その頃、日本では
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ハヤトの中学時代の同級生で、その後も様々な付き合いのある安井公人と清水健司、田川欣伍の3人が千葉で集まっている。ハヤトが帰って来た時には22歳の若者だった彼らも、もはや35〜36歳であり社会でもすでに中堅になっている。
集まる場所は、ハヤト帰還後に最初に集まった懐かしの居酒屋チェーン店である。最初に田川が店に来て、料理を選んでいるうちに安井、さらに清水がやってくる。
「おお、田川、早かったな。久しぶりだが元気そうだな」
相変わらず大きな声で安井が座っている田川に声をかける。田川は、ハヤトの一家が経営する㈱Nカンパニーのエンターテイメント部門の企画部長を務めている。
Nカンパニーのそもそもの成り立ちは、ハヤトの持って帰った宝の代金受け取りのためのものであったが、魔法の処方から事業を始め、一時ほどではないにせよ、主として国外からくる人々への処方を引き続き行って堅実な利益を上げている。
またその後、身体強化ができる者達が、様々なパフォーマンスを行うエンターテインメント部門を立ち上げ、この部門の売り上げがむしろ大きくなっている。
とは言え、正社員は55人、売り上げは年間50億円、税引き前の利益は2億円のささやかな企業であるが、内部留保が300億円を超える優良企業である。ハヤトの父の誠司が、勤めていた大手メーカーを早期退職してこの会社の社長を務めているし、魔力処方部門の長はハヤトの2人の子供の母でもある浅井みどりである。
ハヤトは、株の55%をもって事実上支配権を握り非常勤役員になっているが、これは当然で会社の資産の大部分はハヤトの宝の売却代金、さらに彼の本の印税である。
田川の担当する部署の興行先の8割が海外であり、彼もそのため海外滞在が多い。今日集まる3人の中で彼の結婚が一番遅くて28歳の時であり、現在は男女2人の子持ちである。勤労者の平均給与が700万円を超える日本にあっても、Nカンパニーの給与水準は高く2千万円に近い。Nカンパニーは、従業員の給料を高くして利益を抑えている面があるのだ。
彼は海外出張が多いが、海外への渡航は近年では重力エンジン駆動の旅客機を用いるので、渡航に必要な時間は地球の裏側でも3時間ほどである。さらに時差を完ぺきに解消する薬が出来ており、海外への出張は疲れるものではなくなっている。そのこともあって、彼にとって会社の業務は全体として激務ではなく家庭生活も円満であり、田川が今の職に満足している。
安井は、妻も自衛隊員であることもあって、引き続き自衛隊に勤めていて、今や1尉に昇進して防衛省の異世界関連室の主任の席を与えられている。室長は将補であるから、それなりに重要視される部署であることは事実であるが、今のこの職にあるのはハヤトの関係であることは明らかである。
このように、高卒で入隊した割に順調に出世している安井であるが、自衛隊そのものの組織の在り方がサーダルタ帝国の侵攻以来微妙になりつつある。これは、対サーダルタ同盟が発展した形の地球同盟が徐々に形を整え、かつ実権を持ちつつあることが主たる原因である。
地球同盟においては、欧州諸国が対サーダルタ同盟に加わらず、サーダルタ帝国の支配を受けたことで、大きく世界の中で力を落とした中で、日本はむしろアメリカ合衆国を凌ぐ主要構成国である。 これは、対サーダルタ同盟軍の主要兵器である、重力エンジン機とその母艦を殆ど日本が提供した形になったことが大きな要因である。人材についても、同盟軍の主要構成要素である、“しでん”重力エンジン戦闘機のパイロットの全体の4割に近い人数を供出しており、圧倒的な存在感であった。
全体で6万人に及ぶ日本国からの同盟軍への派遣部隊は、その指揮は無論自衛隊員あるいは自衛隊出身者によって行われていたが、半数以上は民間からの志願者からなっていた。こうした、民間からの志願者はサーダルタ帝国との平和条約が結ばれた今は、どんどん元の職場や学校へ帰りつつある。 しかし、自衛隊出身者は原隊への復帰どころか、尚も民間人の後を埋める形で新たな同盟軍への出向が続いている。
このように、5万機の重力エンジン機にレールガンを装備した地球同盟軍が存在している以上、地球上での地域紛争はあり得ないことになる。核ミサイルといえど、配備の進む陸上イージスシステムには無力であることはすでに実証されている。
さらに、宇宙空間でも自由に運動できる10G の加速性能を誇る“しでん”によっては容易に撃墜されることは間違いない。また地球上の如何なる兵器も地球同盟軍の運用するシステムには抵抗できず、その武力を元に地球同盟は軍事的な紛争が地球上でもし起きたら、軍事力を用いて強制的に停止させると宣言している。
その状態で、自衛隊のみならず各国がそれぞれの軍を持つ必要があるか、というのは当然のように起こる疑問である。地球上の軍人の数は正規軍・準軍事組織構成員を含め、かつては4千万以上に達していたが、現在では少し減って4千万人を切っている。日本の自衛隊は地球同盟軍への派遣者を含めて30万人である。
各国軍の必要性の有無は、実はすでに答えが出ている。地球同盟は人口知能の助けを借りてその研究を行い、その成果はすでに発表されている。
その概要は、対外軍隊としての地球同盟軍は必要であり、“しでん”等の戦闘機を5万機とその母艦を200艦程度保持する必要があるとしている。さらに、母艦10隻を中核とする異世界に遠征できる打撃艦体を4個備えるとしている。
また、当然陸戦隊も必要で、この数を10万として、むろんこれらのための輸送艦も必要で、これらを含めて同盟直轄軍として、総員を40万人としている。
加えて、地球上の治安保持及び災害時の救難のために、地方軍として北アメリカ、中央アメリカ、南アメリカ、東アジア、東南アジア、南アジア、中東、北アフリカ、南アフリカ、東アフリカ、西アフリカ、欧州、シベリア、ロシア、東欧に拠点を作り合計で100万を置くとしている。
各地方軍も無論重力エンジン機を装備して、いずれも1万以上の即応隊を命令が下り担当地域のどこにでも2時間以内に送り込めるようにする。
このプランが実施されれば、4千万人に近い人員が職を失うことになるが、かれらは新地球への移民枠の優先権が与えられるということで、大きな騒ぎにはなっていない。
自衛隊も最終的に解体されることになるが、世界の軍隊の中では比較的恵まれているほうである。これは、日本人ということで魔力が強いためにその全員が身体強化を出来るし、知力の増強の度合いが比較的高いことから個人の戦闘力としては非常に高い。
さらに、魔法が使えるものは、とりわけ異世界打撃艦体の陸戦隊に優先して採用されることになる。そういうことで、自衛隊からは概ね10万人が直轄軍に、5万人が地方軍に移ると言われている。
「うん、俺は今の立場が異世界担当だから、直轄軍の異世界を担当する部署に行くことになりそうだ。直轄軍の基地が富士にできるので、多分そこの勤務になりそうだな」
田川から自衛隊解体後の処遇を聞かれて、安井はそう答えた。
「ところで、世界中の軍隊が解体・解散の憂き目にあう訳だけど、素直に行くのかな。反乱を起こす奴もいるんじゃないか?」田川が安井に再度聞く。
「ああ、事実あちこちで小競り合いがあったが、すぐに鎮圧されたし、やはり新地球の優先移住枠というのは魅力のようだな。むしろ、自衛隊の方が問題だな」安井の言葉に今度は清水が言う。
「だけど、自衛隊は半分くらいが軍に潜り込めるだろう。あと半分は何とでもなるんじゃないか?」
「そうは言うがな、直轄軍と地方軍に行く奴は若い方が多い訳よ。しかし、わが自衛隊は世界でも珍しいほどのロートル軍でな。50過ぎのおっさんをどうするよ。大体、日本国内においては余り職がないだろう?」
安井がそのように言うが、実際に日本においては過去10年以上急速な経済成長を続けてきて、人件費は世界でも最高レベルである。無論、知力増強の結果知性も高く、身体強化の出来る彼らは極めて質の高い人材でもある。
しかし、人材の質が高いということは、個々の仕事の処理能力が高い訳で、人手の不足が生じにくい状態にあるわけだ。それに加えて、オフィス機器を魔法で操ることによる処理のスピードアップ、また人工知能による支援で個人の仕事の処理能力が極めて高くなっている。
清水が安井の言葉に苦笑して言う。
「実際に、日本の高度成長も落ち着いてきたからね。そうなると個人の能力が高くなって、かつオフィス機器の支援能力が極めて高くなったのが裏目に出ているわけだ。結局人の数がそれほど要らなくなってきてね。俺が新地球に移住するというのはそれがある訳よ」
「ええ!お前栄転で新地球に行くんだろう?」安井が驚いて言う。
「ああ、栄転と言えば栄転だよ。まあ、高専卒の俺が35歳で課長だからな。でも実際のところは、どうしても商売の枠を広げないと今の社員を養っていけないからなのよ。日本人のスキルは高いけど、反面人件費も高いからね。まあ、少し前は海外だったけど、失敗例も多いからうちの会社としては行かなかった。
でも新地球なら、日本人も沢山行って建設に携わっているし、わが社からも120人出している。いいところであることは間違いないようだよ。女房の洋子に、子供も喜んでいるよ」
「まあ、新地球はいわゆる外国ではないからな。地球同盟の直轄政府で『新地球政府』になる訳で、軍は新地球軍だ。そういう意味では、人類始めての惑星レベルの統一政府になることになる。住民もありとあらゆる国から集まるのだよな」清水の言葉に安井は応じるが、田川が口を挟む。
「だけど、世界の国々が自治政府になるという話はどう思う?日本も日本自治政府で、徴税はするけど1/3は地球同盟政府に召し上げられて、警察あるが軍は持てず外交権もない。まあ天皇家はそのまま残すということだけど、重みは違ってくるよな」
「ああ、仕方がないだろうな。異世界のサーダルタ帝国の侵攻があって、多くの異世界が精々2つから3つの国に統一されている。また、地球がサーダルタ帝国などと言う巨大な国と同等以上の条約を結んだ以上は、選択の余地はないだろうよ。実際にそうなるということで、おれも新地球に移住する踏ん切りがついたわけだからね」
清水の言葉に安井も同意する。
「うん、やはり他の世界があって、それら多くが統一された世界であるという点は大きいよな。俺も視察でマダンに行ったけど、マダンの人と話す時に、地球人でなくそのちっぽけな国の軍人と言うのは恥ずかしかったよ。だから、自治政府の集まりの同盟政府にならざるを得ないのは必然だよ」
「うん、まあその点は俺も同感だよ。マダンとかサーダルタ帝国から独立した世界については、地球としては保護者といて振舞う必要があるよね。実際に最近騒ぎのあったジムカクに対してはそういう動きをしたな。ハヤトが大活躍したみたいだけど。
だけど、地球上の国々は極端な貧富の差があるよね。豊かな日本と貧しい国では一人当たりGDPに平均で5倍以上の差があり、とりわけ最貧国では底辺の人は食うのも大変なようだけど。そういう国々が集まってうまくいくのかな。確かに稲田モデルの適用で結構急速に経済成長している国も多いけれど、ガバナンスが出来ているところだけだよね。そこがなっていない国も多いよね」
田川は尚も疑問点を言い、安田が答える。
「ああ、確かにそういう面もあるけれど、半年後に行われる新地球政府の発足式の日に、地球同盟政府の正式な成立と世界の国々の自治国化が始まる。その時点から、地球同盟は世界の国々の税収の3割を集めることになる。だから、彼らはその大部分を使ってまだ遅れている地域の稲田モデル導入を始める。さらにかれらは、ハヤトが探査魔法で発見した世界中の資源、さらに新地球のすべての権利を持っているから、資金を集める際の担保は十分に持っている。今のところ稲田モデルの適用で失敗したところはない。
予測では、10年後の2041年には地球全体の一人当たりの平均GDPは2万ドルを超え、最低の国でも1万ドルを超える」
「安井、お前やけに詳しいな。どこからそんな情報を仕入れたよ?」
清水が安井の説明に対して言う。
「ああ、おれはハヤトの伝手で日本新世紀会の議員さんとの付き合いがあるからな。ところで、清水は新地球のどの都市に行くんだ?」
「ああ、新首都の中央市で、市の骨組みの部分についてうちの会社の職員の半数が建設にあたったところだ。すでに新地球には建設隊要員の1千万は入って、都市の拡張、農地、漁業基地、工業団地、鉱山開発に当たっている。
すでに政府と市の職員は現地に乗り込んで、本格初期区民の受け入れ準備に当たっている。俺と家族は2次入植隊に入っていて、大体1ヶ月かけて全体で5千万が入る予定だ。
俺が働く工場のドンガラはもうできていて、中も一応使えるようになっている。入るのは3LDKのアパートで、日本に比べると広いよ。都市内に緑も多くて暮らしやすいようだな」
「ああ、中央市か。おれも建設中に視察に行ったよ。中央大陸の巨大な湾に面した海辺の台地上の都市だな。清水がいうように緑が多くて、なかなかの良い都市計画だと思った。当面人口は50万、予定する人口は最終的に300万らしいな」安井の言葉に清水が応じる。
「大きな漁業基地ができていて、もう漁師がたくさん入って試験操業しているらしい。日本人の漁師も多いらしく魚種も豊富らしい。刺身にできる魚も多いらしくて楽しみだ。俺は魚が好きだから有難いよ」清水の言葉に田川も言葉を挟む。
「うん、俺もネットで見た。新地球で魚は相当取れそうだというね。もうマダンの魚が入ってきているけど、新地球の魚が入るのも時間の問題だな。俺もうちのエンターテインメント部隊を中央市に連れて行く企画をするよ。うまい魚を食えるところを見つけておけよ」
「それはいいな。俺も公務では中央市に行くことは、もうないかも知れんが、1年程したら観光客の受け入れも始めると聞いている。大体、待ち時間を入れて日本を発って6時間だよな。多分往復20万円はしないだろう」
「ああ、俺の場合は会社の支払いだけど、片道で大人6万円だからそんなもんだろう。安田もぜひ来てくれよ。あっちで一杯やろうぜ」気の置けない同級生の語らいはそれからも続いた。