ハヤトに迫る危機5
読んで頂いてありがとうございます。
サーダルタ帝国使節団随行医師の田所英二は、“むつ”自分のオフィスでくつろいでいた。彼は、いま35歳になるが、日本国自衛隊に入隊して医師として働いている間に、サーダルタ帝国の侵攻に対して欧州に派遣されて、その後はアメリカの地球同盟のアナダ基地に詰めている。
彼は、日本人としても魔力が強いことで様々な魔法が使えるが、とりわけその方面の訓練を積んで“探査”と、空間転移に念動力を使える。特に外科医にとってはこれらの魔法の才能は非常に有用なもので、機器の助けを借りることなく患者の体の内部を探ることが出来る上に、開腹することなく手術も出来るのだ。
実は、魔法の処方が広がりつつある頃、一部の外科医が探査と風魔法のひとつである念動力に目覚め、その有用さに学会が湧いていたのだ。とはいえ、外科手術は患部の摘出や血液の排除が必要で、殆どの場合には患部を切り開くことが必要になる。
そうした状況の中で外科医の一人が、ハヤトの本でなかで、彼が空間魔法を使えて、ジャンプにより他人を連れて移転ができること、また物の移転も出来たと書いているのに気づいたのだ。そこで、ハヤトに接触してごく近距離の小さなもの、例えば盲腸やガンの塊などをごく近距離でいいので移転をできないか尋ねたのだ。
ハヤトも、そのような魔法の存在は知っていたが、自分の体を移転するジャンプ以外のことはあまり意識していなかった。そこで、自分で試してみて地球の薄いマナでも数㎏のものなら、転移できることが判った。
また空間転移そのものは、ラーナラでもちゃんと教えればできるものはいたので、その頃実用されていた魔力増幅装置を用いて、探査と念動力を使えるようになった外科医たちに集中的に教えたところ、結局皆がその魔法ができるようになった。
このように転移を使えるにようになったことで、外科医にとっての手術は大幅に進歩を遂げたのだが、この魔法には、ハヤトもラーナラの経験から気づいていた懸念があった。それは、移転の魔法というのは泥棒に非常に便利な魔法なのだ。事実ラーナラでも空間魔法が使える大泥棒はしばしば問題になっていた。
だから、空間魔法をなかなか独学で学べるものではなく、やや複雑な教える工程があるので、教えるのは許可制として、その能力を得た者は国に登録することになった。
また、この探査、念動力と移転の魔法の組み合わせは、必ずしも外科医のみに有用なものではなく、機械や電気製品といった製品の故障の診断と修理にも有用ではある。しかし、これらの場合は探査で故障部分を探り出せば、分解して修理すればよいということで、結局日本政府の中で揉んで空間魔法を使うのは外科医に限定することになった。
ちなみに、患部を取り出す場合には、他の器官と融合した状態では取り出すことは困難であるため、念動力で『切る』操作をして取り出す。その際には、切った跡は血管ごとに念動力で押さえつけて出血を防ぎ、周辺の組織に働きかけて短時間に出血が治まる程度の回復が可能である。
このように、外科の世界においてはこうした魔法を使えるものにとっては、医者の側の手術の効率上昇と、患者の負担の減少が劇的に起きた。例えば、盲腸の手術などは、かつての内視鏡によるポリープ切除程度の手間になり、患者は一夜の入院で済むようになった。
ガンについても、同様に手術は簡単になり、そのことによる患者の負担も減少したうえに、ほぼ100%増殖を抑えることのできる薬も知能増強のお陰で実用化されているために、すでにガンは命取りの病気ではなくなった。
このような状況のなかで、外科医については学力より魔法の才能が重視され、こうした外科医は他の分野の医者から多少の軽蔑を込めて『職人』と呼ばれるようになった。しかし、『普通』の人も5割の知力増強があったわけで、こうした外科医が能力において不足することはなかった。
これらの3つの魔法を使える外科医は、手術が必要な場合には、使えない医者に比べて圧倒的に有利になることになった。医者の職業につくものは基本的に知能が高いものが多いために、魔力も強いものが多いが、3つの魔法については適性もあって、日本においてすでに外科医になっている人々の3割強であった。
片方が患部を切らなくても手術可能で、片方が必要となると、国も放置できなくなり、学生や一般人から適性のあるものを探して短期の集中訓練で、手術可能な人材を確保することで、切り開くことの必要な7割弱の外科医は外科手術ができないように規制した。
外科も無論手術のみが治療ではないので、こうした手術ができなくなった外科医も職を失うことはなく、手術以外の医療行為、また魔法の能力を持つので手術はできるが不慣れな新人を指導するなどの医療行動は行っている。しかし、近年の外科医には手術科という分野ができて、これは3つの魔法が使えることが必須である。
ちなみに、3つの魔法が使えるものは、日本人と台湾人に限られているため、日本と台湾は何とかなるとしても、他の国はどうするかが地球同盟でも大きな問題になったが、マダンなど魔法を使えるものが多い異世界から人材を招いて、勉強させて手術科に配置することが一般的になった。
さて、35歳の田所は3つの魔法を使える外科が専門の医者であるが、年齢からしても魔法をつかった医療行為前に医者になっている。ちなみに、“むつ”などの母艦には医者を配置するが、普通は外科医であり、他の分野の医療行為は医療AIを使って、看護師・兵と配置されている医者が共同して行っている。やはり、戦闘艦では負傷するものが多いのであるから、当然の措置であろう。
田所医師(階級は中佐)も、赴任時に命じられて、サーダルタ帝国の医療の水準を調べている。聞き取りによってそうしたものは無いことは判っていたが、彼自身も調べて治癒魔法はなるものはないことが改めて確認された。むろん、魔法を使うことが盛んなサーダルタ帝国では治療には魔法を使っているが、地球と同様に主として手術に探査と念動力や移転を利用している。
これらの魔法によって、傷の治療は地球において使われ始めたような念動力による働きかけで血液を吹きだすのを押え、傷口を修復することで治るのを早めることは普通に行われている。この点は、地球に比べ洗練されているので、地球からの調査団と研修生を送り込むことを提言しようと思っている。しかし、地球に魔法を使えるものが少ない点が問題になるだろうな、と思う田所であった。
『医者だ、医者を頼む!』田所の頭にハヤトの叫びが響く。その念話に付属する情報でを発したのがハヤトであることは、すぐにわかり、同時に場所が自分の部屋のすぐそばのレクレーション室であることもわかる。そして、ハヤトが傷を負っており、他にもう一人負傷している兵を連れていることも。
田所は、隣室のドアを開けて3人いる看護兵のリーダーであるマリー・ジョウェンに声をかける。
「マリー、ハヤト氏が怪我をして帰ってきた。負傷者は2人だ。すぐにストレッチャーを2台でレクレーション室に行ってくれ!急げ!」
「は、はい、皆行くよ」マリーは自らストレッチャーを押して、部屋から跳びだす」その間に田所はハヤト達に向かって走る。レクレーション室には5人の兵がトレーナーで、倒れている2人の周りに集まっており、そのうちの2人がしゃがんで2人をみている。
倒れた一人は紺の正装で、あおむけに倒れているが、左胸を押さえており、その手が血にまみれている。もう一人はそのそばに完全武装の状態で蹲っている状態だが、背に赤く染まった穴が見える。仰向けに倒れているのはハヤトだが、顔を歪めている。どちらも生きてはおり、痛みのためかせわしなく呼吸している。
ハヤトが弱しく念話を送ってくる。
「おお、田所ドクター、よかった。護衛の山路君ごとに電磁銃だと思うが打ち抜かれた。山路君は肺を打ちぬかれて、私は心臓だ。私の方の場所が悪い」
ハヤトの念話で田所は状況を掴んだ。電磁銃で撃たれたので、山路という兵の超高強度繊維のジャケットも無力だったのだ。結局、山路がハヤトを庇う格好になったので、かれの肺を抜けた弾丸がハヤトの心臓を貫いたのだろう。
いずれの場合も径が多分6㎜程度の弾は抜けたのだろうが、この点はよかった。人間の体程度の柔らかいものは秒速5㎞に近い弾丸は殆ど抵抗なく抜けただろう。下手に堅いものなら熱が出て場合によっては爆発して大変だったはずだ。
超高強度繊維も厚みが知れているので、簡単に打ち抜いたのだろうが、なまじ丈夫なだけに繊維が体に食い込んでいる可能性もある。山路は肺を抜かれたということだが、傷口は局部的に焼けて消毒されているはずなので、1時間程度は命に係わることは無いだろう。
症状と銃傷の位置からすればハヤトの方が深刻だ。傷口は焼けているとしても、2か所の穴が明いた状態なので今は本人が念動力で血を止めているが、本人が気を失うと出血多量でアウトだ。
ストレッチャーと共に到着した看護兵に、探査で体の中を見ながら手短に指示する。
「そちらの兵はヤマジという名前らしいが、6㎜の弾が高速で体を抜けている。だから銃創は2ヶ所で肺を抜けている。傷は弾の摩擦熱で焼けていて消毒さてているはずだから、差し当たって容態に急変は無いと思う。戦闘服を脱がせて、傷口の治療をしてくれ」
そう言いながら、田所医師は山路を念動力で持ち上げて、姿勢をあおむけにしてストレッチャーに乗せる。この惑星サーダルタではマナが濃く、田所の念動力でも人一人程度は軽々と持ち上がる。また看護師も身体強化は多少できるので、戦闘服を脱がせる程度は問題ない。
「私は、こちらのハヤト氏を診る。彼は心臓を打ち抜かれているのでより重傷だ。いずれにせよ治療室に移動しよう。マリー、ジェアラと一緒にそちらのヤマジ氏のことは頼んだ。アヤメラ、こっちに付き合ってくれ」
田所はハヤトをストレッチャーに持ち上げながら、ジャケットを脱がしてそこに横たわらせる。さらに、一緒に来るように命じた看護兵のアヤメラにそれを押すように指示して、一緒に歩きながらハヤトの体を診察していく。弾はスムーズに抜けたといっても、体の前面の射入口より射出口の方が大きい。彼は、病室に入ったあと、ストレッチャーに乗せたままハヤトに語りかける。
「ハヤトさん、もうすこし、血を押さえておいてください。私が穴の修復をやります。アヤメラ、〇×〇×を5ml注射して」
看護師に念のため化膿防止薬を注射させ、自分は心臓壁の穴の修理にかかる。それは、まさに修理であり、傷ついた組織の焼け焦げた組織を切り離して移転で取り出し、周辺の組織を柔らかく解きほぐして膨らませる。そして、穴が十分小さくなったところで、組織の繊維をお互いに絡ませて穴を修復する。
その修理したところは、まだ元の組織のように丈夫ではないので、心臓の内部の粘膜を集めてその周囲に張り巡らせる。10分ほどかけて行った射出口の修復と同じ方法で、射入口の修復も行って、その両方の穴の位置を外側から押さえながらハヤトに声をかける。ハヤトも念動力で押さえているので自分の念動力に抵抗がある。
「ハヤトさん。今度は私が血止めはしますから放してください」
ハヤトに力による抵抗が薄れていき、今度は田所がその脈動する位置を外から支えながら、サーダルタ帝国軍病院で教わったようにその2か所の組織を慎重に探っていく。その組織は周りの組織と同様に健全なようだ。
ただ、田所が教わったのは腕の部分で心臓ではないが、圧力がかかる部分である点は同様である。意を決した田所は、まず穴の小さかった射入口の外側の力を抜いていく。ついには、全ての力を取り去っても、修復した壁が変形するようなことはなく、周の壁と同様に振動している。
次いで、射出口も同様にして力を取りさり、心臓は大丈夫と自信をもったところで、上半身のシャツと下着を脱がせて、体表面と体の中の組織の修復にかかる。シャツには血がにじんではいたが、すでに体の組織が小さな穴の修復にかかっていて、それはほぼ塞がっていた。そこから焦げた組織を取り出し、心臓壁と同様に体の内部を修復し終わったのが約1時間後であった。
それから田所は、山路のチームと交代して今後は山路の肺の壁の修復にかかる。
彼が、ベッドの横たわるハヤトと山路に声をかけたのは2時間後であった。一緒に艦長の山木大佐以下艦の幹部3人が立ち会っている。
「はい、これで大丈夫だと思いますよ。ハヤトさんの心臓も山路さんの肺も直しました。でもまだ周りの組織に比べると弱いので運動は少なくとも2週間は控えてください。だから、まず1週間はベッドに寝て、残りの1週間は起きてもいいですがゆっくり動いてください」
田所のこの言葉に、彼に治療してもらったことは判っていても、不満な顔が隠し切れない活動的なハヤトであったが、田所の言葉が正しいことは判っていた。そこで、その言葉に同意して、横の艦長に聞く。
「わかりました。ところで、山木艦長。カーター女史以下の使節団はどうしたのですか?」
「カーター女史の指示で、カーター女史と事務方のイアン・ダルシーの2人に、保安責任者のアンドロフだけが政庁舎と皇宮に挨拶に行き他は帰しました。カーター女史はアンドロフにも帰るように言ったのですが、彼が聞かなかったのです。ハヤトさんは重体ということになっています」
その頃、アメリア・カーターは皇帝に拝謁していた。周囲の貴族たちは不満そうだが、玉座に座る彼に対して、一度深々と頭は下げたが、あとは昂然と顔を上げて言葉を発する。基本的に地球と帝国は同等ということになっている。
「皇帝陛下、お別れに参りました。私どもの15日の滞在中に平和条約と通商条約が締結できたことは、まことに幸いなことでした。これで、今後私どもの地球と貴サーダルタ帝国が通商関係を結ぶことで、お互いの個人が知りあう中で親しくなっていくものと信じております。
また、そのことで今後私どもと貴サーダルタ帝国が戦火を交えることなどはないものと祈念しております。これはひとえに、陛下の御意志とそのご指導によるものと深く感謝しております」
「うむ、アメリア・カーター殿、朕も地球との平和条約と通商条約が締結できたことは嬉しく思う。これは、地球同盟の方々及び使節団の方々の努力の結果だと思う。その全員に感謝したい。
それにつけても、わが帝国において、帝国の魔法選手権の優勝者でもあり使節団の一員であったニノミヤ・ハヤト氏の暗殺の試みがあって、彼が重傷を負ったことは帝国を統べる朕として誠に申しわけなく思う。ハヤト氏が、回復されることを祈るとともに、暗殺を試みたものを草の根をあげても逮捕して極刑に処す所存だ」
そういう皇帝の顔を見ているカーターは『どうも、本気で怒っているようだねえ。まあ、ハヤト以外が狙われることはなさそうだし、ハヤトもすぐに回復するようだから、皇帝が謝ったことで幕引きかな』そう思いながら別れの言葉を言う。
「有難き陛下のお言葉です。では、今後とも末永き交流をお願い致します」
「おお、こちらも良き関係を築きたいと思っておる」皇帝からも返事があり謁見は終了した。