表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/180

ハヤト本を出す

 ハヤトが手記の出版のため連絡を取ったのは、週刊Fの記事が出る少し前であり、相手は狭山第2中学校の生徒の父親である千葉新報の記者山村である。

 山村は、少し弱々しかったしかった息子が、魔法の処方以来すっかり明るくなって、成績も大幅に上向いたことに大変感謝して、ハヤトとは割に頻繁に会っており、その縁でハヤトが手記の出版の相談をしたのだ。


「山村さん、どうでしたか、あの手記は?」

 朝霞駐屯地の中のカフェテリアに、安井と清水みどりと一緒に座って、挨拶の後ハヤトが山村記者に聞く。彼はすでにデータで山村にその手記『異世界ラーナラでの勇者ハヤト』を送っていたのだ。


「あれは、すごい本ですよ。なによりあの写真、ラーナラのいろんな国の王宮、ドラゴンや魔獣、魔王の城、さまざまな人物、あれらはどうやって撮ったのですか?」


 山村は最初から落ち着かない様子だったが、すこし興奮して聞く。

「ああ、あれは、念写です。僕はあまり得意でなかったのですが、念写して水晶の玉に封じ込めるのですよ。僕の勇者としての仲間のイーザムが念写してくれたのです。それを、僕が持って帰って紙に転写して、スキャンしたのです。それで、出版できますかね?」


「もちろん、出来ます。どこでも飛びつきますよ。できたら、私どもの会社に出版をやらしていただけませんか。部長からどうしてもと言われているのですよ」

 ハヤトの問いに山村が勢い込んで同意し、懇願するような顔で言う。


「え、ええ、山村さんの会社で出版して頂けるのならいいですが、赤字とかなったら気の毒ですが、大丈夫ですか?」ハヤトの言葉に山村は答える。


「いえ、いえ。これは絶対に売れます。まず読み物として面白い。さらに、この世界ではありえない写真がたくさん使われている。さらに、魔法の処方をされた人はすでに数十万人を超えているでしょう。

 それらの人は、結局ハヤトさんの弟子、孫弟子そのまたの弟子ですから、ほとんどの人は買うと思いますよ」

 そういうやり取りがあって、千葉新報の小規模な出版事業から出版されることにハヤトは同意した。


 さらに、それから間もなくハヤトの事が週刊Fに出た直後、心配した山村から電話があり、週刊Fへのカウンターとして週刊Yに記事を載せることを勧めてきた。また、この時点では、週刊Fからきちんと取材して改めて記事を載せたいという話はあったが、ハヤトは家族のことを興味本位でさらされて、彼らへは未だ怒りがあったので即行で断っている。

 そのこともあり、ハヤトはやはり週刊Fが憶測部分を取り消したとはいっても、カウンターできちんと自分の言い分を述べておくことも必要だと考えた。それで、山村が中に入ってくれるのなら安心出来るとの思いもあり、千葉新報と資本関係がある全国紙のY新聞の名前を冠した週刊Yの記者に話をすることにした。


 一方の週刊Yにしてみれば、ハヤトの記事を載せられるのは、明らかにニュース性が高いことからラッキーの一言である。ちょうどハヤトが彼らと会う約束をしたのは、防衛省での記者会見の日の翌日であり、国会での論議、立民党の記者会見に加えその防衛省の記者会見と話題性は十分である。

 実際、Y新聞もハヤトの事を、防衛省でも記者会見を受けて、異世界から帰って来て魔法を日本に伝えた人物として大きく扱っている。だから、その会見の場として指定した、朝霞駐屯地のカフェテリアには山村に加え、週刊Yの記者結城とカメラマンにY新聞の記者斎藤も来ている。ハヤトはいつものように安井と一緒である。


 ハヤトは、まず彼の手記をプリントしたものを渡し、ラーナラの事を簡単になぞり、帰って来てからの事を中心にしゃべった。無論、その話は魔法能力の処方が主であり、すでに知れ渡っている狭山第2中学校、利根東高校での処方及び、自衛隊における様々な基地への処方のための出張も説明された。

 無論、まもる君関連は秘密であり、一切しゃべらない。


 一度Y新聞の記者から、「それにしても、二宮さんが帰ってその処方をしていた時期と、政府がまもる君のことを発表して時期が一致していますねえ」そう言われた。


 しかしハヤトは、「僕も驚いたのですよ。でも日本としては良かったですよね。僕の魔法では1000kmの彼方のミサイルには手も足も出ませんからね」何食わぬ顔でそう言い、そのことはそのまま済んだが、また続けて新聞記者の斎藤が聞く。


「ところで、1㎏以上と言われた宝石は実際には何㎏だったのですか?」


「うーん、僕はいいのだけど、家族に危険が及ぶからオフレコですよ。5kgくらいです」ハヤトの答えに、知っている安井を除いて皆流石に驚く。


「ええ!宝石が5kg、すごい資産ですね」驚いて山村が言うのに、ハヤトは肩をすくめて言う。


「ええ、でも税金で結局7割くらいとられて、我が家に入るのは実際の所で1割くらいでしょう」


「それにしても、5kgの宝石だとその額は大きいでしょうね」マスコミの者は口々に言う。


 その興奮が収まったところで、週刊Yの記者結城がさらに聞く。

「ところで、記者会見でも、処方を実質無償で行っている動機をおっしゃっていましたが、実際のきっかけと言うのは何だったのでしょう?また、いま自衛隊に対して集中的に処方を行っている理由は何でしょう?」


「うーん、まあ最初は狭山第2中学校で始めたのですが、学校が荒れていまして、生徒のつながりを強めるために魔法で身体強化をすれば、そっちに夢中になって結局仲が良くなると思って始めたのですよ。

 それから、妹に処方をしたのですが、やけに成績が良くなってしまって、妹がずるいと言われてまあ、妹の高校の生徒の処方をやったのです。そうすると、他の中学校や高校がずるいということでどんどん広がっていったのです。

 まあ、記者会見ではきれいごとを言った感じですが、本音の部分でもあります。正直に言うと、状況に流されてということですね。それと、僕が処方をやるのは魔力が大きいから効率はいいのですが、なにせ一人ですから、個人の効率は悪くても処方が出来る人をどんどん増やしていった方が全体としては遥かに効率がいいのです。

 自衛隊員ですと、その仕事で人に処方をしてもおかしくないでしょう?それで現状のところ自衛隊員に集中的に処方をやっているのはそういうことが大きいです」そうハヤトが答える。


「なるほど、なるほど。では、ハヤトさんはラーナラという異世界で英雄として名を挙げて、国王にも勝る名声と権力があったわけですよね。日本に帰ってきて、だんだん知られてはきていますが、まあ日本の仕組みでは一市民ですよね。その辺のギャップは感じませんか?」


 結城が聞くのに、ハヤトは上を向いて顎をさすりながら答える。

「うーん、僕は別に注目されたいとは思ってはいませんし、異世界の身分制度は正直いって不愉快でしたね。特に貴族の連中は鼻持ちならない者が多かったですし、身分のない貧しい人、特に子供は可哀想でした。

 そういう意味では、現在日本は良い社会だと思いますよ。まあ、あの野党のオバサンみたいなのがいますけど、あっちの貴族に比べれば可愛いものです。なにせ、かれらも選挙民、つまり普通の人に媚びなければならないのですから。日本の生活は、基本的には快適ですよ」


「ほう、日本もいろいろ言われますが、快適ですか。うーん、それでハヤトさんは今後の方針というか、目標といえばどのようなことを考えていますか?」結城がさらに聞く。


「そうですねえ。僕の今は、さっき言ったように防衛省の臨時職員で人並より多い給料をもらっていますが、しょせん臨時ですし、中学しか卒業資格はないのですよ。それで、8月にある大検を受けてせめて高卒の資格を取ろうとしているわけです。

 まあ。言ったように金には困りませんが、折角だから何かやりがいのある仕事を何かやろうと思っています。まあ、ワールド・ジュエリーから売れた金を受け取るためもあって、会社を作りましたからそれも生かしたいしね。

 見世物でもやるかな、身体強化による超人的な運動能力を見せる、また魔法を見せることで十分ショーになると思いませんか?」


 ハヤトの答えに、山村が積極的に賛同する。「それは、いいのじゃないでしょうかね。いままで不可能だと思っていたこと、さまざまな運動、また魔法をやるところを見たがる人は多いと思いますよ」


 しかし、結城は賛同できないと言う。「うーん、私は魔法能力の処方による効果の、むしろ知力の増強に注目しているのですよ。人の身体能力がいかに増してもしょせん機械には敵いません。しかし、知力、この場合測れているのは知能指数ですが、これが平均で50%近く増している。

 また、測れていませんが創造力等の能力だって増していると思うのですよ。そうした意味では、大学とかメーカーなどの研究者に処方を行えば、日本発の発明・発見が続々出てくるとおもうのですよ」


 ハヤトはそれを聞いて苦笑いをして応じる。「流石ですね。それは、経産省から話があって、すでに処方を始めています。大学やメーカーですね。また、もう魔法学ということで、研究が始まっていますよ。千葉国大と東大とか、利根市の高校からすでに能力を持った卒業生が入っていますから」


 その後、外に出せる話と出せない話を整理したのち、週刊Yの結城記者とカメラマン、それにY新聞の斎藤に、案内してきた地元千葉新報の山村は帰っていった。


 翌日、千葉新報及びY新聞に、ハヤトの特集としてニュートラルな彼の事績と現在が載り、一部のラーナラでの念写で撮ったプリントが載った。そして、これにはハヤトの手記が間もなく発売されることも予告された。

 当然、この記事は大きな反響を呼び、1週間連続でY新聞と千葉新報の共同でのハヤト特集を掲載した。これは、主として山村が拾い集めていた、魔法の処方により様々な影響を受けた人々の話を掲載したものだ。そうしているうちに、インタビューから翌週の週刊Yの新刊にハヤトの記事が掲載され、これは通常30万部刷りが実売せいぜい20万部であるものが、倍の60万部刷って、3日目に完売したという大ヒットになった。


 こうなると、他の新聞、週刊誌、テレビ等のメディアも、当然ハヤトに取材依頼が殺到するが、個人的な繋がりからの依頼以外は多忙を理由に断っている。個人的な繋がりというのは、父の会社関係、母の個人的な繋がり、妹の友人関係でそれぞれ数社のインタビューを受けている。

 

 こうした、ハヤト・フィーバーが起きているさなかに、ハヤトの手記が、千葉新報の出版部という弱小出版社から大急ぎで出版された。この定価1500円税抜きの『異世界ラーナラでの勇者ハヤト』は、それなりの広告も打ったこともあり、当初の10万部刷りがたちまち売り切れ、増刷に増刷を重ね、最初の1ヵ月で100万部が売れた大ヒットになった。

 こうした本というのは、編集のための人件費がかかるので、大体1万部以上は売らないと利益は出ないのであるが、逆にそれ以上は、作者への印税10%、印刷費、流通費、本屋のマージン位の費用で半分弱くらいは利益になるのだ。

 つまり、たった一ヵ月間で、販売収入が10億円以上の収入のあった、弱小千葉新報の利益は年間分を稼いだと言われる。さらに、ハヤト・フィーバーの中で、新聞そのものの部数も大きく伸びており、48歳の記者山村は、社長表彰を受け空席だった副編集長に昇進した。

 これは、彼が狭山第2中学校へ通う息子の縁から、ハヤトと誠実に向き合ってきた成果である。ちなみに、『異世界ラーナラでの勇者ハヤト』の販売数は1年後には3百万部を超え、日本歴代有数のベストセラーになったうえ、さらに1年後には世界12か国語に翻訳されて全世界では5千万部を超えた。従って、作者たるハヤトの収入は莫大なものになり、宝石売却益を越えて、作家部門の長者番付の1位になってしまった。



 さて、木更津駐屯地でハヤトに見いだされた水井健太1士であるが、彼についてはハヤトの連絡によって、自衛隊の総監部預かりとなり、当面ハヤトが訓練するということで朝霞駐屯地に預けられた。

 現状のところでは、ハヤトとして身体強化はそれなりに人々に訓練してきたが、火、水、土等の魔法についてはさわりのみは教えてきたものの、後は自主訓練に任せてきた。

 マップ及び探査の能力については、魔法としても特殊なものであり、まもる君の秘密を守る意味でも、妹のさつき以外には教えていない。

 水井の訓練及び今後については、ハヤトは統合戦略担当官の滋賀2佐及び清水海上幕僚長と話をしている。

「それで、水井君は彼の魔力から言うと、訓練次第ですが半径100km位のマップは展開できると思いますし、多分的を絞っての探査はその倍くらいは可能でしょう。火魔法もちゃんとできますから、ミサイルの撃墜は可能ですよ」ハヤトのこの説明に、滋賀2佐が考えながら言う。


「うーん、やはり、その能力は海上向きだな。空からのレーダーもあるから、レーダーで位置を確認したミサイルを200㎞先で探知して、炸薬を爆発させることが出来れば、速度は大体2㎞/秒程度だから、命中まで100秒あるわけだ。一発当り、どのくらいの時間で処理できるかな?」


「そうですね、探知、内部を探り発火させる、っと。訓練を積んで10秒だったら行けるでしょう」ハヤトの答えに、今度は清水が口をはさむ。


「長距離のミサイルは、大体は艦に積んでいる対ミサイルシステムで処理できるが、それより厄介なのは航空攻撃だ。これを防げる方が有難いぞ。幸いというか、敵の戦闘機にしても爆撃機にしてもたっぷり発火するものを積んでいる。

 どっちにしても、探知と同時に攻撃できる能力というのは海上自衛隊としては大変ありがたい。なにせ、戦闘機など航空機は、レーダーで探知しても、それを攻撃のためミサイルなりを発射しても、それも様々な手段で躱されるからね」


「まあ、確かにそういう面はありますね。ところで、砲については問題ないのですか?」

 今度はハヤトが逆に清水に聞く。


「問題ないとは言わないが、通常は砲が届くほどの距離では戦わないと考えている。まあ、砲についても、炸薬が詰まっているから爆発させることは出来るし、速度も1㎞/秒以下だから比較的撃ち落とし易いけれどね。ちなみに、海中の探知はどうなのかな?」清水がハヤトに応え、最後に聞く。


「海中は、ヘリで移動中に試したことがありますが、精々深さが200mくらいでしょうか。もっとも、距離としては半径50kmくらいカバーできますが」ハヤトが答え、清水が論評する。


「なるほど、しかし、海中については我が国のシステムには割に自信があるから、大丈夫だと思う。これは、秘密なのだが、日本近海は地震探査網が張り巡らされているのが、これは高性能の振動探知機なのですよ。だから、潜水艦の探知もできるということです」


「へえ、だから中国の潜水艦については心配ないということですか」ハヤトが納得いった言う顔で頷く。

 

 結局、水井については朝霞駐屯地でハヤトが1カ月ほど訓練し、海上自衛隊に引き渡すことになった。ハヤトから、その際にはそれなりの待遇を考えるように釘を刺したが、自衛隊側も彼に辞められては困るのでそれは考えており、海上自衛隊に転籍するときは十分考慮することが約束された。

 さらに水井の例から、ハヤトは自衛隊から、水井並みの能力を持った人材を発掘するように懇願された。


明日もアップするよう努力します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ