隣国からの挑発3
読んで頂いてありがとうございます。
日本の米軍岩国基地のあった場所に、地球同盟軍日本基地がある。ここには、“しでん”戦闘機が千機、“らいでん”攻撃機が100機、“ありあけ”型母艦が10隻、“ちしま”型兵員輸送機200機が所属している。司令官は赤城翔馬中将であり、基地には5千人の要員が所属している。
要員の内の半数は日本人であるが、とりわけ陸戦隊2500の8割は日本人で、残り2割が東中国(台湾)人である。これは、陸戦隊の場合には身体強化できる方が圧倒的に有利であるためである。赤城中将は夜中にたたき起こされて、執務室に隣接する小会議室で幹部会議を行っている。
皆、時差調整薬を飲んでいるので眠気はない。時差調整薬というのは、“しでん”等の重力エンジン機の登場で、数時間で地球を周回することが可能になったために、短時間に時差に適応することが頻繁に必要になったために、開発された薬である。
開発者は『覚醒剤』としようとしたが、あの非合法の薬と混同される恐れがあるということで、今の名前になったものである。開発者は日本人で、日本が魔法の処方で先駆けていた5年の間の開発である。
この薬によって、概ね36時間の間に覚醒時間を調整する場合には殆ど後遺症が残らないように調整が可能であるが、繰り返し使うなどをすると場合によって重度の倦怠感に悩まされる。だから、この薬を使って会議に出席している人々は、36時間後に代替の睡眠をとる必要がある。
出席者は12名で、現役武官の階級は少佐以上であるが、日本の外務省、地球同盟の地方担当の係官が出席している。司会は、基地の情報担当官メリーアン・アダムズである。
「まず、皆さんこの映像を見てください」
彼女はそう言って、正面の大スクリーンに、音声と共に映像を映す。それは、室内の様子で男性2人と女性1人が写っており、女性が英語で話し始める。
「朝鮮共和国日本大使の三笠淳子です。前日、午後11時38分に朝鮮共和国大統領リ・チャシン氏と首相のカク・ジンサム氏が当大使館に避難されてきました。大統領府が韓国軍と思われる武装集団に襲われ、上空から重力エンジン機の攻撃もあって、守り切れないと見ての避難だそうです。
両氏から、状況の説明と地球同盟に対しての要請を行って頂きます」
その言葉を受けて、よく知られている細身長身の共和国の大統領が話し始める。
「朝鮮共和国大統領リ・チャシンです。
朝鮮共和国を代表して地球同盟に対して治安出動を要請します。昨日になりますが、午后11時、平壌近郊の北山基地と順川市基地が、韓国のマークを付けた重力エンジン戦闘機に突然襲われました。基地上空で警戒していた“しでん”戦闘機が迎撃に当たりましたが、敵の何機かは撃墜したものの相当な被害を受けた模様です。
それから、基地攻撃の10分ほど後、平壌の大統領府周辺に数機の重力エンジン機が着陸して地上兵が降り立ち、わが大統領府に攻撃を仕掛けてきました。わが方の警備兵は激しく反撃しましたが、上空から滞空した戦闘機による銃撃を受けて守り切れないと見て、我々は脱出して日本大使館を目指しました。
以上のように、我が国は韓国空軍のマークを付けた戦闘機に攻撃されております。その攻撃対象の一つが私の居住する大統領府であるところから、これは我が国の転覆、あるいは主権を武力をもって奪い取ろうとする侵略行為であります。これは、地球連盟の理念である『武力による侵略行為の禁止』に明確にあたるものであります。
従いまして、私は朝鮮共和国の主権者として地球同盟に対して治安出動を要請するものです」
そこで映像は切られ、アダムズ女史が説明する。
「以下、大統領と首相の当面の安全性などを確認していますが、ここでは割愛します。
この基地から、朝鮮共和国上空にはすでに偵察機を5機飛ばしており、北山基地と順川市基地が破壊されて今も炎上しているのは確認しています。ですから、朝鮮共和国が武力侵攻を受けているのは間違いありません。そして、共和国の大統領と首相が揃って治安出動を要請するということは治安出動の要件を満たしています」
女史は一旦言葉を切って話を続ける。
「先ほどのビデオを踏まえて、会議を始めます。先ほどのリ大統領の話にも出ましたが、今晩の午後11時に韓国空軍がアメリカから購入したスターダスト機によって朝鮮共和国の北山基地と順川市基地を攻撃、さらに10分ほど遅れて大統領府に輸送機と共に降下して大統領を捕捉しようとしました。
その結果、共和国軍の情報では、彼らの運用可能な30機の“しでん”の内の22機が撃墜または地上撃破されました。残った“しでん”8機は日本の領空に避難し、自衛隊の小松基地にすでに駐機しています。また、“らいでん”4機は全て地上で破壊されました。
大統領府では侵入者と共和国の警備兵と打ち合いになりましたが、上空からスターダスト機、韓国名“閃光”の銃撃を受けて、大統領府への韓国兵の侵入を許しました。これに対しては、共和国も米から韓国へのスターダスト機の売却に危機感を強めていまして、警報システムの改善、警備兵の増強、大統領の避難路の確保、脱出路の確保も出来ておりました。
しかし、すでに制空権をとられているので、大統領府にある“しでん”を改良した脱出機、同じ機体の日本大使館の脱出機の使用はできませんでした。そこで、先ほど日本大使が述べたように、リ大統領は秘書などとカク首相と共に日本大使館に逃げ込んでいます。
日本大使館は、こうしたことも最悪のケースとして予想はされていましたから、共和国の全面協力下で半要塞化していますので、通常のミサイル程度であれば安全です。しかし、日本とはその武力に大きく劣る韓国が日本国の領土たる大使館を武力攻撃をして完全にわが連盟軍、または日本自衛隊の介入を招きたいとは思っていないでしょう。
ですから、当面は大使館に閉じこもるしかないのですが、国の主権を持つ大統領と行政の長である首相は安全です。最初の攻撃から4時間、日本の外務省および我が地球連盟の広報部も、国籍不明の軍による侵略行為として事実関係についてプレスリリースはしました。また、夜が明けてからになりますが、平壌の日本大使館では世界に向けての放送の準備をしています」
「しかし、韓国もなんとも思い切ったことをしたな。しかし、前の北朝鮮の時であればともかく、今の朝鮮共和国への武力攻撃は正当化できんだろう」基地の司令官である赤城中将が言うが、それに対して日本外務省の丹羽審議官が応じる。
「ええ、完全に無茶な攻撃です。韓国はキム・ボウクンの妾腹の子、キム・シャウンを確保しているようですが、キム王朝には現在では何の威光もありません。だから、韓国の出方はたぶんキム・シャウンを指導者に一旦しておいて、その同意のもとに併合するということでしょう。
まあ、過去韓国と北朝鮮はお互いが自分たちが半島の支配者という点は謳っていましたからね。お互いに、自分が相手を統合する点は正当化していました。だから、韓国に言わせれば北の部分すなわち朝鮮共和国は自分たちが統合する正当性があるということでしょう。
そもそも問題は、アメリカ合衆国が韓国にスターダスト級の戦闘機を200機も売りつけて、パワーバランスを崩したことです。アメリカの狙いは、自分の覇権を脅かさそうとする日本への嫌みだったはずです。まあ、韓国が場合によってトチ狂って日本を攻撃してくれないかなと期待していたでしょうが。流石に、日本憎しが募っている韓国もそこまでは狂っていなかったようですな」
その言葉に、アメリカ人のアダムズ女史は少々居心地悪そうだ。彼女は、アメリカ軍の情報部に属していて地球連盟に派遣されていたが、1年程してから自ら希望してアメリカ軍の籍を抜いている。本人としては、合衆国民が今の大統領メジェルを選んだことが災厄を招くと批判している一人だ。
次に、地球同盟の地方部すなわち地球世界担当のアレック・ジョンソンが付けくわえる。なお、この会議の言語は基本的に英語であるが、英語、日本語、ドイツ語、スペイン語など8言語のいずれかをしゃべれば各自のイヤホンから翻訳して自分の望む言語で聞こえるようになっている。ジョンソン担当官はイギリス人なので、無論最初から英語だ。
「キム・シャウンが韓国に渡ったのは確かのようですね。いまやキム一族もまったく過去のような重みは無いですから、大して注目もされていなかったようです。相当におかしい若者のようですから、素直に韓国の描いた筋書きに乗りますかな?アメリカも、韓国に引き渡すまで何であんな人物を確保していたのでしょうかね?わかりませんね。
客観的に言って、多分韓国の狙いはシャウンに首班を務めさせるまでもなく、支配権のあるシャウンから譲られるというシナリオでしょう。しかし、今となっては世界の誰がキム一族に共和国の支配権があると思うでしょうかね。とりわけ韓国の人々はそうは考えないと思いますが……。でも、あの国の指導者、それに人々も希望的観測にすがるところがありますからねえ」
そこに、携帯画面を見ていた将校の一人が叫ぶ。
「あ!朝鮮共和国の大統領府からの放送です!」これを聞いて、自分も自分の携帯の画面を覗いたアダムズ女史が室内にいた技術者に言う。
「朝鮮共和国からの放送の画面と音声を出してちょうだい」その声に、技術者が手元のコントローラを弄ると部屋正面に画像が映される。それは、スーツを着た韓国人らしき中年男と、15歳位の少年の横にマイクを持っているアナウンサーらしき女性が立っている。
「予想通り少年はキム・シャウンで、男は韓国大統領補佐官のオウ・ミジューチャだな」ジョンソン担当官が言い、外務省の丹羽が続ける。
「女は韓国CBSのアナウンサーだな。キムと言ったかな。情報局にも所属しているはずだ」
画面の女がしゃべり始める。
「まだ、夜中の2時ですが、CBSのキム・ショジュラです。皆さんに驚くべきニュースをお届けします。私ども朝鮮民族は、同じ民族であるにもかかわらず、悲惨で虐げられてきた日帝の強制占領期を経て、長く南北に分断されることを強いられてきました。この分断が終わる時が来たのです!
今私たちは朝鮮共和国と言われた国の大統領府におります。そして、この方は長く朝鮮民主主義人民共和国の指導者であったキム一族の直系のキム・シャウンさんです。シャウンさんは、最後のキム一族の指導者であったあのキム・ボウクン委員長の息子さんです」
そう言ってキム女史は少年を正面に押し出してマイクを渡す。
「皆さん、こんばんわ、いやおはようございます、かな。私がキム・シャウン、不当に殺された父ボウクンの長男です。私達キム一族は、長くこの北朝鮮の地を賢く・慈悲深く治めてきました。それを、あのアンというならず者がわが父を殺し、この国を不当に奪ったのです。
今私は、この北朝鮮の指導者が人民を治めるためのこの建物におります。そして、これがわがキム一族に再びこの地を治めよという天が与えた舞台なのです。今私はそのように天が与えた北朝鮮の指導者という役割を果たすためにここに立っています」
完全に逝ってしまった目で、口の端に白いあぶくを吹きながら情熱的にしゃべるシャウンから慌ててマイクを取り上げて、キム女史が言う。
「失礼しました。シャウンさんはお若いためすこし興奮されているようです。ここは、皆さんもよくご存知の韓国大統領府の大統領補佐官のオウ・ミジューチャさんにお話を伺います」取り上げられたマイクを取り返そうとする少年を押しのけながら、キム女史はマイクをオウに渡す。
「失礼しました。聊か混乱していますので、韓国大統領府の大統領補佐官の私から説明させて頂きます。この朝鮮半島は古来から我々朝鮮民族のものであり、本来我々朝鮮民族の下で統一すべき地域です。それが、日本を始めとする国際社会と称する悪辣な陰謀によって2つに分断されてきました。
その統一すべきという点については、嘗ての朝鮮民主義人民共和国とも完全に意見の一致を見ています。現在の朝鮮共和国は、このシャウン氏の父上が統治されていたこの地を、クーデターによって不当に奪取した勢力によって統治されています。そして、彼らは我が国の度重なる統一の呼びかけに全く応じようとしませんでした。我々朝鮮民族にとっては、統一することが全く自然であり幸福な状態であることは明らかであります。
更には、この国は経済・社会的にも先進国である我が国と統一することで、そのお互いの持つ能力を高めあうシナジー効果が期待されます。また、何と言っても一人当たりのGDPは昨年のデータによれば、朝鮮共和国の人々は我が国の3分の1でありずっと貧しい。だから、得をするのはこの朝鮮共和国の人々であることは明らかです。
このようにメリットが明らかであるのに、頑なに統一を拒んでいるのは、朝鮮共和国の指導者が自らの支配を継続するためであることは疑いありません。従って、我々は聊か強引な手段を使わせて頂きましたが、この国正当な指導者である資格をもつキム・シャウン氏と共に直ちに統一への道を進んでいきたいと思うのです」
オウの話が終わった後、その音声は切られ映像のみとなったが、議場の者はもはや無関心である。
「ええ、まあ韓国側はこのように言っております。これに、ついては地球連盟のジョンソン地方担当官から見解をお願いします」アダムズ女史が再度議事を進める。
「ええ、リ大統領は明らかに民主的な選挙で選ばれておりますし、カク首相も朝鮮共和国の法に基づいて任命され正式にその職についております。一方でキム・シャウンという少年は前の北朝鮮の支配者であったキム・ボウクンの息子と言いますが、今のところその証拠は示されていません。
それに、キム・ボウクン氏が指導者あった、そしてその政権がクーデターで覆されたとしても、今の朝鮮共和国がその後選挙制度を導入し、その指導部はその多数によって選ばれた以上正式なものと言えましょう。その意味では前のキム・ボウクン氏の政府よりずっと正当性があります。
従って、キム・シャウン氏に朝鮮共和国の支配権があるなどと言う言葉は全く正当性がありませんし、その意味で韓国の大統領補佐官のいうことは不当であると断ずることができます。そこで、私の判断としては韓国の今晩の軍事行動は明らかに他国に対する侵略です。従いまして、リ大統領の要請する治安出動は正当なものであると考えます。
その点は、これからアメリカにある本部と協議しますが、まず治安出動は認められると思います」
「よろしい、では直ちにその協議に入ってくれ。こちらはそのつもりで、作戦を立てる」
ジョンソンの言葉に司令官の赤城中将が応じさらに感想を漏らす。
「しかし、韓国も何を考えてるいるのか。彼らも地球連盟のルールではこうなるのは判っているだろうに」
「いや、まだ嘗ての国連の時の考えが抜けていないのでしょう。なにしろ、国連では即応部隊がいませんでしたし、結局何かの行動を起こすにも議決が必要でしたから。しかし、地球連盟の治安出動は総裁と事務局の判断で出せますからね。大体あの国は法というものをなにか勘違いしている傾向がありますし、物事を極端に楽観的に考える面があります。だから、既成事実を作ってしまえばどうにでもなると思っているのでしょう」司令官の言葉に、日本外務省の丹羽審議官が応じる。その言葉の後、45歳で作戦部長の水田大佐が言う。
「さて、司令官、今度の韓国軍の攻撃は幸いに空からのみなので、より以上の戦力を送り込んで制圧してしまえば韓国空軍は身動きが取れないでしょう。
今のところ地上軍の準備はさせていますが、動かせていないようです。当面空軍も動きはないようですから、夜が明けて午前10時にしでん500機、らいでん10機、母艦を2隻出しましょう。圧倒的な戦力で国境を越えさせないようにして、今入り込んでいる戦闘機を押さえ込みます」




