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2030年の世界2

読んでいただいてありがとうございます。

 サーダルタ帝国がカールルと呼んでいた世界は、対サーダルタ同盟(後に地球同盟に改称)の強行偵察隊が2026年に訓練に使った世界である。地球から直接転移できる世界は4つあり、有人惑星のマダン及びジムカクの2つに、無人のカールルとジーザルである。


 カールルは緑に包まれた地球に似た世界であり呼吸も問題なく、少なくとも文明の痕跡はなく、その後の調査によっても知的生物は見つかっていない。一方で、ジーザルは気圧が低く、補助呼吸器が必要な環境であるが、藻類を繁殖させるなどのある程度のテラフォーミングをすることで呼吸する程度の環境にすることは可能とみられている。


 地球同盟の方針は、知的生物の住む世界はその生物のものということを原則にしている。しかし、それは地球が今後も文明社会として成り立っていくとの、前提でのものであろう。もし、地球上で飢えが蔓延して、血なまぐさい紛争が起こるようなことがあったら、地球の人々は再度弱肉強食の考えに戻り、先述のような原則は吹き飛ばされるだろう。


 そこで、地球上の現状を以下に述べる。まず、現在地球の置かれている状況は、未だ人口爆発が収まっていないのが現実であり、貧しい国の地方ほど人口増加が著しい状況にある。さらに、個人ごと、国ごとの貧富の差は極めて大きく、その中の貧しいものは教育が十分に受けられず、十分な栄養を摂れないものも未だ数億いるとされている。


 ただ、魔法の処方が広がることで、人々の知能が強化され、その貧困状況は急速に改善されつつあるのは事実である。さらには、日本政府を先頭に稲田モデルの積極的な適用で貧しい国々の経済が劇的に伸長されつつあることもこの改善の大きな要因である。


 この中で、世界のGDPの平均的な伸びは過去3年に限れば8%を上回っているが、これは多くは途上国の経済の底上げによるものである。人口増加についてみると、先進国と言われている国々の人口増加率はすでに止まっていると言って良い状態であり、途上国と呼ばれる貧しい国々でも昨年は最大で1%程度であり、さらに急速に下がっている。だから、あと10年もしない内に世界全体の人口増加率は0.1〜0.2%になると予想されている。


 一方で、人々が急速に豊かになるということは、急速にエネルギーと様々な物資の消費量が増加するということである。かって、中国の人々が先進国並みにモータリゼーションを享受するようになると地球が保たないと言われていたが、中国・インドを含めたアジア、さらに大部分が貧しいアフリカや中南米といった国々が一斉にそれを進めるのだ。


 しかし、その状況を殆ど無限のエネルギーを発するAE励起発電とAE超高効率バッテリーの発明、さらにハヤトの探査による資源の大々的な発見が全く状況を変えたという研究が出てきている。

 その研究によれば、人口が現在の75億から2040年には82億になり地球全体の一人当たりGDPが平均3万ドル、最低ランクのグループでも半分の1万5千ドルとなるという。その時点でも、食料、エネルギー、必要な生活必需品に必要な原材料に不足することはないということだ。


 ただ、この研究によると、発見された資源を含めて考えると、今後リサイクルの促進を極力進めていくとしても、100年程度の後には、いくつかの資源の枯渇が問題になるであろうとしている。

 その研究の楽観的な予想のカギになっているのが、銅シリンダーの原子を純粋なエネルギーに変換できるAE励起発電であり、どのように消費しようがその消費ペースで銅資源がなくなることはあり得ないし、これは必要なら別の金属に代替できるのだ。


 水資源の不足が大きな問題として取り上げられているが、安価かつ十分なエネルギーさえあれば、海水の淡水化でも普通の淡水を浄水する程度のコストで可能であり、またその移送に当たってのコストも問題にならないので、もはや水不足はあり得ないのだ。

 農業の制約は実は水によるものが多く、とりわけ途上国においての農作放棄地は水不足による塩害が多いことを考えると農作適地が大きく広がることになる。


 さらには、草や樹木の主成分であるセルロースからの、澱粉など食品になる炭水化物へ化学的な変換手法はすでに確立されていて、処分に困る草や伐採樹木を食料に変換することはいつでも可能である。さらに、この工業生産に安価なAE発電の電力を使えば、自然由来の穀物の半分以下のコストで同等のカロリーの食料ができることはすでに確かめられている。この工場は、日本と台湾で飼料向けとして認可を受けてすでに稼働しており、今では世界各地で10か所程度の工場が建設中である。


 また、資源に関しては、ハヤトによる資源探査はすでに全地球で完了しており、結果的には金属資源に関しては、殆どについて従来考えられていた量の3倍程度は採掘可能な資源として発見された。

 ただ、この探査によっても余り増えなかったのがリンであり、これは多くが鳥の糞など生物由来ということで、資源の存在が浅かったためにすでに発見されていたことによる。リンは農業増産には必須の物質であり、実際に資源としては自然界に豊富に存在するが、高濃度の肥料の原料になるものが少ないという訳である。この点はリサイクルで賄うことになるであろう。


 ちなみに、2030年時点のエネルギー事情を述べれば、現在では世界の発電は、85%程度がAE励起方式に変わっており、残り15%程度はエネルギーが余剰になる産業の余熱発電、さらに水力・地熱発電になっている。これは、AE励起発電では発電原価に占める動力原料費が銅シリンダーの交換のみなので数%にしかすぎず、全体としての発電コストが圧倒的に低いということによるものである。


 従って、それに対抗できるのは同様に動力原料費が殆どゼロである水力・地熱程度しかないのである。なお太陽光も動力原料費はゼロであるが、太陽光の密度が低く変換効率も低いことから設備費のコスト高がネックで、自然エネルギー発電では最もコスト高になる。


 ただ、AE発電のある意味の欠点は、銅シリンダーを交換するシステムになる構造上小規模な施設ができ難いことであり、経済面を考えると最小規模が100万kWになっている。

 戦闘用母艦機には、AE発電機を積んでいるが、これは無理をして小型化している面があって、通常の地上設置型に比べて3割ほどコスト高になっている。しかし、長期間の稼働と艦載戦闘機等に励起した電池を供給するためにはやむを得ない。


 AE発電機の規模が大きくても、電線を接続できない移動が可能な車両、航空機等がエンジンを積む必要がないのは大容量のAEバッテリーあればこそである。AEバッテリーは現在ではそれこそあらゆる電力を使用する機器に使われている。


 こうした状況のなかで、到達できることの判った多くの異世界の存在は、サーダルタ帝国の侵略性向が判り、実際に侵略が始まった時はリスク要因であったが、和平条約を結ぶことが出来た結果から言えばプラス要因になった。

 なにより、条約によって、新地球カールル、ジーザルという地球並みの大きさのある2つの世界を丸々手に入れることが出来た点は極めて明るい材料である。しかも、その世界は門をくぐれば最短で半日で十分移動できるのだ。


 異世界転移装置については、サーダルタ帝国との和解後、1年にして複製が完成して、その後1年で径50mのゲートが開発された。現在では、新地球カールルについては専用の新地球ゲートが1門、地上200㎞に浮遊しており、軌道速度で地球を周回している。


 それらは、フロリダ上空を通るように、地球を周回しているが2号機が建設中であり、それは日本上空を通って1号機とたすき掛けに地球を周回することになっている。また、同じくフロリダ上空を通る切り替えゲートと呼ばれるゲートがほぼ同じ高度で回っている。


 これらの切り替えゲートは、行き先を、マダン、ジムカク、ジーザルに切り替えられるようになっており、それをゲート管理所で管理している。新地球ゲートも無論管理所が併設されて、門を通過する艦船をチェックして許可するもののみを通過させている。


 当初は、門の設置高度は地上1万m程度で同じ地点に浮揚するという意見もあった。これは、サーダルタ帝国の技術で普通に上がれる高さであるので、帝国とその被征服民であった人々が利用しやすい高さということになる。


 しかし、その高さの同地点に留まるのは、AE発電機、重力エンジンを積んだ母艦並みの大きさのターミナルであれば可能であるが、その浮揚のためのみに、100万kWの半分程度の動力が必要になり、一瞬も動力を落とせない。ゲートを保持するためにはやはり50万㎾程度の電力が必要であるので、いずれにせよ母艦程度の規模の大きなターミナルを新設する必要がある。


 しかし、成層圏を軌道速度で周回すれば、無動力でその位置を保つことができ、また1.5時間程度で周回しているので、地球の各所から最短の距離で接近できることになる。とは言え、秒速8km以上の軌道速度に同調する必要はあるが。


 また、サーダルタ帝国が使うとしても、その高度に上昇すること及び軌道速度に同調すること程度の技術の壁はあっても良かろうということになった。実際、彼らは地球との平和条約の前後には彼らの航空機を改善して成層圏を自らの行動範囲にして、地球側が建設したこれらのゲートを難なく使って見せた。


 なお、これらのゲートとその管理所は地球の成層圏に存在しているので、地球からは簡単に観測できるが、転移の反対側からはゲートを開くまではその位置は不明である。だから、例えばマダンから地球に転移する時は、開く位置を知ってその位置で軌道速度を同調させて待つ必要がある。


 そのために、ゲート管理所ではパイロット転移装置を常時稼働させて、マイクロゲートを常時開いてこのゲートに通信装置を設置している。新地球ゲートでは常時その相手の世界は新地球であるが、切り替えゲートではマダン、ジムカク及びジーザルをそれぞれ、マイクロゲートの開く時間を1時間に30分、15分、5分割り当てている。


 その通信装置により、ゲートの位置を知ると共に通過の日時を調整してゲートを通した転移を果たすのだ。

 新地球については常時ゲートが設置されているように、2030年時点ではすでに新地球の開発計画と組織ができ上っている。強行偵察隊が送ってきた新地球のデータは、元々フロンティアの存在に興奮した地球上の科学者たちが準備した測定・計測・記録機器で訓練を兼ねて惑星全体に関して集めたものである。


 地球と同様に雲の多い惑星のために、高空からとった映像で完全な地図は出来なかったが、高さ関係は雲を通して掴めており、ほぼ完全な地図は1ヵ月ほどで完成している。また鉱物等の資源に関しても地表に露出しているものは、リモートセンシング機器によって掴めている。


 直径1万1千㎞、呼吸できる大気に包まれ、重力は地球より1割低く、疫学的危険は発見されず、1/3を占める緑に包まれた大地と2/3を占める海洋に覆われた世界がある。送られたデータを解析して日々発表される内容は人々、とりわけ若者を熱狂させた。


 地球上にはすでに失われたフロンティアが、そこにあるのだ。マダンにおける戦いはそっちのけで、その開発をどうするかの議論がインターネットを中心に巻き起こった。一方では、当然国どうしの駆け引きが始まり、まず送り込むことになった学術調査団に如何に自国の科学者を入れるかで、必死の駆け引きが始まった。


 当然ながら、とりわけ必死なのは貧しい国々である。これらの国々はそれなりに開発計画を策定して急速な経済発展は遂げつつはあるが、過去の出生数の多さから若者の数も多い。またほとんどの国は、過去の収奪型の農業、鉱物採取などの資源採取によって荒れ果てている。つまり、これらの国々では、処方をされて知力を増強された若者といえどもなかなかその実力を出せる場は少ないのだ。


 これらの国々の若者が、新天地に希望を見出すのは当然と言えば当然である。とは言え、全ての異世界転移装置を握っているのは、先進国が中心になっている地球同盟である。そして、先進国の若者には貧しい国々の若者ほどの強いモチベーションはないとされる。


 地球同盟の幹事国での非公開の会議が開かれた。

 議長は日本の阿山元首相であるが、会議の冒頭彼はアメリカの同盟委員であるアメリア・カーターを指名した。アメリカは全体としては突出した経済力を持つが、貧富の差が激しくとりわけ若者にとっては不満の坩堝である。


「わがアメリカは、チャンスの国と言われてきました。確かに人並外れた才能を持つ者にとってはそうでしょう。スポーツ・芸能・経済等でとてつもない財を築くものも多く出ております。しかし、当然ながら特別な才能を持たないものが大多数でありまして、そうした若者にとって、貧富の差が激しいアメリカはチャンスどころか不公平な国です。

 これは、魔法能力の処方によってもそれほど改善はされませんでした。確かに大部分の国民がかってであれば、天才と呼ばれる知能を身に着けました。その結果、業務能力が大幅に上がり生産性が上昇しました。しかし、仕事の量は生産性の向上程には増えず、むしろ職に就くチャンスが減るありさまです。

 ですから、我が国にとって、またそうした若者にとってカールルは大きなチャンスです。正直に言えば、我が国のあらゆる影響力を動員してもカールルを奪い取りたい。しかし、それは残念ながらできない、というのが我々のジレンマです」

 アメリアの言葉であったが、殆どの委員が頷いている。


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