週刊F崩壊
その日の夜、週刊Fの編集部で撮った動画は、有名動画サイトに持ち込まれて、その晩のうちに挙げられ、ネット社会の大きな話題になって、次々に様々なブログの種になった。従って、翌朝Y新聞と千葉新報の紙面を次の記事が飾った時には、多くの者がすでにその内容を知っていた。
『仕組まれたスキャンダル!C国に買収された週刊F編集者捏造記事を書く。殺人はC国工作員か?二宮ハヤト議員自ら疑惑を晴らす!』
およそ新聞に載るような記事ではないが、すでに出回っている動画の裏付けがある上に、記事を書いた本人が、その当事者が白状した現場にいた以上十分に説得力はある。
もちろんその夜、F出版では、社長の斎賀以下の幹部が集まって緊急会議が開かれた。週刊Fからは、現場を目撃した副編集長南とベテラン・デスク2名が出席しており、すでに事務所であったことの聞き取りは済んでいる。
「それで、間宮(編集長)と赤城は、どこかに行方をくらませたのだな?」社長の岡崎が聞くのに、南が答える。
「はい、私が社長に連絡をしている間に、気が付いたら2人ともいませんでした」
「ふん、馬鹿な奴らだ。まあ、どうせ懲戒免職だから一緒か。ところで、お前たちはあの記事はいくら何でも不自然とは思わなかったのか?俺は、危ないと思って間宮に確認したが、絶対大丈夫というのでな」社長の問いに、南は怯みながら答える。
「ええ、実はいくら何でも、あのハヤトが、子供を産ませて捨てるなんてことは怪しいとは思っていました。しかし、子供を産んだん本人が持ち込んでおり、あの赤城が書いて、間宮さんが認めると………」
「ふん、まあそうだろうな。取材してない奴が反対は出来んよな。俺も止められなかったからなあ……」社長が腕を組んで言うところに、副社長の林が社長を見て言う。
「社長、それより、わが社としての外部に対する態度ですよ。映像を撮られたということは、もうすぐネットに流出します。法的には、あのハヤトのやったことは違法ですし、彼の魔法で答えを強制した結果言ったことは、無効だと思います。
しかし、法的にはどうあれ、彼らの言ったことの事実関係については、金額等については自分答えており、言い逃れの余地はないでしょう。銀行口座という証拠もありますからね。しかも、買収されたという2人はすでに逃げている。
とはいえ、村田先生、ハヤト議員は少なくとも不法侵入の罪を犯していると思うのですが、なにか告発する方法はないでしょうか?」駆け付けた顧問弁護士を向いて尋ねる。
「うーん、ハヤト議員を不法侵入で告発することは出来ます。さらに、社員を脅迫、暴行した罪で告発することも出来るでしょう。しかし、総体的にみると、当方の相手に与えた害の方が大きいため、その冤罪を晴らすためと言えば、微罪になりますな。
しかもそんなことをすれば、相手が当方を巨額の損害賠償請求をする可能性が高くなります。その場合、銀行の口座を出させれば、買収の証拠があり、さらに殺された女性の子供のDNA鑑定の結果も出ますからまず負けます」部屋には沈痛な空気が漂った。
そこを破ったのは、メインバンク銀行から送り込まれている稲口常務である。
「当社もそうですが、週刊誌の基本的な路線が、有名人のスキャンダルを暴いてそれによって売れるというものです。有名人は一面では羨まれる存在ですから、人々はそれが貶められるのを見て喝采する面があります。しかし、この路線は一面では社会的な反発を買っていることも事実です。
さらに、今回の側面で忘れてはならないのは、我が国にとって極めて重要なハヤト議員を、中国と手を組んで陥れようとした形になったことです。つまり、明らかに国益に反する試みをそれも敵対国と組んで行い、それがしかも嘘だったということです。はっきり言って救いようがありませんな。もう、週刊Fは廃刊するしかないでしょう」クールなその言葉に室内は氷ついた。
「い、いや、今回は大変な不祥事であったことは認めます。し、しかし、実売40万部の伝統ある週刊Fを廃刊というのはあまりに……」副編集長の南が必死に言うが、稲口常務は冷たく返す。
「君たちは、ハヤトという存在を甘く見すぎです。彼の持ち込んだ魔法の処方が、日本のみならず、世界を変えようとしているのですよ。また、中国もまたしょうこりもなく手を出したようだけど、前のような目に合うと思いますよ。彼がはっきり言明したのを聞いたでしょう?
ハヤト氏は、スキャンダルまでは、笑って許したかも知れませんが、殺人を犯したのはまずかったですね。明らかにやりすぎで、もう見逃してくれません。それと、一般の人に今回の件がどう映るか考えてみてください」3人の週刊Fの社員は、うつむいたまもう何も言えない。
「社長、今回の件は不祥事の域を越えています。ハヤト氏は日本が空前の好況に沸き、若者が将来に向けて夢を持てる国になりつつあるその立役者です。さらには、すでに世界のあらゆる国に対しても同様になりつつあります。その彼を、偽りの情報で陥れようとしたのですよ。
さらに、それは殺人事件までを引き起こしました。すでに、会社のイメージは大きく傷がついていますが、これは国内のみならず、世界的にもそうなるでしょう。週刊Fは、すでにわが社にとっては、大きなマイナス資産になりました」
社長は、うつ向いてなかなか返事ができない。週刊Fは、会社にとっての大きな収益の柱だ。一方で、おそらく明日から、疫病神のごとく世の中から嫌われる存在になる。また、今回の記事に関しては社長の自分も止めることをしなかった。
「うむ、稲田さん、言われることはわかった。あなたの言う通りだと思う。私も、5年前ハヤト氏をのことを弄ってひどい目にあったことを思い出すべきだった。週刊Fは無期休刊にする。そして、私は社長の職を退く。次期社長は、副社長の林さんにお願いする」
斎賀社長は、目を見開いて最初に稲田、それから林を見て静かに言う。社長の決意に、室内の皆はかける言葉がなかった。
ちなみに、ハヤトに気絶させられた、中国の工作員と思われるシャイエンであるが、ハヤトの連絡で駆け付けた外事警察に確保されている。
F出版社は、主要幹部の同意の下に、翌朝のニュースに反映させるため、直ちに主要新聞社とテレビ局に通知を行った。
『当社の週刊Fの9月10日付の記事の内、二宮ハヤト議員に係わる記事を取り消します。その記事によって、二宮議員に対して十分な取材を行わず、誹謗中傷を行ったことを深くお詫び致します。その不祥事の責任をとって、週刊Fは無期限休刊とします。事実関係は今後も調査し近く発表しますが、全体の責任者としてF出版㈱代表取締役社長斎賀良一は辞任するものとします』この通知は、同じくその夜の内に広まった週刊Fの動画とともに翌朝のニュースに反映された。
翌朝、ライバルの週刊Hの編集長村社は、社長宮田に呼ばれて聞かれている。
「村社君、週刊Fの件、どう思うかね?」
「はい、あれは相手が悪すぎます。まず、二宮ハヤトを敵に回すということは、日本人の半分を敵に回すということです。多かれ少なかれ、魔法の処方を受けたものは、それをありがたく思っています。私も実はそうですが。
あれは、多分ハ二ートラップか、ばくちに巻き込んでどうしても金が要るようにしたのでしょう」
村社が答えるのに、宮田が言う。
「相手が悪いといえばその通りだ。しかし、あのハヤト氏のスキャンダル記事は絶対売れるよな。実際に大増刷した本は完売したし。もっとも、中期・長期的に言えば反感を持たれて損だろう。とは言え、あの場合は、おかしくなっていたかも知れんが、女性の証言はあったわけだ。
だから、真実であるかどうかは別にして、普通は無罪の証明なんかはできないから、水掛け論でなあなあで終わる訳よ。普通は週刊Fの記事を書いた奴、それに編集長が金をもらっていた、それももらった相手なんてわかる訳はないよ。
ハヤト氏の怖いのはそれを証明しちゃった点だよ。あの手段は、明らかに非合法だよ。不法侵入、それと魔法で強制してしゃべらせる。しかし、前者は基本的に言えば、無理やり押し入ったという証拠がなければ微罪だな。
さらに、後者は法律そのものがない。そして、今回の場合には、明らかに結果が手段のグレーな点を上回っているよ。なにしろ、週刊誌が金をもらって外国勢力に加担して、その国の最も重要、いや大事な人物を陥れようとしたということだからな。
週刊Fも、当然その手段がグレーな点は言えないし、司法当局だってそうだ。もしそこを叩く奴がいたら世論の袋たたきだ。週刊Fの無期限休刊、社長の斎賀さんの辞任は当然の判断だと思う。実行した2人は多分刑事訴追されるだろう。
いいか、あれがF出版ほど体力のないわが社だったら倒産だった。ハヤト氏の係累、それと日本新世紀会の関係には手を出すなよ。それを言いたくて来てもらった」
自分の顔を見つめる宮田社長に村社は深く頷く。
「はい、本件で私も胆に銘じました。でも、ハヤト氏的には、あんな能力があるということをさらしてしまったというのはまずかったでしょうね」
「ああ、まずいさ。それだけハヤト氏が怒っているということだし、国の安全保障関係者も怒っていると思うぜ。あの中国人の女がどうなったかは解らんが、知っていることは絞り出させるだろうな」宮田社長が言う。
ハヤトは、翌朝外事警察の留置所を訪ねている。国家安全保障室(NSC)の田島清吾から手をまわして、週刊Fのバイトに潜り込んでいた、中国の工作員シャイエンを拘束しているのだ。ハヤトが外事警察の若い木村警部にNSCの中年の川村警部を伴って、その取り調べ室に入った時、机の後ろにシャイエンが座っている。パジャマのような囚人服を着ているが美しさは解る。
『なるほど、ハニトラだったのだろうな。薬も使ったか』ハヤトは思いながら、2人の警部と共に正面に座って口を開く。
「さて、シャイエン。君も解っているだろうが、君が拘束されたのは君の上司も知っているよな。さらに、私が人に強制して真実をしゃべらせることができることは、すでに知られている。つまり、君はもう洗いざらい知っていることを喋ったと見られているのだ。わかるね?」
ハヤトは彼女の顔を見ながら言う。
「わかっているわよ。でも、私は大したことは知らないわよ。誰が殺したのかも知らないし」女はさばさばと言い、2人の調査官を見て懇願するように言う。
「ねえ、私は多分外に出たら殺される。知っていることは何でも喋るから、私が生きることができるようにしてくれないかしら?」
それに対して、川村警部が答える。
「ああ、上の了解はもらっている。それは保証するよ。必要なら整形もして、望むところに新しい身分証明と一定の金を渡して放してやる」
それに応じて、ハヤトが強制するまでもなく、シャイエンはハヤト関連で知る限りのことを喋った。それ以外の組織等のことについては別途、川村と木村によって聴取することになっている。
それでわかったことは、シャイエンが週刊Fに入り込んだのは、西田洋子がハヤトのスキャンダルの話を持ち込んだ以降のことであった。すなわち、週刊Fに入り込んでいた留学生が、西田洋子の話を聞きつけて、小遣い稼ぎに工作員にその話をしたことが切っ掛けで、その留学生に代わって入り込んだのだ。
シャイエンは、まず西田洋子の担当の赤城記者をハニトラで篭絡し、薬も使って金と体で支配下に置いた後、編集長については、ギャンブル好きとわかったので、赤城に命じて地下カジノに連れていった。そこまでいけば後は簡単で、あっという間に億になる借金ができたところで、その棒引きと5千万で赤城に協力することを強制している。
西田洋子を殺したのは、日本工作班の暴力役の誰かであり、その強行役集団の上司は知っているが、実行者は知らない。全体の絵を描いたのは、日本工作班の郭という男で、大使館の武官の一人であり、野心に満ちた45歳の若手エリートだ。一方、ハヤト案件はうかつに手を出さないようにという了解があったので、本国の上司の了解はもらっていたはずだということである。
「うーん、もう郭は逃げ出す準備をしているでしょうね。実行犯は解らずか」ハヤトはそう言い、シャイエンに聞く。
「誘拐した赤子はどうしたと思う?」
「そんなのは、殺して死体を持ち出したに決まっているでしょう?」
「ああ、そうだろうな」ハヤトは気分が悪そうに言って、2人の調査官に向かって告げる。
「これで、全体像は解かりました。しかし、中国側の被害が、シャイエンのみというのも気分が悪いので、郭さんがせいぜい国に帰っても居心地が悪いようにしてあげますよ」悪い顔で少し笑みを浮かべるハヤトに、木村警部はすこしドン引きしながら聞く。
「え、ええ……、それはどんなことですか?」
ハヤトは顎をさすって答える。「うーん、まあ聞かない方がいいと思いますよ。前に各国には警告していますよね。私を狙って何か仕掛けるのはいい。しかし関係者を狙ったら許さないとね。西田洋子も元社員だから関係者です」




