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EAC (Earth Athletic Competitions)1

読んで頂いてありがとうございます。

前にお伝えしていた試験も終わったので、新たな連載を始めました。

 今、ハヤトが裕子と共に見ている前で高跳びが行われている。彼は、100mの第2予選が明日あり、今日は午後に格闘技があるので、その前に関係者席から妻の裕子共に見ているのだ。高跳びは、当然助走してから飛ぶわけであるが、今は予選であって、女、男の順に行われる。


 予選として最初は男子が3.2m、女子は2.7mの標準の高さを跳ぶことになるが、これは昨年の優勝記録男子3.55m、女子3.05mが指標になっており、本選の予選会の記録である男子3.45m、女子3.0mも参考にしている。もっとも、出場32人の内の決勝16人以下に絞るまでバーは上げられていくことになっている。


 今まさに、女子が助走を始めた。

「あれは、うちの水井沙也加ね。昨年は3位だったけど頑張ってほしいわ」


 裕子が言うが、水井サヤカは㈱Nカンパニーの社員である。Nカンパニーの現業社員は、全部で40人おり、全員がいっぱしのアスリートであるが、そのほかにトレーナーとして、20人を雇用している。当然このような大会で好成績を挙げることは、興行にも有利なので、会社としても全面的にバックアップしており、今回も28人が出場している。大会の出場資格にはプロ・アマは関係ない。


 すらりとした細身のサヤカは、はるかに高いバーに向かって、正面方向30mほどの距離から弾むようにしなやかに駆ける。今のように跳ぶ高さが大幅に上がった場合には、身体強化なしの場合に全盛であった背面跳びはむしろ不利だということが判った。サヤカが実行しているように、背面跳びの場合とは違ってバーに向かって斜めに助走するのではなく、正面から助走して体を折りたたみ、いわゆるベリーロールで跳ぶのが普通である。


 走り高跳びは、いかに高く跳ぶかが命題であるから、助走は高く跳ぶのに助けになるようにということで、当然最初から全力では走らない。これは、勢いをつけて跳びあがるのを助け、バーを越えるだけ必要な距離を前に進むわけである。いわば与えられた筋力と速度で、バーの位置で最高点に達するようなベクトルを描くように踏み切り、最高点でバーの位置に達っして跳びこす訳である。


 この動きは完全に解析されており、物理的にはどうすればよいのかは解ってはいる。しかし、実際に跳ぶ選手にとっては、その通りに実行する容易なことではない。今助走しているサヤカは、むろん自分の跳ぶところを撮った無数の映像を見ており、どのようにすれば最適であるかはわかっていた。


「あなたの筋力と速さは、それを理想的に使って跳べば優勝できます。その踏み切る位置と角度は、この映像の通りです。これを、頭に焼き付けてそれに近づけてください」


 山科大学、教育学部体育科、運動学研究室の岬翔子助教授がサヤカに言う。Nカンパニーは昨年の大会が終了後、社員のより好成績を目指して、山科大学他2校に科学的なアプローチを行うために委託契約を結んだのだ。


 岬助教授は、契約後しばらくは自分の担当する選手について、様々な身体の検査を行い、またその練習中に、院生を指揮しながらカメラと様々な機器を持ち込んで撮影と記録撮りをしていた。さやかが、その映像を見せられたのは約3ヵ月前であった。コーチやトレーナは、同様に映像を撮って改善点を指摘をしてはいたが、それは経験に頼ったもので、理論的な裏付けは余りなかった。


 その意味では、身体強化後の人体とその運動能力についての詳細な説明と、その場合のその強化された筋肉と加速された速さを生かすためのアプローチの手法は、自らも大学の運動学科出身のサヤカにとっては非常に納得のいくものであった。


「かなり時期的にぎりぎりになったけど。あなたはすでに跳ぶ技術は身に着けているし、説明した理論的な背景も理解してくれています。だから、CGで作ったこの映像を頭に焼き付けて、それをなぞることで十分な成績は残せますよ。残り3ヶ月で、体にそれを覚えさせることね。頑張って優勝してね」

 サヤカは、岬助教授の言葉に頷いたことを走り出す前に思い出す。


 まずは、はるかな高みにある、正面のバーを睨む。体は、身体強化時独特の何か強力なモータで駆動されているような感じと、鋭敏になった感覚に包まれている。さやかは、審判が旗を挙げるのを見て頷き、まず軽くぴょんと跳ね、足の裏を打ち合わせる。


 アナウンサーが静かな声で実況している。

「水井選手、いつものように準備動作として跳びあがって足の裏を打ち合わせています。さて、弾むように走り始めました、スピードが上がった!跳んだ!軽々とバーを越えていきました。松沢さん、水井選手いいですね。2.7mの標準記録を軽々と超えました」


 アナウンサーはサヤカがバーを越えたことを実況して、解説者に話しかける。

「ええ、水井選手は昨年3位で記録は3.0mでしたが、今の跳躍を見ると調子は良さそうですね。彼女は、今年は新しい科学的なトレーニングに励んでいたと聞いていますので、その成果も出ているのでしょうね」


 解説者がしゃべる間にも、スローモーションの映像が画面に出る。弾むように最初は緩やかに、最後はほぼ全速力で踏み切り点に到達して、全力で右足を蹴るとともに左足を大きく振り上げる。画面には斜めから見た映像が大画面に映され、右隅に横から撮った映像が映っている。


 踏み切った足が、振り上げた足に追いついた時、体全体が軌道の最高点に達して、体がほぼ水平に寝た形でバーを越える。見た感じバーから30㎝以上、多分40cmくらい余裕がある。


「うーん、いいですね。全く、体がぶれません。最高点の位置もドンピシャです。今の跳躍であれば、世界記録の3.1mでも超えていますね。まあ、今日は1回目の跳躍で、高さが2.7mでは水井選手を入れて成功者が8人、まだ6人残っていますが、3回まで跳べるので16人に達しますかね。16人に満たなければ決勝戦出場はその人数ということになります」


 そのように解説者が言うのを、タブレットで映像を見ながら聞いて裕子がハヤトに言う。

「いいわね。去年に比べると随分いいわ。大学を巻き込んだのは正解だったわ。勝って欲しいわね」


「うん、去年は直には見ることができなかったが、映像で見たのと比べると全体に動作が滑らかになっている。優勝は期待できるのじゃないかな。やっぱり、この大会で勝つと興行面でも違うようだね」


「ええ、ショーでEAC (Earth Athletic Competitions)の優勝者とか何位というと、盛り上がりが違うわね。結局、地球最強ということだから。それに、さやかはルックスもいいし、ショーのジャンプでの派手なパフォーマンスもあって人気者よ。これで優勝すれば、ギャラも上げなきゃね」


「ああ、わが社のショ―は収入も大きいけれど、皆言ってみればスターだから出ていく方も大きいものね。まあ、でもいい事だよ。身体強化という肉体の戦いをやっていた時代だったら、絶対のアドバンテージだったものが、なまじ機械文明が発達しているために、人にそのパフォーマンスを見せて稼ぐしかないからね。

 どうなのかな、わが社のショ―で人に演技を見せることに、嫌がっている者はいないのかな?」


「私もそのことは気にして、いろいろ聞いているけれど、まあ昔のサーカスみたいなものだから、抵抗はある程度はあるようね。でも、特にやり投げの山名君などは、立派な学歴も持っていて、パートタイムでS工業の研究所に通っています。S工業と言えば世界的な企業だけど、会社からは是非と誘われているらしいのよ。

 でも、彼は体がちゃんと動く間は、わが社でショーをやりたいと言っていますから、やはり好きなのよ。あのサヤカだって大学に残るように誘われたようだけど、うちに来ましたからね。まあギャラもあるだろうけれど」


「うん、うちでやれるのは概ね10年だよね。幸い社員は魔力が強いので身体強化の効果も高いのだけど、魔力が高いということは基本的に知能が高いわけだから、引退後もどこかに送り込むのに苦労はしないよね。とりわけ、山名君などの次はもう決まっているようなものだからね。そう言えば、処方の方は最近どうなのかな」


「ええ、まあ、そんなに悪くないわね。最近は、いろんな魔力関係の研究が進み、機器が実用化されて、魔力の増幅も出来るでしょう?」


「ああ、そこらあたりは余り俺も追いついてないのだよね」


「ええ、そうでしょうね。処方と言っても、魔力の強い日本人でもいろんな人がいる訳よ。白人なみに極端に魔力が小さい人とかね。そうした人やら、魔力はそれなりにあるのに、処方の効果が中途半端な人もいるのよ。身体強化はそれほど、大きな話ではないけれど、知力増強の結果が悪い人は冗談ごとではないのは解るわね」


「ああ、それはそうだ。IAI(Inteligence Ability Indicator)に10%でも差が出れば、個人にとっては大いに不利だよね」


「ええ、そういう不満をもっている人が多いのよ。そして、実際にすでに限界に達している場合には無理だけど、そうでない人は最近の研究成果と機器を使って、うちの優秀な処方士がきちんと対応すれば、限界までのアップはできるのよ。だから、効果の高い人は30%以上、平均で12%位の改善を見ています。

 患者、この場合は患者と呼んでいるのだけど、その数は月に3千人位は、受け入れていますから、25人の処方士の人件費は十分出ているわ。現状では口コミで日本以外からもそれなりに来ています」


 そうやって、おしゃべりをしながら見ていると女子高跳びが終わって次は男子だ。Nカンパニーからは、ショーでは体操チームの一員である川崎優斗が出場している。彼は、去年までのところ予選を通過するのが精いっぱいというレベルで決勝までは辿りつけていない。しかし、水井と同じく岬助教授の指導を受けているので、水井の成果を見ると期待できるように思う。


「で、川崎はどうかな?」ハヤトの問いに裕子がニッコリして答える。


「いいのよ。今年も予選に勝って出場しているのだけど。予選の最高記録の3.45mを唯一人跳んだのよ。当人はもっといけると意気盛んよ」


「うーん、彼はたしか陸上は専門ではないよね。年はたしか20歳か」


 魔力が大きく知性も高い川崎は、18歳で高校を卒業してNカンパニーに就職して勤めている。処方が当たり前になった現在において、学校制度は先にも述べたように、6-3-3-4制は変わっていないが、生徒・学生の知能が大幅に伸びた結果、その授業の内容はどんどん前倒しになっている。


 だから高校卒業で、かつての大学卒業以上の内容をマスターしており、特殊な研究をする場合など以外で社会に出て十分にやっていけると今はみなされている。だから今や大学に行く者は、よほど何らかの研究をやりたい人などの特殊な人々になっており、日本における大学進学率は10%を切っている。このような事情から、川崎が高校卒業でNカンパニーに入社したのはごく普通のことである。


 ハヤトの問いに裕子は答える。

「ええそうよ。20歳、高校時代のスポーツは体操なのよ。ジャンプ力はあったわね」


「ほお、それは楽しみだ。まあ見てみよう」

 ハヤトは言い、T飛翔車のロゴの入ったシャツを着た長身の選手が走り始めるのを見守る。その背番号7の選手も、バーに向かって正面から走り寄り、踏み切って片足を高く上げ、空中でもう片方の足を折りたたみながらバーを越えようとする。後ろ足がバーに引っかかり、それは大きく揺れたが落ちることはない、成功だ!クッションに落ちた選手は叫び、両手を挙げて顔をほころばせている。


 次が目当ての川崎、背番号7だが、出場者数が多くほぼ全員が好成績を収めるために、あまりNカンパニーのロゴは目立たないようにしている。とは言え、青と緑のチェッカーのユニフォームはそれなりに有名であるため、解る人が見れば一目瞭然である。


 身体強化なしの場合の男子の世界記録の約2.5mも、人がその高さを超えるのが信じられないほどに高いが、地上3.2mの位置にあるバーは想像を絶する。身長175cmで、ジャンパーの中では小柄な川崎は観客に向かって一礼して右手を挙げる。


「ほう、礼儀正しいな」ハヤトが呟き見守る中、川崎はぐっと頭を下げ足をしっかり上げて緩やかにスタートする。助走の半分ほどのところから迫力一杯の全力走に変わり、一杯にばねを効かせて左足で踏み切る。空中で踏み切った足を前足に追いつかせ、折り畳み体を寝かせて最高点でバーを悠々と超える。


「おお、やったな、余裕だ。凄いぞ。これで初めて決勝進出だが、あれだったら相当にいいぞ」


 ハヤトが拍手しながら言うのに裕子も拍手をしながら賛同する。

「ええ、期待できます。本当に岬先生はいい指導をしてくれたわ」


「ああ、でも来年、岬先生は引っ張りだこになるだろうな。それで、他のレベルも上がると。だけど全体のレベルが上がることは良いことだから、まあやむを得んね。さて俺はもうすぐ格闘技だ」


「今年のライバルは、あの城山選手?」

「ああ、威勢のいい若者だけど、いささか言動が過激だし、他の選手に失礼だよね。まあ強いと言えば強いかな。だけど、ラーナラの魔族にはもっと強いというか怖い者がいたな。大体その時は殺し合いだったからね」ハヤトの言葉に妻の裕子は「ふふふ」と笑って言う。


「まあ、そこはしょうがないわよ。今日は予選だけど。健太郎も学校が終わるからお義母さまが連れてくるわ。健太郎は学校を休むと大変だったわね」


「ああ、予選で学校を休むのもね。決勝は休日だから、見に連れてこよう」


試験が終わったので、新しい連載を始めました。

「日本破産、そして再生へ」という題で、近未来の日本の財政問題の解決を探ります。

作者の能力がそこまでいきつくか?

でも、最近話題の韓国、米中などの問題について作者による結末が述べられます。

https://ncode.syosetu.com/n4788fq/

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