ハヤト日本へ
ハヤトは、アフリカ東岸の3国の資源探査を終えて日本に帰っている。
彼も衆議院議員なので、できるだけ議会には出席しようとはしているのだが、実際に本会議に出席できるのは年間の1/3以下である。しかし、本会議は全てビデオにとって、視聴して、議会での論議とその状況には追いついている。
とはいえ、実際には日本新生世紀会の幹事長の水田が、必要と思う部分のみを収録したものを視聴しており、これは実際の時間の1/10程度に収まっている。
「いやあ!本当に助かるよ!いつもありがとうな、水田君。でもこれだけ編集するのは大変だろう?手間を掛けさせて申し訳ないなあ」
ハヤトが、アフリカ東海岸部の詳細探査の途中で、送ってくれたビデオに対して、衛星通信で水田にお礼を言うと水田が応じる。
「いや、いや。ハヤト君の資源探査による、世界各国への存在感のために、我が日本新生世紀会の存在感はますます高まっているよ。おかげで、1年生議員の俺たちの存在感も高まるというものだ。それもあって、俺たちの提示した法案の議論はどんどん進んでおり、続々と実際に法律となって実行に移されそうとしている。
これは、君もビデオで十分把握していると思うけどね。だから、俺たち会員はその出身母体に対して鼻が高いよ。それにな、国会中継を編集するのは、俺自身にとっても内容を振り返って頭に入れるのにすごく役に立っている」
水田はひとしきりしゃべった後、画面の中のハヤトを見つめて一旦言葉を切る。ちなみに、衛星通信もやはり日本発の産業技術の加速によって、大幅に技術が進み、殆ど国内と変わらない程度に映像も音声も送ることができる。
従って、ハヤトと水田は15インチのパソコンの画面で、お互いの顔をクリヤーに見ることができる。水田が言葉を続ける。
「ところで、君の世界中に渡る資源探査を、衆議院として後押しするという決議が、君が今度本会議に出席したタイミングで行われることになった。つまり、資源探査によって会議を欠席することに、もはや文句は付けられないわけだ。その代わり、探査の選定は衆議院の各党の委員で決めるという奴もいたが、突っぱねたよ。ハヤトの功績の余光を浴びることで満足しなさいと言ってな」
ハヤトはこれを聞いて、正直に良かったと思った。やはり、議員という立場に自ら望んでなった以上、それを2/3程度の日数休むのは正直に言って、後ろめたいものがあったのだ。野党には、顔を合わす都度実際に非難して来る同僚議員もいた。
「ありがとう。助かるよ。俺も休みが多いのは、だいぶ後ろめたいものがあったからな」ハヤトが応じるのに、水田が言う。
「何、言ってんだよ!君が出席するくらいでちょうどいいと思うぜ。国会なんて単なるショーだ。少人数で詰めた話をしないと議論なんて深まるはずがないよ。あれは時間の無駄だな。何とかしたいよ」
「とはいえ、ルールはルールだ。でも、反対する者もいただろう?」ハヤトが聞くと、水田はニヤリと笑って答える。
「いや、全会一致だ。マスコミの左巻きの奴が、君の欠席を非難していたので、アンケートを取れと迫ったら、Y新聞が実際にやったのよ。結果は95%賛成よ。5%はどうも国益に反するということらしいが、こうなるともう反対できんよ」
その言葉に、ハヤトが笑って締めくくる。「いや、それは有難いが、多分あと1週間で帰るので頼むよ」「ああ、待っているよ」水田が応じた
ハヤトが、海外の国で資源探査をした場合の、日本への帰還はいつも自衛隊の府中基地に降り、基地の広報スペースで記者会見を開いて、調査の概要を説明する。この場合、広報資料は、要求するマスコミには送付済みである。
一行はJOGMCのエンジニア3人と、本庁からの外務省職員2人、それからしらとり01の機体の運用の自衛隊員3人であり、記者会見には機体の世話の仕事がある自衛隊員を除いて出席している。
彼らは、昨日午後、モザンビークの首都マプトで、3か国の詳細探査結果の概要を発表し、夜は3国合同のお礼のパーティに出席した。そして翌朝、駐機していた陸軍の演習場からしらとり01で出発したのだ。
しらとり01は、世界で初めての大型の重力エンジン機であり、マッハ2で巡航が可能であるため、ほぼ地球の自転速度で飛行ができる。したがって、朝8時に現地を発った機は、6時間の飛行で時差6時間の逆回りのため、午後8時に到着している。
記者会見は、基本的に外務省の職員からということになっているので、アフリカ課長の山口から発言を始める。
「ただいま約1ヵ月のモザンビーク、ジンバブエ及びマラウイ3か国の資源探査から帰って参りました。ある程度の情報は、都度公開していましたので、皆さんもご存知のことと思います。詳しい発表はJOGMCから発表がありますので、私からは一言だけですが、大体は概査の段階で予想はついていましたが、大変実り多いものでした。
ご存知のように、これら3国は、土地を提供してくれて、我が国の自治区建設を認めております。現地にはすでに、日本人の技術者が乗り込んで、自治区の街及び農地の建設の準備を行っております。今回の資源探査によって発見された資源は、自治区に建設される予定の、工業地区の構成に大いに影響を与えることは間違いありません。
一つには、当初の予定に比べ、多彩な工業が花開くことになると予想しています。さらに、発見された資源は、3国の産業・経済の建設に大いに貢献することは間違いありません。さて、次にJOGMCの矢野課長に調査の結果を説明してもらいましょう」
次に矢野が、配布した資料に沿って概査及び詳細調査の結果を発表する。
概査の結果は概ね正しく、ジンバブエでは大規模な石炭と鉄の鉱床の他に多彩な金属の大きな鉱床が見つかっている。面積の広いモザンビークは、世界最大級のボーキサイトと鉄の大鉱床に加え、石炭と銅の大規模鉱床、さらに沿岸で油田と天然ガスが見つかっている。
マラウイについては銅とボーキサイトのそれなりの鉱床があるが、他の2国に比べ見劣りするものの、そのマラウイ湖を中心とする豊かな水資源は、AE発電によってエネルギーコストが低くなる将来、むしろ極めて大きな資源と言えよう。
こうして、次が探査を実行した本人として、ハヤトのインタビューになるはずが、今度はいささか様子が違った。
「ええ、ハヤトさんにお聞きしたいのですが、今週の週刊Fにこのような記事が載るらしいのですが、これについて何かコメントはありませんか?」
記者の一人が、電車などの中吊り広告を掲げて聞く。
その大見出しは『衆議院議員二宮隼人、1歳の隠し子を放置!』である。さらに、『Y子さん涙の告白!あなたの娘を認めて!』というサブタイトルがついている。
ハヤトは目がクエッションマークになった。
「ええ!どういうこと?週刊誌というのは嘘を書いてもいいの?そういえば、週刊Fには前にも書かれたな。あれは、まんざら嘘でもないことを、悪意をもって曲げて書いていたけど。今度は明確な嘘だよ」ハヤトは呆れて言う。
「嘘と言っても、そう言って名乗り出てきた女性がいるんですよ。それに子供という証拠がある」別の記者が激しく言うので、ハヤトが聞く。
「あなたは週刊Fの記者?」
「そうです。私たちは、その女性からも両親からも確認しました。その女性はニノミヤ・カンパニーの社員だったのですよ」性格の悪そうな顔の記者が、胸を張って言う。
「そうは言ってもね。知っての通り、僕は結婚していないけど、恋人はいて子供も一人いるよ。むろん認知している。だけど、1歳の子供ができるような恋人はいないな。それは確かだ」
「しかし、彼女は無理やりあなたに迫られて結局子供ができたら、無視されたと言っていますよ」記者が反論するが、ハヤトは尚も言う。
「馬鹿な!俺は無理やりなんて絶対にしない。そんなに不自由してないもの。そういうのだったら、その女を連れて来いよ。鑑定したらわかるだろう?」
「お前は傷ついている女性を、これ以上貶めるのか?」記者は激高したような顔で怒鳴る。
「え!俺は反論しちゃあいけないの?」ハヤトは呆れて言うが、記者は勝ち誇ったような顔で言う。
「当たり前だ、傷ついた女性がこう訴えているんだ。素直に認めろよ」
「ええ!なんだい、その論理?」ハヤトはさらに呆れて、出席している30人ほどの記者を見回すが、同調しているものもいるが半数程度である。
「まあ、いいや。俺はそんな覚えはないので、その子供がいることが事実としても、俺の子供という点は明確に否定する。嘘を書いたあんたの会社には、それなりの措置はとるよ。それは覚悟をしておいてね」その晩の記者会見は、そのことでグダグダのままに終わった。
ハヤトは記者会見の後、自宅に向かいながら浅井みどりに電話をした。「ああ、ハヤト、記者会見は見たわ。お笑いよ。3級処方士で、2年ほど前に辞めさせた子がいるのよ。妊娠していたので、聞いたらあなたの子だというのだけど、あれは明らかに妄想だったわね。
親しい子に聞くと、どうもどこかのバーテンの屑とつきあって出来たらしいわね。最初は、嬉しそうにその屑の事を話していたようだけど、例によって妊娠した途端に捨てられて、おかしくなって『だったらいいな』が『だった』になったわけよ。
DNA鑑定をすれば、一発だから心配することはないわ」
みどりの話にハヤトは応じる。「ふーん。そんなことかとは思ったけど、あの週刊誌の記者、だいぶおかしいなあ。可哀そうな女が言っているから認めろだからな。俺は……、まあ、確かにあまり可哀そうではないな」さつきはくすくす笑って言う。
「確かにあなたが、可哀そうなんて言ったら、鬼が笑うわ」それから真面目な口調になって言う。
「処方をすれば、まともになるかと思ったけれど、却って思い込みの激しいのは余計激しくなって、最近は、おかしいわ」さらにみどりの口調が変わる。
「まあ、それはそれとして、ハヤト待っていたわよ。1ヵ月は長いわ。今晩は無理でも、明日はいいでしょう?」色っぽくなったみどりの声に、ハヤトはおもわずズボンが持ち上がろうとするので、慌てて魔力で押さえて言う。
「おい、おい、色っぽい声を出すなよ。すぐに会いたいが、まあ、でもやっぱり明日だな」
黒塗りの防衛省の車が家の門に着くと、そこには10人以上の記者らしき者がいて、車が止まるとわっと寄ってくる。
「ハヤトさん。ひと言!」
「ハヤトさん。1歳のお子さんは認知されないんですか?」
「ハヤトさん、1歳の子供を見捨てるなんて、ひどいんじゃないですか?」
口々に叫ぶ記者にうんざりして、ハヤトは大きめの声で言う。
「記者会見でも言いましたが、そんな子と女性は私には覚えがありません。従って、捨ててはないし、認知もしません!」
そう言って、母が遠隔操作で開いた門をくぐり、建物の玄関のドアを開けて中に入る。
「ただいま」言いながら入るハヤトを、玄関に立った父と母が迎える。彼らは、ハヤトがもしも子供を作った場合には、捨てたりはしないことを知っているので、その点はハヤトに確認しようともしない。
「大変だったな。ハヤト。しばらくはうるさいだろうね」父がねぎらい、母も言う。
「ハヤト、実はみどりさんから電話があってね。その妄想一杯の妊娠していた女の子のことは聞いたわ」
「ああ、だから、DNA鑑定をすれば問題ないさ」父がさらに付け加える。
「父さんも母さんも済まねいね。あんな風に記者に取り囲まれて。すっかり、迷惑かけたな」ハヤトが謝るが、父が笑って言う。
「ハハハ、有名税のようなものだな。そのうちに収まるよ。一杯やるか?」
「うん、そうだね。飯はしらとり01の中で食ったから、軽いものがいいな」ハヤトが上に上がりながら言うのに、母が応じて台所に速足で歩いていく。
「そう思って、ちゃんと用意しているわ」3人は、台所の小さなテーブルについて、母が準備している食事の前で、まずビールで乾杯する。
「いつもはいるさつきがいないと寂しいね。でも、さつきの結婚の件では、父さんも母さんもびっくりしただろう?」乾杯の後にハヤトが両親に語りかける。
「ああ、まさか相手が王子様とはな」父が言い、母は少ししんみり言う。
「私も本当におどろいたわ。近所の人は無責任にすごいとか、良かったとかいうけれど、私はとてもそんな風には思えないわ」
ハヤトはビールを飲みながら両親を見て言う。
「さつきからメールをもらったけれど、さつきと相手のミナール王子は闘ったらしいね。それで、さつきは相手の真剣さに打たれたんだと。本当に大事にしてくれているようだよ。
いつかは、さつきも結婚はするんだから、いい相手ではないかな。僕も10日ほど日本にいて、その後はタイを含めたインドシナ半島の資源探査だ。その時にミナール王子の事は見てくるよ。結果は、父さんと母さんには報告する」
その後、ハヤトは父母と差し向いで、母の手料理を食べながら、最初はビール、その後は焼酎に切り替えて、久しぶりの親子の会話を楽しんだ。その夜の惨劇を知ることもなく。




