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EAC (Earth Athletic Competitions)4

読んで頂いてありがとうございます。

 南浩紀は、22歳の元高校野球のピッチャーである。国民の皆が処方を受けて身体強化を出来るようになっても、野球は続けられている。しかし、身体強化の状態でプレーをした場合には、従来の球場とその道具が合わないことが判って、野球は身体強化禁止でおこなうことになっている。


 なにしろ身体強化をしてボールを投げると時速200kmを超えるし、打てばその球は球場を軽々と飛びだす。さらには、身体強化が続けられる時間は普通30分程度が精々なので、守備の間中その状態を続けられないため、時速250kmを超えるような強烈な打球が誤って体に当たると大けがをすることになる。


 だから、アマチェアもプロも野球をするときは、魔力検知器によって身体強化をしないように見張られている。また、処方によって人々の知能が伸びた結果、野球においても駆け引きや戦術が非常に洗練されたものになり、同じく知力増強の効果を受けた観衆によってそれも大いに評価されている。


 その意味で、南は豪速球の本格派であったのだが、そういう駆け引きが苦手というか嫌いであった上に、身体強化時の文字通りの剛速球を投げる快感に取りつかれている。このために、Nカンパニーで自分の特技の弾を投げる見世物を行うプロになったのだ。


 今のところ、EACの大会での優勝レベルの弾の速さは、時速にして210km程度であるが、実際に狙いを重視せずに全力で投げれば230kmを超える。ちなみに、2年連続チャンピオンはプロ野球の西野翔選手である。西野は身体強化なしで160km/時を超える最高の剛速球投手で、しかも制球も優れているが、むら気でやや切れやすくその成績は1流半というところである。


 さらに、この競技は設備が必要であるが割に手軽に実施できるので、中学からアマチェアの大会が広く開かれており、大会の3番手以降には若手の有力選手がひしめいている。だから、これらの参加者は当然男子のみでなく女子も多く、23歳の須賀紗枝は高校でそのトップであった選手だ。


 EACの試合は出場者がそれほど多くなく、身体強化の持続時間はそれほど長くないということで、競技時間は比較的短いので、あまり並行して競技・試合は行われない。だから、専用競技場が必要なこの弾投げ競技は男女交互にすべての選手が投擲する予選で、男女それぞれ32選手から16選手を選び、翌日に16選手から4選手を選ぶ準決勝、4選手から優勝選手を選ぶ決勝戦が行われる。


 つまり上位4選手は3回の投擲を行うことになる。予選はくじ引きで順不同に行われるが、準決勝、決勝は成績の悪かったものから先に投擲を行う。

 予選はそういうことで、男女交互に64回の投擲が行われるが、その投擲順に背番号と氏名が電子掲示板に示されて、投擲台に登場すると掲示板にその姿が投擲の瞬間まで映されることになる。


 一人目は、背番号12の仁科良治選手である、彼は踏切板の上に両足を揃えて立って、直径8cm、500gの球形の白い弾を握って50m先の的をしばし見つめる。その後小さく頷いて、後ろに両手を挙げて、滑らかに右手にボールを握ったその手を振りかぶり、左足を大きく上げて「むん!」というような声を出してばねのように手を振り下ろす。


 その、腕の振りに弾かれての弾の飛び出しは「ヒュン」という風切り音を立てて、目でも追えない速度で中心が地上1mにある的に向かう。その弾はパリン!という音を立てて的の同心円の8点と7点の線上を通過すると、的の上にある掲示板に“7”という赤い表示がでる。


 さらに一拍して、その表示板の上に207km/hという表示がでる。点数については8点と7点の線上であるが、7点の方の面積が大きかったのだ。なお、これらの表示は、大掲示板に無論映されているし、弾が通過した後の穴も示されている。無論その穴は映像だけのものであり、同じ選手の投擲中は残されることになる。無論的に当たった音は効果音であり、実際に弾を受け止めているのは後部に取り付けられている網である。


 さらに仁科選手の投擲に対して表示を見ての歓声と拍手がある中で、アナウンスがある。

「12番仁科選手、点数7点、弾速207km/時です」


 これは、剛速球と言われる速さの弾であるが、50mをカバーするためには0.85秒を要してその間の重力落下に相当する高さに高めに投げる必要がある。だから、仁科の場合には中間点で約1m高めに投げると丁度的さになる計算になる。しかし、見ている人からは殆ど水平に投げているように見える。


 身体強化をかけた仁科はその後も次々に弾を投げる。彼は大体5点から8点を取り続けていたが、最後には全力で投げたのであろう、的を辛うじてかすめたが、弾速は221㎞/時であった。的に全く当たらないとその試技は無効で0点であるので危ないところであった。

 結局彼記録は的のスコアは68点、弾速は221kmである。的のスコアについては、それで決定であるが、弾速による点数は順位で決まるので今のところ未定である。


 しかし、昨年の予選の結果からすれば、弾速221kmは7位に相当して、6位以上に与えられる点数(30点から5点)を得られるかどうかは微妙である。しかし、準決勝へ上がれる16位の足切りは59点であったので、安全圏とは言えるだろう。


 9番目にNカンパニーの須賀紗枝選手が登場した。ディフェンディング・チャンピオンである彼女の登場に大いに会場は湧いた。実のところ、魔力によって身体強化した場合には、その結果は男女の差はあまり大きくない。

 つまり、身体強化の効果は女性の方が大きく出るのだ。これは、最初に処方を受けたハヤトの妹のさつきの結果から明らかになっていて、よく知られている事実である。


 だから、女子チャンピオンの須賀は的あての点数は男子優勝者より上であり、弾速も男子迄入れても4位に相当する。だから、弾速女子1位の彼女の総合得点数は男子の優勝者より勝っているし、仮に男子部門に出場していても、2位の南に続く3位に相当する。


 だから、男子にも劣らないということで、須賀は若い女性から非常に人気がある。さらに、彼女の身長は165cmで体重55kgの引き締まった体つきであり、細面の顔は引き締まっており目の光の強い美人である。投擲台にさっそうと向かう彼女は浅黒い肌で、えんじの短パンに背番号1の会社のロゴを小さく入れたシャツは短く、割れた腹筋がはっきり見えている。


 会場からかかる歓声は圧倒的に若い女性が多い。彼女は、私生活においては男と付き合っているという話はトンと聞こえてこないが、華やかな女性数人と歩いている姿を度々目撃されているという。 須賀が弾を握って的に向かって構え、静かに息をとめてゆっくり手を後ろに振る。そして、再度胸元に弾を構え、柔らかく大きく振りかぶって足を上げて、目にも止まらぬ速度で腕を振る。柔らかく早い動作であり、美しいともいえる動きである。


 白い弾は、糸を引いたように的に向かって飛び、その中心の黒丸のど真ん中を射抜いた。10点だ!さらに弾速は200km/時であった。投擲台に立った彼女が、構えてモーションをつけるのを息の詰まるように見つめた観衆が、中心に当たったのを映像で確認した瞬間大歓声があがり、さらにアナウンスの声に再度歓声があがった。


 結局9発迄彼女は7点以上、さらに最後の1発をひと際大きいモーションから、見た目でわかるほど迫力のある弾を投げる。弾速228㎞/時!男子を入れても今までの最高速度だ。しかもその得点は5点。


 ひと際大きい大歓声が沸き、さらに「背番号1番、得点須賀紗枝選手得点85点、最高弾速228km/時、これは現時点で男女合わせて、得点・弾速いずれも最高記録です」アナウンスがある。実はアナウンサーは須賀のファンであるため、最後の言葉はアドリブで付け加えたのだ。


「うわあ、父さま。須賀のお姉ちゃん。男より上だって、凄いわあ!」

 娘の幸が手を叩いて飛びあがって叫ぶ。そして、兄の健太郎に向かって指を突き出して言う。


「ほら、お兄ちゃん。須賀のお姉ちゃんは凄いでしょう。男にも負けないのだから!」


「あ、ああ。確かにすごいよ。でも、女の中では1番だけど、男を入れると1番にはなれないぞ。南さんにも勝てないと思うよ」健太郎はそれに言い返すが、幸はさらに反論する。


「それは、弾の速さはそうかもしれないけど、的の点数は勝てないでしょう?」


「う、うう。でも、混じってやれば南さんの方が上だと思うな」

 健太郎が言うが、母の裕子が間に入る。


「須賀君は確かにすごいわよ。前の大会には的の点数は多分須賀君が85点だったけど、南君は80点くらいだと思う。そして須賀君は男と一緒にやったとしても、多分弾の速さで南君の次位だと思う。この場合の弾の速さの点の差が5点だから多分同じくらいの総合点になるでしょう。男に混じって、優勝に絡む活躍ができる須賀君は本当にすごいわよ」妻に続いてハヤトが言う。


「そうだね。須賀君は凄いよ。男子に混じって優勝レベルの女性は彼女以外にいないからね。それに人気も一番だものね。須賀選手は幸も大好きだろう?」幸は頷いて嬉しそうに父に応じる。


「ええ、須賀選手はかっこいいのよ。園でも一番の人気よ」


「須賀君はほんとに女性にもてるな。本人は男には興味がなさそうだから、まあ問題はないけどね」

 苦笑いしてハヤトが裕子に向かって言う。


 南の順番は50番目であり、ライバルの西野翔選手がその4番前にあった。ちなみに女子選手で、今の47番目にまでに須賀の的への得点、弾速共に超えた者、超えそうな者はいない。

 西野は身長が188cmで体重は100kgであるが、ぜい肉は殆どないマッチョ男である。28歳のこの男はすでに結婚して、2人の女の子をもうけている。話によると、厳つい顔と体に似合わわず甘いものが好きで、細身の可愛い感じの嫁さんと子供命の男であるらしい。


 さすがに2年連続チャンピオンはその存在感そのものが半端でなく、投擲台に乗って構えてのモーションもスムーズで、弾を投げる振り下ろしもその体格を有効に使っている。結局からの的に対する点数は79点で、弾速は239kmであった。彼は、弾速に関しては最高速度241km/時の最高記録を持っており、235km/時の南を凌いでおり、的に対する点数でほぼ同等の南が勝てない理由はこの差である。


 とは言え、南とて1年間何もしなかった訳でもなく、魔力に使い方に係わるハヤトのNカンパニーの興行部門の社員に対する指導にも参加して、自分でも様々な試みを行っている。

 その中の一つが、風の魔法を使って投げた弾を加速するすることで、最近地球の薄いマナによってもある程度の速度の上乗せが可能になってきて、手ごたえを感じているところだ。


 EACは何でもありなので、無論魔法を使えるなら使っても構わないことになっている。ただ、ハヤトについては、自らの桁外れの魔力から、ある程度実効性のある魔法も使えるので、不公平になるということで自粛しているところだ。


 南の順番になった。現在の男子トップは西野だ。南は身長が179cm、体重75kgの筋肉質でがっちりした体格で、顔は四角ばっているが童顔である。この童顔でひたすらに競技に打ちこむ姿が可愛いと言って、まだ独身であるが少し姉御タイプのお姉さま方にもてるという。


 彼はこの1年間の修行の成果を見せて、スムーズかつ力強い投擲をによって的に対する点数が83点、弾速は238kmを記録した。彼にとっては弾速では最高記録を出して、準決勝、決勝に大いに期待が持てるところだ。


 しかし、その後驚きの展開があった。男子最終試技に現れた寒川宏が、的を83点、弾速241kmを記録したのだ。寒川の身長は202cm、体重は155kgであり、その巨体から繰り出す弾は弾速200km以下で柔らかく的を射抜き、最終弾は全くフォームが異なるモーションから猛烈な弾速の弾を放った。


「ふーん、思わぬダークホースが出て来たね」

 迫ってくる自分の出場時間を確認しながら家族に向かって言ったハヤトであった。



 さて、ハヤトの出場する男子100m決勝である。

 8人の選手が直線のレーンのれれぞれに蹲っている。スターティングブロックは、普通の場合と同様に設置されているが、スパイクはピンが禁止になっている。ピンが禁止になったのは、普通のスパイクのピンでは身体強化された者の強烈な蹴りに堪えられなかったために、開発に手間をかけないために底に突起のあるスパイクを使うようになったのだ。


 ホイッスル音に8人の選手が一斉に尻を上げる。パーンという音と共に、8人の逞しい男たちが一斉に通常の2倍以上の筋力をもってしっかり埋め込まれたブロックを蹴る。ハヤトも無心でスタートを切り、足で弾力のある走行路を蹴る、蹴る、蹴る。自分より前に1人、2人、3人、1人は抜いたぞ。あ!もうゴールのラインだ!


アナウンサーが絶叫する。

「北野1位だ!予選1位の北野1位、2位には新鋭の村田、3位ハヤト選手だ。伝説の男ハヤトが3位だ。4位は……。解説の下田さん。北野選手優勝しました。昨年の2位の雪辱を果たしました」


「ええ、北野選手いい走りでした。5秒500、新記録には達しませんでしたが、好記録ですね。2位の村田選手も昨年の予選落ちから決勝に残って2位は立派です。また、3位に入ったハヤト選手、さすがですね。

 この1年どんどん若手が伸びてきて、100m走は群雄割拠というところでした。正直、北野選手は有力とは思っていましたが、本命とは思っていませんでした。

 村田選手はまだ大学2年生今後が楽しみな選手です。それにつけても、35歳のベテランのハヤト選手60mで4位から一人抜いて3位につけました。正直ここまでやれるとは思っていませんでした」


 解説者はゴール直後そのように述べたが、後のインタビューでハヤトは言った。

「いやあ、お父さんは最高でなきゃと娘に言われるとね。やっぱり頑張っている姿を見せなきゃね」


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