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財宝の売却/狭山第2中学校2

同時投稿です

 その日の夕刻、ハヤトは母の運転するセダンで共に千葉市のワールド・ジュエリー(WJ)に出かける。後部座席には宝石類と金のインゴットの入ったリュックが載っている。WJは全国に30店舗を構える大手の宝飾店であり、その千葉店にチェーン店の専務取締役でありオーナー一族の御曹司で母の昔の上司だった岸田貫太郎が待っている。


 店は流石に宝飾店だけあって、華やかかつ上品に飾り付けられており、店内にちらほらいる客も上品な装いだ。それだけに、フォーマルな装いの母涼子は店にマッチするものの、安っぽい服装のハヤトは本来場違いであるはずだが、その堂々とした態度と雰囲気は全く場違いには見えない。

 それはそうだろう。ハヤトは、かって勇者として各国の王宮にもしばしば出入りし、国王以上の重要人物として遇されていたのだから。

 母は、店員に岸田専務とのアポイントメントを告げ、奥のテーブルのある部屋に通される。しばらくすると人の気配がして、ダブルのスーツに身を包んだ半白の髪の50年配の長身でやせた男性と、60歳を過ぎているだろう白髪の白衣の男性が入ってくる。


「岸田様、お久しゅうございます。初めまして私は元〇〇デパートで岸田様の部下でした二宮涼子です。今日はお時間をありがとうございます。こちらは私の長男のハヤトです。今日お見せするのはハヤトが持ち帰ったものです」

 まず母がダブルのスーツの岸田に挨拶し、白衣の人物に向き直って挨拶する。

 それに続いて、ハヤトも2人に頭を下げて言う。

「二宮ハヤトです。今日はよろしくお願い致します」


「岸田です。この店も含むチェーン店の専務を務めております。こちらは、鑑定士の松沢と申します。今日は非常に珍しいものを見せて頂けるということで、私で鑑定しきれない場合を考えて連れてきました」岸田は言葉を切って、ハヤトをしみじみ見つめて尋ねる。


「ハヤト君は何歳かな?」

「はい、22歳です」ハヤトの言葉に彼を見つめながら感心して言う。


「君の若さでこれだけの貫禄と雰囲気を持った人には初めて会ったな。まさに王侯にふさわしいものだ。まさに君の不可思議な経歴にふさわしいように思う。しかし、私たちは宝飾商人だ。まず見せてもらおう。その持ち帰ったという宝物を」


「はい」と返事をして、ハヤトは片肩にかけていたリュックをテーブルに降ろし、中のものを丁寧にしかし素早く広げていき、最後に全て布に包まれたそれらを開いていく。大きいものはウズラの卵大であり、小さいものは布の仕切りの中に入った数十個のグループになっている。

 広さが2㎡もあるテーブルがほぼいっぱいになった状態である。ジュエリーショップの2人は、一つ一つ開かれるものを食い入るように見ており、涼子はその2人を見ている。


 やがてすべてのものが布の上にさらされたのを見て、岸田がいささか焦ったように言う。

「こ、これは全部でいくつあるのです?」ハヤトが少し考えて答える。


「包みは80あって、宝石そのものは布込みで重量が5kgほどあり2000個程度だったはずです。また金の延べ棒は15本です」


 岸田はえへんと咳払いして顔を紅潮させて言う。

「私どもも、これほどのものは初めて見ます。これだけの量を今日鑑定するのは不可能で、多分1週間程度かかるでしょう。今日のところは、質のチェックをさせていただきます」

 2人は1時間ほどかけて、ルーペと秤、ライト等を使って、卵大の大きいものはそれぞれ、グループ分けされているものは中からいくつか取って調べている。その後、2人で30分ほど議論していたが、やがて岸田が座っている涼子とハヤトに向いて説明を始める。


「まず、金は簡単です。今の買値はグラム4200円ですから。20.5㎏で約8600万円ですね。

 宝石の半分ほどはダイヤモンドですが、そのまた半分で無色透明であるもので、残りは様々に色づいています。品質はいずれも一級品です。

 さらに半分はサファイア、エメラルド、トパーズ等既知のものもありますが、3分の1は知られていないものです。いずれも割れ、傷はなく一級品です。非常におおざっぱですが、ダイアモンドのみで直径15mmを超える大きいものが、1個平均5億円で89個です。さらに、10カラット以上の小さいものが約800個で平均3千万円、それも無色透明の場合で色付きは金額が上がりますが、どの程度かここでは言えません。ここで間違いない線として、500億円は超えますね」

 母涼子はさすがに目を丸くしていたが、ハヤトに驚きはなかった。


 なにしろ、5つの国がハヤトに世界を救った活躍の報酬として贈ったものだから、1千億円を超えてもおかしくはない。ハヤトの勘としては大体1千5百億円程度だろうと思っているが、そんなに金を持っていてもしょうがないと思っている。


「わかりました。じゃあ税込みで500億円いただきましょうか。税金についてはできるだけ安く出来る方法を考えて段取りをしてください。ああ、何年にも分けてもらってもいいですよ。ただ、取りあえず少し現金が欲しいので、そうですね2千万ほど用立ててもらいましょうか。それと、今の家は手狭なので出来るだけ早く、利根市内に家を用意して頂けませんか。それは全部お渡ししますよ」

 ハヤトがテーブルを指し示して言う。


 それを聞いた、岸田は目を丸くして慌てて言う。

「い、いや。今言った金額はあくまで仮のもので、ずっと多いかもしれませんよ」


 ハヤトは平静に反論する。「少なくともお宅は損はしないでしょう?」


「え、ええ、それは自信を持って言えます」岸田は無理に胸を張って答えるのにハヤトはあっさり言う。


「じゃ、いいですよ。大体何百億もどうやって使うのですか?私はさっき言った数字で文句はありませんから」


 結局、岸田にもこれだけの契約を独断で結ぶ権限はなく、社長の同意が必要ということで、仮契約書を作成して、ハヤトと母は店を出た。

 帰りの車で運転しながら母が言う。

「いいの?ハヤト。あなたが命懸けで手にいれた宝をあんなに簡単に手放して」


「いいさ、1億とか2億だったらもう少し慎重にするけど、500億あれば税を引かれて半分になっても250億だから、家族皆で分けても十分だよ。大体金なんて莫大に持っていると碌なことはないよ。企業が利益の形で持つ方が社会にとっては有効に使えるよ」

 

 ハヤトの言葉に母も頷き言う。「そうね、ハヤトは立派ね」


 翌朝、ハヤトは狭山第2中学校に昨日と同様10㎞の道を走っていく。

 10時少し前に学校に着いたハヤトは、教頭室に行って田郷に挨拶し、その後まず校長室に行くと山科校長は座って書類を読んでいたが、机の後ろで立ち上がって近づくハヤトに声をかける。


「君、強いんだってね」


「ええ、まあ人類最強とは言えないかもしれませんが、中学生の不良程度は怪我をさせることなくあしらえます」ハヤトの言葉に、校長は安心したように言う。


「うん、有難い。怪我をさせるのは避けてほしい。ご存知のようにこの学校は荒れていてね」


「ところで、先生、折角僕が来たのですから『荒事やいじめで困ったときは僕を頼れ』と各クラスに言って回ってはどうですか?」ハヤトの提案に校長は田郷教頭と相談して、やがて決心して返事をする。


「うん。この学校の状態は極めて悪い。一般の生徒に頼るところは必要だ。君の言う通りにしたい。どうせ、私も定年間近だから退職金の出ない首になるのは困るけれど、校長をやめてもいいよ。思い切ってやってくれ」

 本音が漏れているが、ことなかれ主義で責任逃れの得意な大人たちに比べればずっとましだ。ハヤトは山科校長と田郷先生のためにひと肌ぬぐ決心をした。


 ハヤトは、田郷に案内されてまず3年1組の教室に行く。数学の授業中だが、授業中とは思えないほど騒がしい教室の引き戸を田郷が開けて入っていきハヤトも続く。

 やはり、室内の状況は授業中とは思えない。教師は黒板を向いて何やら書いている一方、全部で40人ほど生徒は一応机にはついているが、隣としゃべっておりもの、タブレットをいじっているもの、弁当を食っているものもいる。しかし半分ほどは教科書を広げて黒板を見ている。


「西田先生、ちょっとお邪魔しますよ」

田郷教頭は、教師に大きめの声で呼びかけてやせぎすの教師が驚いて振り向いたところに、田郷とハヤトに気が付いて少し静かになった教室に向かって「静かに!」と叫ぶ。

 ようやく教室が静かになったところに田郷が続ける。


「紹介する。彼は私の教え子で、二宮ハヤト君だ。一応、臨時用務員として当分この学校に来てもらう。彼は、格闘技の達人であり、この学校でよく起きているいじめに類する暴力沙汰の防止に努めてもらう」教室の皆は、とんでもない教頭の発言にどう反応していいか困っている態度である。ハヤトが続いて大きな声で言う。


「二宮ハヤトだ。いま22歳で、15歳の中学3年生の時に異世界に召喚され、ラーナラと言う異世界で勇者として魔王を滅ぼして先日帰ってきたところだ。だから俺は日本では7年のブランクがあるから、いまは無職中卒だ。しかし、大検を取ろうと思って勉強を始めたところだ。

 田郷教頭先生は、中学の時の先生で、行方不明になった俺の中学卒業資格を取るのに尽力してくれた恩人だ。だから、荒れているこの学校の暴力、いじめ対策でしばらくいることになった。こうした件で困っているものは、相談してくれ、解決してやる。俺の居る部屋はええとーーー」


 顔を見るハヤトに田郷教頭が皆に対して答える。「工作準備室に机を置いている」


 さらにとんでもない発言に、大部分の生徒は目を丸くしているが、一人のリーゼントスタイルの頭をした男子生徒が立ち上がって目を怒らせて叫ぶ。


「ふざけるんじゃねえ。勇者だ?ラノベでもあるまいし!」


「では見せてやろう。良く見ておけ!」それに対して、ハヤトはふっと笑って静かに言って、一挙動で膝を曲げ、垂直に跳びあがり、空中で体を水平に一回転する蹴りを放つや、ふわりと着地する。


 たぶん殆どの生徒には蹴りは見えなかっただろう。その回転する蹴りの結果、キュンと言うような鋭い空気の擦過音がしたが、跳びあがって降りた動作について殆ど音がしていない。そして、跳んだハヤトの頭は思い切り下げているにも拘わらず3mに近い教室の天井すれすれまで上がっているので、垂直に1.5mくらいも跳びあがったことになる。


 ハヤトに文句をつけた山切道彦は、目を見張った。彼も幼いころから空手も学んで、腕っぷしには自信があり、自分では単純に喧嘩であればこの中学最強だと思っているが、このハヤトという青年の蹴りは人間業とは思えない。

 なによりの驚異は、その速さであり、彼の眼にも殆ど蹴りの動作が追いきれていないし、またそのとんでもない高さを含めて少なくとも知る限りの空手家には不可能と断言できる。さらに、あの速さ・威力で蹴られたら、避けようもなく間違いなく自分のみならず通っている道場の師範でも即死だと確信した。


 着地の後、膝を伸ばして直立したハヤトは、にっこり笑って山切にむかって更に言う。

「少しは判ってくれたかな?ええ、君」


「は、はい、良くわかりました。自分は山切道彦です。空手をやっています」山切は、思わず道場で先輩に話しかけられたような気持ちになって最敬礼してしまった。


 他の教室では、このようなパフォーマンスの必要はなく、1時間強かけて各学年4クラスの教室を回って、自分の居室という工作準備室に落ち着いた。そこは普通の教室の半分くらいの大きさの部屋で、壁の2面に大きな棚が設けられており、多くの機材が詰め込まれ、中央には大きな作業机が置いてある。

 ハヤトの机はスチールの普通の事務机と背もたれ付きの椅子が付属しており、これらは新しいものではないが古ぼけているわけではなくハヤトの使用には十分だ。すでに12月なので、机のわきには石油ストーブが置かれているが、ハヤトは身体強化の要領で寒さを感じなくなることも容易なので、特にストーブは必要ない。


 しばらく田郷教頭と話をした。この中学校の不良グループのボスは、田所雄一という3年2組の生徒で、しばしば休みあるいは遅刻するので今日も居なかったが、どうも彼をボスとして各学年の組ごと3~7人程度の不良グループを組織しているようだ。


 その中で、今日会った山切は、空手を長くやっていることもあって腕っぷしは一番で、多分ボスである田所も敵わないだろうということであり、彼自身は他校グループとの喧嘩には参加するが、校内ではあまりいじめとか集団での暴力沙汰はやらないと見られている。

 問題は、田所が地元の山菱組という構成員50人余の土建会社兼暴力団の幹部の息子であることで、その親の威光(?)をまとってボスに収まっているとのことであるが、実際彼自身も狂暴なこともあってなかなかその腕っぷしは恐れられている。


「また、これについて確証はないのだけど、どうも田所は生徒を脅して金を集めているようなんだ。暴力団には各構成員に金集めのノルマがあるようだが、その一環になっている可能性がある」


 田郷教頭は言うのに、ハヤトが応じる。

「わかりました。そのあたりは頭においておきます。まあ、今日の5時に田所が来れば、締め上げて吐かせます。そのうえでその山菱組ですか、それが絡んでいるようなら、乗り込んで縁を切るように円満に話してきますよ」田郷はぎょっとして、ハヤトを見て慌てて言う。


「おい、おい、やめてくれよ。暴力団に乗り込むなどと」ハヤトはにっこりしてさらに言う。


「暴力団!ははは!あらゆる武器を使い、狂暴かつ強大な攻撃力、強靭な体力の魔族、魔王に比べれば、日本の暴力団などお嬢さんの集団のようなものですよ」


「し、しかし、彼らは銃器を持っている可能性が高いぞ!」

 田郷がなおも言うのにハヤトはやや真剣な顔になって言う。


「わかっています。銃器に対してはちゃんと対策があります。異世界にもピストル、小銃程度はありましたから」


「しかし、くれぐれも無茶はしないようにね」

 田郷はあきらめたように最後に言ってその議論は終了した。


 山切には昼休みにグループから連絡があった。

「5時から校舎裏はわかったが、あのハヤトというやつはとても俺たちには手に負えんぞ。多分完全武装の自衛隊が100人いても危ないな。俺は手を出さん。命は惜しいし、わざわざ恥を搔きたくはない。お前らも田所に任せて引っ込んでおけよ。

 たぶん、あいつも本気でやるつもりはないだろうが、あれにかかってもいいようにあしらわれて恥を搔くだけだ。田所も調子に乗りすぎたな。毎月100万円をこの学校の生徒から巻き上げようとはな。

 多分、田所の親父はいずれにせよグルだろうが、山菱組の組長が絡んでいるかどうか知らんがあの組はハヤトにつぶされるな」山切は、連絡に来た同級の深山に言うと彼も応じる。


「うん、俺も、今の田所はやりすぎだと思う。俺もあのハヤトという奴の技は見たからな。あれは人間業ではないだろう。お前の言う通り、手は出さないわ。そういう意味ではあの下衆な田所がどうやられるか楽しみではあるな」山切もそれに同意する。


「ああ、田所は下衆だ。お前知っているか?あいつは、同級の安田や益子に手を出そうとしたんだぞ。それも、山菱の名前を使って脅してな。その場合当然彼女らは山菱の組員にまわされるよな。

 それで俺が、それをやったらあいつをぶちのめして、お前のやっていること警察にばらすと脅してようやく止まったんだ」同級の可愛いタイプの安田聡子に半ば惚れている深山が目をとがらせた。


「なに!そんなことがあったのか。あの下衆野郎!そうか、あの時期お前と田所がおかしかったのはそれがあったのか」


 そんな会話があっているなか、ハヤトは田郷の段取りで多くの教師が食べている配達の給食を自分の机の上で摂りつつ、買ってきた参考書を使って大検の勉強に集中している。召喚時の恩恵である全般的な能力強化に、知能の向上もはいっており、勉強は思った以上に捗っている。


『これなら、集中すれば2カ月程度で終わるな。すこしペースを落としても大丈夫だな。ただ後半で急に難しくなる可能性もあるので、一通り終わって、全体が掴めるまでは緩めないようにしよう』そう思いつつ、集中してなおも勉強する。


 少し薄暗くなったことから時計をみて、ハヤトは指定の場所に行くと、昨日の不良グループの内岩田と田川の2人が待っておりハヤトに話しかける。


「こ、こっちです。ついて来てください」

 今日の3年の教室でのハヤトの話はすっかり全校に広まっており、校内一と言われる山切が『絶対に敵わない』と断言したその超人的な身体能力と、彼らの場合は昨日の経験もあってすっかりビビッている。


「おう、少し人間らしい言葉遣いになったな」ハヤトが笑いながら付いてくるのを振り返りながら、愛想笑いをしながら先導して歩く2年生の岩田と田川であった。


 薄暗くなってきた校舎の裏に回った先には、ハヤトと同程度の体格だが、締まり方は明らかに劣る生徒が腕を組み、足を開いて立って待っており、その背後に30人余りの生徒が控えている。その生徒の前3mほどに立ち止まって、ハヤトは口を開く。


「おお、この中学校のボス猿か。たしか田所という名だったな。締まりのない体だな」


 たちまち、田所のいかつい顔が真っ赤になって叫ぶ。

「こ、この野郎」と田所が叫んだとたん、ハヤトがさっと近寄り、右手で学生服の首を持って簡単に吊り上げる。


「返事は?お前は田所か?」


「ぐ!この野郎!」田所は暴れて殴り、蹴ろうとするが、ハヤトが吊った手を動かして、こぶしと蹴りをそらし、さらに首を絞め始める。


「ぐ!苦しい!」田所は必死にハヤトの腕を外そうとするが、びくともしない。

 田所が半ば落ちて、ぐったりしたところでハヤトは締めた首をゆるめると、田所はせき込んでヒューヒューと必死で呼吸をする。「返事は?」ハヤトがまた締めようとすると、「そ、そうだ。田所だ」そう必死で返事をする。


 廻りで見ている不良グループは手を出そうとはしないが、一方で、数十人の一般生徒が遠目に見ている。


「お前は、生徒からいくら金を集めているんだ?返事は?」

 また締めようとするが、今度は返事をしない。「チ!」ハヤトは舌打ちをして、「今朝の君、山切君か。いくらだ?」山切を見て尋ねる。山切は短く答える。「月に百万」

 ハヤトは「ヒュー」と口笛を短く吹いて、田所を投げ出す。


 解放された田所はのどを押さえてせき込み、必死で呼吸をする。ハヤトが田所の呼吸が正常に戻るのを待っていると、田所はうずくまった状態で顔を挙げ周りのグループの皆を見回して叫ぶ。


「おまえら、何をしている。命令だ!こいつをやっつけろ!」しかし、誰も反応しない。

 やがて、山切が平静にうずくまった田所に話しかける。


「無駄だよ。お前はやりすぎた。誰もお前については行かないよ。それに」ハヤトを指さして言う。


「このハヤトさんに俺たちが束にかかったって敵う訳がない。お前の自慢の山菱組だって、話にならんだろうな。同級の女性徒をやくざを使って犯そうなんてことを考える薄汚い奴に誰がついていくか!」

 それを聞きながらハヤトが田所に近づいて話しかける。


「さて、けりが着いたところで、山菱組の幹部という親父を呼んでもらおうか。そっちを片付けないと収まらないからな」

 ハヤトが、腕を持って引き上げようとすると、「この野郎!」と田所が懐からドスを引き抜きハヤトの腹を刺そうとする。ハヤトが、ニヤリとしてその刃を左手の指先であっさり捕まえてそのままドスをもぎ取り放り捨てる。


「残念でした。さっきお前を持ち上げて、それで気がつかないと思ったか」ハヤトは田所の足が着かない程度に再度吊り上げ言う。


「今度は殺人未遂だな。さあ電話しろ」田所のポケットのスマートフォンを出して、突き付ける。

 田所はもはや心が折れた模様で、震える指で画面を操作して話し始める。


「もしもし。おやじ?俺だ、雄一だ。ちょっと具合が悪いことになって、来てほしい。中学校の校舎の裏だ」さらに話そうとしたところでハヤトが切る。


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