ハヤトの復讐1
家族に迫る危機にハヤトは怒り復讐を決意します。
この章はまだ復讐の序章ですので誤解なきよう。
母の涼子は、空港病院に運んだ後、まもなく目を覚ましたが、起きた当初は怯えた目で恐怖に震えた。しかし、見守っていたハヤトの顔を見ていっぺんに安心したものの、一方で誘拐時に強い薬を吸い込まされたために頭痛を訴えた。
その頭痛は、医者の処方した薬によって和らぎ、一安心した時に父が駆け付けたので、後は父に任せて、待っていた警官と活劇のあった航空機に行った。しかし、すでに大けがをした犯人3人は病院に搬送され、機長他のクルーのみが残っていた。
ハヤトは、逮捕された飛行機のクルーには興味はないので若松警視に聞く。
「あの犯人たちは、何かしゃべったのですか?」
「いや、何もしゃべらないし、何も身分を示すものは持っていない。しかし、あれは中国人で日本の国籍は持っていないはずだから、パスポートのコピーから割りだせるだろう。今やらしている」
若松は答え、さらに続ける。
「ところで、君の妹さんはえらく活発だね。銃を持った3人に襲われて返り討ちだ。運転手を加えた4人をのしてしまって、そのうち2人は重体だな」
ハヤトは少しため息をついて応じる。「ちょっとね、お転婆というか。まあ、身体強化をすればそのくらいは出来るけど、銃を発火させたのは余計だったですね。怪我をしたのは運も悪かったな。
通常は弾がはじけても、あらぬ方向に飛ぶのだけど、向かってくるとはね」
「外事警察にも、自衛隊からきてもらって魔法の処方をしてもらっていて、私も処方は済んだけど、妹さんのようにはいかないな。まして君のようには絶対に無理だな」若松は、自分への効果から、身体強化を甘く見ていたのを反省しながらしみじみ言うが、ハヤトはそんな若松の感傷は無視して言う。
「で、ここの状況はわかりましたよね。犯人のボスの所に連れて行ってください」
「だけど、君が行ってもしょうがないだろう。尋問は我々に任しておいて欲しい」
若松が応じるが、ハヤトは尚も言う。
「しかし、どうせ尋問しても白状しないでしょう?」
「うーん、まあそうだね。あの手の連中を白状させるのは無理だ」
若松が顔をしかめて答えるのにハヤトがさらに突っ込む。
「僕が行けば、白状しますよ。洗いざらい全部ね」それを聞いて若松は明らか表情を変えて、ためらいながら言う。
「うーん、君だったら出来るかも。しかし、拷問とかはできないよ」
「少なくともさわりもしません。何も薬品、器具は使いませんし、肉体的になにも苦痛は与えませんよ」ハヤトはにこりと笑って応じる。
結局、若松は、警察病院に収容されているグループのボスである周ハンコウの病室にハヤトを案内した。周の名前は、本名かどうかはわからないが入国記録に残っており、若松が調べさせていたその連絡を受けて判明したものだ。記録によると、彼は半年前に中国系の会社の日本支社の社員としてビザを取って入国している。
周の病室は鍵のかかる頑丈なもので、廊下には見張りの警官が座っている。若松が、手帳を示し、警官がドアの鍵をあける。しかし、ハヤトが手を上げてドアを開けて入ろうとする若松を制し、目配せをする。ハヤトは瞬間に身体強化をし、ドアをさっと開け、中に滑り込み振り向く。
そこには、ドアの陰に薄青の病院着を着て、折り畳み椅子を片手で構えた男が、ハヤトのスピードに反応できず目を見開いて立っている。ハヤトはスッとその懐に飛び込み、椅子を取り上げ放り出し、男の首を片手で掴む。
折り畳み椅子と言えども、右手を骨折しながら、左手で構えるとは並外れた腕力である。
「なかなか、元気じゃん。じゃあ、聞きたいことに答えてもらえるよな」ハヤトが言って、首をつかんだまま押して、ベッドに座らせ、暫く首の手を離さない。
男は、無事な左手でハヤトの掴んだ手を振り払おうとするがまったく歯が立たず、当初顔を真っ赤にし、やがて青くなっていく。
それと共に、最初は怒らせていた目が、怯えの影が差し、やがて完全にハヤトに対して完全に怯えきったものになった。やがて、ハヤトが手を放すとしばしせき込んでいたが、ハヤトの顔も見られず怯えて縮こまって震えている。
「さて、周ハンコウ君少し聞きたいのだが、いいな?」ハヤトが聞くが、反応がない。
「いいな!って言っているのだが」ハヤトの言葉に乗せた威圧に周の体がビクンと反応して、「は、はい」と答える。
「うん、素直でよろしい。まず、今回の二宮涼子とさつきの誘拐を計画したのは誰だ?」
ハヤトの質問にその後は唯々諾々と周は答える。「王サイクン中佐だ。公安警務隊から派遣されて、大使館に詰めている」
「王は誰に命令されたと思う?」
「公安警務隊長は崔ジュンキョの子飼いだから、命令は崔ジュンキョから出ているのだろう。元来、魔法などということに公安警務隊が関心を示すわけはない」
周の答えにハヤトが、テープレコーダーで録音しながら熱心に聞いている若松を振りかえると、若松が小声で言う。
「中国中央政治委員、主として公安関係を仕切っている」ハヤトは聞いて頷きさらに質問を続ける。
「ふん、わかった。では何で、今回の誘拐は実行されたのだ。目的は何だ?」
「わからん。聞かされていない」
「では、目的は何だと思う?」
「たぶん、お前が魔法能力を人に教えられるということで、国に連れて帰ってそれをやらせようということだ」
「しかし、それなら俺だけ誘拐すればいいじゃないか?」
「お前は、手ごわすぎるという判断だ。人質を取ってそれで言うことを聞かせようとしたのだ」
「しかし、人が3人も行方不明になったら大騒ぎになるだろう。お前の国なんか真っ先に疑われるぞ。騒ぎになることはどう考えていたのだ?」
「日本でどう騒ごうが、証拠がなければ、どうしようもない。しょせん日本など、我が国の属国になるしかない国だ」
「ふーん、なるほど、それで俺を東京駅に来るように言ったが、後はどこに行かせて拘束するつもりだったのだ?」
「新木場まで来させて、麻酔銃で眠らせる予定だった。トラックと5人のスナイパーと10人の荒事要員を用意していた」
「その程度で、俺を捕まえるつもりだったとはな。さて、後は若松警視、お任せします。私がそばにいるうちは何でも素直に答えますよ」
ハヤトの、引き継ぐとの言葉に嬉々として若松は、周に事細かに彼らの組織や仕組みを聞いていき、それは1時間半にも及んだ。
尋問後、午後9時に近くなっていることに気づいた若松警視はハヤトを食事に誘った。
ハヤトも、さつきが空港病院に来て、父と合流したという知らせを聞いていた。さらに、その晩は、家族は警察の護衛付きで、近くのホテルに泊まるということであったので、家族のことは安心していた。
それもあって、ハヤトは外務警察という組織にも興味があったので、むろん一緒に行動していた安田も一緒に若松の誘いに乗った。若松の部下の若い衣川警部も、同席することになり浜松町の小料理屋に入ってビールで乾杯し和やかに会話が始まる。
最初に衣川が話し始める。「いやあ、身体強化は私もしてもらって、私も二宮さんの孫・孫弟子くらいですが、是非お会いしたいと思っていました。
でも、私とは二宮さんは身体強化のレベルが違いますよね。あの飛行機への疾走とジャンプは今も目に浮かびますが、それでも私も近いことが出来るというのが本当にうれしいです」
ハヤトはその言葉に笑顔で応じる。「衣川さんも、魔力が相当高いですね。だいぶ魔力の処方に駆り出されているでしょう?」
「ええ、警察庁、警視庁へも空いた時間があれば、駆り出されています。それでも、身体強化の結果もさることながら、知力増強の効果が素晴らしいと思います。これは、身体強化と違って、意識しての強化の必要がありませんし、具体的には事務処理能力が段違いで、純粋な書類作成等であれば、処方の前に比べて2倍くらいは明らかに上がっています」
衣川の言葉に、若松が笑ってその話を続ける。「私は、いま35歳ですから、処方はしてもらったものの、身体強化の効果はあまりありませんでした。
しかし、知力増強の効果は相当にあったと思います。衣川の言うように事務処理能力は歴然と上がっていますし、仕事でいろんなことを考えても、いままでは考えが及ばなかった周辺の事に気がついたりと、考える枠が広がったという感じですね。
そういう意味では、魔力の処方を持ち込んでくれた二宮さんに感謝しています」
「いや、そう言って頂けるとありがたいですね。ちなみに、若松さんと衣川さんはいわゆるキャリアという立場ですか?」ハヤトの問いに、衣川が答える。
「ええ、若松警視と私は大学を出て上級職の試験を通っていますから、いわゆるキャリアですね。このシステム自体は問題がありますけどね」
ハヤトはその言葉に応じる。「でも、中卒で今年大検を受けようという私にはうらやましいですよ。そうは言っても、防衛省でも何人もキャリアの人と知り合いましたが、それほど違和感がなかったですね」
「いや、そうでしょう。わたしも、ハヤトさんのことが週刊誌に載った記事を読みましたが、異世界とはいえ、そこで国を動かす立場の人と普通に付き合ってこられたわけです。
しかも、我々には及びもつかない魔力を持っておられるわけですから、知性という意味では我々よりずっと高いと思いますよ。実際のところ、私もそれなりに自らを頼むところはありますが、二宮さんにはその風格に圧倒されます」衣川がしみじみ言うが、ハヤトは頭を掻き話題を変える。
「ところで、今日の周ですが日本語が達者ですね。中国のああいう工作員ですか、彼らはああいうレベルですか。また大使館に詰めているという中佐とかいう王も同じようなものでしょうか?」
ハヤトの問いに若松が答え、すこし彼を警戒するような目で見て聞く。
「ええ、日本に来ているああいう連中は日本人並みに達者ですよ。でも王になにか仕掛けるつもりですか?」
ハヤトは肩をすくめて答える。「ああいう、荒事が得意で物事を舐めている連中は放っておけません。今回、誘拐に関わった連中も治療してやって国外追放で終わりでしょう?」
衣川が少し心配そうに言う。「ええ、結局それしかできませんから。でも、二宮さんがいくら超人的と言っても、あの連中の相手は危ないですよ」
「異世界では、私は仲間と魔族とその王を滅ぼしたのです。マナの濃度がうんと高い異世界では魔法の威力が違いましたが、しかし、相手もそれは同じでして、命の値段が極めて安いラーナラでの危険というのは、どう言っても平和ボケの地球とはレベルが違います。
私にとっては、あの連中に大事な母と妹が攫われようとしたのですから、彼らは魔族以上の悪者です。もし、どちらかが取り返しのつかないことになっていたら、私はあの連中の国自体を滅ぼしてしまいますよ。現在の文明には、様々な欠点・危険な点がありますから、やろうと思えば簡単ではありませんができます。
今回考えているのは、それに比べれば、穏やかなものです。まあ、私がやったと喧伝はできませんが、彼らが当分は忘れられないことが起きます」
ハヤトは衣川の言葉に静かに決意を込めて言う。
それに対して、いままでエリートの外事警察の2人に気圧されたか、静かにしていた親友の安田が心配そうに言う。
「おい、おい、国をぶっ潰すのに比べれば穏やかとか、なにせ危ないことはするなよ」
「心配ないって、俺にとっては危なくないから。ああ、言い忘れていましたが、あの周という奴はもう工作員としては役に立ちませんよ。そういう部分の心が壊れていますから」
ハヤトはあっさり安田に答えて、次いで若松たちを向いて言う。
「ええ!心が壊れている?」若松の問いにハヤトがあっさり言う。
「また、同じことをされると困りますからね。荒事が出来ないように、心を穏やかにしか過ごせないようにしています」そう、前に狭山第2中学校でも使った、心理操作の応用である。
翌々日の深夜2時、ハヤトは中央民主共和国(中国)大使館の前に立っている。時折、車が通るだけで人通りはない。若松を通じて王中佐の顔写真は手に入れて、すでに大使館内の彼の動向は掴んでおり、彼が2階の一室で寝ていることもわかっている。
ハヤトにとって、駐屯地を抜け出すことに訳はなく、黒っぽいジャージに黒のスニーカーで手ぶらの彼は簡単に駐屯地のフェンスを飛び越え、タクシーを捕まえてここまで来ている。
大使館の警戒態勢は、約5mに近いその塀と上部の電気が通った鉄条網に、敷地すべてを監視する多数のカメラに加え、3人の小銃を持った歩哨である。カメラの監視員は一人であるので、ハヤトはその部屋の書棚からペンセットを落とす。監視員が、その音と片付けにスクリーンから目を離したのを確認して、助走をつけてフェンス上を飛び越してふわりと庭に降りる。
無論、歩哨の位置は問題ないことは確認している。2分後には、ハヤトは王の部屋の前に立ち、その内鍵を外して中に入り込む。さすがに、王はかすかな音と気配に飛び起きるが、ベッド脇にすべるように移動したハヤトから首を掴まれ声は出せない。
「こんばんは、王サイクン中佐。わかるかな。私は二宮ハヤト、あなたが国に招待したがっていた本人だよ。ご希望に応じて出頭してきたのだ。さて、いくつか質問したいとこがある。まず………」
ハヤトの心理操作に王も素直に答えるので、それを若松警視から提供された高性能のテープレコーダーに記録する。
やはり、王への命令は崔ジュンキョからでており、どうももともとは主席の周ジンペイの思い付きかららしい。王の自供のなかには、中国に連れていかれた場合には、母と妹は色狂いの崔の愛人というか奴隷にされるだろうと気色の悪い話もあった。
『崔ジュンキョ。こいつ、死刑だな』ハヤトは心に決めた。
王の尋問から出てくる話は、45歳の彼の10年以上におよぶ日本での殺人も数件含む犯罪行為を中心とした様々な工作の歴史であり、ハヤトをして『こいつはまともに帰してはいけないな』と決心させた。
ハヤトは、少しためらったが、すでに探知していた地下の大量の火器と弾薬を発火させることに腹を決めた。いくら治外法権の建物のなかでも、武器を持ち込むことは禁止されているはずだ。それを、あれだけ大量のものを持ち込んでいるというのは、日本で革命でも起こすつもりか。
幸い、日本人の雇用されている者は全て通いであって夜は居ない。大使公邸に住んでいる大使は今は居らず、この大使館には現在15人いるが、こいつらは爆発で半分は死ぬな。弾薬は、バズーカの弾が最大で大した威力ではないから、地下の爆発で建物が全壊するくらいで、周辺に飛び散ることはないだろう。
魔族を数千人殺してきたハヤトは、自分の肉親を害そうとした者達のその一味は嫌悪感しかないので、張本人の王は無論、その爆発で死ぬ人間には全く哀れみも感じない。
ハヤトは、もう遠慮する必要はないので、王に関しては脳に繋がる血管を切り、監視カメラの要員も同様にして、2階からフェンスを飛び越して外に降り立つ。彼は素早く塀から100mほど離れた物陰まで遠ざかり、地下のバズーカの弾に着火する。
最初はバンバンというかすかな音、さらにドスンという腹に応えるような音がして、建物から火柱が噴き出すが、さらに建物の真ん中が大きく割れてズズ!と沈み形が崩れる。
『おお、辺りには飛び散らなかったから理想的だな。さて帰るか』ハヤトは駐屯地に忍び込み、ビールを一缶飲んで熟睡した。
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