ハヤトの闘い
たまには格闘シーンを書いてみたくなりました。
ハヤトは手早く着替えて、約束の時間通りに出ていく。
外はすでに暗いが、ホテルの正面は大きな広場になっていて、中心にロータリーがある。ロータリーには中心に背の高い照明灯が立っており、その周辺にも照明が巡らされて少なくともロータリーの中は十分明るい。
その広場全体が殆ど人で埋まっているが、ロータリーのほぼ中心に1人の長身の男が立っていて、その周辺は空いている。男の上半身は黒光りする裸であり、下半身にはゆったりした白っぽいズボンを履いている。
なお、ホテルのゲートの周囲には警備の兵が自動小銃を持って警備している。ハヤトも、上半身裸に下半身は紺のジャージであるが、ホテルのロビーを通るとき、多くの白人も混じった人々に見つめられ、すこし気恥ずかしく思った。
『うわ!これ、外に相手がいなけりゃ、いい笑いものだよな』
そういう意味で、外に出た時に同じ格好で待っている相手を見つけてほっとしたハヤトであった。ハヤトは、すたすたと歩いて、芝生の生えたロータリーの中で待っている男の正面に行き声をかける。
「お前が、ジェジャートか?」
「ああ、俺がそうだ。お前が異世界の勇者だったハヤトか?」
そう答えたジェジャートは、身長は2mを超え、鍛え上げた筋肉がみっしりとついており、それでも全体に細身で鋭敏そうであるが、顔は意外に童顔で整った顔であり、鋭い眼光は知性をたたえている。
「おお、俺がハヤトだ。これは楽しみだ。いまのところ、お前は俺が地球で会った中では一番強そうだな」ハヤトは答えるが、実際彼は人を介して日本で多くの格闘家と戦っており、すべて勝利を収めているが、これほどの雰囲気を持ったものと会ったことはない。
「では、いいか。参ったをするか。気絶をするかだ。シンバ・カミャロ、審判をしてくれ」
ジェジャートが一歩近づき手を差し出しながら言う。
最初は流ちょうな英語で、カミャロへの言葉は現地語である。
人ごみから少し出ていた、カミャロが進み出て叫ぶ。
「まかせろ、これは楽しみだ」現地語である。
それから、人々に呼びかける。「ロータリーから出ろ。いまから、ヤフワ・ジェジャートと異世界の勇者ハヤトの闘いが始まる」
無論現地語だ。それから、人々がサークルから出たのを確認して、向かい合った2人に英語で叫ぶ。「始め!」
2人は3mの距離を隔てて、一瞬お互いを見つめていたが、周りの人にはジェジャートがふっとぼやけたと思うと一気にハヤトに迫り、右のフックをその頬にたたき込むのに気が付く。
しかし、ハヤトはダッキングで顔をそらし、連続して襲ってくる左のボディへのパンチは両手で受けるが、そのパワーで1mほど後ろに飛ばされる。
それに対し、ジェジャートが一歩踏み込んで、最も逸らしにくい股間へ蹴り上げてくるが、ハヤトはそのまま後ろに倒れ込んでくるりとなめらかに回転して向き直ろうとする。
しかしジェジャートはさらに踏み込んで、反対の足でハヤトの顔を狙ってさらに蹴り上げる。その足をハヤトはひょいと両手を組んでつかみ、蹴り上げるパワーを利して立ち上がり、そのまま後ろに跳んで手を放す。
そこで、2人は少し飛びずさって2mほど離れて相対するが、お互いに笑みを受かべている。
それは、周りで見ている人には、殆ど目にもとまらぬ殆ど一瞬の攻防であり、それをカメラで追っている2人のカメラマンにとっても、目まぐるしく動く人影を追うのが精一杯である。
今度は、ハヤトがふっと霞んでジェジャートに迫り、ボディを狙って右手の拳を打ち込み、ジェジャートはそれを肉体で受ける。彼は今まで数限りなくそうやって受けてきたが、ダメージが全くなかったので自信を持って受けたのであるが、いままでとは打ち込むスピードが違った。
すなわち運動量が大きいわけであり、ジェジャートの体は九の字に折れ曲がって、とっさに後方に跳びすさって1回転して腹を庇いながら中腰に立つ。
「どうだ。俺の打撃を肉体で受けては駄目だろう。お前のパンチもやばいけどな」
ハヤトは構えを解かないまま、静かに言う。
見ていたカミャロは息を飲んだ。ジェジャートが、パンチで痛そうにしたのは知る限り始めてである。それに、両者のスピードは彼が知る戦士と桁が違う。
ジェジャートの強さはパワーとその頑健な体もあるが、その本質は突出しているスピードであり、小柄な戦士よりはるかに速いので誰もが圧倒されて負けてしまうのだ。
さらに、集団戦の場合にはその頭の良さで個の強さと集団の強み弱みを良く理解して、その時に最適な戦法をとって、いつも勝を得るのだ。
しかし、ハヤトはスピードではややジェジャートに勝るが、おそらく20cm以上の身長差と30kgの体重差は覆せないだろうと思っていた。しかし今のやり取りを見ると、ジェジャートが耐えられないほどのパワーもあることになる。
それでいて、ハヤトはさらに地球上では圧倒的に最強になる身体強化という武器があるのだ。
しかし、現状は身体的にはほぼ互角であるものの、ジェジャートが頭の良さで有利ではないかと思うカミャロであった。30秒ほど待って、ハヤトは構えながら、体を伸ばして直立したジェジャートの頭を回し蹴りで刈りにいった。
ジェジャートは余裕を持って身をかがめてそれを避けるが、ハヤトは足を変えて再びボディへの横蹴りを放つ。それをジェジャートが跳び退って避けたところに更に足を替えて反対からの横蹴りを放つがすべて避けられた。
しかし、ハヤトが続いて大きく踏み込んで前蹴りを見舞うと、今度はジェジャートも避けられず蹴った足を両手で受ける。そして、受けた足を掴み捻り倒そうとするが、ハヤトは素早く足を引き抜いて、前のめりになりながら掌底でジェジャートの顎を狙う。
ジェジャートは素早く顎を引くが、力を入れかけたところであったため、掌底がかすって脳が揺らされ、一瞬意識が飛びかける。
しかし、ハヤトも体が伸び切っていたため、ふらふらと交代するジェジャートの追撃はできずに一旦体勢を立て直す。
一拍後、ハヤトはそこから更に踏み込んで回し蹴りで自分より20cmも高いジェジャートの首筋を狙う。流石にジェジャートはぼんやりした意識の中で片手で首筋をガードしようとする。
だが、鉈を振るったような威力のあるハヤトの蹴りに堪えられず、威力は弱めたものの首筋の急所に蹴りを食らう。ジェジャートは蹴りの方向に倒れ込み、芝生の上に横たわる。
しばらくは数千人の群衆は静まりかえったが、いち早く我に返ったカミャロの声、「それまで!勝者、ハヤト!」との叫びに「うわー!」と地響きのような歓声が沸く。
錦村大使と山口課長も責任上ホテルに引っ込んでいるわけにもいかず、警備兵のそばに立ってわずか5分にも満たない活劇を見ていた。
山口は、今回のアフリカ出張に関しては、出発前は実のところ不満であった。しかし、立場上は1年生とはいえ衆議院の議員であるハヤトに対し、本庁の課長職にあるとは言っても、役人の彼は下位にあることは確かである。
増して、ハヤトは公然の秘密として、ほぼ個人で北朝鮮のミサイルを無力化した結果、北朝鮮と韓国に対して、日本には都合のいい形の政変を促し、さらには中国の軍事的な脅威を事実上消し去った人物である。
加えて、精密な資源探査ができるという、日本のみならず世界に大きくインパクトを与える能力を持っている。実際その資源探査の結果、日本及びその近海で発見された資源の開発はすでに着手されているが、その開発によって今後10年間は日本のGDPを3%ほど押し上げるとされている。
続いて行われた、北朝鮮・台湾の調査も実り多いものであった。北朝鮮からは鉄鉱石・石炭の大鉱脈、金鉱・マンガン・ニッケル・コバルト・モリブデン・ウラニウムの大きな鉱脈が見つかった。
この開発によって、今後5年で100万人以上の職が得られ、北朝鮮に約1千億ドルの収入をもたらすと推定されて、そのGDPを大きく押し上げることが可能になったとされる。
台湾は尖閣の石油層に続く石油・天然ガスの大鉱床が見つかったが、金属鉱床は金鉱の比較的大きな鉱床の他にめぼしいものはなかった。しかし、石油・天然ガスについてはEEZ内のもののみでも台湾の消費の10年分は十分とされ、その後はAE発電に移行できるので、台湾政府としては大満足であった。
しかし、アメリカ合衆国とカナダの探査の結果は桁が違っていた。大規模な石油・石炭の鉱床は言うに及ばず、殆どあらゆる金属鉱床の大きな鉱床が見つかっており、近い将来両国とも今後の鉱物資源の輸入は必要なくなると言われるようになった。
ちなみに、環境に極めて害の大きいシェールガスの採取は、この発見に伴って禁止された。
その探査に関してアメリカに大いに恩を売った日本政府は、魔法の処方の技術・EA技術の開発等の効果も与かって、ほぼアメリカへの従属的な立場を脱したとされている。
そのようなハヤトを、政府として大事にするのは山口も良く解かるし、外務省が今後資源探査に大いに係るのも解かる。一方で、モザンビーク等のアフリカ東海岸に日本自治区を造るという話が出た時には、彼は『何を馬鹿な話を』と思っていた。
アフリカ課長として現地でそういう話が出ているのは承知していたが、新人議員の会がその話を政策として掲げた時には、とても実現するとは思えなかった。しかし、大臣から「全力でサポートすること」と命令された以上、彼としては課を挙げて努力するしかなかった。
ところが、モザンビークとジンバブエ両方の現地の大使館から上がってくる話では現地側が極めて乗り気であり、実現の可能性は非常に高いというものであった。
ただ、モザンビークでは反対論が根強いという報告も上がっていたが、それもハヤトが、両国を初期の資源探査対象に含めると言ったとたんに完全に賛成派ばかりになってしまった。
そのおかげで、50歳の本庁の課長たる自分が、いってみれば若造のハヤトの御伴でアフリカまで来ることになってしまった。しかし、逆にはそのおかげで資源探査用に改修された“しらとり01”の、事実上初の実用飛行に乗ることができたことも事実である。
それに、まずハヤトに始めて会って、その圧倒的な存在感と、腰が低いわけではないが自然体の公平感には好感を持たざるを得なかった。
さらに、機内の6時間余りのハヤトとの様々な話で、中学卒で異世界に行って、大検を取ったのみの学歴というが、広範な知識と鋭い知性には圧倒される思いであった。
その意味で、大統領府でモザンビークの大統領の前で、相手の大臣相手にまったく怖じることもなく、これまた自然体で堂々と反論する姿に、自分ではああいう風には出来ないと感心した。
その結果、地元の武装グループと対立することになりそうであるが、ハヤトを見ていると別に大したことにはならないだろう、とどこかに安心感があった。
そうは言ってもジェジャートと闘うと言いだしたときは困ってしまったが、本人がやるという以上止める手段はないわけである。『困ったものだ』というあきらめはあったが、明らかに目を輝かせているハヤトを見ていると、その戦いを楽しみにしている自分に気が付くのであった。
従って、「責任上やはり見守る必要があるでしょう」と錦村大使と外に出てその戦いを見るようにしたのは、大部分の気持ちは自分も見たかったからである。また、彼は60年配の錦村大使も同様であると確信している。
ジェジャートとハヤトが対峙しているのを見た時、その体格差は大きいとは感じたが、どちらも持っている圧倒的な存在感は、ハヤトがやはり上だなと感じていた。闘いが始まってから、格闘技には素人の山口にはあまりに速い動きについていけないが、それでも両者が必死に闘っており、その力に殆どに差はないことは解かった。
また、ジェジャートの速い攻撃をハヤトがしのいで一旦分かれ、その後ハヤトのボディへの打撃に耐えられず、ジェジャートが逃れてハヤトが回復を待つのはわかり、やはりハヤトの方に余裕があるのは感じた。
その後は、ハヤトの蹴りによる連打をジェジャートがしのいでいくが、続いて放ったハヤトの掌底の顎への打撃がかすったものの、ダメージは無いように見えたが、次の回し蹴りでジャジャートは遂に芝生に沈んだ。
それを見て山口は思わずガッツポーズをとってしまい、反射的に恥ずかしくなって周りを見ると日本人は皆同じようなポーズをとっている。しかし、現地の人は警備の兵士を含めて茫然としている様子だ。
数秒の静かな瞬間、山口は危険ではないかと思った。彼らの英雄が、良く闘ったとはいえ日本人に敗れさったのだ。しかし、それは杞憂であった。
まもなく、カミャロの現地語での叫びのあと、群衆はどっと沸いた。様々な絶叫と拍手、足を踏み鳴らすものもいて、その場は地響きと人々の叫びに包まれた。その中で、ハヤトは倒れているジェジャートに歩み寄り、彼の上半身を起こして活をいれる。
ジャジャートは目を見開き、頭をブルリと振って見渡し、背後から覗き込んでいるハヤトを見て、ニカリと笑ってハヤトに手を差し出す。お互いに握った手を見て群衆は再度沸き立った。




