ハヤトに迫る危機4
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ハヤトは地球連盟使節団と記者達に割り当てられている宿舎のロビーで、使節団の団長のアメリア・カーター及び事務方の責任者であるイアン・ダルシー、また"むつ"艦長の山木大佐などと話をしている。その席で、カーター女史が大いにこぼす。
「ハヤト、優勝おめでとう。だけど、私ももちろんあのテレビ放送を見たけれど、あれは余りに危ないわ。実際あの選手権で予選を入れたら、4人が死んでいると言っていたわね。
地球としては、あなたがあのように不要な行事というか、闘いで死ぬのは大いに困るのよ。なにしろ、あなた以外にできないことが多すぎるわ。とりわけ資源探査だってまだ全地球レベルでは終わっていないし、新地球だってそうでしょう。それに、あなたがあの選手権で優勝したけれど、地球には魔法においてあなたの足元に及ぶものさえいないのだから、地球のレベルを示す事にはならないでしょう?」
その団長の言葉に、“むつ”艦長の山木大佐も同調する。
「そうですよ。私も見ていましたが、多分あなたが敗れるようなことがあったら、相手は殺す気満々でしたよ。考えてみれば、サーダルタ帝国としてはあなたが仮に試合の中で亡くなっても、『あれは事故でやむをえないことで遺憾だった』で済んでしまうのですよ。
我々は地球連盟の成り立ちから言っても、それに対して非難はしても報復はできないでしょうよ。さらに、サーダルタ帝国としては、ハヤトさんがいなくなった場合には間違いなく相対的に軍事的には有利になりますし、彼らにとってはメリットしかないでしょう」
「しかし、大帝国の皇帝陛下からのお誘いで参加した大会で殺された形になれば、大国としてもメンツ上は問題が大きすぎませんかね。その点を彼らがどう考えるかですね」
事務方のイアン・ダルシーが口を出す。
「うん。実際に戦った私は相手の生の感情を受け取っているけれど、はっきり言って戦った相手全員に殺気があったことは事実だな。多分遠慮なく魔法をぶっつけて、それで俺が死んだら勿怪の幸いという感じかな。もっとも、戦った中では魔力では私が一番だったし、本当の意味で魔法を殺し合いに使っていない連中だから、それほど危機感は覚えなかったよ。
ラーナラの魔族の戦いの方がもっと物騒だった。本当に、あの時は何度これは駄目だと思ったか知れないよ。また、今度の場合は最悪危なくなれば、“むつ”の艦内にジャンプで逃げるつもりだったからね。それで負けにはなるだろうけれど、命を失うまではいかないでしょう。とは言え、別段得るものはなかったからやはり出場は断るべきだったと今は思うよ」
ハヤトが言うのに山木大佐が呆れたように応じる。
「ハヤトさん、得るものなかったなどというと、サーダルタ帝国人から大きな顰蹙を買いますよ。彼らにとっては帝国魔法選手権で優勝するというのは、個人として最も名誉なことなのですから」
「うん、確かにあれ以来、人が見る目が違ってきたように思う。無論それがあるからいま言ったようなことは彼らには言わないよ」ハヤトが苦笑いして言うのに、カーター女史が返す。
「ええ、彼らに指摘して非難はできないにしても、サーダルタ帝国にあなたを除こうという意向が見えた以上、用心してもらわないと困ります。元来はあなたが選手権に出るというのを、私が使節団の団長として止めるべきでした。
その点は申し訳なく思っていますが、今晩から今の宿舎から“むつ”に移って、極力“むつ”を出ないで頂きたいのです。サーダルタ帝国から借りている今の住居より戦闘母艦の“むつ”の方が間違いなく安全です。その点は、山木艦長の方で段取り願います」
厳しい顔をして言う彼女の言葉にハヤトも頭に手をやって苦笑いしながら応じる。
「仕方がないですね。私は狙われてもまあ逃げることが出来る可能性が高いですが、巻き込まれる人がでると困りますかね。とは言え、できるだけ断るにしても、まだ私が出席しなくてはいけない公式行事があるでしょう。その時には余りにもあからさまだから攻撃はないのじゃないかな」
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ハヤトたちが話し合った数日後、彼については帝国のある部屋で話し合われている。
「それで、あのハヤトは地球の使節団の宿舎からでて、彼らの戦闘母艦に移ったということか。まあ、選手権で戦った連中の殺気に気が付ないことはないよな。それについては、使節団側から何らかの発表はあったのか?」
グループの中心になっている老将軍が言うのに、実行部隊のリーダーが答える。
「非公式に、記者が聞いたようです。それに対しては、使節団の広報担当が答えまして、ハヤトの安全を憂慮した使節団の団長の指示と言ったようです」
「うーむ。あからさまに警戒していることを隠していないのだな。それで、その記者か誰かが帝国を信じていないのかと、苦情を言わなかったのか?」老将軍の言葉にリーダーが答える。
「いや、別の記者が言ったようです。『帝国が公式の使節団に対して、その安全を損なうようなことをすると言われるのですか?』とね。
それに対しては『ハヤトは地球にとって欠くことのできない人物だ。選手権大会で彼が危険にされされて、それを再確認したので今後は万が一のこともないように措置を取る。それとも、あなたは彼を傷つける企てが絶対に無いと言い切れますか?帝国も一枚板ではないでしょう?』という回答でして、質問した記者もそれに対しては返事が出来なかったようです」
「ふーむ、下手をすると彼らの帰国まで出てこんな。大体彼らの日程も終わりに近く、30人位の調査団とジャーナリストは残るようだが、ハヤトを始めとして使節団はあと3日で帰る予定だな。しかし、使節団の主だったメンバーは帰国前に皇帝陛下に拝謁するはずだ。
その際に、魔法選手権の優勝者のハヤトは必ず出席するよう強く求めるように、儂からも帝国儀礼長に言っておこう。それで、彼を暗殺する手段は間違いないだろうな?」
「ええ、カメラキャリアに銃を載せたものを5台用意します。これらの使用は認証も取っていますので問題ありません。当然その後、捜査はされますが、ある技師に行きつくようになっています。そして、その技師は見つかった時には自殺しているという訳です」
実行班のリーダーが将軍の問いに答えるが、カメラキャリアというのは、選手権の時の試合の撮影にも使われた、魔力で操作する浮遊式のキャリアであり、当然カメラを積んでいる。
これは、選手権で目まぐるしい動きをする戦いの様子を正確に追えるように、機動力もあって動きも安定している。選手権の場合には試合ごとに8台のこのキャリアが使われたが、近接用の4台はそれぞれにベテランのカメラマンが操作して、遠景の4台は2台ずつを一人が操作している。
動きの少ない儀式や行事を撮るときは、サーダルタ帝国として部分的にAIを使った最新の操縦システムがあって、最大一人で5台程度を操ることができる。彼らの用意したキャリアの2台には彼らがようやく入手できた銃が積まれており強力な殺傷力がある。この種のキャリアは帝国の至るところで使われているので、人々はこれらが飛んでいても全く気にしない。
しかし、当然この種のキャリアに銃器または爆弾を積むことはありうるわけで、使用の前に認証を取っていないと、街のあちこちに設置されている警報システムから、帝都警備隊に警報が伝わるとともにアラーム音が鳴り響くようになっている。リーダーが言った認証を取っているというのは、この意味で安全なものとして届けられ、認識されるという訳だ。
こうした機器の準備及び手続きは、帝国の権力者側にいる者達が数多く加わっている組織にとって難しい話ではない。あとは事後に帝国として遺憾の意を表し、政府として過激なテロリストの凶行を防げなかったことに対する正式なわび状を発出すれば良いのだ。何も知らない皇帝は怒って徹底した捜査を要求するだろうが、捜査する側に多くの実行側のメンバーが加わっているこの場合、真相にたどり着けるわけはない。
数人の狂信者の凶行ということで片付くだろう。
帝国の忠実な臣民であることを自ら任じている老将軍にとって、帝国の栄光を大きく損なったハヤトという存在を除くことは大きな命題である。さらに、帝国が地球連盟という、未だ統一もされていない遅れた世界の下につくというのは大きな屈辱であるが、現時点ではテクノロジーの差から軍事的には敵わないのも事実である。
しかし、その地球の戦力も、ハヤトという帝国にもいないレベルの魔法を使える個人の力が、大きなてこになっていることは間違いない。今後テクノロジーでは追いついていくことで、国力に勝る帝国が卓越していくであろうが、その際にハヤトが大きな障害になるだろう。
だから、『いかなる手段を使おうと、帝国にとってはハヤトを除くことは正義である』と老将軍は固く信じている。彼が主導して作った組織の大部分の者達も彼の意見に全面的に賛同しているが、かなりの割合のものは肉親または親しかった者達が、対地球戦役で亡くなったためにその敵討ちという面がある。
それだけハヤトのことは、対地球戦役のほぼ唯一の突出した敵方の人物として帝国内で広く語られてきて、多くの遺族から敵として認識されるのはやむを得ない。
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「これは、行かないわけにはいなかいでしょうね。それで、その場合どうなのかしら、ハヤト氏の安全確保は?」帝国皇室と行政庁からの手紙を読んだ使節団の団長のカーター女史の言葉に、使節団の警備責任者のイアン・アンドロフが応じる。
「はい、基本的にはハヤト氏の暗殺の試みがあるとしても、使節団の多くを巻き込むような手段はとらないと思います。だから、爆弾などより狙撃を警戒すべきだと思います。今日は、“むつ”から階段で降りて、地上車に乗り込こみ、まず帝国政庁まで行き、政庁で一通りの挨拶と最後の協議、さらに首相に付き添われて宮殿まで車で行きます。
政庁については、玄関に入る前に1段あがった幅20mほどの広場がありますが、ここが一番危ないですね。ただここには、通路の幅で玄関までの間に遠距離からの狙撃を防ぐための防護壁がありますから、車から降りて広場に上がるまでを気を付ければ水平方向の狙撃に対しては大丈夫です。でも上はスカスカですがね。ハヤトさんはバリヤーが張れるということですが、ライフルの弾なんかは防げるのですか?」
「それは無理だ。バリヤーは基本的に念動力の膜みたいなものだから、ファイアーボール、風の刃なんかの大きなもので速度がそれほど大きくないものは防げるが、ライフルの弾なんかの小さく鋭いものは駄目だね。無論撃たれるのが判っていれば、念動力で跳ね上げるなどで軌道を逸らすことは可能だ。電磁銃の弾はどうにもならないけれどね。ライフルでも、死角から狙われたらアウトだな」
ハヤトの答えに予想通りというようにアンドロフが言葉を続ける。
「そうですか。いずれにしても、まず疑われる使用する車について、あらかじめ運転者ごとに来てもらって、1時間ほどかけて徹底的に調べますから爆弾・毒物のような仕掛けはできないはずです。
あと、ハヤトさんには超強度繊維のベストを着てもらいます。衝撃に対しては硬化しますから、ライフル程度の弾は問題なくはじくます。電磁銃に対しては無力ですが、多分まだ、サーダルタ帝国には電磁銃は入っていないと思います。また、完全武装の兵を4人付けますが、2人はハヤトさん専任とします」
「武装兵の護衛というのはいくら何でも印象が悪くないかな?」
ハヤトの問いにカータ―女子が答える。
「いえ、そもそも私たちがこのように警戒しなけらばならないことがむしろ問題です。多少苦情は言われるかも知れませんが、どのみち私たちはサーダルタ帝国とは最近まで殺しあったのですから、こちらが警戒しているというのを示しても今更何ということはありません。
交渉においても、今後通商を始めることになりましたが、まだお互いのわだかまりは解けていませんので、全面的にお互いを解放するということはできないでしょう。だから、なにもなければ結構、何かあればこちらの損失なのですから、出来ることはやりましょう」
結局そういうことになった。
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当日朝、予定通りの時間になった。使節団は、“むつ”の幅3mほどの階段を降りる。最初におりるのは、超強度繊維の防護服とフルバイザーのヘルメットを被った2人の兵である。それに、警備責任者のイアン・アンドロフが続き、カーター女史以下の使節団の幹部4人、それから2人の防護服の兵が現れて続いてハヤトである。
それを、望遠画面でみている実行班のリーダーは舌打ちをした。
「くそ!警戒しているな。あれだと、彼らの戦闘艦のそばで襲わないのは正解だったな」
彼は、画面の中で“むつ”の銃器が動きを見せるのを見て、カメラキャリアで狙ったらすぐにむつの銃器で撃ち落されるだろうと思う。
さらに、彼はほぼ唯一の仕掛けどころの政庁舎の前でうまくいくか、頭の中でシミュレーションをした。結果はハヤトだけという訳にはいかないかも知れないが仕留めることは可能だろう、という確信だった。
使節団の一行とその護衛の乗った車2台は、政庁舎前で止まり、まず護衛が降りて使節団が降りるのをカバーする。最後にハヤトが降りる前には、別の2人の陸戦隊の兵がマシンガンを構えて立ってカバーしている。周りには多くの帝国人が見ているが、明らかにハヤトが特別扱いであることがわかる。
ハヤトは最後尾から高さ1mほどの階段をあがり、玄関までの20mほどの石畳の通路に踏み出す。両側には透明の壁が立っている。上空にはカメラキャリアーが飛んでいるのを見て、アンドロフは忌々しく思う。彼は帝国にカメラキャリアーの飛行禁止を申し入れたのだが、帝国は認証しているから安全の一点張りで受け付けなかったのだ。だから、彼は護衛兵にキャリアを警戒するように申し入れている。
ちなみに、護衛兵の携帯兵器をマシンガンにしたのは、電磁銃では5秒に一発しか撃てないので、制圧には向かないからだ。今から政庁舎の玄関までが一番危ない。アンドロフは緊張して空を見回すといくつもカメラキャリアが浮かんでいるのが見え、一番近いものはほんの50mほど離れたところにある。積んでいるのがカメラにしては細長いが、本当にカメラか?
思ったとたんに、チカリとそれが光り、頭上を何かが通り過ぎたのを感じ、「ウ!」押し殺した叫びが後ろから聞こえる。
とっさに攻撃を受けたのを理解して「撃て、あのキャリアに銃を積んでいる。撃ち落とせ!」彼は叫びつつ振り返りると、兵が胸を押さえつつ崩れ落ちそうになっており、その後ろのハヤトも顔を歪めて腹のあたりを押さえている。
アンドロフは、『あの音は電磁銃だ。くそ!帝国も電磁銃を手に入れていたのか!』思いつつ、ハヤトに声をかけようとすると、ハヤトが先に苦しそうに言う。
「くそ!“むつ”にジャンプする。彼も連れて行くので後は頼んだ!」そして、石畳みに倒れ込んだ兵と、ハヤトがふっと消える。