魔法能力の処方その後2
1位からは滑り落ちましたが、まだまだたくさんの人に読んでいただいているので、頑張って更新します。
文部科学大臣が木山(正しくは木川)になっていましたので訂正しました。
利根市と千葉県は殆ど掴んでいなかったが、実のところでは、魔法能力の処方をどう広げるかについては、日本政府としてすでに基礎的な調べはやっており、国としてどうするかということに関しては閣議で話し合われていた。
その閣議のメンバーは、ハヤトの実際の能力を知らされており、その情報の外部への漏洩は厳しく禁じられている。
「では、文科省の木川大臣、例のH氏による、魔法能力発現に係る利根市の中学校と高校における事態について調べた結果を説明してください」官房長官の篠山が木川に振る。なお、ハヤトついては、一種のコードネームとして会議等の席ではH氏と呼ぶことになっている。
「はい、ご存知のように、本件はすでに日本中のみならず、世界的な騒ぎになっておりますが、特に我が省は国内から早急に処方を行う体制を整え、自分の管理する学校に適用するように迫られています。
なお、各々の持つ魔力を魔法能力として発現できるように処置することを『処方』と呼んでいますので、よろしくご理解ください」
その時、経済産業大臣の皆川も口をはさむ。「我が省にも、企業からそんな能力があるのなら是非、社員に処方したいと要望が数多く寄せられています」
さらに、続けて西村防衛大臣も言う。「自衛隊は、身体能力が高いというのは非常に大きなアドバンテージなので、朝霞駐屯地には全国の部隊からその処方の要望が殺到しております。
これについては、私が許可して、H氏とすでに処方を受けて他の者の処方を出来るものを、各地の駐屯地や基地に送り込んでいます。今の予定では、全自衛隊で1年くらいの後にはその処方は終わる見込みです。なお、やはりその処方についてはH氏の能力が圧倒的に高いので、彼には規模の大きい基地を選んで行ってもらっています。それから………」
官房長官が、そこで「ごほん!」といって西村の言葉を遮って言う。
「防衛大臣には貴重な実施例として、後で説明してもらいます。ここでは木川大臣、続きを」
この露骨な篠山のジェスチャーに西村は小さく、「失礼」と言うが、それを横目に木川が続ける。
「利根市の中学校関係では、震源地の狭山第2中学校の校長が他校の要望を入れて、自分の学校に他校の生徒を週5日、100人受け入れ、自分の学校の生徒にその処方をさせています。
また、処方で高い魔力を示し、他への処方が行える能力を持つ者は別途訓練をして、自分の学校で他の生徒を処方するということを繰り返しています。あと1ヵ月もすれば、利根市の中学校は終わるでしょう。
利根市の高校は、H氏の妹さんを中心に、これは他の高校に行く形で処方をしていますが、やり方は中学校と一緒ですね。しかし、妹さんの魔力は相当高いらしく、他の12人の仲間全員がやれる以上の処方を彼女一人でやれるようです。こちらは、半月くらいで処方は終わる見込みです」
「それで、体力増強は中学生が世界記録を塗り替えるレベルらしいが、知的な効果はどうなの?定量的に調べたの?」財務大臣兼副総理の早山がだみ声で聞き、木川が答える。
「ええ、中学校の場合は、普通考えられないくらいに入試の合格者が多かったというだけですが、利根東高校では、10人の生徒に対して処方の前後で知能テストをやったらしいです。その結果は、もっともよかった者の場合100%アップで、悪かったもので20%、平均で45%だったそうです」
「うーん。それは凄いが、前後で同じ問題ではねえ」再度、早山が否定的に言うが木川は否定する。
「いえ、それが同じ程度の点が出ることが確かめられているテストの違う問題をやったそうです」
「ほお!ずいぶん知恵の働く者がいるのだな」
早山が感心するのに、「ええ、それを考えて実行した生徒は、東大の理Ⅲに合格したらしいですね」木川が答える。
「うむ、それでは効果は明らかですね。それでは、それだけの効果があるのなら、それを出来るだけ早く全国に普及させることには、皆さん異義はありませんよね?」
篠山が早山のその会話に口をはさみ、その確認に出席者が頷くのを確認して続ける。
「では、今後どうすればいいかということですが、その前に諸外国の要求について考えをまとめておきたいと思います。加藤外務大臣、本件に関して諸外国からの要望あるいは要求を簡単にまとめてください」
「ええっと、お答えしますと、視察希望が55か国、処方の開示と技術移転が22か国ですね。後者の主な国は、お隣の中国、韓国、もっともこれは前政権からですが、それとアメリカ、ロシアといった国ですね。 ヨーロッパからはフランスのみです。とりわけ中国は当然のごとく、その処方のための派遣を要求しています」
加藤が答えるのに、篠山はさらに聞く。「外務省としての本件に係る方針を説明して下さい」
「我々の考えは、まずこの処方が国内に行きわたるのに、少なくとも3年あるいは5年程度は要すると考えています。しかし、それまで海外に対してこの処方の技術と言うか、手法を封じるのは余りに摩擦が大きくて無理だと思います。
しかし、この手法をある国に渡すと間違いなくその国民の体力・知力を共に高めるものですから、潜在敵国には渡したくはありませんね。そういう意味では、中国、ロシア、朝鮮半島の両国はその潜在敵国になり得る国ですが、しかしそういう相手でも、いつまでもこの手法を封鎖出来るものでもないでしょう。
実際に日本の学校を優先的に処方を進めていくと、中国人などの子供もいるわけですから彼らのみを外すわけにはいかないでしょう。
ですから、当面は日本への適用を最優先として、その意味で海外への移転は余裕がないということで海外の要請は極力断る、ということにします。しかし、我が国の独占は抵抗が大きいでしょうから、そのあたりをどうするかまだ結論は出ていません」木川が答える。
「しかし、これは我が国が独占すれば、ずいぶん競争力という意味ではメリットがありますよ。そちらの方向もあり得るのではないかな。その意味では、こういうことがあると公開したのはまずかったような気がするな」
経産大臣の皆川が言うが、加藤外務大臣が反論する。
「おっしゃる通り、いつまでも独占できればいいのですが、もはや話は漏れているのですし、さっきの学校の例もそうですが、完全な独占はできません。
そこで、下手に独占の動きをみせると、ねたみもあって、日本人が欲深く、信用ならない連中と宣伝されますよ。今回のようにあっけらかんと表に出したのは良かったと思いますよ。しかし、どこの国も、もしこのような方法を握ったら、そう簡単に外には出さないでしょうから、我が国が外に出すのを引き延ばすことを理解はすると思いますよ。同意は絶対しませんけどね」
「ところで、二宮君はよくそんなノウハウをあっけらかんと皆に教えたな。秘密にして、独占すれば個人としてはすごいアドバンテージだろう?」皆川が首をひねりながら言うが、防衛大臣の西村が答える。
「それについては、直接彼に私も聞いたのですよ。その答えがこうでした。
『皆にその処方をして、日本がそして世界が変わるのは面白いじゃないですか。大体、僕は異世界からお土産を持ってきましたから、金には困っていません。また、下手に秘密にして隠れて暮らすのはいやですから』
まあ、その方の能力がなくてもはっきり言って彼は今や間違いなく日本で最大の重要人物ですからね」
首相がそれを聞いて話し始める。
「その通りです。彼が居てくれて我が国がどれだけ助かっているか。それから、先ほどからの議論については、国内を最優先でいいでしょう。海外からはその要求次第で対応を考えましょう。で、国内の促進策を話しましょう」
「では、まずすでに大規模に処方を進めている防衛省の経験を聞きましょう」それに応えて、篠山が西村に水を向ける。
「はい、先ほど言ったように、わが自衛隊では1年以内には全隊員の処方を終える予定です。これで、まさに我が国の自衛隊は体力も頭脳も世界一のレベルに達するわけです」
西村の話を受けて、文部科学大臣の木川が口を開く。
「わが文科省の検討の結果からは、最大の問題はその処方を行う最初の指導員がいないということなのです。今までの実績から35歳を超えるとそういう能力を付けることが難しくなり、特に人を処方する能力を身に着けるのは困難ということで、教員にはあまり期待はできません。
そういう意味では、現在精力的にそういう人数を増やしている防衛省に、指導員派遣をお願いしたいのです。交通手段さえ整えておけば、安全保障の面で万が一のことがあっても国内で指導に当たる分には問題ないでしょう。また、これは自衛隊員の存在をさらに世間の皆さんに公知するチャンスだと思います」結局、閣議ではそういう方向で決まった。
ちなみに、ハヤトは相変わらず朝霞駐屯地に住んでいたが、防衛省の要請で各地の基地に送られて隊員の魔法能力の処方に励んでいた。これは、朝霞の成果を知った各地の基地から、朝霞基地に直接、または統合幕僚庁に殺到したのだ。
そこで、小さい基地は、処方を出来る能力を持つ、すでに処方が終わった隊員が処方を行うこととして、ハヤトは隊員の多い大きい基地を回ることになった。
無論、安井も一緒であるが、浅井みどり2曹も一緒である。彼女の魔力は結構大きく、魔法能力の処方においては、駐屯地でもその能力を持つ482人中の20番目ぐらいにはなるのだ。そこでそれを理由にハヤトの補助ということで、彼女がちゃっかり上の許可をとっており、ハヤトも意向を確認されたが、彼に否やはあるはずもなく、すんなり決まっている。
自衛隊では不倫は問題ではあるが、それなりに納得しあった間のそういう関係には割とニュートラルであり寛大でもあった。
それは、ハヤトが木更津駐屯地にヘリで行った時の事であった。駐屯地の広い敷地が見えてどんどん近づいてくるが、ハヤトはここ地球では初めての経験に身を引き締めた。数km先からも感じられる魔力の持ち主、ラーナラには10人ほどは居たが、ハヤトの半分程度に達するそれは地球ではお目にかかれないだろうと思っていたレベルであった。
浅井みどりが、ハヤトが何かに気を取られているのに気が付いて彼に聞く。「ハヤト、どうしたの?何か気になることがあるの?」ハヤトが頷いて言う。
「えらく強い魔力の男だな、この駐屯地にいるぞ」
「なに?お前くらいか?」安井が聞くが、ハヤトは苦笑いして言う。
「いや、さすがにそこまでは。なんせ、おれは召喚の時に大幅にかさ上げされているからな。しかし、妹のさつき以上で俺の半分くらいだから、ひょっとしたら、近距離だったら俺の代わりが出来るぞ」
「おお、それは大ごとだ。是が非でも探さなくちゃ」安井は興奮して言うが、ハヤトが宥める。
「どうせ、処方の時には俺の前に出てくるのだから、すぐわかるよ」
ヘリが着地すると、将官の制服の白髪の男性を先頭に軍服を着た5人が近づいてくる。
それを見て、安井と浅井が敬礼をして申告する。
「朝霞駐屯地、計測班2曹安井公人です」
「同浅井みどりです」
「こちらは、防衛省管理室特別訓練担当官の二宮ハヤト氏です」安井が紹介する。
ハヤトはそういう役職として、防衛省の嘱託の身分であり、2佐相当で遇されることになっている。月給は53万2千円、年収は920万円であるから、官僚として歳にしては破格の高給取りである。
司令官土田義美陸将補がハヤトに歩み寄って手を差し出すと共に言う。
「ようこそ木更津駐屯地へ、貴殿の魔法能力の処方に大いに期待しております」その手を力強く握ったハヤトも応じる。
「わざわざ、お出迎えありがとうございます。多分2日ほどで目的は達成できますので、短い間ですがよろしくお願い致します」
その後、残り4人と挨拶し、通された部屋で一服し、コーヒーを飲んだのち、兵たちが待っているという、グラウンドに向かった。まだ、3月の初旬ではあるが、晴天の風のない今日、木更津では特に寒くはない。
2000人を一組として、その中から一割程度の魔力の強いものを選び出し、彼らについてまず処方を施し、彼らが魔力の身体への巡らし方を覚えたところで、彼らにも手伝ってもらって、残りの者の処方をするというすでに手慣れた手順を繰り返す。
2組目に、上空から感じたその男がいた。彼は、自衛隊の周りのものと同じように、戦闘服に身を包んでおり、身長160cm程度の小柄でやせて、頬はこけ目がギラギラしている。
『なかなか、難しそうな奴だな』そう感じながらハヤトは淡々と同じ手順を踏んでいく。
ハヤトの求めに応じて、みどりがその男、水井健太1士について調べてきて、さらに上官に許可を取ったうえで夕方ハヤトの宿舎に呼び出した。
水井健太は、ハヤトに安井と清水みどりが待っている迎賓館の食堂に恐る恐る入ってきた。
彼については、みどりが調べた結果では、幼いころに両親を亡くし、叔父に育てられて成長したとのことである。しかし、その叔父夫婦がろくでなしで、彼はいつも古い服を着せられ、碌に食事も与えられずしょっちゅう暴力を振るわれて育ったということだ。
叔父夫婦には健太より2つ上の男の子が一人いたが、この子にもいつも暴力を振るわれ、いじめられてきたとのことで、彼の体中に傷跡があるということだ。
中学卒業を機に、家を逃げ出して飢えてさまよっていたところを、運よくまあ親切な工務店の夫婦に拾われたという。彼は、その工務店では飢えることはなかったが、結局安く便利に使われてきており、その過程で勉強はしなくてはならないと非常に強く考えたそうだ。そこで、その工務店でこき使われながらも、大検の勉強をして19歳の時合格したという。
「ほお、それは立派だ。俺の先輩だな」ハヤトが言う。その後、自衛隊の試験を受けて合格し、現在2年目であるので21歳、ハヤトより1歳年下だ。隊内の評価は真面目で訓練には熱心ということで、なかなかいい方で、本人も少なくとも飯が美味いし済むのも困らないし、自衛隊は非常に気に入っているようだ。
それを聞いてハヤトはジーンとした。彼も、15歳から少なくとも3年間の訓練期間は死ぬ思いであったので、自分でもその頃はほおがこけて目つきが悪かったと思う。彼の苦労を考えると、あのような厳しい顔つきになるのはやむを得ないと思うのだ。みどりから、その話を聞いて水井に対して好意がもてたので、恐縮して入ってき来た水井にニッコリ笑って話かけた。「まあ、楽にして。気を使うことはないよ、私は君より1歳上だけだからね。一緒に夕飯を食おうということで、来てもらったんだ」ハヤトはニコニコして手を差し出して握手して、話し続ける。
「まず、何で呼ばれたか判らなくて不安だろうから言っておく。今日は、魔力発現の処方をしたが、その中で魔力の大きさという話をしたよね?」
ハヤトの柔らかい雰囲気に少し気が楽になったか、水井は少し緊張を解いて頷く。
「はい、聞きました」ハヤトは続ける。
「それで、君はね。多分数十万人、いや数百万人に一人のレベルで魔力が大きい。本当に滅多にいないクラスだ。これは、自衛隊、いや日本にとってすごく重要な才能で、明日から君にはその才能を発揮するための訓練をしてもらう。いいかな?」水井は驚いた顔して小さく叫ぶ。
「ええ!本当に?僕にそんな才能があったなんて。本当ですか?担いでいるのではないですか?」
「ああ、間違いなく本当だ。水井君も周りの人の魔力を見ることが出来るから、見比べてどうだった?」ハヤトの言葉に、水井はためらいながら答える。
「ええ、二宮さんは僕よりはるかに大きいのは判りましたが、周りの人は確かに小さかったですね」
「そうだよ。身体強化はほぼ誰でも出来るが、魔法を使えるものは数パーセントでごく稀なんだよね。君は自衛隊の貴重で大きな戦力になるよ、だから君の将来はすでに約束されている」
そう言うハヤトの言葉に、水井は突然涙を流し始め嗚咽する。
「どうしたの?なにかあった?」みどりが少し慌てて近寄り、肩に手を掛けるが水井は涙を袖口で拭きながら言う。
「い、いえ、嬉しいんです。自分は今まで自分に自信がなくて、誰の役にも立たず、自衛隊に入っても、体が小さくて体力もなくて落ち込んでいたんです。でも、今日体力強化が出来るようになったので、少しはましになったかなと思っていましたが、それでも自信は持てませんでした。でも、自分にそんな才能があったとは。それも自衛隊にも日本の役に立てるほど。だから嬉しくて」
水井は涙をぬぐいながら、顔をあげ笑ってみせる。その後、彼らは食事をしつつ痛飲し、水井はひょろつきながら自分の宿舎に帰っていった。
お時間があったら、過去に書いた小説も読んでみてください。
完結した2編のURLを貼っておきます。
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