魔法能力の処方その後
続いて、1位にさせて頂いています。
更新は頑張ってやっていきます。
狭山第2中学校において、生徒たちが身体強化をできるようになり、彼らはその後トレーニング・ジャンキーになったこともあって、身体能力が大きく向上していった。
このことは、すでに日本全体に広まっており、このインターネットの世の中であるためすでに世界にも広まっている。
校長の山科と教頭の田郷は、市の教育長の佐川に呼ばれ、その席で言われている。
「山科先生、田郷先生、もちろんご存知だと思いますが、あなた方の狭山第2中学校における魔法能力の処方はすでに日本国内のみならず世界的にも大きな話題になっています。
あなた達が、他の中学の処方を引き受けてくれたおかげで、我が利根市については、中学校についてはあと1ヵ月もすれば、処方が終わる見込みです。しかし、他都市、さらには他国からも我々にも何とかしろとの要求と言うか要請が殺到しています。それも、あなた方が、教育委員会に一任すると言って頂いたおかげでね」
佐川教育長は言葉を切って、すこし恨めし気な目で彼ら2人を軽くにらんだ。なお、今では、すでに魔法能力を使えるようになり、他に処方を施す能力があるものが、人に魔法能力を発現させるようにする処置を『魔力発現処方』、略して『処方』と呼ぶことになっている。
佐川教育長の話が続く。「なにしろ、中学生にとって身体能力が向上するというのは非常に大きな話ですからね。しかも、なんですか、貴校の高校合格率は?あり得ないレベルです。これは、どう言っても貴校における特殊な訓練、つまり魔法能力の処方の効果で、知能が向上したと考えるしかありません。
あの後、この事務所には、他校から、狭山第2中学校だけずるい、不公平と言う苦情が殺到したのですから」
佐川は再度恨めし気に睨むのに、田郷教頭が弁解する。
「いや、実はこの手法を持ち込んでくれた人物は、魔法能力の発現の効果は身体強化と人によってはある程度の魔法が使えることとのみ思っていたようなのです」
そう、ハヤトも最初は魔法能力を目ざめさせたときの、知能の向上が起きる効果は意識していなかったのだ。なにしろ、異世界では少なくとも身体能力向上程度は出来るのが当たり前であるので、皆魔法能力の活性化は出来ていることになる。
『それにしては、ラーナラの連中も同じく知能向上の効果があるはずなのに、別段優秀とは思わなかったな。結局地球人の知能の方が高いのかな?』
ハヤトは、明らかに知能が向上している狭山第2中学校の生徒と、妹から頼まれて処方をした、利根東高校で生徒に対する顕著な効果を見てそう思ったものだ。
佐川教育長はさらに続ける。
「その今回の能力を発現する方法を持ち込んだ人は、二宮ハヤトという名らしいですね。ご存知かと思いますが、東高に妹さんがいて、その頼みでそのハヤトさんが東高の生徒にも処方を行ったということです。
おかげで、東高の大学の合格率は凄いことになっていまして、中央高校を完全にしのいでしまい、中央高校が大いにへそを曲げているそうです。
当然、学校の皆に処方を施せば、どういう風にやったということは漏れますから、わが校にも、と言うことになりますよ。
ただ、誰がというのは、皆口が固くてその名前はマスコミには漏れていないようですね。それで、この市には県立高校が2校、私立が2校ありますから、東高の校長他からその妹さんが処方を頼まれたそうです。
彼女も、大学入試も終わった後で、空いているということで、東高のそういう能力を持つようになった生徒と協力して、それらの高校の生徒、皆で6000人程度ですが、彼らをいま順次処方しているところだそうです。この辺りは、県の教育長から話がありまして聞いた話ですが」
その話を聞いて、校長の山科と教頭の田郷はなるほど、自分らがやったことと同じであると思った。
狭山第2中学校での、体力増強の効果はマスコミの報道もあって、すぐ世の中に知れ渡ることになった。その結果、当然のことながら、他校からもその訓練をしてもらいたいとの話が、校長の山科や教頭の田郷にあったのだ。
それらの要請をしてきた者達は、多かれ少なかれ彼らの面識のある者であるため、要請に応えたいと思うのは当然であった。
しかし、現状ではハヤトは、日本国の絶対秘密のミサイル防衛のためのキーパーソンになっているため、彼は現在は到底動けないということであった。だから、それら希望する生徒を100人ずつの単位で狭山第2中学校に来てもらって、2年生の白石将司など15名に頼んで処方をやらせている。
これらの者は、ハヤトから魔法能力が高いとされ、他人の魔力をはっきり見ることができ、処方が出来るように彼に訓練されていた者達であった。ハヤトも、いつまでも自分一人が処方をやるのではかなわないという思いがあり、魔力の強いものには極力処方を教え込んでいたのだ。
しかし、彼らの魔力自体には限りがあり、15人でかかって一日にその100人の処方が精々であった。
ただ、処方の時間自体は1時間もあれば終わるので、週に5日間100名ずつが各中学校から送られてきている。約20万人の人口の利根市の、中学生の総数は6000人強であるので、計算上は60日を要する。
しかし、処方を受けた者の内で魔力の強いものは、特別に追加の訓練をして、彼らが自分の学校の生徒の処方をするので、実質は狭山第2中学校での、利根市内の中学生への処方は20日で一旦終了した。
教育長はさらに言葉を続ける。
「もう、こうなったら、この市以外の学校に対する処方を広げる方法も考えるしかないでしょうが、実は私は県の教育長とも連絡をとったのです。高校を統括する県も、県内及び全国の高校から要請が殺到してきているようでして、結局同じ問題を抱えているのです。
しかし、いままでは緊急措置として、生徒に処方をやってもらっていたのですが、それをいつまでも続けるわけにはいきません。そこに、とうとう文科省から、私どもにちょっかいを出してきました。
ですから、こちらとしては譲れない言い分は通しながら、市外、県外の話は文部科学省に投げつけようということです。それで、県の教育長と一緒に、明後日文科省に行ってくることにしました。
今日来て頂いたのは、さっき言った譲れない点はなにか、ということを話し合いたいということです。実際に、魔法という今でも信じにくい力を、生徒たちが発現するのを見守ってきた先生方のご意見を是非伺いたいわけです」
山科と田郷は顔を見合わせたが、目で譲る田郷に頷き、山科校長が話し始める。
「教育長もご存知のように、私が校長を務める狭山第2中学校は大変荒れていました。不良グループが闊歩し、いわゆる一般生徒はその暴力の下に小さくなり、授業もまともにできない状態でした。
そこに、田郷先生を恩師と慕う二宮ハヤト君がやってきました。彼は、自ら臨時用務員になってくれると言い出し、なおかつ暴力に怯える生徒たちに対して自分が盾になると言い放ったのです。実際、彼が身体強化の本家本元ですから、多分強いという意味では世界に並ぶものはいないレベルだろうと思います。
それで、わが校の生徒の一人の親は地元暴力団の幹部だったのですが、かれは、そこの事務所に乗り込んでいき、どういうことがあったがわかりませんが、帰りはその暴力団のものが整列して挨拶して見送ったそうです。
こうして、不良グループなるものは、彼がいる限るわが校では存続できない状況になったのですが、しかし、いじめられてきた一般生徒との溝は埋まりせん。そこで、二宮君が魔法能力を生徒たちに付加することを言い出したのです。
魔力は、より脳を使う人に多く宿るもののようで、明らかによく勉強しているものほど高い魔力を示しますので、こういう者の身体強化はより高い効果を示します。だから、元不良グループであった者達は、その意味でその身体強化の効果が低いため、腕力という意味では逆転現象が起きたのです。
しかし、自分の体が今までの何割増しから2倍の性能を出すようになると、人はもっとという欲が出るようですね。生徒の多くが、ハヤト君の言う、トレーニング・ジャンキーになってしまいました。この辺りまではすでに、教育長にはお話をしましたよね」
山科の言葉に佐川は頷き答える。
「ええ、例の記録会の前ですね。伺いましたよ。しかし、正直に言って、山科校長がおかしくなったのじゃないかと、そっちが心配でした」山科は頭を掻いて笑って応じる。
「ははは。実は、まあアリバイつくりのために伺ったようなものです。信じてもらえるとは思っていませんでした」
それから、笑いを収めさらに続ける。
「続けさせていただきます。さて、生徒たちは異常に熱心な身体的な訓練を始めたわけですが、幸い、後で明らかになったように知力の改善と言うか、増強効果も大きかったのです。
そのため、生徒たちは身体的なトレーニングに時間を割いても、学業も短時間できっちり終わらせました。実際に、多くの者が予習・復習なしに授業時間でその内容を十分に理解しているようです。その結果、成績も落ちるどころか全体に大きく伸びました。
まあ、あの受験の結果は、生徒のやる気と明らかに増した理解力に気づいた先生方が、いままで遅れていた学業を課外授業も含めて講義した結果です。
そうなりますと、皆がそれなりに自信を持ってきますので、いわゆる不良グループへのわだかまりも無くなって、わが校の雰囲気は全く見違えるように良くなりました。これは、処方の効果でありまして、現状の所では問題はまったくと言っていいほど出ておりません。
私の意見は、この処方は出来るだけ早く全国に広げ、また海外へも広げるべきだろうと思います。
しかし、その方法が問題ですが、これは基本的には、一つの学校を対象にして、ある程度の生徒に処方をしてその中で人に処方をできるようになった者により、その学校全体の処方を終わらせるという方法がいいと思います。
これは、いま私たちがわが校の生徒にお願いして実施している方法ですね。しかし、その最初の措置をずっと生徒にさせるのは、負担も大きく問題だと思います。その点で、ハヤト君の話では、かれは今自衛隊の朝霞駐屯地にいるようですが、すでに駐屯地の自衛隊員の多くの処置を終えているそうです。
当面はその方々の力を借りるとして、処方を出来る社会人を例えば数千人あるいは数万人集めれば、処方も随分早く進むのではないでしょうか。しかし、結局は持っている魔力が他の人とは桁が違うらしい、二宮ハヤト君に処方してもらうのが最も効率が良いだろうと思います」
山科校長の話が終わったところで、田郷がつけ加える。
「どうも、ハヤト君は自衛隊がらみのことで今は動けないようですが、文科省がはいるのなら、ちょうどいいから防衛省との調整もしてもらいましょう。先ほどの話の自衛隊の人を動かすとなると、結局のところ政府を通さないとどうにもならないでしょう」
ちなみに、そのころハヤトは宇宙航空研究開発機構(JAXA)の技術者の訪問を受けていた。
朝霞駐屯地の本館の応接室であり、防衛省の職員がついて来ている。駐屯地としては常に一緒の安井の他に、駐屯地の副司令官の矢野1佐も立ち会っている。
挨拶の後、やって来たJAXAの年配の技術者である、名刺にGPSプロジェクト統括部長とある麦山博士がしゃべり始める。
「この件は、矢野1佐もご存知ですが、西村防衛大臣も了承の上の話です。現在、我が国はGPSシステムの構築に取り組んでおり、われわれJAXAがその役割を担っております。
現状ではGPS衛星は4基打ち上げており、これはあかり3号機が静止軌道、1、2、4号機が準天軌道を回っております。準天軌道とは、高度3万6000キロメートルの静止軌道を赤道面に対して角度をもたせた軌道で、地球に対して8の字を書くように回るものです。
問題は、このうち静止軌道を回る3号と、準天軌道を回る4号の信号が途切れがちになってきたことです。この原因について必死に調べた結果、システムの一種のバグであることが判りました。
そのバグのため、残念ながら、まもなく3号と4号はその通信機能を止めることになります。衛星が地上にあれば、一本の電線を切るだけの簡単な仕事なのです。しかし、如何せん、宇宙空間ではどうにもならず、それぞれ480億円かけた衛星が、折角打ち上げ自体はうまくいっているのに使えないわけです。
これは、アメリカのGPS機能を向上させるもので、厳密にスケジュールが決められています。したがって、私だけの首で済むならよいのですが、この問題はアメリカに対する我が国の大きな瑕疵になります。
私は、防衛研究所の合田所長の後輩なので、ちょくちょく夜をご一緒するのですが、それを愚痴っていたわけです。それに対して合田所長が、方法があるということを聞きまして、ここに参りました」
しばらく沈黙がおりた。「ええと、その件、つまりその故障、バグですか、その件は発表しているのですか?」ハヤトがやがて聞く。
「いえ、余りに重大な問題なので最後まで何か方法はないかと探っておりまして、当然まだ発表はしておりません」麦山が、なぜかそういうことを聞くのか問うように答える。
「対処は可能です。しかし、そういうことが出来ることは他国に知られたくないのです。これは、絶対に秘密にしてください。結局これは“まもる君”を使ってやりますが、その衛星の位置図及び電線の正確な図面、というより3次元の図が要りますので、用意してください」ハヤトが応じ図を要求する。
「すぐにでも準備できます。実際上このコンピュータに3次元CADが入っています」
博士の答えにハヤトが言う。「なるほど、では防衛研究所すぐ行って片付けましょう。データを預けるのは問題でしょうから、防衛研究所で開いて見せてください」
朝霞駐屯地からヘリが出て、1時間後には防衛研究所に着く。
「ここが、まもる君のいわばコントロールルームです。では、3号機と4号機の位置と、その電線の部分の図を開いてください。いまから、まもる君を制御しますが、絶対この室内の事は秘密ですし、何も聞かないでください」
起動したコンピュータの軌道図を見つめて、ハヤトはまず簡単な静止軌道を回る3号機を見つけ、他のコンピュータ上の図を見ながら中を探査していく。
『これか、この黄色の線だな』ハヤトはそう思って、念のために聞く。
「図の中の線の色は実際のものと一緒ですね?」
「ええ、その通りです」博士の答えにハヤトは、電線に熱をかけ焼き切る。
「よし、3号は終わりだ。今度は4号だな」
「ええ、もう終わり?」麦山が思わず声を出すのをハヤトが睨み、4号機を軌道図を見ながら探す。
楕円軌道で速度の刻々と変化するので難しいが5分ほどで見つける。
『見つけた!よし』中の構造は3号と同じなので今度は電線を見つけるのは簡単だ。素早く焼き切ってため息をついて言う。
「ご苦労様です。終わりました。よろしければ確認してください」
立ち会っていた、合田所長が部屋にある電話を指して麦山に言う。
「麦山君、その電話は秘話機能がついているよ」
麦山は慌てて、電話してせわしくなにやら確認していたが、その目に喜色を浮かべて半ば叫ぶ。
「直った、本当に直った」彼は何度もお礼を言ってあわてて引き挙げていった。
僅か2時間半の幕間であった。別に防衛研究所に来る必要はなかったが、まもる君を使ったという信ぴょう性を持たせるためには必要であった。




