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二宮家に迫る危機

 二宮涼子は、近所の八百屋からの道を家に向かってゆっくりと歩いていた。彼女は、息子のハヤトが帰って来てからの数カ月のことを思い浮かべていた。

 ハヤトが突然帰って来たあの日の朝、彼女はしばらく何が何だかわからなかったのを思い出す。突然、玄関に入って来て「帰りました」というハヤト、背が高くたくましく日に焼けて玄関に立って私たちに頭を下げたあの姿、ずいぶん変わっていた。

 でも、私は直ぐわかった。これは、ハヤトだ、私の息子のハヤトだ。ずっと前にいなくなったハヤトだ。それから、頭に血が上ったのでしょう、気が付いたらあの狭い台所のテーブルにハヤトに向かい合って座っていた。


 それから、ハヤトの、魔法を見せたり、持って帰った宝物を見せたりとかの動作を半ばぼんやり見ていたけれど、ずっと胸に刺さっていた何かが抜けた思いで幸せに包まれていた。

 1ヵ月ほどは、家から田郷先生の居る中学などに通っていたけど、その後は自衛隊の駐屯地に住み込んで1週間に一度ほど帰るだけになった。でも、もういなくなることはない。すぐ連絡がつくし、会おうと思えばすぐ会える。


 そのように考えながら、昼間の人影のない道路を歩いていたが、後ろから少し乱暴に近づいてくる車の音に少し気を取られて、道路の端に寄りながら振り向こうとした。すると、キー!とブレーキの音が鳴って、横を向いた彼女のすぐ目の前に、黒塗りのワンボックスの車が止まるや、サイドドアが開いて黒っぽい服を着た男が彼女の胴をつかみ中に引き込む。涼子はとっさに声を出そうとしたが、何かの強烈な薬品臭のする布が顔にかぶせられ、意識は暗転する。



 その日、ハヤトはY電気工業(株)の府中工場で処方を行っていた。研究者だけではもったいないということで、3000人の従業員の内、40歳以下の1800人について、2つに分けての処方である。いつもの通り、一通りの処方を午後2時で終わり、工場側から常務取締役という工場長に、2人の幹部職員及び、いつもの安井、さらに防衛大学から来てハヤトの処方を記録している水谷准教授と助手の山下嬢が一緒にコーヒーを飲んでいる。


 工場側と話をしているハヤトの携帯が鳴った。

「お、母さんからだ。もしもし」ハヤトは、画面を見てから会話を切って、目で会話の相手に謝って通信ボタンを押す。


 しかし、それは知らない男の声だ。「二宮ハヤトさんですね。あなたのお母さんは私たちが預かりました。また、お母さんに会いたければ、私の言う通りにしなさい」


 その声を聞いてハヤトが思ったのは『遅かった!』であった。実は、彼の肉親にガードを付けるという話は週刊Fの記事の後に政府側からあって、あと両日中には手配出来ることになっていたのだ。ハヤトは気を落ちつけ、マーキングしていた母の魔力を追ながらその通信に応える。ハヤトは、あらかじめマーキングしておけば、特定の人間の魔力を追えるのだ。


「わかったよ。要は母さんを誘拐したというのだな。それで、何をすればいいのだ?」


「まず、東京駅に行きなさい。その後はまた連絡します。また次の通信は別の携帯からします」男の声が命令して通信は切れる。


 同席していた皆が、ハヤトを見つめているが、ハヤトは母の魔力を追いながら上の空で話す。「どうも、母が誘拐されたようです。ただ監禁されている場所はわかった。飛行機の中だ。場所は、……、羽田空港だな。安井、警務隊に連絡を取って、そこから警察に連絡を取ってもらってくれ」


 安井は、「ああ、すぐ連絡する」安井は緊急用の携帯を取り出し、連絡を始めるのを見ながら、ハヤトは皆に頭を下げる。


「皆さん、そういうことで、ここでお暇します。ただ、今の話はお判りでしょうが、解決するまでは黙っておいてください」そう言って、出席者がさまざまに心配の言葉を掛けるのに応じながら建物を出る。


 待っていた、駐屯地から来た目立たない車にまだ通話信中の安井と一緒に乗り込み、運転席の隊員に言う。「では、すみません。羽田空港に行ってもらいたいのですが、どのくらいの時間かかりますか?」


 隊員が驚いて聞き返す。「羽田?駐屯地ではないのですか?」


「ええ、ちょっと緊急事態が生じて、今から行かなくてはならないのです」ハヤトの言葉に安井も言葉を添える。


「白井1士、羽田に行ってくれ。事件だ」


「わかりました。待ってください、ナビをセットします。ええっと、ナビでは2時間位ですが、多分1時間半あれば行くでしょう。では出発します」上官からの命令に若い白井1士は素直に車を出す。


「どうだ、手配は?」ハヤトの問いに、ようやく連絡を終えた安井は答える。


「ああ、警務隊から警察への連絡体制は出来ているのですぐ話が通った。いま、時間的に早い目黒から警務隊が8人向かっているし、また警察が羽田空港に急行している。無論サイレンとかはなしでね。それで、そのお母さんが監禁されているという飛行機は判るのか?」


「ああ、判っている。西中華航空の貨物機だな」


 ハヤトの答えに安井は「ではすぐ、飛行を差し止めさせなくては」焦って言うが、ハヤトは冷静に応じる。

「いや、心配ない。飛行機の操縦系の配線を5〜6本焼き切ったから、出発はできない。いま、母さんは薬で眠らされて貨物室の台の上に横たわっている。

 同じ貨物室には男が3人銃を持っているな。しかし、いまのところは母さんは心配ないだろう」


 貨物機の操縦室で、今回のミッションの責任者の周は機長を怒鳴りつけている。

「なんだと、出発できないだと!どういうことだ」機長も、心の底からの怒りに燃えながら怒鳴り返す。


「みなさい!この赤ランプだらけの操縦盤を!これでフライトを開始できるわけがないでしょう。大体あなたたちが、こんな怪しげなことを押しつけるからこんなことになったのです。誘拐した人を貨物室に積んだ状態で、日本の警察に見つかったら私も破滅だ!」


 周は舌打ちをしたが、確かにどう見てもこの飛行機は使えない。彼は、大使館の武官に電話をして迎えを頼む。「もしもし、周です。飛行機は故障で飛べません。至急、ブツを動かしますので、車をよこしてください」


「なんだと!飛行機が故障だと。急に故障などそんなことがある訳はないだろう」武官は叫ぶが、周も携帯に叫び返す。


「そう言っても、事実操縦盤が赤ランプだらけです。どうしても修理業者を呼ぶ必要がありますので、中にはブツはおいておけません」


 そうした興奮したやり取りの末に、くだんの西中華航空の貨物機SG205便はキャンセルされ、一部の荷物を一旦降ろすとして空港内の車の手配と空港からの車の手配がなされた。

 無論この動きは、すでに空港に到着していた若松警視率いる外務警察及び警察庁の合同部隊15名にはキャッチされており、航空会社の手配した空港内の貨物車が飛行機について飛行機のハッチが開いたら突入すべく空港内にパトカーが入り込んでいる。自衛隊の警務隊は、取り締まりの権限がないのであくまで後詰めのオブザーバーに徹している。


 ハヤトには、1時間20分ほど過ぎた後に電話があった。非通知の電話からだ。

「二宮さんですね。東京駅には着きましたか?」


「いや、あと20分だ。母は、母は無事だろうな」ハヤトの答えと、わざと言った焦ったような母の無事の確認に電話の声は答える。


「ええ、無事ですよ。今は眠っておられる。では、30分後にまた電話します」ハヤトは、それきり切れた携帯を見つめ言う。


「まあ、自分が優勢だと思っているのだろうな。飛行機が飛べないのに、感心にうろたえず電話してくるとはそれなりの工作員だな」それから、運転している白井に聞く。


「あと、どのくらいですか?」


「ええ、っと。あそこに管制塔が見えていますので、もうすぐです。5分以内には着きます」白井の答えに、ハヤトは安井に言う。


「俺が着くまで、突入は待って欲しいと、警察に言ってくれ。誘拐犯は、銃を持っているから万が一のことがあったら困る。俺が行けば、拳銃の弾を爆発させられるから安全だ」


 安井はその言葉に応じて警察に電話をする。外事警察の若本警視はその要請にむっとしたが、ハヤトを重要視する上司の言葉を聞いているので、やむを得ないと受諾の返事をする。


 ハヤトが、空港の構内を抜けてその飛行機が見える位置まで行ったとき、まさに空港内の貨物車がその飛行機に横付けして、飛行機の横腹のハッチが開いたところであった。

 携帯を見ながら、まだ来ない連絡を待っていた若松警視は、「警視!あれを」部下の言葉にはっと顔上げてそれを見た。


 それは、若草色の服を着た人影が、空港内のコンクリート舗装の上をターゲットの航空機に向かって疾走している姿であった。疾走?あの速さは人間じゃない!約150mの距離をわずか数秒で駆け抜けたその人影は大きく跳びあがり、貨物車の荷台を飛び越え、5mほどもある貨物機のハッチに飛び込んだ。


 ハッチには2人の男が立っていたが、人影が飛び込む際に振るった足と手に弾き飛ばされた。はっと我に返った若松は叫ぶ。

 「突入!」その声に2台のパトカーが全速で発進し、若松も3台目のパトカーに乗り込んでそれに続く。しかし、彼らが飛行機に着き、掛けられた梯子から中を貨物室の中を覗き込んだ時はすでに活劇は終わっていた。


 そこには、貨物室の中央にハヤトが母をお姫さま抱っこして立って、その顔を覗き込んでおり、2人の作業服のような服装の男の一人は、へし折られて骨がとびだした腕を抱えてうめいており、もう一人は意識なくあお向けに倒れているが、足があり得ない角度に折れている。

 さらに、もう一人スーツにネクタイのずんぐりした男が、座り込んでくの字に折れた腕を抱えてうめいている。さらに見ると、壁に近く2丁の拳銃が転がっている。貨物室に入り込んだ、若松一行は顔を上げないその若者に声をかける。


「二宮ハヤトさんですか?」


「はい、どうもお騒がせしました。どういう薬を使ったかちょっと心配です。病院に連れて行きたいのですが、パトカーを使わせてください」

 ようやく顔を上げたハヤトの言葉に若松は躊躇した。調べをするためには、ハヤトを引き留めたいが、母を心配して病院に連れて行きたいという肉親の言葉には逆らいにくい。


「わかりました、空港病院にすぐ行ってもらいましょう。しかし、大変申し訳ないのですが後で現場検証に立ち会って頂きたいのですが、よろしいですか」若松の言葉にハヤトは素直に頷いて言う。


「わかりました。母の無事を確認したら、戻ってきます」



 二宮さつきは、自分のセダンを運転していた。大学の授業が休講になり、午後4時近くの時刻に家の近くの2車線の交通量の少ないあたりにさしかかった。そのとき、後ろからついて来ていて、気になっていた黒いワンボックスカーが、突然スピードを上げて迫ってきて、前に回り込んでキー!とけたたましくブレーキ音をさせて急停止する。

 さつきも、とっさに急ブレーキをかけて車を止めるが、前の車のサイドドアが引かれ、2人の男が拳銃を持って飛び出してくるのを見て、とっさに身体強化をかける。しかし、そのため2秒ほど動きが遅れたことから、男たち運転席のサイドドアの窓越しに、彼女に拳銃を向けているのを見る羽目になった。


「出てこい!」男たちがドアを開けようとしてロックされているのを確認して叫ぶ。


 さつきは瞬間考えた。『彼らは私が出ないと、本当に撃ちかねない。ただ、最初から傷つけようとは思っていないはずよ。幸い今日はパンツだから活劇も可能ね』

 彼女は深呼吸をして気を落ち着けて、かかとの高い靴を脱ぎ捨てドアを開けて静かに外に出る。

 

 男の一人は両手で彼女に狙いをつけており、もう一人は片手に拳銃を持ち、もう片手に白い布を握っている。さつきは、するりと外にでて、ストッキングだけの足をアスファルトに着けて、間髪、さっとしゃがみ込んで、掌底を拳銃を構えた男のあごに叩き込む。

 一瞬で意識を刈り取られてのけぞる拳銃男、それを横目に見ながら、さっと体を伸ばし、しなやかに足を振り上げ、布を持った男の首を刈ってこの男の意識も刈り取る。

 こうして2人を倒して、さつきが車の方を見ると、助手席から別の男が拳銃を構えて降りてきている。その動きは落ち着き払っており、いかにも手練れであることをうかがわせる。


『やばい!』さつきは、とっさに持っていう拳銃の弾の炸薬を発火させようとするが、やはり数秒かかる。しかし、男も余裕がありすぎて発火の時間を与えてしまった。自動拳銃のカートリッジが突然はじけ、ぱん、ぱん、ぱんと他の弾も発火する。

 しかし、その発火は薬室に込められていた弾にも着火し、銃弾が発射された。さつきは身体強化のお陰でその発火をみて、とっさに飛んでくる弾を躱すが、腕が残っていたため、弾はそのブラウスを貫き腕もかすめて飛んで行った。


「痛い!」さつきは怒りに一瞬目の前が赤くなって、強化された肉体の全速で、はじけた拳銃を投げ出してそれでも構えを取ろうとする男に駆け寄り、股間を蹴り上げる。ぐにゅっと気持ちわるい感触の後に股関節の堅さが感じられ、男は2mほども吹き飛んでドスンと落ちる。

 さつきはさらに、車に駆け寄り運転席のドアを引き開け、怯えている運転席の男を引きずり出して、こめかみに空手チョップをたたき込む。さつきは、男もぐったりしたのを確認して、手を放して彼が崩れ落ちるに任せる。


 ブラウスの腕の部分に焦げた穴があいて、血がにじんでいる、左腕を見て怒りがさらにこみ上げる。「気に入っていたブラウスなのに!」と股間から血がにじんでいる、倒れた男を見て忌々し気につぶやき、蹴った時の気持ち悪さを思い出しながら改めて辺りを見渡す。

 急停止した黒いワンボックスカー、自分の赤いセダン、倒れている4人の男、それを街路樹の陰でアベックが見ている。


『もう大丈夫』身体強化を解くといっぺんに気が抜けるが、携帯を構えているアベックを見て『アチャー!あの活劇を撮られたのか』心の中でうめく。さらに、そこに白いセダンが走ってきて、両車線を半ばふさいで止まっている車と、倒れている男たちに気が付いて急ブレーキをかけて止まる。

 その車の中年の女性が、運転席の窓を下して、立っているさつきに声をかける。


「どうしたんですか?」


「ええ、襲われたのです。警察に電話します」さつきが返事をして、車から携帯を取り出そうとすると、アベックの女性が言う。


「あの、わたし、警察に電話しました」


「ああ、ありがとうございます」さつきが言ううちにサイレンの音が聞こえ、すぐに2台のパトカーが到着し、拳銃に手を掛けて警官が2人と、スーツの一人が飛び出してくる。



 ハヤトにさつきから電話があったのは、彼がパトカーで母を連れて病院に向かっている時であった。「それでね、ちょっとしくじって拳銃の弾を発火させたのはいいけれど、弾が発射されちゃって左腕に怪我をしたのよ。身体強化をしていたので、すこし皮膚が裂けただけだったけど、私のお気に入りのブラウスに穴が空いちゃった」


 明るく言うさつきであるが、ハヤトはこの話を聞いてこみ上げる怒りを覚えた。「母のみならず、妹まで狙いやがって、しかも母には薬を使って妹には怪我をさせた。この落とし前は必ずつけてやる!」


次回の更新は明後日です。

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