2030年の世界
何時も読んで頂いてありがとうございます。
3年ほど跳んでこれより第4部に入ります。
2030年1月1日、ハヤトは利根市の自宅でくつろいでいる。父誠司、母涼子と妻の裕子さらに娘の美和7歳、健太郎5歳、それからハヤトがマダンに行っている間に、裕子との間にできた娘の幸3歳が一緒である。
浅井みどりは、利根市のハヤトの両親の家に訪問することは避けていて、娘の美輪のみは祖母になる涼子が千葉市のマンションに迎えに行って来ている。なにしろ、ハヤトは依然として衆議院議員であり、国会で今や最も力のある政策集団である日本新世紀会の会長であり、世界的な超有名人でもあるのだ。
そのハヤトの愛人であるみどりが、わざわざ目立つ行動は避けると本人から言って、このような決まりになっている。ちなみに、愛人であるみどりのことも、美和がみどりとの子であることも普通にニュース中で話題になり記事にもなっているが、非難めいたことを言うメディアはない。週刊Fの崩壊のことは、マスコミの記憶にまだ鮮明なのだ。
正月には王室の重要行事がメジロ押しの妹のさつきは、流石に帰国できずタイに居る。もっとも彼女は、3人の子育ての傍ら、強力な魔力を生かしてタイ王国内、及び東南アジア諸国の魔法の処方の改善と処方後の教育方法の改善に取り組んでいる。
そのことを、彼女は国立タマサート大学の准教授の立場で実施しており、日本の千葉国立大学と共同研究をしているので、年間3回以上は帰国している。また、その際には長女のリーティラ、長男アミル、さらに2年前に誕生した次女ミニャーラを連れてきて、祖父母に会わせている。
これらの3人の祖母に当たる涼子は、さつきの結婚後に孫が増える都度、だんだん訪問回数が増えて、今では年に3回はタイを訪れている。彼女は、そうして訪れるタイ王国の印象をこのように述べている。
「タイは本当にどんどん変わっていったわ。バンコクは最初に行った頃から完全に都市化はされていたけれど、やっぱり一歩裏通りに入るとどぶ臭というか、まだ貧しい部分があったし、地方に行くとまだ家々を見ても貧しいという印象はしたわね。
それが、今はどこに行っても小綺麗で、以前はいた貧しい人といった印象の人に会うことはなくなったわ。また、なによりバンコクを流れるチャオプラヤ川からドブ臭がしなくなったわね。例の高度成長政策は計画を上回っており、5年後のGDP1兆ドル越えは間違いないと言われていますからね。確かに豊かになったわ」
「うん、タイもそうだけど、とりわけ政治的に安定している途上国は、殆ど高度成長政策を採用していて、タイのような壁に当たっていた中進国ですら、年率8%以上、つまり10年間で2倍のGDP成長を遂げている。
それでも、北朝鮮のように様々な問題があって、GDPが極端に低かった国々はもっと成長率が高いからね。そういう意味では、高度成長の経済モデルである「稲田モデル」は偉大だよね。その結果として、主として途上国から膨大な資金需要が高まって、しかもリターンが確実なものだから、資源高などいろいろ悪さをしていた年金などの膨大な資金がうまく活用できている。
一方で、稲田モデルの先進国版も実際に適用されていて、それなりの効果は挙げているようだね。先進国の場合、ファクターが多すぎて、単純にモデルが適用できないためにそれぞれにモデルを弄る必要があるようだけど、特に欧州でインフラの再生に投資することで効果をあげているようだね」
ハヤトが流石に国会議員として解説すると、今度は父の誠司が、お屠蘇に少し顔を赤らめて口を開く。
「日本経済は、2028年時点でアフリカの日本自治区も含めると1100兆円のGDPで、昨年2029年は50兆円が増えるようで相変わらず順調だよね。これはハヤトが帰って来た翌年の2019年から10年でほぼ2倍になったわけだ。流石に最近は鈍化して来たけれどね。
だけど、何時までも続く好況はないはずだよね。日本の場合には、どこが、あるいは何が制約要因になるのだろうな?」
「うーん、それは難しい質問ですね。日本の過去の10年位のGDPの伸びは、明らかに処方による知力増強の影響で様々な新発明があり、様々なものの生産が伸びて、人々がそれを買う中で経済のマスが大きくなったことによるものでしょう。
更にアフリカ自治区については、国土の25%以上が増えたことになって、そこが農水産の生産基地になったよね。まあ、その他にも北方領土はあるけれど、あまりGDPに影響するほどのインパクトはなかった。
ただ、それだけ増えたGDPを殆ど日本人のみで稼いだわけだから、生産性が伸びたということですね。過去、何時の時代でもGDPが大きく伸びてきているのはこの技術革新による生産性の伸びによるもので、近年の日本はちょうどこれに当てはまると思う。
一方で、ここ数年は大きな発明はないけれど、様々なものやシステムの改善は引きつづき起きている。なにしろ、現在の地球の人口75億人で、知力が増強された人々が60億近くいるのだから、そうならない訳がない。
また、今の日本の生活水準を考えた場合、貧富の差は世界でも最低水準になっていることもあって、少なくとも自分で働いている人で、いわゆる生活に困っている人はいないと思う。高齢者についても、処方をした結果、ある一定の年齢を越えると魔力が急速に減退して、極めて急速に体力・知力共に減退することが確かめられている。
これは、処方をしない場合の死の直前の状態と同じことなのだけどね。つまり、処方によって寿命が尽きる直前まで元気で、頭も明晰でいられる訳で、多くの人が望んで続けて働いているので、これがGDPを伸ばす大きな要因の一つだな。
しかし、直前まで元気で活躍していたものが、魔力の枯渇によって体力・知力まで大きく衰えると終わった感が大きく、多くの人が自ら命を絶つようになったのは知っての通りだ。その結果、魔力が枯渇したものについては、安楽死を選べるようになったのも知っているよね。実際に、そうやって安楽死剤を要求して自分で死を選ぶ人は85%の割合になっている。
もっともそれを選ばなかった人も、魔力が枯渇した人に人工的な生命維持装置を付けるのは禁じられているので、魔力枯渇後死ぬ時期はそんなに差はないな。でも、この法律ができるときの騒ぎは覚えているだろう?」
ハヤトが父に答えて様々に説明して最後に皆に聞く。
「ええ、よく覚えているわ。あれは日本新世紀会の提案の法案だったわよね。人殺しとか、散々言われてね。野党の日本新世紀会の会員以外のものからは凄く批判されたわね」裕子が答える。
日本新世紀会は、共産党など強固な反政府的な政党にはいないが、与野党を問わず会員がおり、政策立案に加わっている。
殆どが若手のそうした議員の存在を野党も許している。それは、この会が創立以来、日本の将来を見据えてのほとんどの政策立案を行っているからである。野党に対しては、国民及びマスコミから、従来与党の批判のみしかしていない、自ら実のある政策提案をしていないではないかという批判が根強くあった。
客観的に見て、実際にその通りだったことは、野党の議員も認識していた。だから、若手が日本新世紀会の議論を党内に持ち込み、議論することはその批判に対する対抗手段であったし、かつ野党自ら政策論議に深く加わることに繋がっていった。またそれは、日本の議会の論議の質を大いに高めることにもなったのだ。
しかし、いわゆる『安楽死法案』に対しては、野党の古い議員は国民の反対が巻き起こるとみて強く反対した。だが、新世紀会がこの議案を上程した時には、十分な臨床面の資料を集めての上であった。これは、処方による魔力によってかさ上げされた、体力と知力の源である魔力が失われた時、人は死すべき時と考え、実際に様々な方法で死を選んだ。
なかには、選んだ方法によって苦しみながら死んでいかなければならない人も数多くいた。これには、実際に多くのそのことに直面した人々の証言があり、比較的早く議会と世論の賛同を得た。
問題になったのは、自ら死を選ばなかった人に対する人工的生命維持を禁じるという内容であり、次のようなヒステリックな主張があがった。
「これは、殺人です。政府による国民の殺人です」
しかし、これも医学的に、魔力が尽きるとき、如何に人工的に生かしても回復することはなく徐々に衰弱が進むのみということが証明された。さらには単にそうした人々を生かすのみのために、年間に1千万円以上の費用を要するのだ。
しかし、患者あるいはその家族がその費用を負担できるのだったら良いのでは、という議論もあったがそれこそ金による差別ということになって、結局この条項に決まった経緯があった。
そういう議論の中で決まったこの法によって、人々は死の寸前まで元気であり、魔力の枯渇という寿命を悟って自ら死を選ぶことになった。現状で、特に病気のない人のその時期は男90歳、女93歳であった。
「お父さん、地球はなぜ統一政府が出来ないの?まだ日本は日本という国のままでしょう?」今度は美和がハヤトに聞く。
「うーん、国際連合が改変されて地球同盟に変わったのは知っているだろう?」ハヤトが美和に応え、美和が頷く。
「ええ、聞いているわ。2年前よね」
「前の国際連合もいい点は沢山あったけれど、あれは、日本が負けた戦争の後に作られたもので、いまや地球だけでなく10以上の異世界と“地球”として付き合う必要がある世の中には全く合っていなかったのだよ。
それに地球同盟は、将来地球全体がまとまって地球政府を作るための、その準備をするための組織なんだ。今や異世界がたくさんあることが判った以上、地球内でいがみ合ったりして、ばらばらになっていてはいけないということだね。
残念ながら、今のところは地球の国々を見渡しても、余りに経済的・社会的に差が大きすぎて一緒の政府の下でまとまるのは無理なのだよ。だから、今後そうだね、10年程かけて日本とかアメリカさらにヨーロッパに近い状態に持っていきたいということだ。
ただ、美和も知っているよね、知的生物のいない世界で地球から直接転移できる新地球(サーダルタ帝国名:カールル)の開発がもう始まっているけれど、これは地球同盟の名のもとに行われているし、その政府は新地球政府と言う名前になっている。
だから、今の地球同盟は、各国が寄り集まった同盟組織で直接人々を統治はしていないけれど、多分20年後くらいには地球政府になると思うよ」
そのように説明するハヤトの話を頷いて聞いていた美和が更に聞く。
「うーんと、まだ時間はかかるけど、そのうちに国は一つになるのね。ところで、お父さんが行っていたマダンは、今は友好的な世界になって3つの国があると聞いているけれど、あそこは国が一つにならないの?」
「ああ、マダンは、その後僕も何度か行ったけれど、最初に主に接触して平和条約を結んだのは最も人口が多くて広いアリージル帝国で、他にカザムル帝国にレクザース帝国という3つの国がある。
その後、アリージル帝国の仲介で他の2国共に平和条約を結んでいる。元々これらの3国はそれぞれの大陸全体を占めていて、あまり利害関係はなかったようだね。だから、通商などは別々に取り決めをしても支障はないけれど、マダン全体として交渉をするときは、3国で合同委員会を作っているので、そこと交渉することになる。
今は3国とも広い面積と、肥沃な土壌に恵まれているので、マダンは地球での重要な穀物の輸出国になっている。さらに広大な海洋でとれる魚類は特に輸出高が大きいよ。だから、3国とも地球同盟本部の近くに大使館を持っている。その状態からすると、一緒の国にするつもりはないようだね」
ハヤトの言葉に美和が頷き、更に言う。
「ふーん、必要がなければ一緒になる必要もないわね。ところで、お父さん、マダンもそうだけど、いま開発中のカールルとジーザルそれにジムカク、これらは地球から直接転移できる世界よね。前に連れて行ってくれると言ったわ。ねえ、裕子お母さん、それから健太郎、サチ?」
この言葉にハヤトが頭を掻く。
「うーん、言ったよな、確かに。父さんと母さんはマダンツアーに行ったよね。どうだったかな?」今のところ、地球の艦艇はすでに、4つの世界を経て平和条約締結のためにサーダルタ帝国の首都まで入り込んで、外交官を送り込んでいる。さらには、サーダルタ帝国の版図にあった世界にはすべて調査員を送っている。
しかし、サーダルタ帝国との平和条約は結んだものの、各世界の総督府の引き上げには未だ2年程を要すると考えられることから、万が一のことを考えて地球から直接行ける世界までしか一般人は入れない。ちなみに、サーダルタ帝国との条約では、彼らの要求通り、サーダルタ人が入植した2つの世界については、『解放』の範疇には入らないことに決した。
また、彼らの地球侵攻による地球側の被害は、カールルとジーザルについて地球が開発することを認めることで相殺した。サーダルタ帝国にとって、カールルについては先述の2つの植民世界の植民も未だ完了には程遠いことから、彼らにとっての有用性は低かったのだ。
「良かったわよ。なにか古き良きヨーロッパという感じで、気候も良いし景色も良いし。さらに、本当に感じのいい人たちね。皆がケモミミというけれど、全く違和感はなかったわね。それと食べ物特に水産物が美味しかったわ。ぜひ裕子さんも子供たちも行ったらいいと思うわ」
ハヤトの問いに母の涼子が答えるのを聞いて、ハヤトが裕子と子供たちに答える。
「うん、わかった。そうだね。今年中には民間のツアーのある、マダン、ジムカクそれとカールルには連れて行くよ。ちょっとお父さんの立場を使う訳にはいかないからね」




