マダン解放その後2
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西野達は、メリーナ達3人娘の休学中の母校であるジルルカン大学に来ている。聞くと学生数は3千人だから、それほど規模の大きな大学ではないが、構内は歴史を思わせる建物が緑で包まれゆったりしている。
創立以来350年という歴史を思わせる堂々とした校舎群と、巨大な街路樹が目立つ幅広い学内路に、芝生に覆われたグラウンドなど落ち着いて美しい。学生たちに交じって歩く、地球連盟軍の略式制服の3人の日本人将校は、その濃い肌色からも色白のマダン人の若者の中でも目立つ。
やがて、若者が一人メリーナに向かって「メリーナ!」と声を掛けて走ってくる。短パンにTシャツ風の運動着で紐のないシューズを履いている。この運動着の仕組みは人間の肉体の構造が変わらない限り変わらないのだろう。
「あら、ジルカミラさん、久しぶりね」メリーナが返すが、他の2人の娘も同じように挨拶している。彼はマダン人にしては大柄で、殆ど西野の身長に近くてがっちりした筋肉質な体つきだ。ジルカミラが少し息を切らして口を開く。今まで運動をしていたのだろう、薄い運動着が汗でぬれている。
「やあ。メリーナ、それにキララ、セミールナも。この人たちは?」
「チキュウ人の戦闘機のパイロットよ。この人達はニシノ、それからヤマジ、ミマタよ。私たちが今戦闘機の操縦を指導してもらっているの。彼はジルカミラ・ミラノ・ガラムラよ。わが校の誇り、わがアリージル帝国の伝統格闘技“イカルス”の若手最強の座についているの。加えて、わが帝国の短距離走のチャンピオンよ」
「おお、それは凄い。私たちの世界はここマダンに比べると重力が10%程度低めだから、多分とても敵わないだろうな」三股が笑顔を見せて胸に手を当てるこの世界の挨拶をするが、ジリカミラの見せた笑顔は少し険しい。
『俺たちが、可愛子ちゃんと一緒なのが面白くないのだろうな』西野が、自分だって自分の大学の美人が男づれで来ると面白くないだろうと想像して思う。
「イカルスは、メリーナも少しできるので動きは教えてもらいました。とても合理的な格闘技ですね。さすがに500年の伝統を持つだけのことはあります」西野が取りなすように言うと、ジリカミラが西野に向き直って返す。
「ほう、君もイカルスに興味を持ってくれたか。それにしても、君もなにか格闘技をやっているような体つきだな」
「ニシノは“カラテ”という格闘技のエキスパートよ」メリーナが余計なことを付けくわえる。『アチャー、これは典型的なケースだな』西野が思うが、自分に自信がある格闘者が、本人が気のある美女と一緒にいる男が闘う力があると言われればそれは挑発するだろう。果たして、ジリカミラはその色白の顔をすこし赤らめて言う。
「ほう、それは面白い、是非その“カラテ”を見せて欲しいな。出来れば僕と闘って欲しいね」そう言うのに、マリーナがまたしても余計なことを言う。
「ニシノは凄いのよ。基地にきているイカルスをやっている男子訓練生とエキビジョンをやったけれど完勝だったわ。だけど、その訓練性はジリカミラとはレベルが違いますからね」それを聞いたジリカミラは、凄みのある笑顔で再度言う。
「そう聞くと、是非とも見せて欲しいね」
「うーん。わかった。あくまで勝負じゃないよ。エキビジョンだよ。まず、僕が空手の型を見せるよ。こっちだけイカルスを知っているのは不公平だからね」西野は言うが、西野が学んでいるのは正確には“新空手道”と呼ばれているものである。
これは、処方が日本に導入された後に、知力増強の恩恵を受けたある空手人が合理性を極限まで追求したものである。スピードと体力に頼り気味であった空手を、昔から言われていた“気”とか“間”、“拍子”などを組み合わせて、必ずしも体力の優ったものが勝つとは限らないものに進化させたものだ。
無論、体力・筋力はあったほうが有利なので、それが向上するトレーニングは行うが、魔力の存在を知った今、気を練って相手の動きを察することにも時間を費やし、それが実際に効果がでている。そのため、魔力による体力増強なしでも、巨人がぶつかり合う総合格闘技の世界においてさえ近年は“新空手道”の若手が優勝するようになっている。
西野は、その“新空手道”の創始者の直弟子の道場が近所にあったので、すでに7年間それを続けており、師匠からは才能を認められている。ちなみに、この流派ではある程度拳は鍛えるがタコができるまではやらないので、ちょっと見にはエキスパートの見分けはつない。
西野が型による演武を始めるというと、ジルカミラが待つように言ってたちまち100人以上の観衆を集めてきた。
新空手道の型は基本形が3つあって、烈、風、塵と言う名前がついているが、上級者向けは塵であり、これは突き、蹴り、捌きを主体とした5分程度も要する激しいものである。
西野達が着ている簡易制服は、戦闘も十分可能なもので、型をやるのに支障はない。西野は芝生の上で半径5mほどのスペースを開けてもらって、裸足になり、体の力を抜いて静かに立つ。
「塵!」叫び、腰を落として構え、拳をかため、左右の正拳打ちから始め、旋回して蹴り、回し蹴り、捌き、跳び蹴り等を組み合わせた素早く力強い動きを、一瞬も止めることなく続ける。
それは、素早く美しい動きで、見る者にはあたかも相手がいて打ち砕かれるように映っている。西野の息は切れてはいないが、額にはやがて汗が滲んできて、それが飛び散るようになったころ、彼は再度制止して息吹で息を整え一礼する。
始めて見る観衆は、息を止めて見入っていたが、メリーナが拍手を始めたのに合わせて万雷の拍手は巻き起こった。その頃には周囲の聴衆は300人程にも増えていた。
ジリカミラが西野に近づき、左手を胸にあて掌を広げた右手を差し上げる。アリージル帝国の相手に敬意を表する動作だ。観衆は、イカルスのチャンピオンがこうした動作をしたのに驚きざわめく。
「素晴らしい。今の“カタ”を見ただけで君がどれほどの好敵手か判る。イカルスも今のような演武が欲しいものだな。美しいし、鍛錬に絶好だ。さて、すこし休んでもらって、闘るかな」ジリカミラの言葉に、深い呼吸をして息を整えながら西野は答える。
「ありがとう。少し待って欲しい」西野も、ジルカミラが強敵であることが良く解かる。なにより、この世界の重力が地球より1割ほども大きいのが地味に応えている。体は明らかに重いし、とりわけジャンプは地球においてほど跳べない。
やがて、息は整い、筋肉の疲労も身体強化の一種の方法を使って取り去る。演武を終わって約5分後西野が声をかける。
「よし、いいですよ。始めましょうか。これはエキビジョンですよ。真剣勝負じゃないからね」
「ああ、承知している。目突きなど危険な技は使わない」
西野が演武をしていた芝生に2人は向かい合う。審判は、やはりイカルスをやっているという体育教師の女性だ。
「始め!」審判が叫ぶ。今度は演武と違って歓声がおこる。大部分がジルカミラを呼ぶ声であり、西野へは3人娘のみである。
この世界の慣習に則って、お互いに掌を相手に向けて右手をあげ、最初の挨拶をした瞬間、ジルカミラが一瞬で3mの距離を詰めて、ローキックを西野の足を目掛けて蹴りつける。動きも地味であるため隙も少なく、避けにくい攻撃である。
西野はふわりと後ろ斜めに避ける、さらに相手は足を刈りにくるが、再度同じように避ける。それを3回ほど繰り返した後、ジルカミラが今度は突っ込みながら横蹴りで胸を狙ってくる。西野が前斜めに跳び、正拳を叩きこもうとするが、相手はすでに向きを変えながら、今度は孤拳を振ってくる。
これは、肘で跳ね上げ、反撃する間もなく今度は再度のローキックが飛んでくるのを、横に跳んで避ける。とにかく目に留まらない速さであり、避けるのが精いっぱいで攻撃などはできない。やはり、適応している重力の差が効いているようであり、身体強化無しでは敵わないようだ。
それでも、西野は5分ほども避け続けていたが、疲れて最後に動きが鈍ったところで腹に飛んできた足を両手で支えて、片膝をついて「参った!負けだ」そう叫んだ。
「すごい!」メリーナが跳びあがって叫び、拍手をすると、観衆皆からの万雷の拍手だ。
その中で、西野は立ち上がって一礼し、負けた相手に声をかける。
「いや、参りました。イカルスは凄いね」
「いや、いや、これだけ粘られたのは最近ではないな。君も強いよ」勝者の言葉に、ここでまたもやメリーナが余計なことを言う。彼女も好意を持っている彼のアピールをしたかったのだ。
「身体強化なしでも、西野は凄いね。ジルカミラはこの2年帝国内で敵なしなのに」
ジルカミラはこの言葉にメリーナに振り返って聞く。
「身体強化?」
「ええ、西野達は魔力を使って身体能力をあげられるのよ。今はやっていなかったけれどね」
メリーナの答えに彼は再度聞く。
「つまり、できる能力アップをせずに手加減していたということか?」
「い、いや。使えない人に魔力を使うのは不公平だから、身体強化が出来ない人と競争する時は身体強化をしないのが常識だからね」今度は三股が答える。
「その身体強化をするとどの程度違うのかな?」ジルカミラが聞くのに西野が答える。
「うん、僕が身体強化をかけた状態でさっきの型をやって見せよう。ただ動きが早くなるから、時間的には半分程度で終わるけれどね」
このやり取りは、闘った者達の問答を聞こうと観衆の騒ぎは鎮まっていたので、かれらの大部分の者には聞こえた。だから、西野が再度演武を始めるべく既に相当荒れた芝生に立った時には、観衆は静まり返って興味津々で西野を見つめていた。
静かに立った状態から始めた演武は、動作は確かにさっきと同じだったが、その速さ、動きの大きさ、威力がさっきとは大違いだった。ジャンプしつつの廻し蹴りなど、高さ3m以上に跳んでいる。
観衆は完全に静まり返って見ているので、手や足が空気を切り裂く音と足が芝生を踏みしめる音、跳躍から降りる音が響くのみである。とりわけ、拳と足で空気を切り裂く音は金属音めいている。
演武が終わった後は、観衆は拍手すら忘れていたが、やがてジルカミラが大きく拍手を始めて、ようやく我に返って拍手が始まった。
「いや、参ったよ。今の状態の君には勝てない。不公平という意味が良く解かった」ジリカミラが拍手をしながら、西野に言う。
このようにして、西野の一行は一挙に人気者になって、囲まれて学食に連れ込まれ、300人を越える学生や教員と飲み物を飲みながら話し合いをする羽目になった。
サーダルタ帝国から解放されること、さらにサーダルタ帝国を追い払いつつあるのが地球という世界の者達であり、地球人はマダンを征服しようとはしていないことは、すでにこの世界の新聞、ラジオとテレビによって人々に広く知られていた。
それに伴って、大挙してやってきた戦闘機とその地球人パイロットなどが、ジルルカン基地に滞在していることも良く知られていた。そして、当然アリージル帝国の幹部と外交部局の担当者が、地球からの偵察隊幹部及び地球同盟から派遣された外交官と会見する様子は放送で良く見られていた。
しかし、今までのところ一般人の交流は殆ど行われていなかった。これは、すでにマダンに降り立ったパイロットの遭難者などの診察結果からは、疫学的な問題は見つかっていなかった。しかし、広く市民に交流するのに危険がないか確認するのに手間がかかって、安全宣言が出されたのは最近であったのだ。
このため、いま集まっている人々で、殆どが生で地球人を見たのは初めての人々であり、サーダルタ帝国を打ち負かしたという地球人はどういう人々であろうかと、好奇心を募らせるのも当然である。
そして、彼らはその一員が、大学の英雄であるジルカミラと勝るほどの格闘技の達人であることをその目でも見届けたのだ。500人が入れる学食も殆ど埋まっており、皆の正面を向いて座らされた3人の地球人は、いつの間にか司会役になっている、サンダタという若い教員からマイクで自己紹介をさせられている。
その後、サンダタが彼らの自己紹介をまとめる。
「翻訳装置ではマイクを通すとすこし聞き取りにくかったので少しまとめよう。さて、さっきジルカミラと闘いを見せてくれたのは西野君だ。彼も実質は大学生であり、1年程前に地球にサーダルタ帝国の艦艇が現れたのを機に、パイロットの募集に応じて訓練を受けた一人だ。ここの山路君、三股も同じ立場だ。
かれらは、このマダンへの強行偵察隊の行動の結果、サーダルタ帝国をこの世界から追い出すチャンスありとして、呼び寄せられた戦闘機5千機のパイロットの一人だ。
知っての通り、サーダルタ帝国の総督府はこの世界から引き上げようとしているが、反抗の恐れもある。そのため、その警戒のためと、我が国の若者をパイロットに養成する訓練のために滞在してくれている。その訓練を受けているのが、君たちも知っているだろうこの3人、メリーナ、キララ、それとセミールナだ」
このように、紹介を受けた3人はその後もしばしば大学を訪れて、学生・教官との楽しい時を過ごした。もちろん、第一目標であったそれぞれのパートナーとの仲も深まり、西野は、教官としての役割を終えた後は、メリーナと結婚して共に地球へ帰った。
これは、西野が大学の残りの期間を過ごすためで、メリーナは留学生としてであった。その後2人はマダンに帰り、西野の工学の知識を生かして戦闘機等の保守管理の職を得て、結局ジルルカン市で新居を構えることになった。