EAC (Earth Athletic Competitions)2
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ハヤトは、今総合格闘技の選手席にいる。
彼が出場している地球体育競技大会(EAC)には、政治家の政策団体「日本新世紀会」を通じての国の後援もあって、10億円ほどだが補助金が出ている。この大会は「地球」と銘うってはいるが、実質出場できるのは日本人と台湾人及びその子孫のみである。その意味では、日本政府が後援する意味合いは弱いという意見もある。
しかし、身体強化を駆使しているので、肉体を使った競技としては人類最高峰のパフォーマンスを発揮するものであるため、「見たい」という人は多い訳だ。だから、日本の外から会場に足を運んで見に来る人は100万人を超える上に、10億人を超えるという世界中のテレビの視聴者がいる。
だから、日本政府として後援するのに何ら不都合はないというのが、「日本新世紀会」が後援を主張した理由である。ちなみに「日本新世紀会」は、元々は自民党の若手議員のみがメンバーであった。しかし日本の未来のための政策提言という意味では、政党に関係なしに主旨に賛同する議員も入れるべきということで、1/3程度は野党議員になっている。
また、現在は国会議員のみでなく市町村議員クラスも入っている。とは言え、異世界の存在が明らかになり、新地球への移民も始まっている現状と、その中で地球同盟政府が設立されたことを考えると、「日本新世紀」というのは古いのでないかという意見があり、現在揉んでいるところである。
ちなみに、ハヤトは初代会長であったが、多忙を理由に現在は「名誉会長」ということになって、元々会の設立の仕掛け人の水田が現在では会長職を務めている。「日本新世紀会」は過去様々な政策を実現に持ち込み、現在の日本及び地球の在り方に大きな影響を与えてきたということで、非常に大きな存在になっている。
EACは、先述のように大きな人気を得ているために、入場料と放映権料で莫大な収入がある。だから、好成績を収めた出場者については、指導者やトレーナーの派遣を行っているし、プロ化を目指すものには一時的な雇用と、スポンサー企業への紹介などを行っている。
EACは、出場者のすそ野が日本と台湾に限られていることもあって、レベルの高い出場者がいないと所詮は人気が長続きしないことを良く解っているのだ。
仕掛け人の山中司は、過去身体強化ができるようになって、トレーニングジャンキーとして熱中した時期はあったが、自分ではそれほどのレベルになれないということは早めに悟っていた。一方で、トレーニング仲間にはそういう才能のある者もいて、彼らにその道を続けさせたいと思ったのだ。
だから、山中はEACを始める理由として、このイベントを成功させて、この道で才能のある者達を身体強化によるパフォーマンスをするという、好きなことで食えるようにしたいとも思っている。この点ではハヤトが立ち上げた㈱Nカンパニーもそういう役割を担っているのだ。
ハヤトが出場している、総合格闘技の32人の出場選手のそれぞれには、上記のような理由で、EACの運営部から派遣されたトレーナーが付き添っているが、ハヤトのトレーナーはNカンパニーの社員である42歳の山県である。
山県は、10代から総合格闘技の訓練を始め、20代はプロの選手だった男であり、その一つのリーグでチャンピオンになった経歴もある。山県は、社員としてハヤトについては当然よく知っており、異世界で様々な戦いをしてきたその経歴も聞いている。
しかし、ハヤトは本質的には武器を持って、魔法を使っての戦いにその強さの本質があって、総合格闘技という素手の戦いにはその経歴はそれほどのアドバンテージは無いとみていた。
それでも、過去の試合では負けることがなく勝ってきたのは、身体強化のレベルがトップクラスであることによる撃たれ強さと、早さによるごり押しだ。
ただ、最近の若い選手は、6歳から処方を受け身体強化にも自然に慣らされて、当たり前に使えるようになった結果、その特性をうまく使うものが多い。とりわけ、魔力を筋肉の部分的な強化に使う結果、より効果の高い力を出すことのできる選手も増えてきている。この点はハヤトにも言っており、彼も試してはいるが現状では殆ど効果はあがっていない。
しかし、ハヤトの決定的なアドバンテージはマナの濃度の低い地球上であっても、魔法がある程度使えるほどの魔力と自由自在に使える様々な魔法である。だから、それで相手に決定的なダメージを与えられなくても、牽制で使えば有利に試合を運べるが、彼はそれを使うことは不公平と言って身体強化以外の魔法は使わない。
ハヤトは2年前には優勝しているし、今回も優勝候補の筆頭ではある。しかし、番狂わせはありうると山県は思っているが、少なくとも一方的な負け試合にはならないという確信はあった。
試合は4人ずつ8組で各々リーグ戦を行って、8人がトーナメントの決勝に進み準々決勝、準決勝、決勝の3試合を戦ってを戦って優勝者を決めるものだ。つまり優勝選手は予選リーグで3試合、決勝トーナメントで3試合の計6試合を勝ち抜くことが必要である。
試合の決着を見極めるのは、失神する、参った、または3回の場外の3種類であるため、大体が負けた方はグロッキーになるので、一試合それぞれがタフな試合である。しかし、観客にとってはスリリングな試合を見ることのできる楽しみの多いものになる。
ハヤトは自分の組の試合を見ているが、横にはトレーナーの山県がついて解説している。彼は相手については一通りのデータは見ているが、きちんと覚えているほどには研究はしていない。今は手元にタブレットをもって、山県がまとめてくれたデータを見ている。
「左手の12番の選手が台湾の郭セイワン、右手の13番が双頭館の北川選手だな。郭は28歳で八極拳の使い手、北川は22歳で彼の所属する双頭館は極真の一派かな?」
ハヤトが言うが、8m四方のマットによる試合場で向かい合う2人は、裸足で分厚いTシャツと短パンであり、顔はフルフェイスの顔前面が透明の軽そうなヘルメットを被っている。半袖のTシャツと短パンは強化繊維製であり、防刃性能がありショックを与えると多少硬化する機能がある。手には指が出るタイプのグローブを付けている。ハヤトの言葉に山県が応じる。
「ええ、彼らの試合の映像は見ましたよ。郭は八極拳の達人といいますが、動きが遅いですから、逆にとりわけ動きの早い北川をとらえきれんでしょう。ただ、北川は小柄なこともあって打撃が軽いから、倒しきれるかどうか。郭はあの体格ですから打たれ強いですよ」
山県がこのようにハヤトに解説するが、この2人は安全牌だと思っている。
総合格闘技は日本発であるだけのことはあって、試合場の形は空手に近く、試合開始もTシャツと長ズボンの審判による「始め!」が合図である。
アップライトに構える郭に向かって、北川は両肘を曲げて顔を庇うスタイルのまま、軽やかな足取りに相手に近づいて、スイッと相手の側面に回り込みながら、相手の胴にフックを打ち込む。
郭は相手の動きについて行けず、かろうじて腕で防ごうとしたが、完全でなくグローブが胴にドスンという音を立てて当たる。
普通は顔を狙う所であるが、顔にはヘルメットを被ってショックを軽減するので、的の大きい胴を狙う傾向がある。顔・頭は身体強化されたパンチまたはキックを食らうと致命傷になることがあるので、全にはショックを逃がせないが、致命傷は避けられるヘルメットを被っているのだ。
しかし、服も一緒であるが、そのパンチ・蹴り等への防護機能は限定的である。
このパンチに郭は殆どダメージがないようで、北川を追おうとするが、北川はくるりと方向を変えて軽く避けると同時に相手の首筋に廻し蹴りを見舞う。しかし、郭はそれを肘を挙げて防ぐ。それからは、その繰り返しで北川が胴や頭を狙うが、いずれも綺麗には当たらない。
それにじれた北川が大きく踏み込んで、相手の顎を狙って前蹴りを放つ。ところが、郭はそれを待っていたかのように、半身になって蹴りを躱しながら、自らも大きく踏み込んで相手の顎に肘を叩き込む。
ヘルメットがなければ、完全に失神しただろうが、北川はそれでも軽い脳震盪を起こしたようでふらふらと膝をつくと、郭が「ドッセイ」というような声を建てて、正拳を相手の顔の正面に叩き込む。それは腰の入った見事なパンチであり、北川は後ろに3mほども吹っ飛び、もはや起き上がってくることはなかった。
アナウンサーが郭の勝利を告げるなかで、場内に歓声が巻き起こり、審判が郭の手をもって上げ「勝者、12番」と叫ぶ。審判が手を放すと、郭は歓声のなかで右手を振りあげて「ウオー!」と叫ぶ。
この試合自体は、全体として通常の格闘技と変わらないが、動きの一つ一つが通常の肉体とは重さ、キレと早さが異なるのが見ている人ははっきり分かる。
次は、ハヤトの組だ。アナウンサーが解説者に言う。
「村井さん、ハヤト選手が出てきました。昨年は出場していませんが、一昨年は優勝しています。さあ、そのハヤト選手がどのような闘いをするか楽しみですね」
それに応じて、ある格闘技の流派を率いる解説者の村井が説明する。
「ええ、ハヤト選手は皆さんも知っての通り、処方そのものを地球に持ち帰った人で、明らかにはされていませんが魔力の大きさは世界一と言われています。ですから、魔力の大きさは身体強化のレベルに直接関係すると言われていますので、最もレベルの高い身体強化ができます。
ただ、100m走で彼が一番ではなかったように、必ずしもこの総合格闘技において、ダントツのトップという訳ではありません。特に最近では、幼いころから身体強化になじんでいる世代がこの世界に入ってきて、彼らは我々のように大人になって身体強化を覚えた者よりよりその使い方が自然で巧妙です。
また、ハヤト氏が格闘技を覚えたのはラーナラであり、それは素手に特化したものではないので、素手であれば、正直に言って日本で発達した格闘技の方が優れていると思います。だから、彼が苦戦を免れない相手はそれなりにいると思いますよ」
「なるほど、無敗伝説を言われるハヤト選手も無敵ではないということですね」
「ええ、もっともこの地球上で素手による総合格闘技に限った話です。マナの濃い世界では、途方もない魔法を使えるハヤト氏に魔法ありで勝てる者はいませんよ」
村井はアナウンサーの言葉に笑って答える。
「その点で、ハヤト選手の相手の角田選手は19歳と若いですが、村井さんどうでしょうか?」
「ええ、角田選手は若手のホープですし、極めて動きが早い選手です。それに魔力も強く、蹴り、突きと打撃も強力ですからハヤト氏も舐めてはかかれませんよ。面白い試合になると思います」
角田誠は静かに開始線の後ろに立っているハヤトを見つめる。彼ら若者にとっては、ハヤトは伝説の男であり憧れの人であった。角田は魔力が大きくさらにその使い方がうまく、魔法もそこそこ使える。18歳の昨年は、このEACの予選の総合格闘技に出場したが予選で敗退した。
彼は幼いころからEACのような大会には出たいとは思っていたが、総合格闘技を選んだのはハヤトが出場しているので戦える可能性があると思ったからだ。昨年予選で敗退した結果、自分のどこが足りないのか解ったし、なにより努力が足りないこともよく判った。
だから、大学の部活では極限まで自分を追い込み、先輩に紹介された道場にも週に4回通って動けなくなるまで乱取りを続けてきた。いつしか、大学に敵がいなくなり、通っている道場でも、最も強いEACで8位に入った先輩と同等になってしまった。
その実力は、予選会でも今年は多少の余裕をもって通過することができたことで証明できたし、その努力の結果、なんとハヤトと予選同じく組に入ったのだ。これで、間違いなくハヤトと闘える。
審判の「始め!」の合図に誠は両手を大きく広げて「おお!」と叫んだ。
「角田選手、両手を広げて大きく叫びました。早い!角田選手、滑るようにハヤト選手に近づき、視線は相手を見たまま、足を刈ります!しかし、ハヤト選手、軽く横に滑るように歩を移し下段廻し蹴りを避けて、一歩大きく踏み込んだ、突いた!あ、あ!」
流石に両者の動きの早さにアナウンサーの口が回らない。
それは、胴を狙ってのハヤトの突きを、角田が回転しながらすれすれに避けて、相手の顎に肘うちを見舞う。ハヤトは掌でその肘を受けて、それを支点に体を倒して足を大きく振り上げ顔を蹴り上げる。それを今度は角田が相手の掌を支点にして肘をばねに効かせて、後ろに倒れ込み後転して離れる。
ようやく両者の動きが止まって、観衆もアナウンサーもめまぐるしい動きから忙しく追っていた目の動きも静止した。体育館の1万人の観衆はその見事な攻防にようやく声が出せるようになり、それは全体としてゴウゴウという地鳴りのような歓声になる。
「見事な攻防です。ハヤト選手は当然として、角田選手強い。見事な動きです」
解説者の村井が言うが、アナウンサーもようやく回復する。
「ああ、ええ。両者相手の目を見て動きを止めています。さあ、次は如何なる攻防になるのか。あ、角田選手踏み込んだ、廻し蹴りです。早い、ハヤト横に避ける、くるりと回って角田さらに逆から廻し蹴り、ハヤトその足を突くが逸らすのみ。角田足を引き、飛こみ胴に突き。ハヤト両掌で受け、下から片足で角田を蹴り上げるが、角田は体を横に捻ってその足を避ける。
角田跳んだ。高く舞い上がって回転蹴りだが、ハヤトは落ち着いてしゃがんでそれを避けて、ああ降りてくる角田の足を刈る!角田転倒、ハヤト踏み込む。ああ、首筋に蹴りが!止めた、止めた。参っただ、角田が『参った』と叫んだ。ハヤト選手勝利、ハヤト選手勝った!」
「うーん。角田選手は跳んだのが敗因ですね。身体強化をかけると跳ぶ高さも大きいものですから、そこから技を出すと強力だからつい跳びたくなるのですよ。でも、大きく跳ぶとコンマ数秒のあいだ、位置を変えようがありません。
だから、大技をかけるのと一緒で、反撃もまた食いやすいのです。だから相手が反応できないのが明らかでないと跳んではいけないのです」
解説の村田は言うが、彼は続けて角田を讃える。
「しかし、最後に技の選択を誤ったと言え、よく闘いました。ほぼ互角でしたね。本人も十分戦ったと満足そうです」
確かに、村井の言うように角田は満足であった。いま、握手をしているこのハヤトと少しの間であったが互角に闘ったのだ。
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