陸上自衛隊朝霞駐屯地
予約投稿です。
どこまで、毎日投稿できるかな。
先の飲み会から3日後、ハヤトに安井から電話があり、その日の午後、目だたない自衛隊の車が彼を迎えに来た。行先は陸上自衛隊の朝霞駐屯地であるが、乗ったまま検問を受けて正門から入り、多くの隊員が走っているグラウンドを横目に、着いた2階建ての平凡な建物の前に暗い草色の戦闘服を着て安井が待っている。
「おお、よく来てくれた。ありがとう」と安井は手を差し出したハヤトと握手をして歩き始める。
建物のほぼ中央の入口から、左に向けて廊下を歩き、開いている突き当りのドアをくぐる。がらんとしたコンクリートむき出しの部屋は、外光のみで照らされており少し暗いが、制服の2人の男性と女性1人、戦闘服の男性2人が立っている。戦闘服の人たちのそばには3脚の上に固定したカメラを準備されている。
安井がさっと敬礼し、ハヤトを手で示して言う。
「彼が、お話しした中学の同級生の二宮ハヤト君です」
皆、興味深く彼を見ているが、中のもっとも年配の制服の男性が話し始める。
「二宮さん、今日はわざわざおいで頂きありがとうございます。私は、この駐屯地の計測班長の香川2佐です。まあ、レーダーとかの係ですね。安井君もそうだけど、彼らも同じ部署です」そう言って周りの人々を手を振って示す。
「今日は、安井君から話を聞いて、正直に言うとまだ信じられないのだけど、君の能力を見せて頂きたいと思って来てもらいました。またビデオも撮りたいのですがよろしいですか?」目を見て言う香川2佐にハヤトは頷いて言う。
「ええ、お見せしましょう。ビデオを撮って結構ですよ。しかし、これは言うまでもありませんが、ビデオと情報は自衛隊以外には出さないでください」2佐は大きく頷いて続ける。
「無論です。事実であれば、言ってみれば第1級の軍事情報ですから。それでは、見せてもらう内容をまず教えて頂いた上で、実施して頂けますか」
ハヤトは更に頷いて告げる。「では、まず無難な光魔法から、ビデオの準備はいいですか?部屋の中心に灯しますが、少しまぶしいので最初は顔を背けておいてください。では、発光!」
薄暗い部屋の真ん中で床から約2mに径10cmほどのまぶしい光が現れる。目を細めてぎりぎり見える程度にまぶしい。それは5秒ほどで消え、信じられない思いの皆にハヤトの声が響く。
「地球上だとこの程度ですが、異世界のラーナラでしたら、数百m上空に発光させて、半径1㎞くらいを明るくできました」
「い、いや、失礼なことを言いました。まさに本物ですね。ではほかの魔法を」驚きから冷めきれない香川2佐が言う。
「では、次は火といきましょうか。ただ、これは熱を発するもので燃えるものを無から持ってくることはできないので、基本的には燃えるものが近くにないと、火は出ません。燃えないと思いますが、まずこのコインを熱してみましょう」
ハヤトは言って、百円玉ほどのメダルを取り出し部屋の中心の空中に保持する。「いま、メダルが空中にあるのは風魔法によってで、これはいわゆるテレキネシスですね。では熱します」
数秒でコインは赤熱し、どろりと溶ける。
「うーん、ラーナラでしたら燃えて蒸発しますが、ここではこの程度ですね」
さらにハヤトは、1)床に置いた丸木の有機分を利用して火の弾を浮かべて、的に撃ち当てる、
2)空気中から水分を抽出して水玉を作りだす、
3)バケツの中の水を凍らせて槍として的に撃ち当てる、
4)土嚢の4袋を高く持ち上げる、等の魔法を見せた。
「まあ、こんなものです。今の日本であれば、これ以上のことが機械を使えばできるので、見世物にしかならない能力ですがね」
自嘲してハヤトが言うのに、目を輝かせた自衛官たちは首を振り、香川2佐が言う。
「いやいや、使い方次第ですよ。ところで身体強化ですか。身体能力も上げることができるとか」ハヤトはその言葉に軽々と跳び、高さ3mの天井に手を突きふわりと降りる。
「ええ、こんな感じで5mくらいは跳べますね。走れば100mを5秒くらいでしょう」軽く言うハヤトの言葉に皆、目を見開いている。
「その、し、身体強化というそれは教えることはできるのですか?あ、失礼、水藤秀樹2尉です」20代らしき制服の将校が聞く。
「ええ、その点は私が居た中学校でやってみましたが、全員ある程度の魔力を持っているので、訓練によって皆ある程度効果はありました。そのうちの大体30%くらいは顕著に効果がありましたが、ベースの体力がものをいうので皆結構夢中になって訓練していましたよ。
地球人でも、人は皆ある程度の魔力は持っているのですよ。ただ、マナが非常に薄い地球で魔法を発現出来る人はめったにいませんが、身体強化はその魔力を体内に使うので少ない魔力でも効果はでるのです。しかし、魔力については人によってその大小に大きな差がありますね。ただ、訓練によって魔力を伸ばすことは可能です」
ハヤトの言葉に水藤は食いつく。「具体的にはどんな訓練をするのでしょうか。またそれはこの駐屯地で出来るものですか?」
「中学では当然私が訓練方法を教えて、それを生徒が実践し始めてそう1週間後くらいから効果が出ましたね。だから、この駐屯地でも当然出来ますよ。それと効果ですが、最も高いものは5割以上の効果、100m走を13秒だったものが9秒台になりました」
このハヤトの返事を聞いて、水藤はさらに食いつく。「それは、すごい。是非、この駐屯地でお願いしたい」
水藤の迫力にやや引き気味ながらハヤトはあっさり回答する。「ええ、いいですよ。どうせ暇だし。しかし、身体強化を身に着けるのは若い方が良いとされていたので、自衛隊の方は中学生ほどの効果はでないかもしれませんよ」
「いや、戦闘を行うことが必要な自衛隊員の身体能力が何割か上がるということは凄いことですよ」水藤が言うが、そこで香川2佐が口をはさむ。
「うん、それは重要なことだ。是非やってほしい。しかし、緊急の課題を先に確認したい。このように二宮さんの能力が実証されたということは、今回の主目的である探査能力も同様にあると考えられる。探知をお願いしたい衛星が日本上空を通過し始めるまであと15分だ。2階の監視室に行くぞ」
2佐の言葉に従って、制服の3人と安井が2階にあがり、頑丈そうなロック機構付きのドアに2佐がカードをかざしてドアを開ける。中には、スクリーンや様々な機器を置いたデスクが5つあり、5人がその前に座っている。前面には200インチほどの大きなスクリーンがあり、日本列島と周辺諸国が描かれ、その上を多くの光点が動いている。
「二宮さん、10分後にあのあたりに光点が現れるはずですがこれは人工衛星です。まもなく日本上空を通過します。あれについて細かく探知してほしいのです」香川がハヤトに地図を指して言い、ハヤトは位置をじっくり確認して答える。
「マップを展開するのに5分程度かかります。あの椅子を貸してください、集中した方がいいので」ハヤトは同意を得て、ゆったり座り目を閉じしばらくするとつぶやくように言う。
「うん、捕まえた、高さ500㎞くらいかな、距離は800㎞程度だな。形は円錐形で灰色に塗られている。あれ何というのかな、中国の国旗に描いている図と同じものが描いてあるよ。ということは、中国製か。フーン、中はぎっしりだね。これが動いているな。なにかカメラっぽい」
ハヤトが目を開くと、部屋に居たオペレーターであろう人々も加えて皆がハヤトに注目しているのに気づき誰ともなく聞く。
「ええと、あれは中国製?」皆が頷く。
ハヤトの目が再度焦点を失って、遠くを見ている感じで、「あのカメラだと思うけど、何かいやな感じがするんだよね。えい、えい、えい!っと」数秒して、再度皆を見て言う。
「配線を切ってやった。たぶんカメラは動かなくなったよ」
その瞬間、中国の海南島の文昌では、米軍の岩国基地を撮影していた衛星の長征17号からの映像が突然途切れ、オペレーターが大慌てで必死に操作したが、カメラ関係の操作は全くできずその後も回復することはなかった。
朝霞駐屯地の監視室では、皆がどう考えていいかわからないという顔でハヤトを見ていた。しかし、オペレーターの一人が叫ぶ「あ!長征7号からの信号が止まりました」との声に、目を見張り、そのことが意味することを考え始めた。
沈黙に少しあせったハヤトが、「悪かったですか?壊しちゃった。てへ!」ペロリと舌を出す。
「い、いや、あれはスパイ衛星だから機能を止めてもらって助かった。落としたらちょっとことが大きくなるがね。まあ、我々が壊したと言っても信じないだろうよ」香川2佐が言う。
「ということは、言われるように1000㎞の範囲だったら物体を検知して、その中まで探れ、しかも中をいじれるということですね?」考えながら女性士官が言って、少し慌てて名乗る。
「あ、私は通信開発班の風間1尉です」その言葉にハヤトは答える。
「ええ、探知とズーム及び内部の探査は問題ないです。でも、今日は細い電線でしたから、取り付け部を引きちぎれましたが、もう少し頑丈なものだと無理ですね。皆さんの要望は北朝鮮のような敵のミサイルを無力化することだと思いますが、ミサイルの構造を勉強して効率のいい破壊方法を考えだす必要があります」
中にいる自衛官は、お互いに顔を見合わせる。
現在自衛隊には、北朝鮮から飛んでくるミサイルを確実に撃ち落とす手法の開発を政府から求められているが、最終速度が秒速10㎞に近くにもなるミサイルに対しては現状のところのシミュレーションではいいところ50%の確率でしか落とせないという結論であり、それが大問題になっていたのだ。
それが、1000kmのかなたでミサイルを探知でき、内部から破壊することで結果的に撃ち落とせる個人がいる。
陸上イージスシステムを含め、現在進めている開発が進めば、3年後にはほぼ100%の撃墜が出来ると考えているが、今にも勃発しそうな北朝鮮と米国の戦闘、その結果として飛び火して日本に核ミサイルが降ってくる可能性があるのだ。すなわち、今現在の対策が求められているわけで、そういう意味では解けない問題と思われた難題に回答を見出したと言ってもいいだろう。
香川2佐は、思わず揉み手をしてハヤトに話しかける。
「二宮ハヤトさん。是非あなたのいう破壊方法を超特急で確立してほしいのです。明日にでもミサイル関係の技術者を集めますから、基地にある最高級の来賓室を用意しますので申し訳ないが、暫く基地で泊ってほしいのです。また、出来ればその間にさっき話のあった身体強化の件もお願いしたいはどうでしょうか?」
ハヤトはあっさり頷く。「いいですよ。どうせ暇だし。うまい飯をお願いしますね。だけど着替えなんかもいるし、今日は一回家に帰ってきますね。家には今から行きますよ。往復2時間くらいですから、18時半頃には帰って来られます。晩飯は期待しています」
ハヤトに安井をつけて自宅に帰した後、香川2佐は女性士官の風間1尉を伴い、直ちに駐屯地司令官天野陸将補の部屋を訪ねた。司令官はすぐに数人の幹部士官を呼んだので、香川2佐はハヤトに関する説明の後、その日のハヤトが行使した魔法のビデオを見せ、さらに監視室での状況を説明した。
「このように、荒唐無稽のようですが、この二宮氏がいわゆる魔法を使えることは事実です。しかも、その魔法は1000㎞の彼方の物体を探知し、その物体の詳細を探査し、その上内部をいじることができます。実際に500㎞の高度、距離800㎞の中国の衛星を探知し、そのカメラの配線を引きちぎったというのです。
残念ながら、これはビデオで確認することはできませんが、彼が配線を引きちぎったと言った瞬間にその衛星の信号が途切れていますので、間接的な証明にはなるかと思います」
「うーん」香川2佐の報告を聞いて、余りに途方もない話に出席者からうなり声が出る。
普通では絶対に信じないような話を、これだけの証拠を見せられれば事実として受け入れなくてはならない。しかも、それが事実とすれば、自衛隊が国から突き付けられた最大の難題を解決してくれる可能性が非常に高いのだ。
「それで、その二宮君の能力からして、ミサイルを撃墜できる見込みはどうかね」1分を超える沈黙の後、天野司令官が香川2佐を見て尋ねるが、風間1尉が2佐を見て彼が頷くのを見て答える。
「はい、私、風間1尉はミサイルの開発にも関係しましたので、私からお答えします」一旦間をおいて風間は続ける。
「二宮さんは、人工衛星のカメラの配線を接続部から引きちぎったと言っております。ミサイルにも、その程度の太さであり、その飛翔に必須の機能を司る配線はたくさんあります。しかし、そのためにはミサイルの構造を知る必要があり、これは彼の言う通りです。
しかし、ビデオでご覧になったように彼は魔法の行使で100円玉ほどのメダルをものの3秒ほどでドロドロに溶かしてみせました。この能力を使えば、ロケットの燃焼剤や炸薬などを破裂させてもっと単純かつ短時間でミサイルを破壊出来るでしょう。
どちらにしても、彼、二宮さんの能力で日本に向かうミサイルの撃墜は可能だと確信します。また、1000㎞の距離で破壊できるということは、相当程度にミサイルが連射または数台が同時発射されても対応可能でしょう」聞いていた出席者はしきりに頷いている。
「風間1尉、ご苦労。良く解かった。それでは、香川2佐、二宮君を取り巻く状況について判っていることを説明してくれ」
香川は、天野司令官の要求に安井から聞いているハヤトのことをその能力を含めて説明する。
「そういうことで、彼はしばらく地元の中学で非行問題を解決していたようですが、そこを辞めて現在は暇だ、ということで今晩から本駐屯地に滞在してもらうことにしました。
さらには先ほど説明した身体強化を、もし本駐屯地の隊員に教えることが出来れば、ミサイルの問題のみならず本駐屯地には大きなメリットがあると思います」
説明の後の香川2佐の締めくくりに、司令官が考えながら言う。
「うん。それは良かった。それにしても、15歳で異世界に攫われて、いや召喚か。勇者として魔族を滅ぼして7年ぶりに帰ってきたなどと、とても信じられないが、じゃあ、彼の魔法としか言いようのない能力はなんだということになるよな」
考えながら、下を向いてしゃべっていた天野司令官は、出席者を見渡してきっぱり言う。
「彼のいうことは信じよう。我々自衛隊の難題を片づけるためには彼の能力は必須だ。また、彼が我が基地に滞在することにはメリットしかない。
みな、彼の言っていることに関して疑ったことをいうことを今後は許さん。二宮君には最大限の敬意を払って接してくれ。今晩の夕食会には私も出ます。君たち幹部職員も出てくれ」