なんてものはありませんし、これもその強要されたという本人が申し立てない限りは、刑法上の罪には少なくともならないでしょう。したがって、ハヤト氏を刑法上の罪に問うことはできないでしょうね。
また、新進党は人倫などということを言っているようですが、じゃあ、金をもらってあらぬことで人を貶めた方の、倫理上の問題はないのかということです。ハヤト氏の行為の結果の映像は、確かに法規上の証拠にはならず、法廷では認められないでしょう。
しかし、最初にハヤト議員を紙面で貶めた方も、やり返した方も、もともと法廷闘争を意図した行動ではないでしょう。週刊Fは、相手をスキャンダルに追い込んで、その名声を傷つけようというものです。それにハヤト氏は少なくとも世間に対しては、そのスキャンダルが嘘だということを暴いたわけです。
ですから、不法だろうが何だろうが、ああいう形で明らかに仕掛けた方が、卑怯で後ろ暗い存在であったことが証明されたからには、勝負はあったわけです。
しかし、大きな問題は、あの記事を裏付けようとしたのだろうが、子供が行方不明になっています。これはあの記事が招いたことと言わざるを得ません。たぶん子供のDNA鑑定の結果は、ハヤト氏には関係なしとなるので、ハヤト氏が犯人ということはほぼあり得ないですな」
F出版社内でも、この新進党の記者会見の件は話し合われた。「斎賀社長、新進党はこういうことを言っているようですが、当社としては動きはなしでいいですね?」副社長の林が現社長の斎賀に確認する。林は、新社長に指名はされたが、株主総会を経ないと正式にはなれない。
「むろんです。この話は弁護士の安田先生の言うことが正しい。世の中の人々の判断は、わが社が絶対的に悪くて、ハヤト氏の行動は報復のためで正当というものだ。なにより、わが社側が中国の走狗になった形になったことは言い訳のしようがない。それと、殺された可能性の高い、赤子がさらわれて行方不明になった原因になったのもな。
これは、当社の担当者が悪かった、それで、その監督の責任を取って社長が退く。これしかない。しかし、新進党は、本当に浮世離れをしているなあ。あれでは、政権交代は絶対に無理だよ。世の中が、どう考えるか全くわかっていない。要は政権与党の自民党を貶めたい一心だね。今頃は世論の反発にうろたえているだろうよ」
ハヤトも、彼の行動についてのインタビューに応じている。
「いやあ。私もね、思春期を弱肉強食のラーナラで、戦いの中で過ごしたでしょう?だから、行動原理が“目には目を歯には歯を”なんですよ。随分優しく行動したつもりだけど、悪かったかしらね。不法侵入という法律もあるんだったね、でも一応受付の人には挨拶はしたのですよ。
もっとも、知った人との勘違いするようにはしていたけれどね。記事を書いた担当者と編集長には、無理やりしゃべるように威圧はかけたよ。だけど、ぶん殴って無理やりしゃべらせてもよかったけれど、精神に働きかける方がスマートじゃないですか。そうじゃないかな?」
ハヤトの言葉に記者が応じる。「うーん、殴るよりはいいような気がしますね。ところで、この件で新進党の西山幹事長が、ハヤトさんにすぐ辞職せよと、しなければ国会で弾劾するといっていますが、どうおも思われますか?」
「うーん、辞めてもいいけどね、自分じゃ悪いと思っていないからちょっと辞められないな。増してや、西山さんですか、あんな訳が解っていない人に言われてもね」ハヤトが答えるのに、記者は再度聞く。
「では、ハヤトさんは議員を辞めるつもりはないと」
「うん、私にも投票してくれた人がいるわけよ。その人たちから、辞めろと言われたら辞めることも考えるけど、あんなのから言われてもね。弾劾でもなんでもすりゃあいいじゃない」ハヤトが答えてインタビューは終わった。
テレビのコメンテーターは例によって好きなことを言っているが、新進党の言うことももっともであるとする者はそれなりにいたが、さすがに週刊Fがそれをもって無罪というものはいなかった。
また、週刊Fの取った措置は、緊急避難の方法としては妥当であろうという意見がほとんどであり、ハヤトが辞職あるいは弾劾に値するというものは少数派であった。これは、西山の記者会見の結果、新進党に抗議が殺到したのを見て、これらコメンテーターも腰が引けたせいであろう。
その抗議の山を見て、新進党では急遽集められる限りの国会議員を集めて会合が開かれた。
西山美穂は、動議がどっちにしても通る見込みはなく、党内からも多くの反対者がいることにいら立って、その集会で吼えた。
「なんで、判らないのよ。魔法で人を操って、好きなことを言わせることのできる者が国会にいていいの?そんな人間がいたら国会の議論などは成り立たないのよ。例えば、わが党のものが意見を言う場で、好きなことを言わすことだってできるでしょう。それが、ライブで流れて御覧なさい?」
それに対して、若手女性議員の一人が反論する。彼は日本新世紀会の一員だ。日本新世紀会は、野党議員からも入会の申し入れが相次いで現在では超党派の会になっている。これは、野党も自民党と同様に処方によって、大幅に知力の上がった若手の議員が多くおり、野心的な多くの政策を提起している、日本新世紀会に入会してその動きに乗ろうとするのは当然だ。
ハヤトや幹事長の水田にしても、野党への根回しも簡単で、政策の実現がより容易になる野党からの入会は望むところである。
「西田幹事長、私はハヤト氏が会長を務める日本新世紀会の一員である北見涼子です。先ほどのお話について、一言言わせていただきます。私どもの会員には、ハヤト会長の能力についてはある程度知らされております。
週刊Fで、ハヤト会長が相手に答えを強要した、あれは“威圧”の応用だと思います。“威圧”というのは、彼が相手を気力というか魔力で圧倒する気になれば、相手は気力で圧倒されるそうです。それこそ100人相手がいても可能だそうですよ。
その気力で圧倒されるというのは、最も強い場合はしばらく気絶するそうで、気絶から覚めても数日は恐怖に震えるようです。だから、相手に本当のことを言わせる程度は、それのごく弱い適用です」北見の反論に目を吊り上げた西田は、ヒステリックになって言う。
「あなたたちね!党の動議に反旗を翻しているのは。ハヤトの危険性が解らないの?一年生のペーペーが何を考えているのよ!」
「はい。私たち、日本新世紀会のわが党の28人は、あの動議には反対します。なぜなら、あの動議は国民の大多数の意向に反するもので、明らかに国益に反していますし、単に政権与党を傷つけるためのみとみられています。
幹事長の記者会見に、あれだけの抗議が殺到したのは、その表れです。私たちは、会に入ってハヤト会長の人柄に接しています。彼は、確かに危険といえば、世界一危険な個人です。その肉体的な能力は言うに及ばず、様々な魔法の能力は悪用すればこれ以上ないほどに危険な存在です。
一方で彼は、ある意味単純で安定した人であり、基本的には善意の人です。好きなものは好き、嫌いなものは嫌いで、大体すぐ自分の感情も出しますが、その感情の起伏は激しくはありません。自分に対しての悪意に対しては鈍感なところがありますが、身近なものが脅やかされたり、傷つけられると反応は大きいようです。今回の週刊Fの問題は、自分より家族への迷惑を考えたのだと思います。
彼が、感情的に安定している、かつ善意の人というのは、私たちにとっては幸いなことだと思いますよ。ちなみに、今回の週刊F事件の裏には中国がうごめいていますが、なぜ中国がハヤト氏を執拗に狙うのかわかりますか?」
北見の最後の質問に西田は戸惑って反問する。「なぜって、中国は魔法の処方と資源探査で、ハブられたのが気に入らないのでしょう?」北見は相手が解っていないのにあきれて、思わず目を瞑る。
「はあ!わかっていませんね。では幹事長は、魔法の処方と資源探査については、日本については終わったから、もうハヤト会長は必要ないと。そういうことですか?」
「そ、そうはいってないわ。彼に反する立場にいる私たちにとっても、また一般の人々にとっても危ないからよ!」西田が、相手からあきれられたのを感じて、強く反発するのに北見はなおも言う。
「もっと重要なことがあります。私にしてもハヤト氏から直接聞いたわけではないですが、ほとんどの人が察していると思いますよ。ハヤト会長は日本の安全保障のかなめです。
あなたのしたこと、さらに今からしようとしていること、それはハヤトさんを国会から追い出して、日本に対してうんざりさせようとすることは、まさに国賊としての行為です。今後このような間の抜けたことはやめてください」
26歳の若く美しい女性議員から、そのように言われたもはや老年の女性幹事長は顔を真っ赤にして言葉に詰まる。それに対して、新進党党首の錦村が、ようやく何かに思い当たったという風に、西田が激高して何か言おうとしたのを手で押さえて北見に聞く。
「それでは、あの噂は本当なのか?」
「ええ、日本新世紀会でも公表はされていませんが、論理的な結論としてそれ以外にはありえません」それを聞いて、錦村は会場の党員に向かってマイクで言う。
「ええ、皆さんご苦労様でした。ハヤト氏への動議はわが党をとしては出しません。何かご意見はありませんか?」西田幹事長は口を開こうしたが、この言葉の後で錦村から、この上ない怒りの表情で、睨みつけられたもう何も言えない。
西田の腰ぎんちゃくといわれる中年の女性議員がおずおずと手を挙げて指名されて言う。
「あ、あのー。あの噂というのは、ハヤト氏が“まもる君”というものですか?」その声に、錦村が北見に答えるように目で促す。
「はい、論理的にそれしかありません。マスコミには出ませんが、すでにそれなりの人々の集まる世界では常識です。むしろ日本より、世界の方で有名ですよ。ということは、かって北朝鮮、中国に関してわが国が何もできない状態から、一気にイニシアティブを握れたのは彼のおかげです。
さらに、今は核ミサイルについては、陸上イージスでほぼ完ぺきに防御できていますが、重力エンジン機の製造がまだ途中の今、中国に海空軍に対する決定的な兵器は彼なのです。仮に、西田幹事長の言う動議が通って、うんざりした彼が日本から出て行った場合、どう責任を取れますか?
ましてや、今後海外の探査は日本のハヤト氏がやることにならないのですよ。まず、わが新進党は解党ですね」北見の通る声を聴いた議員からは、それ以上の質問・意見は出ずに会は終わった。
集会が終わった後、錦村党首は西田幹事長に言った。
「西田さん、今回の記者会見は失態だったとしか言いようがない。悪いが、党を守るためには、君に退いてもらうしかない。明日その発表をする。いいかな?」西田はなにか言いかけたが、思い直して頭を落とし頷く。




