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新地球の開発5

読んで頂きありがとうございます。

 山切は、同僚の中川と共に、ミモザとその同僚のミッシェル・ブランと食事をしている。ここは、周囲が食事と飲み物を売る店に囲まれたスペースであり、たくさんのテーブルが並んでいて、カファテリアと呼んでいるが、東南アジアによく見るタイプの食堂である。


 客は周囲の店から自分の好みの食べ物と飲み物を買ってきて、それぞれテーブルについて食べ飲むのだ。そこには6人かけのテーブルが50ほどもあるスペースが都合6つあって、それぞれ特徴のある食事を出している。


 客は当然開発基地の者であるが、店は桐島建設と契約した民間企業が経営しており、買った食事などは、それぞれが持っているカードで決済する仕組みである。だから、必然的に割り勘になることになる。

 紅一点のミモザもいける口なので、まず皆でビールのジョッキで乾杯をする。すでに皆シャワーを浴びて着替えているので、ミモザはワンピースの胸元がまぶしい。


「どうだ、中川。お前の担当の中央政府ビル関係の進捗は?」乾杯の後に山切が聞く。


「ああ、知ってのとおり形は遥か以前にできているが、通信関係の工事で手間取っている。政府ビルについては、ちょっと規模が大きくてあまり規格化できていないので、取り合わせがうまくいっていない部分があるんだ。それに半月後には一部供用する必要があるしな。俺は構造系だからあまり手は出せないが、設備系の者はまだ仕事だよ」山切より一つ年が上の建築屋の中川が答える。


 日本人同士の会話であるが、彼らのやり取りしている言葉は英語である。

 処方によって知力が増強された結果、世界の共通言語として少なくとも英語を学ぶことが世界的に進められた。過去、例えば日本人が英語を不自由なく使えるようになるためには、2千〜3千時間の勉強が必要と言われており、生半可な努力では身につかなかった。


 しかし、処方後では教材が大幅に改善されたこともあって、500時間程度の勉強で十分な語学力がつくようになった。さらには、現在においては日本の大学では卒業時には、英語圏の国に行って聞く、話す、読む、書くに全く困らないレベルの英語力が必須になっている。


 だから、中央市の監督をしている霧島建設の社員はすべて大卒以上であるので、英語の会話に不自由するはずはないのだ。ちなみに、上下水道の専門会社のベリオール社は元来、フランス本国より海外の事業の売り上げが大きい会社であるので、その社員の英語は必須である。


 さらに、元々イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、スペインなど欧州の言葉は元がラテン語から来ているので、英語を学ぶのは日本語からよりずっと容易である。


「新地球政府ビルは、地上20階、地下2階と随分大きなビルですが、新地球政府の職員はどのくらいの数を考えているのでしょうか?」ミモザが聞き、中川が答える。


「うん、半月後に入るのは今すでに新地球に来て働いている人々で720人程度だから、2階のワンフロワーに収まるよ。ただ、移住の開始が2ヵ月後に控えていて、移住してきた時点では中央政府、市政府両方とも一応は稼働を始めておかなくてはならない。

 だから両方で地球から新たに千人以上が来る予定になっているから、その時点では3フロワーが稼働することになるんだ。当面は中央政府と市政府は同じビルに入るけれど、20階すべてが埋まるのは早くて2年後だろうね」


「ふーん、2年後に埋まる想定なら、分割施工というのはないな」ミッシェルが言って言葉を続ける。

「ところで、議員の選出は全体の人口が1億人を超えてからと言っているけど、住民から不満は出ないのかな?」これには山切が答える。


「うん、最初に来る1千万人は入植者ではあるけれど、基本的に建設担当の人々でその後もずっともこの新世界の建設を担う人々だ。だから、あまり初期に選挙をして議員を選ぶと、偏った選挙民になるということが懸念されてそういうことになったのだ。

 まあ、3年くらいで人口は1億を超えるとおもうけど、僕は最初のこの3年は忙しくて選挙なんかをしていたら住民から怒られると思うぞ」


「そうね。その間行政を担うのは世界中から来た人々だから、専制的な行政を行うわけもないから、私も妥当なところだと思うわ。ところで、道彦と(中川)守はここの仕事が終わったら地球に帰るの?」ミモザの質問に山切と中川は顔を見合わす。


「うん。俺は帰るよ。俺は親父と御袋が結構年を取ってできた子だから、ほうっておくわけにもいかないからな」まず中川が答え、山切が続く。


「俺は今のところ残ろうと思っている。やっぱり俺はこの建設という仕事が好きだし、間違いなく今後数十年は、この新地球は地球とは及びもつかないほど建設の時代が続くからね。それに、俺も親父と御袋がいるけど、2人ともここに移住するつもりだ」


「山切の両親はそうだって言っていたな。親父さんは技術系のコンサルタントだっけ?」中川がそれを聞いて質問するのに山切は答える。


「ああ、親父は海外が長いからな。母はどっちかというとあまり乗り気じゃないけど、新しい街で、近所に日本人もたくさんいれば、ということなら一緒に来ると言っている」


「だけど、新地球の移民の枠に入るのは難しいのではないの。特に途上国から希望が殺到していると聞いているわ」ミモザの問いに中川が答える。


「うん、その通りだけど、最初の1千万は街や様々な工場などの建設に従事できるエンジニアが来ることになるから、途上国からはむしろ少ないはずだよ。彼らは自国の開発に忙しいからね。山切のお父さんは上下水関係のコンサルだろう? だったら、希望すればまず来られるよな」


「ああ、むしろ新地球政府からの要望が会社にあってその募集に応じる形らしいな。それに、最初の入植者の仕事はだいぶハードのようだから、魔力の強い日本人が有利のようだね。なにしろ、身体強化で疲れも散らすことができるからね」山切の言葉にミッシェルが羨ましそうに言う。


「うーん、日本人の魔力の強い点は羨ましいよ。補助装置付きで我々も処方ができて知力の増強はできているが、身体強化はできないからね。とことん追い込んだ時のスタミナが、日本人とは違うよね」などとの話で夜は更けていった。



 翌日の山切とミモザの視察は下水関係の施設である。下水道施設は、各建物から出てくる汚水を集める下水管及び地形の凹凸に応じて設置するポンプ場、さらに下水処理場からなる。


 中央市は全体に海に向かって傾斜がついているので、ポンプ場の数は少ないが、それでもある程度の凹凸があるので最初の都市化ブロック5㎞×5㎞の範囲で2か所のポンプ場が必要になっている。このポンプ場の躯体は山桐建設の施工だが、ポンプやスクリーン・沈砂設備などの設備関係はベリオール社の担当である。


 全体で80㎞に及ぶ管きょはすでに完成しており、ポンプ場も設備工事の仕上げに入っている。中央市は先述のように程よい勾配がついて、かつ水はけのよい地質なので、地下水位は低く、さらには全般に管路も浅く敷設できるので、距離の割に施工は容易であった。


 なにより、既成市街地に管を敷設するわけでなく、なにも障害がない道路予定地に、水道管、電力管、通信管を敷設するので、その工事進捗は極めて早くコストも低くなっている。ちなみに、下水管は最大径が2000mmに達し、径が800㎜以上はコンクリート管、それ未満の管はプラスチック管になっている。


 これは、大口径管はどうしても敷設の深さが大きくなって、地下水による浮力を考える必要があり、あまりに軽い管は採用しがたいのだ。コンクリート管はガスなどによる腐食と漏水を考えると内部に樹脂材によるコーティングが必要である。しかし、1000㎜以上の大口径管はコンクリート管がやはり安くなる。


 ポンプ場の機器のチェックを手早く済ませ、山切とミモザは下水処理場に向かう。中央市のある地域は海際が高さ15mほどの崖になっていて、そこから内陸に向けて緩やかな斜面の土地が続く地形になっている。中央市の街区の端は海際から3㎞ほど離れており、その端の標高は海抜50m程度もあって、津波がもしあっても安全な高さになっている。


 ちなみに、中央大陸には活火山があり、温泉も湧いているので、地震は起きるとされているが、現状のところではこの大陸では火山の爆発と地震は観測されていない。中央市の街区をある程度海岸から離したのは、どちらかというと潮風を避けたためである。


 下水処理場は、海岸の崖を掘りこんで建設されているので、通常は処理場にある流入汚水を汲み上げるためのポンプ場は不要になっている。流入部は、スクリーンのほかに、油分と砂の除去設備があり、処理の邪魔になる夾雑物、油や砂を除いた汚水は反応・分離槽に入って処理される。


 前処理と呼ばれるクリーンのほかに、油分と砂の除去設備は4系列に分かれており、現状では躯体は半分、施設は1/4のみが設置され、今後人口の伸びに伴って順次増設されることになっている。この部分は、なにぶん人のし尿も混ざる汚水が直接入ってくるところなので、密閉されて中の臭気は吸引され除去されている。


 この部分では、中に入っての頻繁な清掃など相当な作業が必要であるが、地球でそうなりつつあるように作業はロボットが行うように設計されている。さらに、反応分離槽というのは、同じく密閉された水槽に、活性汚泥という流入する汚水中の有機汚物を分解する細菌が高濃度に封じ込められている。


 この細菌によって、水中の汚物(有機物)が分解され、細菌の体になっていくのだ。このドロドロの活性汚泥の固形分を漉き取ると清澄な処理水になる。しかし、活性汚泥がこうした分解を行うためには、餌である汚水と酸素の供給が必要である。

 このため、この反応槽には酸化ノズルと呼ばれる、水中に空気を吹き込むノズルが備えられて大量の空気が吹き込まれている。


 だから、反応槽は激しく泡立ちかき混ぜられている。さらに反応槽の端には、分離膜ユニットが沈められて膜によって処理水を分離している。分離膜ユニットは3時間ごとに自動的に引き上げられて、高圧の空気と水で洗浄されて再度沈められる。


 この処理の過程で、汚水による増殖した活性汚泥は増えていくので、これを脱水する汚泥処理が必要である。この汚泥は、汚水中の汚物と違って不快な臭気は発せず乾燥させて最終的に肥料として用いられる。


 この処理水は少し黄みがかってはいるが、透視度は1mを超えており、有機物は99%以上除去されている。この水は、さらにリンを吸着するゼオライト層を通過して処理水として海中に直接放流される。ちなみに、反応槽では有機物とともに窒素も95%以上除去されるが、リンは生物処理では除去が難しいのでゼオライト処理を行っているのだ。


 ゼオライトは肥料として貴重なリンを分離して再生されて、繰り返し使われる。

 この処理法は、現在日本において湖沼へ放流する場合の下水の処理に使われているものと同じものであり、新地球の環境汚染を許さないという決意の表れである。とは言え、この処理によるコストがそれほど大きなものではないということが、この方法が採用された理由である。


 反応分離槽も躯体は半分が完成しており、設備は1/4が設置されているが、これら及び汚泥処理の設備の最終取り付けの状況を確認して、山切はミモザに話しかける。

「装置は設置されているけど、活性汚泥処理装置は生物処理だから、元の細菌が必要でしょう。その点はどうするのかな」


「はい、実は建設基地でも活性汚泥処理設備を使っていて、仕組みとしてはリン除去のゼオライト処理がないだけで、この施設と同じです。今の基地の人口はだいぶ予定より増えて3800人くらいですからね。それほど小さくありません。だから、基地の処理装置から汚泥を取って種汚泥に使えます。

 実のところ、私の会社でも新地球で地球と同じような汚水を処理できる細菌が繁殖するか議論があったのですが、問題なく増殖しており、活性にも問題はないようですね」


「そうか、地球から種になる泥を持ってくる必要が無いのは助かるね。ちなみにミモザはここの仕事が終わったら地球に帰るのかな?」山切は、努めてなにげなく少しドキドキしながら聞く。


「う、うーん。私の会社も支社を出す予定だけど。どーかな」ミモザは山切の顔を見上げて後ろに手を組んで体をくねらす。


「う、うん。良かったら。残ってくれないかな?僕は言ったように、終わった後も新地球に残るつもりなんだよね」顔を赤らめて、山切が言葉を続ける。


「それは、一緒に仕事をしたいということ? それとも?」ミモザが彼の目を覗き込んで身を乗り出して聞く。


「それは、俺と一緒に居てほしいということだよ。ずっと、一生!」山切は手を広げ、その手を振りながら、彼女の目を見返しながら思い切って半ば叫ぶ。


「ふふふ、ようやく言ったわね。いいわよ、私も新地球が気にいっているもの。それ以上にあなたを気にいっているけどね」微笑みながら、山切に歩み寄って寄り添う。


 山切は自分の広げた腕の中に入ってきた彼女を抱き締め、しばらく無言で抱いていたが、彼女もおもむろに腕をあげて彼の背を抱き返す。彼はその動きに応じて顔を彼女に近づけ、向かってくる唇をむさぼる。ここは、下水処理場内の処理棟の建屋の前で辺りには誰もいない。


 山切は、暫くむさぼっていた唇を離して囁きかける。

「本当にうれしいよ。半年もすれば仕事も一段落するから、できるだけ早く結婚したいと思っている」それに対してミモザは微笑んで返す。


「私の会社の設備の引き渡しは3月もあれば終わるから、それからだったら一緒に暮らしてもいいんじゃない? 結婚式は急ぐことはないわ」

 それを聞いて山切は、ミモザは彼がお互いの立場を考えて迫らなかったことを察していたことに気づいた。また、その言葉から、どうも一緒になったら敵いそうもないことも。



次回からこの話題から離れ、サーダルタ帝国との話に移ります。

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