サーダルタ帝国とハヤト
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公爵シンガ・ミダ・キルマールン、前マダン総督はサーダルタ帝国皇帝イビラカカン・マサマ・サーダルタと皇帝の私室で話をしている。皇帝はキルマールン公爵のいとこであることもあって、幼いころからの遊び相手、話相手である。
マダン失落の責任者として、キルマールン公爵は当然非難をされたが帝国政府もここまで悪化した情勢に驚き、皇帝の意を受けた帝国情報中央局が地球への侵攻とその無残な失敗さらにマダンへの地球の侵攻について徹底した調査を行った。
これは関係した者達の魔法を使っての記憶の調査を含むものであり、間もなく状況がほぼ明らかになった。それは、元はと言えば地球の調査の不徹底とその情報を正しく読み解いていなかったこと、さらには地球が“手に負えないほど”手強いとわかった段階で引かなかったことがほぼすべての原因であるとされた。
地球およびマダンの戦いから解った、地球側の帝国に対するアドバンテージは、明らかにその推進機関と火薬を使わないが故に魔力での破壊が出来ない電磁誘導式のガンである。また、動力においても“原子力”を使って極めて効率の良い方法を実用化している。
しかもこれらは最近8年に満たない期間に実用化されている。実際に20年以上前から地球の状況をモニターしてきた帝国からすれば、あり得ない事態であり、その効果を甘く見て、それでも早期の侵攻によってその脅威をぬぐい去るという決断をしたのがあの侵攻である。
そもそも、地球などという世界は、今までサーダルタ帝国が支配下に置いてきた世界の中でも極めて遅れた世界である。なにより、その世界は200近くの国に分かれており、その貧富の差は極めて大きく、遅れた国・地域では人とは思えない生活をしている者もいる。
また、大きい戦いは無いようだが、その世界のあちこちでお互い同士が殺し合いをしており、その武器は魔法で容易に対処できる火薬を使った方式である。そこに、突然と言っていい短期間に今までの常識では考えられないような飛行を行う航空機が現れ、あちこち飛び始めている。
また、新しい動力方式の実用化、火薬を使わない電磁誘導方式のガンの開発、資源の魔法による探査? 数年のうちに今までと全く脈絡のない技術が次々に実用化されている。このことは、イビラカカン皇帝自身の耳にも入っており、確かに放置しておくことは危険だとは思った。
しかし、それはサーダルタ帝国で偶然に発明された異世界転移装置がない限り危険はないし、基本的にマナの薄い地球においてその装置が実用化される可能性はないだろう。そうであっても、皇帝もそうだが、その情報を聞いた皆はその諸技術が欲しかった。
だから、すでにルーチン化されている異世界の征服に乗り出したこと自体は無理のないところである。その意味で、交易によって入手するという発想がなかった点を責めるのは、後知恵というべきであろう。
だから、地球への侵攻は帝国議会の承認した正式な征服行であった。その侵攻すべき地点は様々な議論があった。明らかに近年の様々な技術革新を中心地である、大きな海洋に面するニホンという島国を電撃的に破壊すべきという意見も強かった。
さらには、その世界の最大の強国というUSAという国の主要部を破壊して制圧すべきという意見もあった。しかし、文明国である帝国がいきなり爆撃で多数の知的生物を殺すという点に多くの者が反対した。そこで、最も強力な敵になりうる重力操作エンジン機が少なく、かつ文化的に進んでいる欧州という地域を最初に制圧することになったのだ。
しかし、その地区の大きな部分は今まで同様に簡単に制圧できたものの、重力操作エンジン機をある程度の数配備された島国は違っていた。第一回の侵攻は相手にも痛手を負わせたが、当方はその何倍もの損害を出して結果的に失敗した。
しかし、2回目は数で押し切れると考えていたが、ニホンという島国から成層圏を超高速で移動してきた編隊にまたも大きな痛手を負って制圧に失敗した。ここで、異世界管理省及び異世界管理軍は引くべきであった。
その後、彼らは彼らの権限の及ぶ限り戦力の逐次投入を繰り返して、なんと我が帝国の大型母艦の3/5をすりつぶしてしまったのだ。イビラカカン皇帝がその大損害を知ったのはことが終わって、地球をあきらめるしかないという段階である。
地球総督に命じたアヌラッタ・シジン侯爵は、座乗する母艦が破壊されてその時に戦死しているので、罰することはできない。しかし、異世界管理省、異世界管理軍の事実を知ってその作戦を進めた者達、皇帝の耳に入れないように情報の伝達を妨げた皇帝庁の監理官が処分され、職を失ったのは言うまでもない。
この戦いの最大の失敗は、地球に異世界転移装置を奪われたことである。地球で収集した情報のなかに、強力な魔法をつかうハヤトという個人の事があった。異世界転移装置は、強大な魔力がないと使えないので、マナの薄い地球では使えないであろうという意見が多かった。まあ、願望ともいえるが、結局それは誤りであったわけだ。
自らの世界を侵攻されようとして、実際にそれなりに犠牲者を出した地球が、サーダルタ帝国に遠慮する必要はないのだ。彼らの戦力は、行動範囲、速度、威力共に我々に勝っている。その彼らがマダンに現れた知らせを聞いた時に、皇帝イビラカカンは正直に言ってマダンを守り切れないだろうと思っていた。
実際のところ、イビラカカン皇帝自身は帝国の異民族征服のドクトリンには賛成できなかった。このドクトリンは、9代前の“偉大なる征服皇帝”と言われたマズラヌヌが、すでに開発されていた異世界転移装置を用いて隣接する3つの異世界をその版図に含めたことがその始まりであった。
その頃は、帝国は魔法と農業・機械・電気等あらゆる技術の融合により、臣民の豊かな生活を築き上げており、その発展の矛先が異世界に向いたのも無理のないところである。その後、帝国の異世界の征服のためのコストは際限なく膨らんでいき、征服世界からの税を加えても赤字気味の決算内容になってきている。
現在の帝国の財政からすると、征服下の世界をコントロールするために軍備が莫大で、ほぼ制圧下にある諸世界の税と吊りあうという状況である。だから、地球との戦いで大損害を受けた戦力を回復しようとすると、大増税をして10年程度続ける必要がある。
こうした異世界を支配下におくことが経済的に必ずしもペイしないということは、帝国議会の議員など社会の上層部にはよく知られた事実である。しかしながら、一般臣民は別で、“11もの異世界を支配下に置く大帝国”というのが人々の誇りの源泉であり、実際に帝国政府としてもその点を強調してきたのだ。
だから、皇帝の決定としても和平条約の締結には一般市民からの反対がすさまじかったし、キルマールン公爵、前総督のマダン失落の罪を問わないという決定には大きな反対があった。
しかし、地球と対立を続けるためには、この後軍備再建と拡張のために、少なくとも10年間は税を2倍程度にする必要があるという資料を付けた発表に、その反対はたちまち収まった。同様にして、キルマールン公爵への非難も収まっているので、皇帝はもう少しすれば彼を何らかの重い役に就けようと思っている。
「ところで、シンガ陛下、13日後には地球からの平和条約締結のための使節団が来るわけですが、その中にあのハヤトというものが加わっているとか」公爵がいつもの呼び方で皇帝に聞く。
「ああ、知っての通り、すでにこちらの使節団は全権使節として外務大臣のイマジラを代表として地球に送っている。それで、条約のたたき台は出来たのだが、条約には私の署名が必要ということで、まあその使節団がわが帝国の視察がてら来るわけだ。
その中に、そのハヤトが加わっている。イマジラは貴卿も承知しているように、魔力では帝国の最高峰の一人だが、条約交渉にはそのハヤトが加わっていたらしい。多分、心理操作を警戒してのことのようだが、イマジラが感じた限りではそのハヤトの魔力は彼より上らしい」皇帝の答えに、少々驚き苦笑しながら公爵は応じる。
「ほお!しかし、空間魔法を使えるとなるとそれも頷けるものです。今帝国に空間魔法で移転、ジャンプの出来るものはわずか12名、それも距離的には数十㎞足らずで、彼が飛べるという数百㎞には及びもつかない。
さらに、こうした空間魔法を使えるというのは、我が国が持ち込んだマナの圧搾タンクによるというのです。それを、空間収納で保持して使っているというのですから、我が国は彼にそれをプレゼントしに地球に侵攻したようなものですな」
「うん、まさにな。彼については自身が書いた本があり、我が国でも取り寄せて読んだが、魔法で異世界に呼び寄せられて魔法が使えるようになって帰ってきたという。そういうことがなければ、地球はすんなりわが帝国に従ったであろうが。それが長期的に見てよいことかどうかは別にしてな」
「陛下、私もあの平和条約の案を読みましたが、大変驚きましたぞ、あの中身には。よほど、イマジラ大臣がうまく交渉したかと思えばそうでもなく、あの骨子は基本的に彼らの申し出らしいですな」
「うむ、私も聊かおどろいた。現状では、国力は明らかに我が帝国が上ではあるが、明らかに軍事力の質には劣位にあるわけだ。だから、何らかの軍事的な縛りを厳しくつけるかと思えばそうでもない。
中身は、支配下にある11の異世界の総督府を解散して自立させること、さらに必要に応じて安定のための軍事を含めて援助することになる。わが帝国臣民の移住した世界は自立の例外になっている。これらの世界に対する援助は、わが帝国と地球が共同で行うとあるな。ただ、これは有償でもよいとなっている。
なお、我が帝国の経済力と地球のそれを比べた場合には、大体5倍に近い。ただ、支配下の異民族世界を切り離した場合には大体1/3が減るので、実質3倍大きいのだ。
人口は地球が70億程度らしいから、ほぼわが帝国の直接の植民者を含めれば、同じだ。だから、わが帝国の臣民の方がかれらより3倍豊かということになるな。しかし、国ごとに彼らの貧富の差は大きく、しかも貧しいところを豊かにするための投資を盛んに行っているらしい。だから、気が付いてみると彼らの方が豊かになっていたということになりかねん」
「陛下、それは必ずしも悪い事ではありませんぞ。豊かな国が貧しい国を襲うことはまずありませんからな。しかし、平和条約の条文がお互いの不可侵を約束するのみというのはどうでしょうな。
さらに、わが帝国は5百年の歴史があり、陛下が国を代表する資格があって、平和を約するに足ることは明らかですが、相手ができたての暫定地球同盟政府の首班であるというのは、釣り合いませんな」
「うむ、それはそうなのだが、我々はすでに、艦隊の多くを失った今の状態では支配下の世界を手放した方が有利という結論をだしたのだ。であれば、戦うには全力を出しても敵わない可能性のある敵と和平を結べるのだ。
また、相手は少なくとも侵略的な性向は持たないことは、マダンの独立を援助している様子からも明らかだ。今後交易をおこなうことも一項に入っておるが、その条件等は今後の交渉によることに
なっている。だから、交渉は今後も引き続いて行うわけであり、私にはこの条約に不満はない」
「なるほど陛下がそういう御意見であれば、私も別に含むところはありません。それにしても、そのハヤト氏には是非会いたいものですな。それと、陛下どうでしょうか。ちょうど15日後には帝国魔法選手権が開かれます。実質これは魔力の強い帝国人の独占でしたが、そのハヤト氏にも参加を求めたら。どうも、聞いているところによると、わが帝国の魔法使いが知らない技も使えるようです。彼を参加させることで、大きな利益があるかもしれません」
「うむ、私も無論使節団は引見するが、お前も同席させよう。その選手権の参加を求めるのは面白いな。たしかに、私も彼が資源探査をしたという点は気になっていたのだ」皇帝が考え深げに言った。